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みちのく・春の恋夏の別れ6
――そ、そんな……ウ、ウソだぁ……。
星子、茫然となった。頭の中がぐるぐる回ってわけがわからない。
だって、悠木さんは奥さんを殺した容疑で宙太さんやマサルさんに追われているはずだ。奥さんを殺すなんて、よほどの理由が……だって、愛を誓い合って一緒に暮らしていた仲だと思うし……その奥さんを殺すからには、もの凄く憎んでいるとか、それでなかったら、血も涙もない冷血人間とか、とにかく、普通じゃない。
それなのに、悠木さんはその奥さんが刺繍をしてくれたポットホルダーを持っている。それも、いとおしそうに。
「どういうこと、いったい?」
って、聞いてみたいけど、相手が相手だし、ビビってしまう。
でも、事情はともかく、フユシラズの花の可憐な美しさには魅かれてしまう。出来ることなら、この目で見てみたい。ただし、こんなこわい人と一緒はゴメンだけどね。
ちょっと、しっかりしてよ、フユシラズどころじゃないでしょ。わたしは今、人質っていうか、とんでもない状態なんだ。この先、どんな目にあうかわからない。なんとか、早く逃げ出さないと。
でも、こんな山の中だし、小雪もちらついているし、通る車もほとんどないし、ちょっとその気になれない。
願わくば、
「ハーイ、ハニィ、おまっとうさん」
そういいながら、宙太が助けにきてくれるといいけど、ちょっと無理だよね。ゴン太も今回はまったく役立たずだし。
――ああ、もう、絶望……。
がっくりと吐息をついた星子に、
「すまない、こんなことになって」
悠木が、ぼそっといった。まるで、星子の心を読んだみたいだ。
「とにかく、あと一日だけつきあってくれ」
「え?」
「そのあとは、君が好きなようにすればいい。美空君に電話しても構わない」
「!……」
星子、唖然と悠木を見た。悠木の青白く翳った横顔には、べっとりと汗が浮かんでいる。クルマの中は、そんなに暖房もきいていないのにね。どことなく体調が良くないようだ。
「でも、どうして、あと一日なんですか?」
冗談じゃない、こっちは今すぐ逃げ出したいのに。
「なにか、わけでもあるんですか? いってください!」
「君には、関係のないことだ」
「そんな! 私をこんな目にあわせて、関係ないはないでしょ!」
星子、睨みつけた。
「教えて下さい! ね、早く!」
「……」
悠木、黙ったままハンドルを握っている。頬のこけた凄味のある横顔が、一瞬、なにかを耐えるように歪んだ。
もう、これ以上、聞いても無駄だ。それより、なんとか逃げる方法を考えよう。星子がキッと歯噛みした時、車は急なカーブに差しかかってスピードを落とした。
今だ!
星子、リュックを掴むと、ドアロックをはずしてドアを開け、飛び出そうとした。
瞬間、悠木はブレーキを踏むと、太い腕で星子の襟首を掴んで引き戻した。
「やめろ! 馬鹿な真似をするな!」
「離して!」
星子がもがきながら体を起こそうとした時、右の脇腹に何かが強く押し付けられた。
痛みをこらえながら見た星子、ギクッとなった。突きつけられた物は、拳銃だった。
「大人しくしてるんだ。いいな」
「!……」
星子の全身に震えが走り、冷たい汗が噴き出した。
「本当は、こんなものは見せたくなかった。でも、美空君のためだからな」
「え?……」
「いつだったか、二人で飲んだ時、照れくさそうにこんなことを……自分には、星子っていうステキな子がいる……カノジョにもしものことがあったら、生きていられないからってね…」
