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「春ちゃん、しっかりしろ! 春ちゃんたら!」
宙太にカツを入れられて、春之助はやっと目を開けた。
「…宙太さんっ…パパっ…」
「大丈夫か」
わたしは、息の詰まるような硫黄の匂いに悩まされながら、春之助に声をかけた。
宙太と二人で、血痕の痕を追いながら地獄谷の入り口まできたところ、気を失っている春之助を発見した。
近くには、真っ黒なコートを着た異界人の遺体が転がっている。むき出しになった顔や手はミイラのようで、なんとも薄気味の悪い姿だった。
「いったい?、何があったんだ?」
「…何がって…ああっ…」
春之助の朦朧とした顔が、一転、ハッとなった。
「星子ちゃん! 星子ちゃんが!…」
起き上がりかけて、春之助はよろけた。
すかさず、抱えた宙太が、
「星子さんが、どうしたんだっ」
「じ、地獄谷の奥へ…」
「なに!」
「五月さんも、一緒よ…」
「五月刑事も! 確かか!」
「ええ、私もあとを追いかけようとしたけど、気が遠くなって…」
「とにかく、その時のことを話してくれ!」
「それがね…」
春之助は、苦しそうな息使いで、話した。
――自分の体に、異界人が乗りうつっていたこと。圭一がその異界人を倒したあと、まりも姫の元へ向かったこと。そして、星子が五月に支えられながら、圭一のあとを追ったこと、を…。
「ヤバいぜ、こいつは!」
宙太は、唇をかんだ。
「パパ、俺、助けにいくから、春ちゃんを頼む!」
「い、いや、わたしもいくから…」
「あたしも!…」
「ダメダメ! ここから先は、ホントの地獄だぜ。お二人さんには、ムリもいいとこ!
んじゃな!」
そういって、宙太は猛然と走りだした。
「星子さん! じきに、俺がいくからな! 無茶するなよ、いいか!」
――ここって、ほんとに地獄かも……。
星子は、茫然とあたりへ目をやった。
五月に守られながら、なんとか地獄谷を通り抜けると、赤茶けた溶岩の崖が聳え立ち、あちこちから噴煙や水蒸気が噴き出している。ものすごい熱さと硫黄の匂いで、目がくらみそうだ。谷はここで行き止まりのように見えたが、水蒸気がシュウシュウと噴き出す溶岩の裂け目から、まりも姫の声が聞こえてきた。
「ここよ、ここから入るのよ…」
「!…」
星子は、立ちすくんだ。こんな所から入っても大丈夫なんだろうか。蒸し焼きになりそうな気がする。
でも、ためらっていても、始まらない。一か八か、やってみるだけだ。
「五月さん、わたし、一人でいく…」
そういって、五月のコートの中から出ようとした。だが、五月の腕はしっかりと星子の肩を抱えたままだ。出血は相変わらず止まらないし、息使いもかなり苦しそうだが、星子を守ろうという五月の気持ちには揺らぎはなかった。
「ね、五月さん、お願い…」
「……」
五月は、黙ったまま、星子を引き寄せて歩き出した。
「五月さん…」
五月は、命の最後の火を星子のために燃やそうとしているのかも知れない。そんな思いつめたものが、五月の体のぬくもりから伝わってくる。
その気持に、答えなくては…そうよ、そうしなくては…。
星子は、五月の胸に体を摺り寄せて歩き出した。濡れた血が星子の服に染みてくる。でも、離れようとは思わなかった。
「入るぞ」
五月は、星子を抱えるようにして、溶岩の裂け目に飛び込んだ。一瞬、真っ暗闇になったが、じきに、青白い燐光が、ちらちらとあちこちにきらめき始め、壁や天井を浮かび上がらせた。かなり広い洞窟が、奥のほうへとつづいている。まるで、鍾乳洞の中に迷い込んだような気分だ。
いつの間にか、熱さも硫黄の匂いも薄れて、奥のほうからひんやりとした風が流れてきた。その風に誘われるように進むと、洞窟が急に広がって、まるで、ドームのような大空洞があらわれた。
その大空洞には、ほのかな青白い光が無数舞っている。
どうやら、ホタルのようだ。
その数はさらに増えて、ドーム全体が、まるでシャンデリアに照らされたように明るくなった。そして、その光りが大空洞の底にある大きな地底湖を浮かび上がらせた。
無数のホタルの光を映した地底湖は、どこまでも透きとおり、息をのむほど神秘的で美しい。
思わず見とれていると、近くの湖畔に蛍の光の帯が渦を巻き、人影を浮かび上がらせた。
妖精のように美しい少女だ。真っ白な裾の長い衣装をまとい、手のひらには緑色のまりもを乗せている。
まりも姫に違いない。きっと、そうだ!
星子は、茫然と見つめた。
(つづく)
追記 いよいよ、まりも姫の登場です。なれないファンタジーの世界だけど、僕なりに楽しんでいきま す! ところで、母のことで、温かい、そして、優しいコメントありがとう。同じような体験や苦労 をしている人が多いんだな。胸がジーンとなってしまった。これも、星子ファミリーがとりなす縁 かな。これからも、お互い、支えあっていきましょう。
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いよいよ、まりも姫の登場ですね!どうなる… それにしても五月刑事は星子さんをしっかり守っていて、宙太さんのことを思うと複雑な気持ちです(´Д`) やっぱり、ここから恋が芽生えてしまうのでしょうか(;□;)!! 益々、楽しみです(*^∇^*)
2008/12/19(金) 午後 8:34 [ いちそこ ]
以前から思ってはいたんですが、ホントに山浦さんの描写は素晴らしいです。
自分もその場に居て星子さん達を見つめている気持ちです。
宙太さんに早く助けに来て欲しいけど、宙太さんの命も心配だし・・・。 あ〜、続きが気になる!!
2008/12/21(日) 午前 7:54 [ とも ]