星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

星子とパパの恋旅ガイド

[ リスト ]

                  5

「おい…」
 わたしは、足を止めて振り向いた。後からついてきているとばかり思っていたのに、彼女は立ち止ったままだ。灰色の影が、薄い海霧の中でぼやけている。
「早く、ホテルへ帰ろう。風邪をひくぞ」
 せかすように呼びかけたが、彼女は港に向かって立ち尽くしている。
 夕暮近い函館港の湾内は波がしらが立ち始め、細かい海霧のしずくが、冷たい風に巻かれながら、吹き付けてくる。まだ十月の始めというのに、今にも霙まじりの雨が降ってきそうだ。
わたしは、背中をすぼめながら彼女のそばへ戻った。
「さぁ、早く」
 促すように肩を抱いた私の手を、彼女は掃くように払いのけた。いつもなら、私の肩に甘えるように顔を埋めてくるのだが。
 一瞬、戸惑っているわたしに、
「ね…」
 彼女は、港へ顔を向けたまま、つぶやいた。
「なに?」
「……」
「なんだい?」
「…終わりにしたいの…」
 彼女は、低い声でつぶやいた。
「え?」
 わたしは、彼女の言葉の意味が分からず、問い返した。
「終わりって、旅のこと?」
「……」
「でも、今朝、函館に着いたばかりじゃないか。レンタカーも借りたし、明日から洞爺湖や登別、日高から足摺岬のほうへ回って、最後は札幌の夜を楽しもうっていう計画だろう」
「……」
 彼女は、横顔を見せたまま、黙っている。言葉を選ぶというより、いい出せないようだ。
「もしかして…」
 わたしは、ためらいがちにいった。
「お宅のほうで、なにかあったのか?」
「ううん…」
 彼女は、小さく首を振った。
「遠慮しなくてもいいんだよ」
「大丈夫」
「でも…」
「ほんとに、何でもないったら」
 彼女は、ちょっと語気を強めた。わたしよりも、自分にいら立っている感じだ。
 お互い、家庭のことは、極力触れないようにしている。何でもなかったころは、ごく自然にお互いの家族のことで愚痴をいったり、自慢したり、心配し合ったり、楽しく笑い合ったりしたものだった。だが、一線を踏み越えた時から、いい合わせたわけでもないのに、いっさい、お互いの私生活には触れようとしなくなった。
「じゃ、一体…」
 わたしも、苛立ってきた。
「ごまかさないで、はっきりいえよ。終わりって、どういうことなんだ。何を、終わりにしようと…」
 いいかけたところで、わたしはハッと口をつぐんだ。
 近頃、わたしの中で少しずつ膨らんできた重苦しいかたまりが、ふいに、皮を破って顔を現した。
「…僕たちのこと、か…」
 わたしは、息を吐くと、彼女を見つめた。
「そうなんだろう…」
「……」
 彼女は、決心したように頷いた。
「そうか、やっぱり…」
 わたしは、気持ちを落ち着かせようと、顔を両手でこすった。まるで、他人の顔に触れているような感触だった。
 彼女とこういう関係になって、そろそろ三年になる。お互い、今の暮らしを壊さないように、暗黙の了解のもとに付き合ってきた。
そのうち、不倫愛にも飽きて、ごく自然に二人の関係が解消すれば、一番いい。それまで、ひとときのアバンチュールを楽しむつもりでいた。もちろん、罪の意識はあったが、あとで償えばいいと、身勝手な気持ちだった。
しかし、わたしも彼女も気づかなかった。愛は深みにはまれば、底なし沼に引きづり込まれるようなものだ、ということを。
そのことにやっと気づいた時から、お互い、口には出さないものの、一刻も早く愛を終わらせなくては、と、思い始めていた。さもないと、底なし沼に吸い込まれて、取り返しのつかない破局を招くことになる。それだけは、何とか避けたい。その思いが、お互いの胸の中で大きく膨らんでいた。
だが、愛の深みから抜け出すのはつらくて悲しい。別れよう、の一言をいわなくては、と思いながら、時間だけが過ぎていった。
今度の旅も、そんな息苦しさから、つかの間でも逃れようとした逃避行だった。だが、彼女のほうが先に重圧に負けた、というか、気持ちを誤魔化すつらさに耐えきれなくなったのだ。
「わかった…」
 わたしは、頷いて見せた。
「それが、一番いいのかもしれない」
 自分にいい聞かせるようにつぶやいてみる。胸が張り裂けるような悲しみが込み上げる一方で、重圧から解き放たれた安ど感のようなものが、じわりと込み上げてくる。
 今まで一人称だった自分が、ふいに二人称へ変わったような気分だ。そんな自分が、すごく嫌になる。
「で、どうする?」
「あなたは?」
「そうだな、家に帰る気持ちにはなれないし…でも、正直いうと、仕事もたまっているしね…」
「そう」
 もちろん、とってつけたようないい訳だ。でも、愛の未練を断ち切るには、一刻も早く日常の暮らしに戻るしかない。
「君も、帰るかい? なんなら、飛行機の切符を…」
「ううん、いいの」
「いいって…」
「しばらく、一人になりたいの。一人だけに…」
 彼女は、わたしを見上げたあとで、ぽつりといった。
「もっと、正直になりたかった、自分に…」
「え?」
 ふと、彼女の眼に涙のようなものが光った。次の瞬間、彼女は背を向けて海霧の中へ吸い込まれていった。
「……」
 …もっと、正直になりたかった、自分に…わたしは、彼女のいったことを反芻していた。
 そう、わたしだって、同じだ。もっと、自分に正直になるべきだった。
 奈落の底へ落ちてもいい、何もかも捨てて、愛を貫くべきだった。
 いや、まだ、遅くはない。
 遅くないんだ。
 体の中で、熱いものが一気に噴き上げてきた。
わたしは、夢中で走り出した。
「待ってくれ!」
 だが、彼女の姿はすでに夕闇に塗り込められ、姿は見えない。それでも、わたしは必死に彼女を探した。
「待ってくれ! いかないでくれ!」

