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http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20050502-00000004-yom-soci
抱えきれない思い、伝えに来ました…涙の献花台
2日で発生から1週間を迎えた兵庫県尼崎市のJR福知山線脱線事故。線路脇に置かれた献花台には、様々な人が訪れ、あふれる思いを口にしている。遺族、幼なじみ、通りすがりの人、近所の人……。犠牲者との関係の深さにかかわらず、思いは一つ。なぜこんな事故が起きたのか――。
2日も献花台を訪れる人が絶えなかった。事故発生時刻の午前9時18分ごろには、子どもを亡くしたという夫婦らが無言で手を合わせた。母親は車両の撤去作業を進める重機を見やりながら号泣した。
同県伊丹市のスリランカ人僧侶、ニャーナーランカーラさん(51)は献花台の前で読経を始めた。「母国の津波で悲しみに明け暮れ、また、ここで多くの命が失われ……。時間より、命が大切。言うまでもない」
献花台は事故後、立ち入り禁止区域内にあったが、「思いが伝わらない。じかに献花したい」との声が殺到して、29日夕から線路脇の路上に移された。
「軽傷ですんだ私は、亡くなったみなさんの分まで生きたい。それだけは誓わないと……」。事故車両の7両目に乗っていた同市の女子大学生(19)は29日、包帯をした右腕を左手で抱えて黙礼した。
「虫が知らせたのか、あの朝、息子に電話した。『今から福知山線に乗る』、それが最後の言葉。優しくて、親思いで……。私の方が心配ばかりかけて。あの子を、そのままの姿で返してほしい」。泣き崩れ、親類と思われる男性に抱きかかえられた母がいた。
けが人の治療に当たった県立塚口病院の医師、52)は30日に足を運んだ。「人の命を預かる病院として現場は懸命に対応したが……。胸が痛む」。多くの命を救えなかったむなしさがにじんだ。
30日午後に来た大阪市城東区のさん(65)は喪服姿で気丈に振る舞い、わが子が犠牲になった現場の写真を撮影していたが、ついに感極まり嗚咽(おえつ)してしまった。「遺体は言葉を語らないけど、その姿は『これが人間か』と思うほど……。あの子の友だちに顔を見てもらえなかった」
大切な人の死を実感できずに献花台を訪れる人も少なくない。「誰でも“ちゃん”付けで呼んでくれる優しい人でした。死んだのだと、どうしても実感できなくて、来ました……」。会社の上司だった同県川西市の小杉繁さん(57)の生前の姿を思い起こしながら部下の女性は1日、何度も涙をぬぐった。
シートに覆われて見えない現場を見つめた女性は、「JRが憎い。憎んでも憎みきれない」とつぶやいた。娘はまだ22歳だった。
見知らぬ犠牲者の冥福(めいふく)を祈った人たちも後を絶たない。1日には、会社の面接会場で知り合ったという大学生の男女7人がやって来た。同県高砂市の甲南大4年、(21)は「就職活動中の犠牲者の分まで、就職、頑張りたい」と話した。
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