星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

星子恋の花紀行

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        みちのく・春の恋夏の別れ8

 ――なんて、きれいな夜の海……。
 星子、暖房で曇った窓ガラスを拭きながら、うっとりと車窓へ目をやった。
 夜空は暗いけど、真っ暗な海の沖に漁火のような光がキラキラと光り輝き、釜石の港に入港する船の灯も入り混じって、幻想的な光景が広がっている。
 春之介に、『明日、恐ろしいことが起きる。一刻も早く家へ帰って』というメールを貰い、星子、かなり迷ったことはたしかだ。でも、人質状態のままだし、悠木のこともほってはおけない。
ということで、春之介には、『もうじき、家に着くから、大丈夫。疲れたし、くわしいことは明日ね。』とリメールしておいた。
「おそろしいこと、か……」
 悠木が、ハンドルを握りながら、ふとつぶやいた。
「え?」
「君が見せてくれたメールだよ」
 宙太と春之介からのメール、悠木にも見せていた。こっそりと連絡したって、疑われないようにだ。
「春之介君って、占いをやっているのか?」
「ええ、でも、当たるも八卦、当たらないのも八卦って……たぶん、当たらないかも……」
 星子、曖昧に微笑んで見せた。
「だといいけどな、君の連れの様子が、ちょっと、気になるし……」
 悠木、チラッとリュックへ目をやった。
 たしかに、ゴン太の様子はおかしい。花巻から遠野へ向かう時もそうだったけど、何かにおびえたように、リュックの中でうずくまり、ほとんど何も食べていなかった。
「あ、気分屋ですから、大丈夫よね、ゴン太?」
 ゴン太、目を閉じたままでほとんど反応しない。ま、しばらく様子を見るしかなさそうだ。
 釜石の街をあとにした車は、じきにトンネルをくぐったり、崖の間を抜けたりしながら、走っていく。カーナビで見ると、リアス式海岸の凸凹した地形が海に突き出し、その間を国道がうねっている。時々、海らしい景色が現れるけど、暗くてはっきりしない。でも、行き交う車の数はかなり多いし、集落の灯もほとんど途切れることはなかった。
さすが、北は八戸から宮古、釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、塩釜を結び、仙台へと至る三陸海岸の国道だけのことはあるよね。
車のメーターの外気温を示す数字は零度近いけど、集落の灯は暖かくて家族団欒のぬくもりや笑い声が伝わってくような気がする。
 ――いつまでも、あの家々の灯が暖かくともっていてほしい……いつまでも……。
 ふと、そんなことを思ってしまう。
 南三陸の街で国道と別れた車は、三陸鉄道の高架線とくっついたり離れたりしながらしばらく海岸伝いに走った。そして、小さな漁港に入ると、「恋し浜」の文字が見える看板がヘッドライトの明かりに浮かんだ。
「!……」
 なんとなんと、星子が訪ねる予定だった三番目の恋のスポット「恋し浜」じゃないですか。まさか、こんなふうに訪れるとは。
丁度、山側の高台の駅に到着した三陸鉄道の列車の灯が見える。人家は少ないし、夜もふけてきたせいか、人影はまったく見たらない。動いているのは、駅に着いた乗客を迎えに行く車ぐらいだった。
悠木、ハンドルを切って、海岸伝いの小道へ車を走らせると、しばらくして車を停めてライトを消した。暖房のためにエンジンはかけたままだけど、すぐ近くの岩礁に打ち寄せる波の音が聞こえてくる。
海は穏やかで、対岸の半島の集落や車の灯、それに、漁港の灯などが暗闇の中に美しく光っていた。
――でも、なぜ、こんなところで車を停めたんだろう。まさか、わたしをどうにかするつもりなんじゃ……。
