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http://www2.odn.ne.jp/nisirou/fukuchiyama/kinki_01.htm
JR福知山線脱線事故について、国土交通省事故調査委員会は、脱線事故の原因を「転覆限界速度を超えたスピードでカーブに進入したこと」として固めつつあります。しかし私たちは、速度超過という直接的な原因を引き起こした背後要因を問題にしてきました。つまり、高見運転士が事故直前に伊丹駅で停止位置不良を起こしていたことと、その距離について車掌に虚偽の報告を依頼したことに着目し、日勤問題を中心としたJR西日本の異常な企業体質、営利優先・安全軽視の経営姿勢など「なぜ高見運転士がカーブ手前でブレーキ操作を怠ったのか」について、客観的な職場実態をマスコミを通じて暴露してきました。この闘いを良しとしない輩が新潮・文春などを通じて革マルキャンペーンを開始しました。一方で社内でも、労使安全会議を軸に「日勤教育の改善」を打ちだし、安全闘争の破壊にやっきになっています。こうした状況の中で、尼崎電車区分会は2度にわたり日勤教育の中止・撤回を勝ち取りました。この闘いの教訓とは何かについて考えるべく、日勤問題の本質に迫っていきます。
(1)日勤教育は少数派労組への特殊な例ではない!
先週から開始された「革マルキャンペーン」では、JR西労組合員のテレビ出演により暴露された、日勤教育の不当性について「少数派労組(JR西労)への特殊な例」として否定しています。そのため、新潮の取材に応じた西労組幹部は、草むしりや日勤レポートについて次のように述べています。
「うちの組合には4000人の運転士がいますが過去3年間に草むしりを強制されたものは一人もいません。レポートも酷い作業とだと言われていますが、実際には本人の申告を参考に、運転知識の不足なのか健康上の問題でオーバーランしてしまったのか、把握し対策を立てるためにあるのです」
しかし、現場の組合員はそうは感じていません。西労組森ノ宮電車区分会は、機関紙「道のり」で日動教育に関する組合員の意見を以下のように集約しています。
1,他の乗務員から見える位置で見せしめ日勤の要素が濃い
2,規程の丸写しなど計画的・効率的な教育とはいいがたい。
3,日勤教育終了時には「次回やったら乗務員辞めます…」みたいなことを書かされる。
4,事故をしたら必ず「基本動作をやっていなかったやろ」と言われる。
5,事故をした原因とは関係のない課題を出される。原因を究明しそれをつぶしていくような教育になっていない。
6,事故を起こした運転士は十分反省しているのに掲示で追い打ち。(まだこんな運転士がいる等)
こうした西労組組合員の意見は、私たちが主張してきた日勤教育の不当性が少数派労組、の特殊な例でないことを物語っています。
(2)安全対策は“100%精神論”
これまで、会社は「事故は運転士の気のゆるみと確認疎漏が原因」として、ヒューマンエラー撲滅のため精神論のみを主張してきました。その根幹が「日勤教育」です。ですから日勤教育は「運転士の気のゆるみと確認疎漏」を確定させることから出発し、そこに結論づけるために実施されてきたのです。ミスを犯せば、直ちに事情聴取で「基本動作をやっていたか、いなかったか」が問題にされます。例えば、今話題のオーパーランを例に取ると「ほかの運転士はチャンととまっているのに、お前は何故とまれなかったのか」「ほかの駅は止まれたのに、ここだけなぜ…」と結果の側から追及されます。
西労組幹部の言うように体調や知識不足など問題にはされず「どこで停通確認をしたのか」「どこでブレーキを扱ったのか」など、事細かに追及されます。人間の記憶などあいまいですから、ほとんどの場合、正確に答えることはできません。しかし、あいまいな供述や供述を転換させるとそのことをまた追及されます。まさに犯罪者に対する取り調べそのものです。そうした取り調べが終わっても、今度はレポートが待ち受けています。
レポートでは「何故あなたは停止位置を行き過ぎたのか」から始まり、作成したレポ−トについて「なぜ」「なぜ」と追及されます。最後に反省文や始末書を迫られ「基本動作を怠った私が悪かった」とした内容に誘導され「こんどやったら…」とした会社への誓約まで迫られます。日勤教育が終わっても、運転士はその誓約を背負ったまま乗務しなければなりません。「基本動作不備の追及」「見せしめ的要素」あるいは「誓約」といった日勤教育に関する西労組組合員の感覚は「日勤教育」が、徹底的に精神論をたたき込むことで会社への服従を誓わせるものでしかないことを示しています。しかも教育期間や内容は「現場長の裁量」とされ、草むしりや就業規則の書き写しなど懲罰、脱退策動など労組破壊の手段としても活用されてきました。こうして、安全対策の100%が社員の「事故防止精神」に委ねられるようになり、その結果、設備や保安装置などを含む事故の背後要因究明については一切放棄されてきました。すなわち「日勤教育」はJR西日本における労務管理の最たる手段であり・事故対策とは名ばかりの社員への責任追及の場に他なりません。そういう日勤教育だからこそ、私たちは中止を求めているのです。
(3)90%以上の社内世論が「日勤教育の継続」を支持する不可解?
