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「圭一さんっ」
星子は、泣き声で叫んだ。でも、圭一の姿は、たちまち地獄谷に漂う噴煙の中へ吸い込まれていった。
<いざという時は、星子を守るために、まりも姫を始末する>
<今の俺に出来る、最後の愛の証しなんだ>
圭一のいった言葉が、星子の脳裏にはっきりと残っている。
圭一の気持ちは、嬉しい。でも、星子のために、まりも姫が殺されるとしたら。そんなにつらいことはない。
そんなことになったら、わたし、一生、幸せにはなれないと思う。人の犠牲の上に、自分の幸せがあるなんて、あってはいけないことだ。絶対に許されないことだ。世の中にはそういう人もいるけど、わたしはそうなりたくない。
絶対に!
「……」
じきに、星子はキッと顔を上げた。
<やっぱり、まりも姫に会いにいこう! よく話しあえば、きっと、わかってくれるはずよ。きっとね!>
まりも姫は、恋のために魔女になってしまった、哀れな女の子だ。恋が命の星子としても、なんとか、助けてあげたい。
<そうよ、わたしの力で助けてあげなきゃ!>
そう思った時には、もう、星子は地獄谷に向かって走り出していた。硫黄の匂いは、さらにきつくなり、息が思うように出来ない。
気分が悪くなり、足がもつれて、ふらふらする。
<しっかり! しっかりするのよ、星子!>
懸命に気合いを入れたけど、頭の中もぼーっとしてきて、膝をついた。
もう、歩けない。ここで、死んでしまうのかも…それが、まりも姫の生贄になるってことなんだろうか…。
星子の意識は、次第に薄れていった。
その時だった。誰かが強い力で、星子を抱え上げた。
「しっかりしろ、星子さんっ」
「…誰?…」
「しっかりするんだ!」
いきなり頬を叩かれて、星子はやっと正気に戻った。
「!…五月さんっ…」
そう、星子を支えてくれているのは、五月だった。
「は、放して下さいっ」
星子は、五月の手を払いのけようともがいた。
「わたし、まりも姫のところへ…助けてあげたいんです…お願いだから、いかせて下さい!お願い!…」
「……」
五月は、じっと星子を見つめたあとで、頷いた。
「わかった」
「いいんですか?」
「ああ、その代わり、僕も一緒にいくから」
「えっ」
「刑事っていうのは、因果な仕事でね。職務上、君をほってはおけないんだ。それに、美空警部のためにも、君を死なせるわけにはいかないしな」
「五月さんっ」
五月は、星子をコートの中にすっぽりと包み込んだ。
「こうすれば、少しは息をするのが楽かも知れないぜ」
頷きかけて、星子はハッとなった。
五月の背広を透してべっとりと血がにじみ、五月の呼吸はかなり乱れている。
「ひどいケガ! 早く手当てしないと…」
「いいんだ、心配するな」
「でも!」
「構うな、といってるんだ!」
五月は、傷の痛みをこらえながら、険しい顔でいった。
「さ、早くまりも姫のところへ…早く!」
「え、ええ」
星子は、五月の容態が気にしながら歩き出した。
五月のコートの中は暖かく、男の匂いがする。さっきまでの息苦しさは薄らぎ、なんだか、安心出来るような気分だ。これが、大人の男の匂いなのだろうか。
でも、五月の息遣いは苦しそうだし、傷口からの出血も止まらないようだ。このままでは、五月の命に差し障りがあるかもしれない。
「五月さん、わたし、やっぱり、一人でいきます…五月さんに、もしものことがあったら、
わたし…」
「……」
「五月さん、子供がいるんでしょ? 宙太さんから聞いたんです。名前は、正樹クンとか…その正樹クンのためにも、どうか…」
「……」
「ね、五月さんっ、お願い! お願いします!」
「……」
星子が、いくら、懸命に頼んでも、五月は何も答えずに、足早に歩いた。左手で、コートの中の星子をしっかりと抱えて、地獄谷の奥へ、奥へと。
コートに包まれながら、星子は泣いていた。
こぼれそうになる嗚咽を懸命に押さえながら、泣いていた。
(つづく)
追記 星子が五月のコートの中で嗅いだ匂いは、大人の男の匂い。宙太からはまだ感じられない、大人の男の匂い…。それにしても、五月はただ刑事の使命感や宙太のために、今にも消えようとする命の火を燃やしているのだろうか。それだけなんだろうか。もしかして、星子に誰かの面影を重ねているのかも…誰かの…。
愛というのは、ほんと、悲しいものなんだよね。
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初めて星子シリーズに出会ったときは中学生でしたから、愛の奥深さなんてわかりませんでしたが、出会い別れを繰り返し、母となった今、愛の楽しさ、幸せの裏側にあるつらさを知りました。
一生忘れられない人、大事な日とって必ずいるものですよね。
う〜ん 初期の星子さんにはない大人な恋愛感がまたいいです・・・
あ〜私ももう一度自由な恋愛をしていたころに戻りた〜い!
先生、あと少しで完結ですか??
お体いたわりながら、続き期待しています
2008/12/15(月) 午後 10:33 [ まりも ]
偶然先生のブログを見つけました。感激です!初めて読んだコバルトは先生の本でした。はじめからゆっくり読ませていただきます。
もうすぐ33歳育休中の幸せ。
2008/12/17(水) 午後 3:01 [ とも ]
初めましてo(^o^)o
星子さん達に再び出会えるとは感激です(@ ω
2008/12/17(水) 午後 5:02 [ 美優 ]