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第二部
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――なんでよ、なんでこういうことになっちゃったわけ……。
星子の頭の中で、同じ質問がくるくると渦を巻いている。でも、これといった答えは出てこない。
タクシーの車窓には、ライトアップされた東京タワーが大きく聳え立ち、流れていく。
え、東京タワー?
そうなの、わたし、今さっき、東京に帰ってきたとこ。夕方の飛行機で長崎を飛び立って、夜、羽田空港に着いた。そのあと、タクシーに乗ったわけ。
わたしの両隣りには、星丸クンと宙美チャン。すやすやとお休みだ。二人の手は、しっかりとわたしの手を握ったまま。離そうとしても、眠ったまま強く握り返してくる。そして、助手席には、宙太さん。時々、「申し訳ない」といった顔で振り向いてくれる。
ということは、つまり、宙太さんや星丸クン、宙美チャン達と一緒に東京へ帰ってきたわけ?
なんでよ、なんでこうなっちゃったわけ? ナガサキでママのピンチヒッターは終わったんじゃなかった?
そうなの、そういうこと。
はじまりは、あの一言。
「うん、ママも一緒にいくから!」
お別れのはずが、星丸クンと宙美チャンの涙に負けて、つい、その気になってしまった。
お人好しなのか。おっちょこちょいなのか。それとも、聖人なのか。はたまた、偽善者か。
でも、チャンスはまだあった。長崎駅前のレストランでの食事のあと、なんか理由を見つけてサヨナラすればよかった。宙太だって、星子にこっそりと「あとはうまくやるから」と、いってくれた。
「君の気持ち、すごく有難いよ。でもね、いつまでも一緒にいて貰うわけにはいかないしさ」
そりゃ、まぁね。お休みはあと二日しかないし。月曜日には学校にいかなきゃ。なんせ、期末テストがはじまるんです。もし、赤点貰うと、留年!ってことになるわけ。
「それにさ、そばにいればいるほど、君に負担をかけると思うわけ、気持ち的にもね」
それもいえてる。身代わりママになるためには、それなりに演技しなきゃならない。さらにですよ、演技するってことは、結局、二人をだますことにも……だますだけでもつらいのに、万一、ばれたら星丸クンと宙美チャンがどんなに傷つくことか……つらい、耐えられないよぉ。
宙太さんも、きっと、そこのところを心配しているんだ。
やさしいヒト。
キスもすてきだったけど、気持ちもステキ。
なんて、うっとりしてる場合かっ。
(やっぱり、やめとこ。今ならまだ、やめられる。やめるのよ、星子!)
と、自分にいい聞かせた、つもりだった。
ところが、双子ちゃんの嬉しそうな笑顔を見ていると、つい、きっかけが掴めなくて。
そう、双子なんだよね、星丸クンと宙美チャン。お歳は三歳半。もう、可愛いさかり。それでなくても笑顔が可愛い年頃なのに、ママが戻ってくれたことが、心底、嬉しいっていう気持ちが笑顔にあふれている。
それだけじゃない、笑顔の奥には、一生懸命、星子に気を使っている感じが……。
――ママが、もう、どこへもいかないように。ずっと、そばにいてくれるように、いい子でいなきゃ。ママをこまらせないようにね。いいかい、宙美。うん、わかってる、星丸兄ちゃん……。
おたがい、きっと、そう誓い合っている。
そんな思いで双子ちゃんを見ているうちに、涙が出てきちゃって……あまりに可愛くて、いとおしくて、せつなくて……もう、涙がポロポロ……。
わたし、そんなに泣き虫じゃないのに。いじめられても、一人ぽっちでお留守番しても、失恋しても、泣いたことなんかなかったのに。どうなってるわけ。
――で、結局……、
負けた。
二人の笑顔に負けて、星子、さらに踏み込む羽目になった。
「わたし、頑張ってみる……」
星子、宙太にそっといった。
「頑張るって?」
「代理ママします。あと二日だけ」
「二日?」
「それまでに、ホンモノのママが帰ってくるかも……」
スラッと、そんな言葉がこぼれた。自分でも、びっくりするくらい自然にね。
「そ、そんな、キミっ」
宙太のたれ目が、まん丸くなった。
「星子さんは、あ、いや、僕の奥さん、いつ帰ってくるかわからないんだぜ」
「ううん、もうじき戻ってきます。もうじき」
口先だけじゃない、ほんとに、そんな気がする。
でも、ほんとに? 名前だけが同じで、赤の他人なのにね。それに、右京ってヒトのことだって……星子ママ、すべてを捨ててあとを追ったのに……。
ちょっと自信を失いかけたけど、もう一度、はっきりといった。
「きっと、帰ってきます、星子ママ」
「ほんと! あとで、違いました、は、いやだぜ。ボクチャン、アウトになっちゃうから」
宙太、真顔でいった。
ほんとに、このヒト、アウトになるかもね。それだけ、愛しているんだ、星子ママを。
うらやましい、ちょっぴり。わたしも、こんなふうに男の人に愛して欲しい、なんちゃって。
とにかく、そう話がついたところで、
「ね、パパ、おうちへかえろ」
「ママといっしょにかえろうよ」
と、双子チャンがいいだした。
すると、宙太も、
「そうだな、それがいいね。パパもそう思ってたところさ」
