一億円不正献金

過去は振り返らず,未来にだけ都合よく「責任」という言葉を使う自民党。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpoukaiseinouta.htm






鳴呼(ああ)戦(たたか)いに打ち破れ 敵の軍隊進駐す

平和民主の名の下に 占領憲法強制し

祖国の解体計りたり 時は終戦6ヶ月


なぜ、戦争を起こしたのか? なぜ、強制あるいは占領、おしつけ憲法というのか?
押し付けられたから憲法改正と叫んでいるが、そんなに悪い憲法なのか?戦争に負けたらからこそ、1945年から日本歴史史上初めて、民主主義が生まれたんじゃないのか?








占領軍は命令す 若(も)しこの憲法用いずば

天皇の地位請け合わず 涙をのんで国民は

国の前途を憂(うれ)いつつ マック憲法迎えたり









10年の時は永くして 自由は今や還りたり

我が憲法を打ち立てて 国の礎(いしずえ)築くべき

歴史の責を果たさんと 決意は胸に満ち満てり









国を愛す真心を 自らたてて守るべき

自由と平和民主をば 我が憲法に刻むべき

原子時代に遅れざる 国の理想を刻まばや









この憲法のある限り 無条件降伏つづくなり

マック憲法守れるは マ元帥の下僕(げぼく)なり

祖国の運命拓(ひら)く者 興国(こうこく)の意気挙(あ)げなばや

略歴2

1918(大正7)年5月27日生まれの群馬県高崎市末広町出身の政治家。ニックネームは「風見鶏(かざみどり=鶏をかたどった風見で、俗に、時流に合わせることの巧みな人のたとえ」―若手議員のころのニックネームは「青年将校」)。民主党から国民民主党、その後改進党を経て日本民主党、1955(昭和30)年民主党と自由党との合併で自由民主党(55年体制)。



東京帝大卒後、1941(昭和16)年4月内務省にはいり、終戦時は海軍主計(しゅけい=軍隊で、会計・給与などを取り扱う軍人)少佐(しょうさ=佐官の最下位で、中佐の下にして大尉の上)。



1945(昭和20)年10月に内務事務官、1947(昭和22)年4月衆議院議員に初当選。以後当選20回。現在の選挙区は、比例北関東ブロック。



1959(昭和34)年6月18日〜1960(昭和35)年7月19日、科学技術庁長官、原子力委員長として初入閣(第2次岸信介内閣)、1967〜1968(昭和43)年11月30日 運輸大臣(第2次佐藤栄作内閣)、1970(昭和45)年1月14日〜1971(昭和46)年7月1日防衛庁長官(第3次佐藤栄作内閣)。



1966(昭和41)年、中曾根派を結成。



1972(昭和47)年7月7日〜1972(昭和47)年12月22日 通産大臣、科学技術庁長官、原子力委員長(第1次田中角栄内閣)、1972(昭和47)年12月22日〜1974(昭和49)年12月9日 通産大臣(第2次田中角栄内閣) 。



1974(昭和49)年12月4日、金脈問題で田中首相退陣、「椎名裁定」により三木武夫が両院議員総会で第7代自民党総裁就任、幹事長を総裁派閥から出さない申し合わせにより中曽根が就任。



1980(昭和55)年7月17日〜1982(昭和57)年11月27日 国務大臣行政管理庁長官(鈴木善幸内閣)、1982(昭和57)年11月27日〜1987(昭和62)年11月6日にかけて、3度中曽根内閣(第71・72・73代)を組閣し、国鉄の分割・民営化を実現する。



首相在任中の1983(昭和58)年1月の訪米で「(ソ連に対抗するための)日本列島不沈空母化」(中曾根首相はこれを一度は否定したが、その後肯定)・「(当時、日本とっての最大の脅威であったソ連と交戦状態に入った場合には、自衛隊によって、宗谷、津軽、対馬の)三海峡封鎖(三海峡を通らないとソ連軍は日本海へ出られない)」構想を提起し、アメリカの対ソ戦略構想に日本を組み込む方針を明確にし、武器輸出三原則を放棄してアメリカへの武器技術供与の道を開き、海上交通路防衛に関する日米共同作戦研究に着手した。同時に、予算編成における防衛費の突出を認めた。また、国内政治では1983(昭和58)年3月の臨時行政調査会最終答申を受けて同年5月に行政改革大綱を決定し、政改革(行革)を最大の内政課題とした。



翌、1985(昭和60)年8月15日敗戦の日には、戦後初めて靖國神社を公式参拝して内外の批判を浴びた。



1988(昭和63)年、(財)世界平和研究所会長現在に至る。江藤・亀井派(比例代表搭載名簿終身第1位)。



1997(平成9)年4月29日、大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/kennpoukaiseinouta.htm

 人事院は25日、04年の国家公務員の民間企業への再就職状況をまとめた年次報告(天下り白書)を国会と内閣に提出した。人事院が承認した課長級以上の天下りは前年より11件多い89件で、2年連続の増加。成田国際空港株式会社などが民営化により承認対象となったことで、天下り件数も増加した形だ。

 国家公務員が退職後2年以内に、退職前5年間に在籍した省庁と深い関係にある企業に天下りする場合は人事院の承認が必要となる。特殊法人や公益法人、独立行政法人などは対象外だが、04年は成田国際空港、東京地下鉄、日本環境安全事業の各株式会社が民営化されて新たに承認対象に加わった。この3社で11件の承認があった。

 出身省庁別にみると財務省が最多の19件。国土交通省14件、経済産業省13件、国税庁9件と続く。許認可権限の強い省庁からの天下りが多い。

 再就職に至る経緯でみると、各省の人事部門などによる「官のあっせん、仲介」が50%、「職員の自発的な就職活動、知人の紹介」が23%。承認時の平均年齢は55・7歳だった。

 中央官僚の天下りの承認件数は85年の320件がピークだったが、業界との癒着が指摘され、人事院が各省に自粛要請したこともあって00年には41件まで減少。だが自粛要請を解いた01年からは再び増加傾向にある。



PR情報

開く トラックバック(1)

財務省が25日発表した国債や借入金など「国の借金」の2004年12月末の残高は、9月末比20兆1212億円増の751兆1065億円となり、過去最高を更新した。国民1人当たりでは約588万円の借金を負っている計算。05年度末には約888兆円に達する見込みで、借金が膨張していく構図は当面続きそうだ。 

全1ページ

[1]


.
sei*it*okan*
sei*it*okan*
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

過去の記事一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

お肉、魚介、お米、おせちまで
おすすめ特産品がランキングで選べる
ふるさと納税サイト『さとふる』
ふるさと納税サイト『さとふる』
11/30まで5周年記念キャンペーン中!
Amazonギフト券1000円分当たる!
コンタクトレンズで遠近両用?
「2WEEKメニコンプレミオ遠近両用」
無料モニター募集中!
いまならもらえる!ウィスパーうすさら
薄いしモレを防ぐ尿ケアパッド
話題の新製品を10,000名様にプレゼント
いまならもらえる!ウィスパーWガード
薄いしモレを防ぐパンティライナー
話題の新製品を10,000名様にプレゼント

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事