「ちょっと、ね!」
 立ち込めた海霧の中から、若い男の声が聞こえてきた。
「しっかりしてくれよ! パパさん!」
「あ?」
 わたしは、目を開けた。
 眼前に、なんと、宙太の顔がある。
「キ、キミ!」
 わたしは、宙太の腕を無意識のうちに掴んでいた。
「見かけなかったか、彼女を? な、どうなんだ?」
「パパさんたら、しょうがないな」
 宙太は、私の手を払いのけた。
「しっかりしてくれよ、寝ぼけている場合じゃないぜ」
「寝ぼけてる?」
 わたしは、あたりを見回した。
 今いる所は、海霧の港町、じゃない、列車の中だ。
 ということは、夢を見ていたのか。いや、夢じゃない、昔、わたしが体験した恋別れの一場面によく似ている。彼女を偲ぶ旅のせいだろうか。あらためて、つらくて悲しい気分が込み上げてくる。
 しんみりとしたとたん、いきなり、宙太に肩を強く掴まれた。
「さ、早く、パパさん!」
「乱暴だな。どうしたっていうんだ?」
「どうもこうもないぜ。星子さんが、消えちまったんだよっ」
「き、消えた? 星子が?」
 わたしは、唖然となった。
「でも、星子はこの列車の女性専用車に…」
「その女性専用車から消えたんだ。しかも、それも、コロシがあった直前にね!」
「コロシ?」
「ああ、今さっき、女性専用車のトイレで男が殺されたんだよ!」
「!……」
 わたしは、とびあがるように座席から立ち上がった。




追記  なんとか、再開にこぎつけました。ご心配かけてすいませんでした。頑張って続けていくつもりですので、ご容赦ください。
 それにしても、今回のシリーズを書き始めて思ったことは、やはり、ラブロマンスこそ、小説や映画、テレビ、演劇の魂であり命であるということです。いや、人生そのものが、恋こそ愛こそ命! かもしれない。恋や愛には縁のないぼくも、パトスだけは無くさないようにせねば! 
 非力な僕だし、つたない恋物語になるかもしれないけど、書き続けていきます。

閉じる コメント(5)

顔アイコン

先生こんにちは!お久しぶりです(・∀・)ノ
再開されるのを心待ちにしておりました+. (*゚∀゚*)゚+.゚
おおおお!!!再開されてすぐに星子さん失踪事件が!?
それもコロシとは穏やかじゃない展開ですねΣ(゚△゚;)
ますます続きが気になりますよ先生っ><!!!

2008/10/3(金) 午前 10:47 [ ゆうきあおい ]

待っておりました〜♪
今回事件とは無縁かと思いきや! これからの展開、眼が離せません〜!

2008/10/3(金) 午後 4:27 くにざわゆう

顔アイコン

…何だか、今の自分の現在と未来を見た気分です…
でも、後戻りも出来ないです。
でも、恋をしていたい…
先生、書いてくださって有難うございます。
続きを楽しみにしています。

2008/10/3(金) 午後 8:51 [ なな ]

顔アイコン

読んでいて胸が苦しくなっちゃいました(^^;)
でも、そんなつらい恋も人生には必要なのかもしれませんね。

星子さん、失踪事件!? 大変!!
ではでは、マサルさんにも応援に駆けつけてもらいたいです!!!

2008/10/3(金) 午後 9:30 [ とも ]

顔アイコン

再開楽しみに待ってました!
山浦先生ありがとう。
またワクワクしながら読ませていただきます。

2008/10/3(金) 午後 11:21 [ 未来 ]


.
星子&宙太yyy
星子&宙太yyy
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事