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これほどの静寂が、あるだろうか。まるで、真空状態。誰もが、あんぐりと口を開けたまま、固まっていた。
ただ一人、花太郎だけが、口笛を吹きながら、ゆったりとベースを一周すると、ベンチへ戻ってきた。
「ま、こんなところでいいですかね、カントク? ね、ちょっと!」
「あ?」
黒星監督は、我に帰ったように、花太郎の手を握った。
「あ、有難う! 有難う!」
嬉し涙が噴き出して、もう、ぼろぼろ状態だ。雇われ監督の悲しさ、コールドゲームで屈辱的な負けをくらい、しかも、花太郎が役立たずのでくの坊とくれば、即、クビになるところだったから。
細井マネージャーやチームのメンバー達も、やっと、正気に戻って、花太郎を取り囲み、大騒ぎとなった。試合のほうは、まだ、ボロ負けなのにね、ま、いいか、少なくとも、今の時点でのゲームセットはなくなったわけだ。
「さてっと」
騒ぎが一段落したところで、花太郎は、やおら、メットとユニフォームを脱ぎ棄て、もとの上半身はだか状態にもどると、ナナハンにまたがった。
「お、おいっ」
あわてたのは、黒星監督や細井達だ。
「どこへいくんだ? 試合はまだ終わっていないぞ!」
「わかってらぁ」
花太郎は、金色のバットを背中にさしながら、いった。
「でもな、こっちは出入りの途中で駆けつけたんだ。今から戻って、奴らの息の根を止めなきゃ。ケンカには、けじめってもんが大事なんだよ」
「けじめなら、こっちにもある。五回でのコールドゲームはなくなったが、七回で7点差があったら、規約でコールドゲームになるんだ! それまでになんとか点差を縮めないと、
万事休すだぞ!」
「ムリムリ」
花太郎は、せせら笑った。
「そりゃ、俺がマウンドで投げりゃ、敵サンの攻撃を零点に抑えるのはカンタン、楽勝だぜ」
「ホントかいな…」
細井が、ぼそっといった。
「おたくが投げるのを、まだ、誰も見たことがないけど…」
「そうかい、んじゃ、てめぇをボール代わりに投げてやろうか」
「あ、い、いえ、け、結構です、ハイ…」
花太郎にすごまれて、細井はあわてて首をすくめた。
たしかに、黒星監督以外には、まだ誰も花太郎のピッチングを見たことはなかった。その黒星監督だって、自信はない。その時、花太郎が投げたのは、たった、十球だけだった。でも、そんなことにはお構いなしの花太郎、
「で、俺が零点に抑えても、問題はこっちの攻撃だぜ。七回の裏までにあと2点取れるか? 凡打や三振で、六回、七回ともに三者凡退。とても、俺まで打順が回ってこないぜ。というわけで、七回を終わって、点差は10対1のコールドゲームってわけだ。だから、やるだけ、ムダ。五回コールドの屈辱を免れただけで良しとしようぜ。な、センセイ!」
花太郎は、ポンと黒星監督の肩を叩くと、ナナハンをダッシュさせた。
「あ、花屋敷! 待ってくれ!」
「待ってくれよ!」
黒星監督達が叫んでも、ブレーキを踏むような花太郎じゃない。そのまま、一気にジャンプして、外野のフェンスを飛び越えた、と、思った瞬間、
キキーッ!
