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いよいよパキスタンか

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アフガニスタンが世界の火薬庫と言われて、久しい。
地勢的にも、歴史的にも、文化的にも、アメリカ・ロシア・中国の大国パワーバランス的にも
後進政治国に対する影響震源地としても、一等の火薬庫だ。

その隣がパキスタンだ。

ムシャラフ大統領が辞任した。アメリカの抑えが効かない。

北朝鮮どころではないのだろう。

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いよいよパキスタンか

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アフガニスタンが世界の火薬庫と言われて、久しい。
地勢的にも、歴史的にも、文化的にも、アメリカ・ロシア・中国の大国パワーバランス的にも
後進政治国に対する影響震源地としても、一等の火薬庫だ。

その隣がパキスタンだ。

ムシャラフ大統領が辞任した。アメリカの抑えが効かない。

北朝鮮どころではないのだろう。

御前会議

陸海軍軍人も政府閣僚の意見も、総合的に分析の結果、対米開戦はノーと結論。模擬内閣と結論は変わらない。山本五十六海軍長官も、勝算なしと断言。それどころか、占領したアジア諸国で物資を奪う結果、被占領国人民の生活は逼迫し、やがては日本に反感を持ち、抵抗運動を惹起し、軍はその面でも消耗するだろうとの意見。中枢の参謀本部の軍人さえ、「国を失うより満州を手放したほうが賢明」との、堂々とした意見もでた。
しかし、急転、展望なき戦争に突入していく。国家が暴走する可能性。ブレーキがきかなる瞬間。「企てた者、認可したもの、支持したもの」・・それより、なすべきことをしなかった、しようとしなかったもの。会議で不賛成の意見を言う段取りを打ち合わせながら、発言をしなかった閣僚。閣僚全員一致が原則なので、一人でも反対すれば開戦は見送られた。卑怯、無責任。開戦2年後、当初のシュミレーションどおり、戦争遂行能力は限界に達し、局面打開のいかなる方法も見つからない状況となった。問題は、その後、無策、無展望のまま、約1年をいたずらに費やすのであった。そして、その後米軍の反攻によって、大きな損害を垂れ流しつづける。まさに、この時点以降の、犠牲は戦争全期間を通じた、大半をしめるのである。大量の民間人の犠牲もここからである。この「転げ落ちるような」敗北、大破滅の当初、玉砕した、タラワ島の激戦の前に、トラック島連合艦隊基地で旗艦大和に司令部中心に集合し、情勢の検討が行われた。すでに勝利への展望なし、との客観的分析。終了後、料亭で幹部士官同士が、暴飲し、「一緒に死のう」などと、泣きながら肩をくんで悲壮な雰囲気。戦争のターニングポイントの決定的瞬間。サイパン島、硫黄島、沖縄、など、その他無策な戦闘で、これ以降膨大な犠牲を誰もが予測したはずだ。なにしろ状況はシュミレーションどおりにすすんでいるのだから。終戦する決断も合理的にできたはずである。自ら予測した結果であることを認識しながら決断しない。内部の反乱でも恐れたか?否!実際終戦当時に反乱は起こったか?否!日本人は整然と武器をおいたではないか。昨日まで死を決意した特攻隊員ですら。つづく。

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大日本帝国民主主義?

もともと政党政治。西欧に習った立憲君主制。明治憲法下の日本はそれなりにリベラルな国家であった。戦前も、戦後も天皇は「象徴」。内閣が決めたことを承認するだけ。天皇機関説が堂々と大学の授業でも教えられていた。天皇機関説とは、天皇は国家の1機関にしかすぎないという理屈。
さて、いったい戦争はだれが行うのか?戦争は昔も今も内閣がやる。具体的には、戦争は立法によって行われる。法案の提出はほとんど内閣が行う。決定したことを天皇は承認する。
開戦に先立ち、一応日本は冷静に考えた。たとえば、開戦8ヶ月前に「総力戦研究所」という模擬内閣を作って、綿密な総合分析を試みた。優秀な若い、軍、民、の人材と、あらゆるデーターを集めて。国民のカロリー摂取量まで。
もし、「日米開戦となったら」、と、シュミレーションを行った。その結果は「ノー」。資源、敵の反撃による船舶の消耗度合と補充能力の具足。年次を追って、国力は消耗し、開戦2年後から、守勢となり、敗北の分岐点を超える、と。年次別、数値によるしっかりした予測で、実際、ほぼ、そのとおりに情勢は推移することとなった。東条首相もオブザーアーで出席し、熱心にメモをとった。そうして、計算どおりの結果となることを、当時の国民は知らない。
つぎは、御前会議の様子はどうだったのか、次回をお楽しみに。

大日本帝国民主主義?

もともと政党政治。西欧に習った立憲君主制。明治憲法下の日本はそれなりにリベラルな国家であった。戦前も、戦後も天皇は「象徴」。内閣が決めたことを承認するだけ。天皇機関説が堂々と大学の授業でも教えられていた。天皇機関説とは、天皇は国家の1機関にしかすぎないという理屈。
さて、いったい戦争はだれが行うのか?戦争は昔も今も内閣がやる。具体的には、戦争は立法によって行われる。法案の提出はほとんど内閣が行う。決定したことを天皇は承認する。
開戦に先立ち、一応日本は冷静に考えた。たとえば、開戦8ヶ月前に「総力戦研究所」という模擬内閣を作って、綿密な総合分析を試みた。優秀な若い、軍、民、の人材と、あらゆるデーターを集めて。国民のカロリー摂取量まで。
もし、「日米開戦となったら」、と、シュミレーションを行った。その結果は「ノー」。資源、敵の反撃による船舶の消耗度合と補充能力の具足。年次を追って、国力は消耗し、開戦2年後から、守勢となり、敗北の分岐点を超える、と。年次別、数値によるしっかりした予測で、実際、ほぼ、そのとおりに情勢は推移することとなった。東条首相もオブザーアーで出席し、熱心にメモをとった。そうして、計算どおりの結果となることを、当時の国民は知らない。
つぎは、御前会議の様子はどうだったのか、次回をお楽しみに。

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