一瞬、背筋が寒くなる。でも、悠木はシートベルトをはずすと、シートを倒した。
「ここで、夜が明けるのを待つから」
「えっ」
「朝がくれば、すべては片づくはずだ。朝がくればね」
「どういうことですか、それって?……」
「……」
 星子の問いかけには答えず、悠木、目を閉じた。
 仕方ない、とにかく、明日の朝まで待とう。それしかない。
 それにしても、ずっと車に乗りっぱなしだし、緊張状態が続いたこともあって、体はくたくたに疲れきっている。星子もシートを倒すと、体をのばした。車の暖房もきいているせいか、一気に眠気が襲ってくる。
 眠っちゃダメ、何が起こるか分からないし、ちゃんと起きていないと。
 そう自分にいい聞かせたけど、そのうち、目が重くて開けられなくなり、いつの間にか吸い込まれるように眠ってしまった。
 どれくらいたったか、うめくような声に目が覚めた。車内は計器盤の明かりしかついていないが、悠木の顔がかすかに闇の中に浮かび、苦しそうにしきりと口を動かしている。
 また、具合でも悪くなったのだろうか。
「悠木さん? 大丈夫ですか、ね、悠木さんっ」
 星子、悠木の腕を掴んで呼びかけた。
 瞬間、悠木が大声を上げると、いきなり、体を起こして星子を抱きしめた。
「ミキ! ……」
「!……」
 強く抱かれて、息が出来ない。
 必死にもがいているうちに、悠木、ハッと目を見開いて星子から手を離した。
「す、すまん……」
 一言詫びたあと、悠木、車のドアを開けて外へ出ていった。
「……」
 いったい、どうしたんだろう。星子、気になってドアを開けた。
 寒い! まるで、体が凍りつくようだ。それでも、ふるえながら悠木のそばへいった。
「悠木さん……」
「……」
 悠木、茫然とした姿で真っ暗な海を見つめている。足元から吹きつける寒風にまじって、岩に叩きつける波の音が這い上がってくる。まるで、海に潜む魔物の咆哮のような不気味な海鳴りだった。
「あ、あのぅ、ミキって……」
 星子、悠木の背中におずおずと声をかけた。
「もしかして、奥さんの名前とか……」
 たぶん、間違いない。そんな気がする。
 悠木、かすかに頷いた。
「……真っ黒な海が渦を巻いて……ミキが叫んでいるんだ、早く逃げて、早くって……」
「……」
「彼女を助けようとしたんだが、どうしても体が動かなくて……必死に手足を動かしているうちに、気がついたら君を……本当に、すまなかった……」
「あ、いいえ……」
 そういうことだったんだ。
「車へ戻ろう、風邪をひくよ」
 悠木、我に返ったように星子を促した。
 暖房のきいた車内へ戻って、ホッと一息ついた星子に、
「ほんとうは、ミキをここへ連れてくるつもりだった」
 悠木、つぶやくようにいった。
「この下の岩場近くにフユシラズの小さな花畑があってね、僕は何度も写真を取りにきているんだ。その写真を見て、ミキが連れて行って欲しいっていうから……」
悠木、フユシラズのポットカバーを手に取って、しみじみと見つめた。
「もともと花が好きな奴だったが、きっと、フユシラズの北国の寒さに耐えて咲く花の姿にひかれたのかもしれないな……あいつも、そういう女だった……」
「……」
「もう二年になるかな、僕と出会った頃、ミキは上野のクリーニング屋で働いていたんだ。化粧もオシャレもほとんどしないし、朝から晩まで頑張って働いて……そんな彼女の姿に惚れ込んで、結婚を申し込んだわけだ。でも、なかなか承知してくれなくてね……じつは、ミキには人にはいえない理由が……」
「理由が?」
「今から三年前、ミキは名古屋の宝石店で働いていたんだが、坂田という悪い男にだまされてね、宝石強盗の手引きをさせられるはめに……その時、店のオーナーが殺されているんだ。やったのは、坂田のほうだが、今も逃走中だ……」
「!……」
