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http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai8/8gijiyousi.html
議事概要
(1) 説明
第6回・第7回会合における識者からのヒアリングの内容を整理するため、資料1「ヒアリングにおいて表明された皇位継承資格及び皇位継承順位についての意見の整理」及び第6回議事録・第7回議事録に沿って事務局より説明。また、ヒアリングで識者が表明された内容に関連する事項として、資料2「昭和22年10月の皇籍離脱について」、資料3「皇位の継承に係わる儀式等(大嘗祭を中心に)について」、資料4「『姓』(セイ)について」について事務局より説明。
(2) 意見交換
・ 中国の姓は、儒教の思想や、中国の家や宗族といった社会を基盤として成立している。日本古代の制度としての姓は、9世紀や10世紀で制度としての規制力を失ってしまったと見られるが、儒教的な思想が江戸時代から明治にかけて強まることにより、社会の実態とは離れて、姓の観念が儒教的な規範として意識されてきた面があるように思う。
・ 現実社会では父系継承という儒教的な考えは崩れているが、象徴というものは、必ずしも、一般社会と同じように変わっていくということではなく、理想としての父系継承というようなものを皇室にだけ求めるような意識もあるのではないか。
・ 家という観念は、高度成長以前の地方の農村社会などでは継承されていたが、現代の社会においては崩れてきている。そうした中で、男系を中心とした家の継承を理想としてそれを皇室に求める、という考え方が男系男子説の背景にあるのではないか。このような世論は、今後何十年も経った後ではまた変わってくると考えられるが、現在の段階でこの問題を検討するに当たっては、そのような面にも留意すべき。
・ 男系を重視する立場の人達は、「男系主義の歴史的重みを重視すべき」、「男系主義というものは歴史上確立された原理である」と主張するが、なぜ男系であるかということの理由は必ずしもはっきりしない。現実に続いてきたことが大事だということはあるにしても、なぜ男系が大事かということについては、歴史的にも説明されていないのではないか。
・ 姓のために男系が維持されてきたのではなく、古代の生活の実態としては、「力」が重要であったのではないか。理屈は後から付けられたということも考えられる。
・ 姓を与える側について、姓をもらう側の論理を適用するのは根本的に間違いなのではないか。男でなければならないということとは、姓を与える側と与えられる側という関係とも、従来は関係していたのではないか。
・ 我々は歴史に忠実でなければならないが、歴史を守るということの意味は、これまで男系で継承されてきたということなのか、その時代時代において最も適切な選択をしたということなのか、その点をどのように考えるかという問題がある。
・ この有識者会議に課された問題を考えるに当たっては、論理も重要であるが、側室というものがなくなったことや、男系継承のひとつの契機と解される姓が使用されなくなったことなど、社会的な変化も踏まえる必要がある。
・ 社会的な変化があるのは事実としても、もしも皇位継承者がいなくなるかもしれないという問題が生じなければ、今日のように、男系、女系というような議論は起こっていないのではないか。
・ 現在の状況は、皇統の維持のために何らかのことを行わざるを得ない状況であり、国の伝統や皇室の伝統は極力理解した上で、世襲という憲法の範囲内で対応できることは何かということを考えるべき。
・ 基本的な視点としては、以下のようなものがあるのではないか。
1) 現行の日本国憲法を前提とすること。
2) 安定的な皇位継承を確保することが極めて困難な状況にあるということを直視せざるを得ないこと。
3) 伝統を重視することは非常に重要であるが、様々な時代環境に柔軟に適応してきたという面にも留意する必要があり、また、伝統というものは、単なる伝承や因習ではなく、それぞれの時代の試練に耐えて創造的に形成され、維持されてきたものであること。
4) 将来の世代にも共有可能な価値観を探る必要があり、世論の動向も一つの参考になるが、その根底に流れている持続可能な価値観を見定めた上で考える必要があること。
この4つの視点を踏まえて、基本的に考えるべきポイントを抽象化すると、以下のようになるのではないか。
1) 嫡出の要件を前提にした上で、皇位の世襲制を安定的に持続させるための適切かつ十分な方途を考える必要があること。
2) 皇位継承順位に関するルールはできるだけ簡明であるべきであり、偶然的な要素に左右されたり、非常に複雑になることはできるだけ避ける方向で考えるべきであること。
3) 皇族の範囲について一定の見直しが必要であること。
・ 女性天皇・女系天皇を認める場合の皇位継承順序について、長子優先か兄弟姉妹間男子優先とすべきかについては、長子優先が一番簡明であると思うが、これからの議論の中で具体的に考えていきたい。また、同じく皇族の範囲については、いろいろな考えがあるということがヒアリングでわかったが、少なくとも皇族女子が婚姻後も皇籍にとどまる可能性について検討する必要があるのではないか。