けたたましい急ブレーキの音をたてて、ナナハンは急停車した。
パッと吹き上がった土煙がおさまると、ナナハンの前には、一人の制服姿の女子高生が立っている。
「バ、バカヤロッ! アブネェじゃねえか!」
花太郎は、真っ赤な顔で怒鳴りつけた。
その物凄い顔を見たら、ふつうの女の子だったら、気絶するところだ。ところが、その女子高生は、平然というか、毅然というか、こわいもの知らずというか、それとも、無神経というか、たじろぎもしないで、それこそ、電信柱か街灯のように立っている。
花太郎にとっては、こんなことは初めてだった。どんなワルでも、花太郎に怒鳴られたら、腰をぬかすか、縮みあがるのが普通だった。
花太郎は、意表を突かれた顔で、相手を見た。
うっ、地味っ。
それが、第一印象。
背丈はごく普通。やせ気味で、手足が細くひょろ長く、スカートも膝が隠れるほどの長さだ。今時の女子高生達のこれ見よがしな超ショートのセクシィスカート姿とは、まるでもう、月とスッポン。時計の針をン十年前に戻したスタイルだった。
スタイルといえば、ボディのほうも、地味そのもの。胸のふくらみもヒップのふくらみも、腰のくびれも、ない。
なにも、ない。
もうそれだけで顔を見る気にはならないが、でも、ひょっとして、地味づくりの美少女ってこともある。敵から身を守るために、あえて、見立たないようにカモフラージュしているのかもね。
ということで、花太郎は、やおら、相手の顔を見下ろした。ワイルドで硬派なモサを自認していても、やっぱり、思春期の真っ盛り。やっぱり、オンナノコには興味があるわけか。
そう思うのは、浅はかもいいとこだ。じつは、花太郎、超の字がつく女嫌い。その理由は…ま、おいおい、わかることですがね。とにかく、大嫌いだ。当然、恋も女の香りもぬくもりも知らない。
そんなわけで、花太郎は景色を見るような気分で女の子を見た。
「うっ」
すぐに、後悔した。見なきゃよかった、と。
おかっぱのような髪に、青白いとんがった顔立ち。顔の中心には、メガネ。それも、分厚く大きなレンズ。フレームも、黒色。その地味で野暮ったいメガネが、顔のほぼ半分を占めている。しかも、半分ずり落ちて、鼻の中央になんとか引っかかっていた。
顔立ちそのものはお利口そうだが、薄い唇や細い眼、それに、ツンと上を向いた鼻が、
お高くとまった印象を与える。
さすがの花太郎も、一瞬、言葉が出なかった。
すると、そのメガネさんが、右手をすっと花太郎の前に差し出した。
「これ、あなたのですか?」
ちょっと、つんけんした可愛げのない声だ。
差し出された手には、ボールが握られている。土で汚れ、皮が破れた状態だ。表面には、さっき、花太郎が金色のバットで叩いた時の跡が、くっきりと残っていた。
「ああ、確かに、俺が打ったタマだぜ」
「そうですか」
「で、それがどうした? 届けにきてくれたのか?」
「いいえ」
「そうか、じゃ、サインして欲しんだ。特大のホームランを打ったこの俺様のタマを拾った記念にさ。そうだろ? もちろん、喜んでサインしてやるぜ」
花太郎にとって、初めてのサインだ。思わずいかつい顔をほころばせたが、
「いいえ、そんなもの、いりません」
と、女の子は抑揚のない声でいった。
「そんなもの? じゃ、なんだってんだ!」
当てが外れた花太郎は、ムカッとなった。
すると、女の子は、すかさず、抱えていたカンバスを花太郎に突きつけた。そのカンバスはほぼ真っ二つに壊れ、描きかけの花の絵が無残な姿を見せている。
「わたしが公園で写生をしていた時、このボールがぶつかって、こんなになってしまったんです」
「そうかい、そいつは申し訳ない」
「謝ってすむことじゃありませんっ」
いきなり、女の子の声のテンションが、キーンと上がった。
一瞬、たじろいだ花太郎だったが、すぐに、
「じゃ、どうしろっていうんだ?」
すると、女の子は、じっとメガネ越しに見上げたまま、
「弁償して欲しいんですっ」
と、いった。
「弁償?」
「はい、この絵をめちゃめちゃにされたからですっ」
「うっぷ! 笑わすな。こんなヘタクソな絵、弁償しろなんて、ふざけんなよっ」
「そういういい方は、失礼です! 今すぐ、訂正しなさい!」
「なにぃ! おい、あんた、俺を誰だと思ってるんだ。天女学園の番長・花屋敷花太郎といえば、泣く子も黙る…」
「花屋敷花太郎さん、ですね」
女の子は、さえぎるようにいった。
「ああ、そうだ。で、あんたは?」
「新井リツ子といいます」
「新井、リツ子ね」
平凡な名前だ。ま、粋がっても、大したことはないな。花太郎は、ふっと笑った。
「んで、いくら、弁償すりゃいいんだ?」
リツ子は、さらっといってのけた。
「一億円です」
(つづく)
追記 台風が近づいているとか。どうなっているんですかね、この異常気象は。星子シリーズのほうも、一種の異常気象かな。リツ子さんと花太郎の一件、この先、どういうことになるのやら。僕もさっぱり、見当がつきませんが、ま、進めるしかないでしょう。
ところで、僕はかって、ケイブンシャノベルスから「魔界甲子園」という小説を出したことがあるんですが、読んでくれた方はいるかしら。
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リツ子嬢の外見が初期設定からだいぶ変わりましたね!
眼鏡っ子萌E〜+. (*゚∀゚*)゚+.゚
リツ子嬢wwwちょwww1億とか何かもう次元が違いますね(笑)
次回、弁償を要求された花太郎様の反応が気になります…つД`)
2008/6/3(火) 午後 1:45 [ ゆうきあおい ]