と、うなづきながら、星子にチラッとウインクした。
(もうじき、ハニィが戻ってくるというキミの言葉、信じるぜ。信じているからね)
宙太の目、そういってるように見えた。
どうか、わたしのカンがはずれませんように。
カミサマ、おねがいっ。
そういうわけで、急きょ東京へカムバックすることに。そして、今、タクシーで宙太の家に向かっているわけだ。
「それで、キミ、ご両親にはなんて?」
宙太、振り向きながらいった。
「あ、大丈夫。友達んちに泊まってることになってるんです」
「ワルイ子だな。僕のハニィもね、そうだったみたいだぜ」
ふーん、ナルホド。
「で、家はどこ?」
「あ、シモキタ」
「下北沢? へぇ、ハニィの実家もシモキタだぜ」
「ウソ」
星子の住んでいる家は、世田谷区の下北沢、古くてせまいマンションで、とても人様にお見せできるような住まいじゃありません。
「キミ、学校どこだっけ?」
星子、学校の名前をいった。
「ヒェーツ、マジかよ。学校まで一緒だよ」
「そんな」
「ハニィ、僕と知り合った頃、高二でさ、合気道やってたんだ」
「!……」
「まさか、そこまで一緒じゃ?」
「あ、いえ……わたし、サッカーです」
ほんとは、ウソ。部活は、合気道やってる。でも、似過ぎて薄気味悪いので、ウソいったわけ。
星子、まさかと思いながらも、こっちから聞いてみた。
「星子ママ、血液型と星座は?」
「あ、A型の水瓶座さ」
「よかった! わたし、B型のひまわり座」
「ひまわり座なんてあったっけ」
「ウフフッ、魚座です」
笑ってごまかしたけど、アタマの中はほぼパニック状態。だって、星子、ほんとの血液型はAで、星座も水瓶座だ。
――星子ママって、まるで、わたしのコピーみたい。違うのは、年齢だけか。だって、家出したのは二年半前とか。だとすると、もう二十歳になっている。
ほんと、世の中にはよく似たヒトがいるもんだ。気にしない、気にしない。そう思えば、薄気味悪さも次第に和らいでくる。
そうこうするうちに、タクシーは首都高を降りてしばらく走ったあと、田園調布の住宅街へ。このあたりは都内でも屈指の高級住宅街だし、星子がすんでいる下町とはまるで雰囲気が違う。バカでかい邸宅が、整然と小高い丘に並んでいる。
じきに、タクシーは三階建の低層マンションのエントランスに横付けされた。
「す、すごーぃ!」
思わず声が出るほどの、高級感あふれるマンションだ。宙太一家、こんなゴージャスな所に住んでいるとは。
星子が見とれていると、いつの間にか目を覚ました星丸と宙美、
「パパ、おうちのキイ、かして」
「はやくぅ」
二人にせかされた宙太、ポケットからキイを取り出して星丸に手渡した。すると、星丸と宙美、パッとタクシーの外へ飛び出した。
「あ、待てよ。パパもすぐいくから」
「いいのいいの、先にいってるよっ」
そういって、オートロックのドアを開け、星丸と宙美、ホールの中へ走った。
「危ないぞ、走るんじゃない! まったく、しょうがないな!」
宙太、あわててあとを追った。
ふふっ、宙太さんってパパぶりがぴったり身についているじゃん。
星子が苦笑しながらあとについていくと、宙太、奥の部屋のドアの前に立った。
表札には、『美空』と書いてある。ここが、宙太一家の部屋らしい。
宙太、ドアを開けると、星子を促した。
「さ、どうぞ」
「ええ……」
星子といえども、他人の家に入る時は、さすがに遠慮気味になってしまう。
それこそ、おずおずといった感じで入った瞬間だった。
星子の前に、星丸と宙美がパッと立ち塞がった。
「星丸、宙美、どうした?」
宙太がけげんそうに見ると、星丸と宙美、にっこりと顔を見合ってうなずいたあと、サッと薔薇の花を一輪ずつ星子に差し出した。星丸は白薔薇、宙美は紅薔薇だ。
「こ、これ、わたしに?」
「うん」
うなずいたあと、二人は声をそろえていった。
「セーノ! おかえりママ!」
「おかえりママ!」
嬉しさがはじけるような、大きな声だ。
「おいおい、おどろくじゃないか」
宙太がたしなめると、
「ごめんなさい、でも、きめてたの」
「きめていた?」
「うん、ママがかえってきたらね、ママがだいすきなバラの花をプレゼントしてさ、おむかえしようって」
星丸と宙美、うっすら涙目になりながらいった。
「そうか、そうだったのか」
宙太、鼻をすすりながら、たれ目をしばたいた。ほんとにつらい思いをさせたな、って思っているようだ。
「……」
星子も、鼻がつーんとなった。白薔薇も紅薔薇もすっごくきれい。こんなにきれいな薔薇の花、見たことがない。
「ありがと……」
星子、薔薇の花を受け取ると、強く二人を抱きしめた。
「……ただいま……」
(つづく)
(プチ予告編です)
二泊三日でママ役を演じる星子。ハッピィだった宙太一家の想い出がしみこんだ家で、どう演じるのか。そんな星子の前に、春之介、マサル、ゲンジロウ、小次郎、左京圭一たちが続々と登場、さらに、宙太の母親や彩香、リツ子、亜里抄までもが。
そんな騒ぎの中で、謎の電話や様子をうかがう影が……ホンモノの星子ママか、それとも、あの右京なのか……。
それに、そもそも、星子と星子ママはどういうカンケイなのか。
謎が謎を呼ぶ、笑いと涙、感動のホームドラマだぁ!