・ 女性天皇・女系天皇を可能とした場合に、長子優先か兄弟姉妹間男子優先かということと、女性宮家を認めるかどうかということが、今後の検討のポイントになるのではないか。
・ 女性天皇・女系天皇を認める場合の皇位継承順序については、歴史的な経緯、肉体的なハンディ、国民の感情などを考えると、長子よりも兄弟姉妹間では男性の方がいいのではないかと、まだ途中段階であるが、今は漠然とそういう気持ちがある。
・ 女性・女系天皇を可能とした場合の継承順序については、まだ定見は固まっていないが、配偶者の問題を考えると、今日の状況では、兄弟姉妹間男子優先の方がいいかなと内心思う時がある。ただ、何十年も先にはどうなっているのかなとも思う。
・ 男系男子を維持する方法としては、皇族の復活、養子、現在の皇族女性との婚姻という3つの方法しかない。現在の皇族女性との婚姻は、制度として構築するのは無理。皇族の復活・養子は、国民の意識との関係で難しいのではないか。
・ 世の中の変化に応じて当然変えていかなければならないものと、変えてはいけないものがある。この二つの切り分けが、男系か女系かという問題にもあるのではないか。これまでの歴史の中で、その時々で叡智を出し合いながら皇位を継承してきたとするならば、我々も徹底的に議論すべき。11宮家の問題も、叡智を出し合うということになるのではないか。
・ 旧皇族の復帰や養子を認める、庶系を認めるというようなことは、一切、皇室典範の議論の枠の外ではないかと思う。とにかく議論してみなければならないということだとは思うが、少しでもこの枠を広げるということになれば、かなり大きな難しい問題となる。
・ 庶系継承が認められなくなったなどの法的な制約のみならず、社会全体に子供が少なくなってきているという状況にあるということもある。したがって、この有識者会議に与えられた与件はとても狭く厳しいが、その中で決断しなければならない。
・ 憲法は大前提であり、検討に当たっての出発点である。他方、ヒアリングの際に、養子等では、国民統合の象徴としての機能が果たせるかどうか、国民の支持が得られるかどうかという論点が表明されたが、これは、制度を安定的に維持するという点においても重要な問題であり、明示的に考える必要がある。また、少子化などの社会の変化を無視することはできないし、今後の社会の変化についても、ある程度の予測をすることはできるのではないか。
・ 家や少子化に関連することなど社会の状況や国民の意識を考える場合には、都会と地方部など、地域性にも配慮しなければならない。
・ かつては必要であったと考えられる軍事力や戦の時代を乗り切るという要請については、今日の天皇には必要でなくなっている。また、妊娠・出産時には配慮が必要になるものの、以前とくらべると負担は軽くなっている。
・ 次の世代における国民の皇室への支持という観点から、将来の世代との価値観の共有の問題を考える必要がある。
・ 権威は個人をこえているが、権能は個人にとどめられるものであり、天皇の制度は、こうした大きな違いを内包している。
・ 例えば今日の日本の水田農業の荒廃を考えたとき、将来その転機が訪れるとするならば、農耕儀礼としての大嘗祭はそのときの大切な価値を標榜するものと考えることができる。未来の大切な価値が、皇室の伝統の一番奥にあると考えることもできるのではないか。
・ 何かを変える場合には、変えた後でも大切なものは維持されていくような方策を考えることが必要。そのような方策を考えることが、今有識者会議が求められていることなのではないか。
・ 非常に理念的な考え方や、あまりに立派な原理原則にこだわらないで、その場その場に応じて柔軟な議論をしていく必要がある。
・ 天皇の制度を維持していくためには、第一条件として皇位継承資格者を増加することが絶対に必要であるということがこれまでの議論で明快になった。そのための考えられる方策としては、一つには、女性天皇、女系天皇を認めること、もう一つには、旧宮家の復活など、旧皇族に登場してもらうこと。それぐらいしかない。
・ この有識者会議の報告書の内容は、いつから実施されると考えればいいのか。
・ 法律というものは、いかなる事態が生じても適用されることが前提であり、そうしたことにならないよう、備えておく必要があるのではないか。
・ 現に、今の皇室典範が制定されたときには全く見通しが立たなかったような事態がすでに発生しているが、50・60年後の社会がどうなっているのか、可能な限り見据えて制度を考えるべき。例えば、大嘗祭についても中断していた時期があったように、大嘗祭がそのままの形で継承されなければカリスマ的な権威が残らないというものではなく、時代時代に応じていろいろな形が考えられるのではないか。
(3) 今後の進め方について
夏休み前に中立的な形で論点の整理を行うこととし、7月20日と26日に会議を開催して、そのための議論を行うこととなった。また、次回7月20日には、少子化、家の制度など、これまでの議論で出てきた社会状況に関する問題につき、事務局に資料の提出を求めることとなった。
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