ところが、社長の国会答弁や本部・地本の申し入れに対しても、会社は「日勤教育・裏面添乗の継続」を明言しています。その理由は、労使安全会議における3労組の支持を取り付けたからに他なりません。「日勤教育」に関する西労組の主張は、前述したように会社の答弁そのもの、国労も基本的な考え方として、日勤教育について以下のように主張しています。
「日動教育」について国労は否定をしません。その理由は、私たちは公共交通機関で働く労働者であり、私たちの仕事は国民・利用者の命と財産を安全に運ぶことである以上、ミス・事故を起こした事実にもとづき、再発防止のために教育をおこなう必要があるからです。一部で起きている事象が全てと報じられるとするなら大きな過ちを犯してしまいます。…
このように、「日勤教育」を再発防止の教育としていること、JR西労がメディアを通じて暴露してきた日勤教育における客観的職場実態を「一部で起きている事象」(少数派組合(JR西労)への特殊な例)として否定していることは、西労組の主張とまったく同じです。会社は事故発生後「労使安全会議」という会社の土俵に労働組合を乗せて、労使一体の名目で安全対策?を打ちだそうとしました。ところがJR西労が日勤問題を中心としたJR西日本の異常な企業体質をメディアを通じて暴露したため「労使安全会議」はJR西労の主張を打ち消す社内世輪形成の場として活用され出したのです。そこに西労組や国労幹部の政治的思惑があるとしても、職場実態(個々人の組合員はどう思っているのか)は別として形式的に3労組合わせて90%以上の社内世論が「日勤教育継続」を支持していることになります。経営トップは、このような形式的な社内世論を背景に「一部見直し」を打ちだしつつも、原則的には「日勤教育・裏面添乗は中止しない」として譲らないのです。
(4)私たちの意識から転換しよう!
以上、日動教育の問題点と取り巻く情勢などを含め簡単に整理しました。しかし一番の課題は「日勤教育」を結果的に容認してきた私たちの意識を「いかに転換させるか」ということにあります。尼崎電車区分会は、ややもすれば「事故をしてしまったのだから…」とか「短ければいいのでは…」とした組合員の本音を出し合い、それを転換する論議を積み上げたと聞きます。その結果日勤教育指定の撤回・中止を2度勝ち取りました。地本は、5月18日に開催されたJR福知山線脱線事故に関する大阪支社との経営協議会で「日勤教育の中止やJR西労に対する不当差別・不利益扱いの中止」を求め「ゼロからの出発」を訴えました。しかし支社は、これまでの一般的な回答に終始したため、物別れに終わりました。つまり会社は、口では企業風土を変えるとしつつも、いままでの古い体質を変えるつもりはないのです。それは経営トップが変わっても同じです。しかも、前述したように経営のチェック機能を果たすべき労働組合がその会社とべったり癒着している、この異常な労使関係も何も変わっていません。「二度と悲劇を繰り返さない」ためには、この否定的な現状を職場から変えていくしかありません。と同時に私たちの意識をも転換する、それが安全闘争の出発点になります。
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