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朝日新聞の<人脈記>に乗っていた内容と、その感想です。
海軍経理学校に入るとすぐに中尉にしてくれた。陸軍は二等兵で上官の靴磨きから始める。だから
気の利いた学生はみんな海軍を受けた
(ということは、中曽根は陸軍でくつ磨きなどの苦労をしたくないから、軍隊への進路で、楽でなおかつ出世が早そうな主計学校を受けたということです。)
海軍主計学校の短期現役で生き残った者は,戦後の官界、経済界のリーダーになる。「私の内閣の時,各省事務次官の半分ぐらいが短期現役の出身だったな」と中曽根。あれは<国家再建>のリーダーをつくる
ビジネススクールだったかもしれない。
(後から振り返って、なんとでも言えることだが、あきれた中曽根発言である。軍部での指導者になる訓練を受けたわけでもなく、軍隊と言う組織の単なる経理屋に過ぎなかった中曽根なのに。この人脈記にも書いてあるが、主計の仕事とは、兵員を運び、食わせ、給料を払い、物資を集め、記録や会計をすることである。ところが戦争末期には海外にいた日本兵士は飢餓に苦しんでいたのである、物資調達、補給は直接、中曽根の責任ではないが、風見鶏的人生のスタートは、まさに目先の聞いた進路決定から始まったということになる。こんな中曽根が、今では、世界平和研究所の会長として、世界,日本の諸問題を語る。ふざけた事である。)
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ある意味、小泉内閣の功績の一つが彼のクビキリだったんでしょうか。それでも悲しいことに彼以上に確固たるビジョンをもった政治かもすくないとおもいます(もっともそのビジョンがいいか悪いかは別として)。
2005/12/8(木) 午前 1:48 [ 679 ]