「!……」
――宙太さんが、そんなことを……。
ふん、あのお調子者、酔いに任せて適当なことをいっただけよ。きっと、そうよ。
そう否定しようと思ったけど、なんだか、あったかくて、せつないものが星子の胸の名中にじわりと広がった。
「とにかく、あと一日だけ、つきあってくれ。どうしてもカタをつけないと……あいつのためにも……」
「あいつ? 誰のことですか?」
「……」
悠木、答えずに拳銃をポケットへ戻した。唇を噛みしめた横顔は、何かつらいものを懸命に耐えているようだ。
――あいつって誰? それに、カタをつけるって、どういうことなんだろう。
聞いたところで、話してくれないに違いない。でも、拳銃を持っているからには、なにか、こわいことがからんでいるのかも……。
星子、思わず身ぶるいした。
でも、ピストルまで持ってるんじゃ、とても逃げ出せない。このまま、つきあうしかないか。
がっくりしながら車窓へ目をやるうちに、車は峠を越えて下りになり、深い山の中をくねくねと下っていった。ゴン太、クルマ酔いしたのか、それとも、すっかりおじけづいたのか、リュックの中で丸くなったままだ。ほんと、情けないヤツ。なんて、自分も同じだけどね。
しばらくして、小さな踏切があらわれた。やっと、下界に降りてきた感じだ。カーナビで確認すると、釜石線の踏切のようだ。じきに、人家が見えて、橋を渡ると、車は国道に入った。
車の数はかなり多い。所々に人家もあるし、人の姿も目につく。でも、助けを求めたくても、とても出来やしない。川伝いの道を下っていくうちに、さらに人家が増えて、細長い街並みが車窓に見えてきた。両側の山の間にまで家がたくさん建っている。
釜石の街だ。
三陸海岸で一番大きな港街で、大きな工場がいくつもある工業都市でもあるんだよね。でも、明治29年と昭和8年の三陸大津波で大変な被害を受けたとか。それに、戦争中も空襲や艦砲射撃で街は壊滅、沢山の人達が亡くなったそうだ。
そんな数々の悲劇があったとは思えないような、夕暮れ時の活気のある港街の景色が車窓に広がっている。釜石は入り組んだリアス式海岸に面した細長い街なので、港はまだ見えなかった。
釜石といえば、星子の最初の旅の計画では、遠野に一泊した翌日、列車で釜石へ。港街の観光してから恋し浜へ向かい、恋の大願成就の旅をしめくくる予定だった。
その計画も、アウト。ステキな恋も見つからずじまい。まさに、サイアクだ。
落ち込んでいる星子の耳に、カーラジオのニュースが聞こえてきた。
ニュースの内容は、地震のことだ。宙太も新幹線の中でいってたけど、最近、東北地方は地震が頻発していて、昨日のお昼頃、三陸沖でマグニチュード7.3の強い地震があって、釜石でも震度4を記録したとか。今朝も宮城県沖でマグニチュード6.8の地震が起きたという。
今のところは大きな被害は出ていないらしいけど、ちょっと心配だよね。
「次のニュース、一昨日の夜、東京世田谷区で若い主婦が殺害される事件がありましたが、被害者の夫が容疑者として手配中です……」
悠木のことだ。
「現在、容疑者が青森県の下北半島あたりにいるとの情報があり、大掛かりな捜索がおこなわれているとのことです……」
そんな、違う。犯人はここよ。ここにいるのよっ。
なんとか、早く宙太さんに知らせたい。いらつきながら車窓へ目をやっているうちに、前方にコンビニの明かりが見えてきた。
「お腹,すかないか? トイレは?」
悠木にいわれたけど、
「結構ですっ」
やせ我慢じゃない、とてもそんな気分には……。
ううん、ちょっと待って。チャンスよ、星子っ!
