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			<title>「世界にはばたけ9条」の会</title>
			<description>団塊の世代が、精一杯働き、平和に暮らすことのできた、戦争のなかった社会を感謝し、子供たちに残せるように、映画や芸術、講演などを通じ、いろいろな意見や考え方を述べ合える交流の場としたい。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase</link>
			<language>ja</language>
			<copyright>Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.</copyright>
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			<title>「世界にはばたけ9条」の会</title>
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			<description>団塊の世代が、精一杯働き、平和に暮らすことのできた、戦争のなかった社会を感謝し、子供たちに残せるように、映画や芸術、講演などを通じ、いろいろな意見や考え方を述べ合える交流の場としたい。</description>
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		<item>
			<title>いよいよパキスタンか</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-03-eb/seijimurase/folder/1391750/33/43123733/img_0?1219163067&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
アフガニスタンが世界の火薬庫と言われて、久しい。&lt;br /&gt;
地勢的にも、歴史的にも、文化的にも、アメリカ・ロシア・中国の大国パワーバランス的にも&lt;br /&gt;
後進政治国に対する影響震源地としても、一等の火薬庫だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その隣がパキスタンだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ムシャラフ大統領が辞任した。アメリカの抑えが効かない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮どころではないのだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/43123733.html</link>
			<pubDate>Wed, 20 Aug 2008 01:24:27 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>いよいよパキスタンか</title>
			<description>&lt;img src=&quot;https://blog-001.west.edge.storage-yahoo.jp/res/blog-03-eb/seijimurase/folder/1391750/31/43123731/img_0?1219163062&quot; width=&quot;400&quot;&gt;&lt;br /&gt;
アフガニスタンが世界の火薬庫と言われて、久しい。&lt;br /&gt;
地勢的にも、歴史的にも、文化的にも、アメリカ・ロシア・中国の大国パワーバランス的にも&lt;br /&gt;
後進政治国に対する影響震源地としても、一等の火薬庫だ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
その隣がパキスタンだ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
ムシャラフ大統領が辞任した。アメリカの抑えが効かない。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
北朝鮮どころではないのだろう。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/43123731.html</link>
			<pubDate>Wed, 20 Aug 2008 01:24:22 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>御前会議</title>
			<description>陸海軍軍人も政府閣僚の意見も、総合的に分析の結果、対米開戦はノーと結論。模擬内閣と結論は変わらない。山本五十六海軍長官も、勝算なしと断言。それどころか、占領したアジア諸国で物資を奪う結果、被占領国人民の生活は逼迫し、やがては日本に反感を持ち、抵抗運動を惹起し、軍はその面でも消耗するだろうとの意見。中枢の参謀本部の軍人さえ、「国を失うより満州を手放したほうが賢明」との、堂々とした意見もでた。&lt;br /&gt;