「こわくなったミキは、その男のもとから逃げてね、何度か自首しようとしたが、男の仕返しが怖くて出来なかったそうだ……そんな過去のある自分が、結婚出来るわけがないって、それも、刑事の僕とね……思いつめたミキは、自殺までしようと……」
「!……」
「そんなミキを見て、僕は決心したんだ。命をかけてこの女を守ろう、幸せにしてやろうって。そのためなら、刑事をやめてもいいって……いや、刑事を続ける資格はないさ。逃走中の共犯者を匿っているのと同じだからね……」
「……」
「今思えば、一言美空君に相談すべきだった。彼なら、きっと、自分のように心配して、何か、いい方法を考えてくれたはずだ……」
 たしかにね。宙太さんって、顔に似合わずそういうところは、頼りになるのよね。
「でも、僕は彼女と離れたくなかった。こんな体だし、いつ死ぬかわからない、せめて、生きている間はずっとミキと二人でいたかった……」
 悠木、歯噛みしながら、フユシラズのポットカバーを見つめた。
 愛情って、そういうものかも知れない。たとえ、世間の常識とか法律に背いても、貫こうとするのが愛というものなんだ。 
 星子、胸がいっぱいになって、そっと息を吐いた。そして、悠木の横顔を見つめた。
「やっぱり、違ってたんだ、奥さんのこと……手にかけたりは……そうでしょ?」
「……」
「ほんとは、誰が奥さんを……もしかして、昔の男の人とか?」
「……」
 悠木、かすかに頷いた。
「坂田にしてみれば、ミキは裏切り者で殺人の目撃者でもある。生かせてはおけないだろう。だから、僕も必死に彼女を匿ってきたつもりだった。でも、とうとう見つかってしまって……僕が家を空けているすきに、ミキは坂田に殺されたんだ!……」
 悠木、拳を震わせた。
「だったら、宙太さんにどうしてそのことを……犯人は自分じゃないって……」
「僕は、ミキを守ってやれなかった。僕がミキを殺したのも、同じだ」
「悠木さん……」
「それにね、ミキが死んだんじゃ、三年前の強盗殺人の罪を法律で裁くのは難しい。ミキはただ一人の証人だったしね。だから、僕のこの手で坂田を裁くしか……ミキのためにも、それしかなかったんだ」
「……」
 そうまでいわれると、返す言葉が見つからない。
「……それで、坂田って人、今どこに……」
「明日の午後、ここへあらわれることになっている」
「えっ」
「昨日、奴とケータイで連絡が取れてね、こういったんだ、三年前のお前の犯行を裏づける証拠をミキから預かっている、返して欲しけりゃ、取りにこいって」
「証拠?」
「いや、そんなものはないさ。おびき出すための方便ってわけだ」
 そういうことですか。それにしても、そこまで深い事情があったなんて。
「君には、すまないと思っている」
 悠木、すまなさそうに星子を見た。
「逃げるチャンスがあったのに、ここまで付き合ってくれたのも、なんとか、僕のリベンジを止めたかったからだろう」
「ええ」
「でも、僕の気持ちは変わらないから。明日、奴がここへあらわれるまで、付き合って貰おう。そのあと、君を開放するから、美空君に電話するなり、パトカーを呼ぶなり、好きなようにしてくれ。いいね?」
 きっぱりといって、悠木、目を閉じた。
 もう、どうしようもないみたい。諦めの気持ちが、広がっていく。とにかく、最後までなんとか、頑張らないと。それしかない。
 宙太さん、私を見守っていて、お願いね。
 星子、そっと心の中でつぶやくと目を閉じた。
 しばらくたって、ふと、目が覚めた。窓の外は明るくなっていて、朝焼けの雲が水平線のほうへ広がっている。
「起きたかい」
 悠木が、星子に声をかけた。
「ちょっと、付き合わないか」
「え?」

                       (つづく)

追記 5000字を超えてしまうので、二回に分けます。よろしく。
 
 


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