なんて、うまくいくんですかね。ホームドラマは苦手なはずなのに。
タスケテ!
追記 今日から十月。秋空がとても恋しいですが、当分はダメなようで。とにかく、第二部をスタートさせました。まだ暗中模索といったところもありまして、ご迷惑かけるかもしれませんがよろしくです。それと、今後の展開へのアドバイス、いろいろと頂いて助かります。有難う。
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おかえりママに薔薇のキス
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先生、こんにちは。いよいよ第二章ですね。
深みにはまることを自覚しながらも、双子ちゃんの手を振り切れない星子さんと、出逢った頃そのままの『星子さん』がそこにいるのに、『出逢った頃のまま』故に戸惑う宙太さん・・・。
このお話が始まってから、読む度に二人と、双子ちゃん達の気持ちが痛いほど伝わってきて、いつも胸が一杯になってしまいますT^T
(・・・で、胸がいっぱいになりすぎてコメント出来ずにいたら、あんなヤマウラし・・・違った^p^ウラヤマシイことになってるなんて!是非ゼヒ、いつか『次回』を期待しております!)
星子さん、とうとう美空家まで『帰って』来てしまったんですね。
本当に、これからどうなるんだろう・・・。ドキドキしながらお待ちしております。
最近は季節の変わり目の変化がとても急ですね。
先生も、どうかご自愛くださいね。
2010/10/1(金) 午後 3:28 [ すぴか ]
先生、東北も夏に逆戻りか!という晴天で、衣替えして冬服来た次女が真っ赤な顔で帰ってきました。
あ〜・・「ママおかえり」そうなんですよ〜やっぱり、子供にはママなんですよねぇ
涙涙。。
青春時代をともに過ぎた星子さん。年齢越しちゃいましたが、ともに母の星子さん。。
先生、やっぱり星子さんの居場所はここですよね〜・・・命消えそうなときに、お互いに救われた相手ですから、やっぱり原点はそこですよね〜とは思います。
なので、たとえば右京さんの最期数日を星子さんと過ごす、、とか。最期は「星子さん。美空警部のところに帰りなさい」と右京さんがいうとか。。。
右京さんは秘めたる愛を貫き通すみたいな・・
う〜ん(>_<)どんな結末でも、やっぱり双子ちゃんが笑顔でいられるようなものがいいですね〜同じ母として。
ホントに本になれば幸せですね。でも、時間があればプリントアウト&イラストくっつけて自作します(笑)
先生、子供さんが大きくなったとは思えない小さな子の心情が良くお分かりですね〜
やばいです(>_<)子供に弱い(涙)
のんびり楽しんで、次作お待ちし
2010/10/1(金) 午後 4:34 [ まりも ]
こんばんは。
第二章、とうとう始まったんですね・・。
始まるまでの間、お仕事中もどんな展開になっていくのか・・気になって、まるで青春時代に戻ったようでした。(笑)
星丸くんや宙美ちゃんのことを思うと、せつないです・・。
宙太さんも2年も音信がとれていないなんて・・せつなすぎです。
いろいろ気になりますが、マイペースでのぞきにきますね。
2010/10/1(金) 午後 8:22 [ ちびすけ ]
先生;;
凄いです!「ママおかえり」…ってその言葉で胸がジーンと…。
涙…涙……。ウルウルです;;
物凄く先が気になります。とうとう美空家まで…。
星丸くん宙美ちゃんの言葉が物凄くせつなくて…。
よくばりかもしれないのですが…みんなが幸せになれるような展開がいいなぁ〜なんて思っちゃってます。
PS、メールありがとうございましたぁ^^
思わずワーイっと顔がにやにやしちゃってて…。
すっごく元気が出ました。
ありがとうございました〜〜☆
2010/10/1(金) 午後 9:38 [ fu-mi ]
どんどん宙太さんと子どもたちの世界へ入っていく高校生星子ちゃん。これからの展開がドキドキというかハラハラですぅ〜。
子どもたちを見ていると、もう読んでいるこちらがウルウルきちゃって、(T^T) ダー
皆が幸せになる未来、期待しております〜☆
2010/10/2(土) 午前 6:58