しかし、急転、展望なき戦争に突入していく。国家が暴走する可能性。ブレーキがきかなる瞬間。「企てた者、認可したもの、支持したもの」・・それより、なすべきことをしなかった、しようとしなかったもの。会議で不賛成の意見を言う段取りを打ち合わせながら、発言をしなかった閣僚。閣僚全員一致が原則なので、一人でも反対すれば開戦は見送られた。卑怯、無責任。開戦２年後、当初のシュミレーションどおり、戦争遂行能力は限界に達し、局面打開のいかなる方法も見つからない状況となった。問題は、その後、無策、無展望のまま、約１年をいたずらに費やすのであった。そして、その後米軍の反攻によって、大きな損害を垂れ流しつづける。まさに、この時点以降の、犠牲は戦争全期間を通じた、大半をしめるのである。大量の民間人の犠牲もここからである。この「転げ落ちるような」敗北、大破滅の当初、玉砕した、タラワ島の激戦の前に、トラック島連合艦隊基地で旗艦大和に司令部中心に集合し、情勢の検討が行われた。すでに勝利への展望なし、との客観的分析。終了後、料亭で幹部士官同士が、暴飲し、「一緒に死のう」などと、泣きながら肩をくんで悲壮な雰囲気。戦争のターニングポイントの決定的瞬間。サイパン島、硫黄島、沖縄、など、その他無策な戦闘で、これ以降膨大な犠牲を誰もが予測したはずだ。なにしろ状況はシュミレーションどおりにすすんでいるのだから。終戦する決断も合理的にできたはずである。自ら予測した結果であることを認識しながら決断しない。内部の反乱でも恐れたか？否！実際終戦当時に反乱は起こったか？否！日本人は整然と武器をおいたではないか。昨日まで死を決意した特攻隊員ですら。つづく。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/32679598.html</link>
			<pubDate>Wed, 13 Feb 2008 00:13:14 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>大日本帝国民主主義？</title>
			<description>もともと政党政治。西欧に習った立憲君主制。明治憲法下の日本はそれなりにリベラルな国家であった。戦前も、戦後も天皇は「象徴」。内閣が決めたことを承認するだけ。天皇機関説が堂々と大学の授業でも教えられていた。天皇機関説とは、天皇は国家の1機関にしかすぎないという理屈。&lt;br /&gt;
さて、いったい戦争はだれが行うのか？戦争は昔も今も内閣がやる。具体的には、戦争は立法によって行われる。法案の提出はほとんど内閣が行う。決定したことを天皇は承認する。&lt;br /&gt;
開戦に先立ち、一応日本は冷静に考えた。たとえば、開戦８ヶ月前に「総力戦研究所」という模擬内閣を作って、綿密な総合分析を試みた。優秀な若い、軍、民、の人材と、あらゆるデーターを集めて。国民のカロリー摂取量まで。&lt;br /&gt;
もし、「日米開戦となったら」、と、シュミレーションを行った。その結果は「ノー」。資源、敵の反撃による船舶の消耗度合と補充能力の具足。年次を追って、国力は消耗し、開戦２年後から、守勢となり、敗北の分岐点を超える、と。年次別、数値によるしっかりした予測で、実際、ほぼ、そのとおりに情勢は推移することとなった。東条首相もオブザーアーで出席し、熱心にメモをとった。そうして、計算どおりの結果となることを、当時の国民は知らない。&lt;br /&gt;
つぎは、御前会議の様子はどうだったのか、次回をお楽しみに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/32231766.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 21:07:41 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>大日本帝国民主主義？</title>
			<description>もともと政党政治。西欧に習った立憲君主制。明治憲法下の日本はそれなりにリベラルな国家であった。戦前も、戦後も天皇は「象徴」。内閣が決めたことを承認するだけ。天皇機関説が堂々と大学の授業でも教えられていた。天皇機関説とは、天皇は国家の1機関にしかすぎないという理屈。&lt;br /&gt;
さて、いったい戦争はだれが行うのか？戦争は昔も今も内閣がやる。具体的には、戦争は立法によって行われる。法案の提出はほとんど内閣が行う。決定したことを天皇は承認する。&lt;br /&gt;
開戦に先立ち、一応日本は冷静に考えた。たとえば、開戦８ヶ月前に「総力戦研究所」という模擬内閣を作って、綿密な総合分析を試みた。優秀な若い、軍、民、の人材と、あらゆるデーターを集めて。国民のカロリー摂取量まで。&lt;br /&gt;