「あ、やっぱり、お願いします……」
星子が体をもじもじさせると、悠木、コンビニの駐車場へ車を乗り入れた。
「妙な真似はしないこと。いいな?」
「はい……」
星子、しおらしく答えると、助手席のドアを開けた。
悠木も運転席のドアを開けて、外へ出た。そして、リモコンキイでドアをロックしようとした。
瞬間、星子は助手席のドアを押さえると、腕をのばしてリュックを掴み、パッと体を翻した。
「あ、おい!」
悠木の声が、星子の背後から追ってくる。
もしかしたら、撃たれるかも。足がもつれて、思うように走れない。じきに、右腕を掴まれた。
駄目か、と思った直後、悠木は激しく咳込み、体を折り曲げた。
すかさず、星子、悠木の手を払いのけて、必死に走りだした。
途中で振り向くと、悠木はその場にかがみこんでいる。
どうやら、また、発作が起きたらしい。これなら、逃げられるかもしれない。あとは、交番を見つけて事情を話し、宙太に連絡して貰うだけだ。
星子、ホッと息をつくと、リュックを背中に背負った。すると、その拍子にリュックの中から何かが転げ落ちた。拾うと、男物の黒革の財布だ。
どこかで見たような……そうそう、悠木さんの財布だよ。でも、どうしてわたしのリュックに……。
首を傾げた時、ゴン太がフニャーゴと鳴きながら、星子を見上げた。
「まさか、ゴン太、お前が?」
ゴン太、自慢そうに鼻毛をヒクヒクさせている。
役立たず、と思っていたら、案外やるじゃないの。どうやって手に入れたのかわからないけど、これなら、立派な証拠になるよね。
星子、ゴン太にウインクすると、財布をリュックに戻そうとした。その時、はさんである薬のカプセルが見えた。
「あ……」
この薬、悠木さんが発作を起こした時に飲む薬だった。
星子が振り向くと、悠木はかがみ込んだまま、苦しそうにあえいでいる。早くこの薬を飲まないと、大変なことになりそうだ。
戻って薬を手渡そうか。でも、容体が回復すれば、悠木はまた星子を人質に取るかも知れない。
どうするの、星子。どうしよう。
星子、カプセルを手に立ちすくんだ。
(つづく)
追記 夏も終わりに近づきましたね。夏バテせずに、元気にお過ごしのことと思います。かなり間が空いてしまったけど、第六話なんとかお届け出来ました。次回で、前編が完成すると思います。よろしくです。
それにしても、現実の出来事をお話の背景に置くとなると、どうしても、重い気持ちになってしまいます。でも、ラブロマンスの一つの形として描いてみたかったわけです。ご容赦ください。
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うんうん。星子ちゃんならきっと、ああするだろうなぁ〜なんて。
あいつのためにもカタをつけないとって言うあいつって、あいつの中に入る単語は、奥様? はたまたまさか宙太さん?? 他にも誰か???
先が気になるなぁ〜!
涼しい日もあり暑さもぶり返し、かと思うとゲリラ豪雨。不安定な天候ですが、先生、体調を崩されませんように。
2011/8/29(月) 午前 7:12
あいつ…あいつ…あいつ…
気になりますぅ〜(^_^;)
2011/8/29(月) 午後 11:48 [ fumi ]
星子ちゃんなら絶対助けちゃうよね。それが星子ちゃんのいい所!好奇心旺盛で情にもろい星子節炸裂!…憧れるなぁ。話の続きが楽しみです(*^o^*)
それから今日は大好きな宙太さんのBirthday。オメデト〜ございますぅ(^o^)/
2011/8/30(火) 午後 0:25 [ ピーパル ]
こんにちは。
あいつ。。誰でしょう。。
そして、今日は宙太さんのお誕生日ですね♪
お誕生日おめでとうございます。
宙太さんと出会って20年以上・・。(笑)
やっぱり、宙太さんょ好きな気持ちは出会った頃のまま。。です。
いろいろあるけど、とどーんとゆったりすごす気持ちは忘れないでいけたらいいですね。
2011/8/30(火) 午後 4:36 [ ちびすけ ]
お祝いにやって来ました☆
宙太さん、お誕生日おめでとうございます〜♪
2011/8/30(火) 午後 9:15
先生こんばんは^^お久しぶりです!
お話が更新される度に自分と同じ名前の悠木さんの行動と言動が気になって仕方ありません!←これはもしや…恋(´・ω・`)?
皆さん同様に悠木さんが言う”あいつ”とは誰のことなのか、とても気になってます(>_<)
次回で誰なのか分かりそうなので続きが読めるのを楽しみにしております^^
そして本日は星子シリーズの永遠の王子様でヒーロー・美空警部殿のお誕生日ですね!
警部殿、お誕生日おめでとうございます〜 ( ^∇^)/*。・゚・*。・゚・*。・*。・゚*。・゚*\(^∇^ )
一途に星子さんだけを愛し続けている、いつもカッコよく時に可愛い警部殿が大好きです\(^o^)/今もこれからも応援してます!!
2011/8/30(火) 午後 9:44 [ ゆうきあおい ]