もし、「日米開戦となったら」、と、シュミレーションを行った。その結果は「ノー」。資源、敵の反撃による船舶の消耗度合と補充能力の具足。年次を追って、国力は消耗し、開戦２年後から、守勢となり、敗北の分岐点を超える、と。年次別、数値によるしっかりした予測で、実際、ほぼ、そのとおりに情勢は推移することとなった。東条首相もオブザーアーで出席し、熱心にメモをとった。そうして、計算どおりの結果となることを、当時の国民は知らない。&lt;br /&gt;
つぎは、御前会議の様子はどうだったのか、次回をお楽しみに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/32231758.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 21:07:39 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「不敬罪天皇ごっこ」の続き</title>
			<description>明治２６年、酒田の豪商と、地元の実力者が、思いついた遊びであった。衣装も、絨毯も、イスも、なにもかも、金にいとめをつけず、本物をそろえた。人を東京や、京都に派遣して、情報を集めたのだ。皇后はじめ、女官たちは、売れっ子の芸者たち。軍楽隊までそろえて、ご前会議とパーテイを厳粛に挙行したのだ。天皇役は伊藤博文役に対して、「おめは、なして、清国に戦争ふっかけるだかや。隣の国には昔から世話になっとる。毛唐みたいな卑しいまねすつな・・」。一同抱腹絶倒。&lt;br /&gt;
おりしも、日清戦争の真っ最中。地元の新聞記者にばれて、世間を揺るがす大事件に。全員逮捕。ところが警察署長は頭抱えて、捜査が頓挫。芸者たちをはじめ、警察署長を馬鹿にして、調書も取りにくい。「いつも、鼻の下をのばして、言い寄ってくるくせに、なに威張ってんだ」。しかも、逮捕者には政治家も混じった、有力者ばかり。東京から、やり手の若い弁護士だって雇った。&lt;br /&gt;
結果、「全員無罪」。「お雛様ごっこ」と言うことにして・・。&lt;br /&gt;
もともと明治天皇は3万石にしかすぎない貧乏な、忘れられた存在。元服式を行う費用にも事欠き、幕府にそのつどすがる状態。１６歳でかつぎだされた明治天皇。庶民は、生き神様だといわれても、「なんだそりゃ」。仏教やキリスト教などになじんでいるのだから、そんなこと言われても、納得できるものではない。いったいどんな様子の権力者なのだろうということで盛り上がった「あそび」だった。&lt;br /&gt;
そのころ、できた「大日本帝国憲法」は相当リベラルで、なかなかのもんであった。&lt;br /&gt;
さて、この大日本帝国がどうやって、あの、負ける戦争に堕ちていくのか、研究してみたいのです。&lt;br /&gt;
では、次回をお楽しみに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/32189898.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 06:35:49 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>「不敬罪天皇ごっこ」の続き</title>
			<description>明治２６年、酒田の豪商と、地元の実力者が、思いついた遊びであった。衣装も、絨毯も、イスも、なにもかも、金にいとめをつけず、本物をそろえた。人を東京や、京都に派遣して、情報を集めたのだ。皇后はじめ、女官たちは、売れっ子の芸者たち。軍楽隊までそろえて、ご前会議とパーテイを厳粛に挙行したのだ。天皇役は伊藤博文役に対して、「おめは、なして、清国に戦争ふっかけるだかや。隣の国には昔から世話になっとる。毛唐みたいな卑しいまねすつな・・」。一同抱腹絶倒。&lt;br /&gt;
おりしも、日清戦争の真っ最中。地元の新聞記者にばれて、世間を揺るがす大事件に。全員逮捕。ところが警察署長は頭抱えて、捜査が頓挫。芸者たちをはじめ、警察署長を馬鹿にして、調書も取りにくい。「いつも、鼻の下をのばして、言い寄ってくるくせに、なに威張ってんだ」。しかも、逮捕者には政治家も混じった、有力者ばかり。東京から、やり手の若い弁護士だって雇った。&lt;br /&gt;
結果、「全員無罪」。「お雛様ごっこ」と言うことにして・・。&lt;br /&gt;
もともと明治天皇は3万石にしかすぎない貧乏な、忘れられた存在。元服式を行う費用にも事欠き、幕府にそのつどすがる状態。１６歳でかつぎだされた明治天皇。庶民は、生き神様だといわれても、「なんだそりゃ」。仏教やキリスト教などになじんでいるのだから、そんなこと言われても、納得できるものではない。いったいどんな様子の権力者なのだろうということで盛り上がった「あそび」だった。&lt;br /&gt;
そのころ、できた「大日本帝国憲法」は相当リベラルで、なかなかのもんであった。&lt;br /&gt;
さて、この大日本帝国がどうやって、あの、負ける戦争に堕ちていくのか、研究してみたいのです。&lt;br /&gt;
では、次回をお楽しみに。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/32189897.html</link>
			<pubDate>Wed, 06 Feb 2008 06:35:47 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>不敬罪天皇ごっこ</title>
			<description>もともと江戸時代、天皇は３万石程度の、貧乏所帯で、権力もなく、忘れられた存在であった。元服式を行う費用にも事欠き、幕府に無新する有様であった。突然１６歳で担ぎ出された明治天皇。本人も大変にご苦労であったと思うが、古来仏教や、キリスト教を知っている庶民から見れば、いくら、「生き神様」といわれてもピンとくるわけがない。それはいったい何者だ。どんな祭りごとが行われているのか、様子を見てみたい、と、興味をもって盛り上がったイベントであった。つづく</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/31345782.html</link>
			<pubDate>Fri, 25 Jan 2008 00:34:00 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>どうして日本人はあの負ける戦争をしたのか？その１</title>
			<description>私たちの親は、非常に高齢になっているか、もう他界しているころである。戦後苦労をして、私たち、団塊の世代を産み、教育し、今では、やわらかな顔つきで晩年を迎えた。一定の、常識と、ユーモアも解する、むしろ、リベラルな父や母がたくさんいる。その、日本がどうしてあのような戦争をしたのか。絶対に負ける戦争を。当時の日本は、政府も国民もアホだったのか？この点について、疑問を持ち続けた世代が私たちではないだろうか？「やむを得ない運命で」という説明ではどうにも理解しかねるのであります。われわれ団塊世代にとって、そのころの歴史は十分に教えられておらず、受験勉強の範囲外でした。その、私たちの子供たちにも、なお、教育はされていません。そこで、ちんぷんかんぷんであるために、アジアの若者たちと議論さえできないので、「逃げる」か「切れる」かしか対処のしかたがないので、馬鹿にされてしまうのです。さて、私なりに勉強した結果ぞっとする事実がわかってきました。それは、日本人に内在する、「卑怯」「無責任」「言わざる」という特性のことです。これは、現在の日本の政治や企業悪の現実と重なり合って見えるのです。その点を印象深い題材でお話します。&lt;br /&gt;
「不敬罪天皇ごっこ」について&lt;br /&gt;
明治２６年、東北地方の酒田の町でとんでもない事件がおこりました。次回はこの事件についてお話します。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/31056687.html</link>
			<pubDate>Mon, 21 Jan 2008 00:13:10 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
		<item>
			<title>どうして日本人はあの負ける戦争をしたのか？その１</title>
			<description>私たちの親は、非常に高齢になっているか、もう他界しているころである。戦後苦労をして、私たち、団塊の世代を産み、教育し、今では、やわらかな顔つきで晩年を迎えた。一定の、常識と、ユーモアも解する、むしろ、リベラルな父や母がたくさんいる。その、日本がどうしてあのような戦争をしたのか。絶対に負ける戦争を。当時の日本は、政府も国民もアホだったのか？この点について、疑問を持ち続けた世代が私たちではないだろうか？「やむを得ない運命で」という説明ではどうにも理解しかねるのであります。われわれ団塊世代にとって、そのころの歴史は十分に教えられておらず、受験勉強の範囲外でした。その、私たちの子供たちにも、なお、教育はされていません。そこで、ちんぷんかんぷんであるために、アジアの若者たちと議論さえできないので、「逃げる」か「切れる」かしか対処のしかたがないので、馬鹿にされてしまうのです。さて、私なりに勉強した結果ぞっとする事実がわかってきました。それは、日本人に内在する、「卑怯」「無責任」「言わざる」という特性のことです。これは、現在の日本の政治や企業悪の現実と重なり合って見えるのです。その点を印象深い題材でお話します。&lt;br /&gt;
「不敬罪天皇ごっこ」について&lt;br /&gt;
明治２６年、東北地方の酒田の町でとんでもない事件がおこりました。次回はこの事件についてお話します。</description>
			<link>https://blogs.yahoo.co.jp/seijimurase/31056682.html</link>
			<pubDate>Mon, 21 Jan 2008 00:13:08 +0900</pubDate>
			<category>練習用</category>
		</item>
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