|
4
「ん? どうしたんだい?」
いぶかしそうに見る宙太に、
「ううん、ちょっと、目にゴミが……」
「あ、なめてあげようか。なんちゃって」
宙太、ニカッと白い歯を見せた。
まったく、もぅ。その調子の良さに、また、涙が……。
「そりゃそうと、キミ、『さくら』に乗ったと思ってたわけ?」
「そうよ」
星子、涙を隠してうなずいた。
「行き先は、長崎ってわけ」
「もちろん」
「ふーん、ほんと、しっかり、寝ぼけちゃってるネ」
「失礼ね! 寝ぼけてなんかいないわ! ちゃんと、切符だって持ってるんだから!」
星子、ジャンパーのポケットから切符を取り出して、宙太に突きつけた。
とたんに、宙太、ケタケタと笑った。
「なにがおかしいのよっ」
「だって、この切符、マッシロじゃん」
「ええっ」
たしかに、切符には行き先も列車の名前も日付も印刷されていない。
「そ、そんな……昨夜見たときは、たしかに……車掌さんの検札だって受けてるんだから……」
そう、列車が横浜を発車して間もなく、車掌さんが検札にきた。
「それも、夢の続きだな」
「夢なんかじゃないったら! ほんとのことよ!」
「でもさ、ありもしない列車に乗ったなんて、おかしいじゃん」
「ありもしない列車?」
「そ、ブルトレの『さくら』は、とっくに廃止になってるからね」
「は、廃止!」
「そういうこと。『さくら』の他にも、かっては九州行きの花形ブルトレといわれた『あさかぜ』も廃止になってるんだ。ブルトレファンとしては、さびしい限りだぜ」
「う、うそーっ」
「そう思うんなら、星子姫、これを見てくだされ」
宙太、おもむろにポケットから時刻表を取り出して、ページをめくった。たしかに、『さくら』や『あさかぜ』の名前はない。
「もはや、残された東京発の九州行きブルトレは、熊本行きのこの『はやぶさ』と大分行きの『富士』だけだ。それも、東京から一緒に連結されて走り、小倉で西と東へ生き別れさ。で、星子姫は『はやぶさ』のほうにお乗りになっていたわけ。おわかりですか?」
「……」
わかるわけないでしょ。昨夜までは、たしかに『さくら』に乗っていたはずなのに、寝ている間に、『さくら』は廃止になり、星子は『はやぶさ』に乗っていたなんて。いったい、どういうこと。ほんと、どうなってんの!
……そうか、もしかして、もう一度、タイムスリップして、本当の今時、つまり、正真正銘の現在になったんだ。きっと、そうなんだ。
だとすると、時間をたどって皆のところへ戻ることがますます、難しくなったかも。だけど、『さくら』は駄目でも、長崎へ行けば、何か、時間をさかのぼる旅の手がかりがあるかも知れない。
よし、列車を乗り換えて長崎へいこう!
星子、リュックサックを肩に担ぐと、デッキからホームへ降り立った。すかさず、その前に宙太が立ちふさがった。
「ちょいと、お待ちを、姫。もしや、長崎へいくつもりじゃないよね?」
「そのつもりだけど」
宙太、「おともします」っていうかも……だったら、そのほうがいい。最初の長崎の旅でも宙太が一緒だったし、より早く手がかりがつかめるかもね。
そう期待したのに、宙太、首を横に振った。
「あ、長崎へいくのはやめたほうがいいな」
「どうしてよ?」
「姫にとって、長崎は鬼門。今は近寄らないほうが、身のためだぜ」
「いい加減なこといわないでよっ」
「いや、これホント。ほら、姫の顔にはっきりと出ている」
そういいながら、星子のほっぺにチュッ。
こんなふうに、どさくさにまぎれて悪さするなんて、いかにも、宙太らしい。うわべでは睨みつけながらも、またまた、胸がジーンとくる星子でアル。
「さ、そうときまったら、ボクチャンが姫をエスコートしますか」
「どこへ?」
「もちろん、熊本の街さ。熊本といえば、武将・加藤清正の造ったお城が有名だけど、忘れてはならないのが、阿蘇のお山だ。今も噴煙を上げて燃えあがる阿蘇山のような、熱くて情熱的な恋! そんな恋をこの熊本の街がプレゼントしてくれるんだ。いざ、出陣じゃ、姫!」
武将気取りの宙太、星子の腕を掴み歩き出した。
「ちょっと、離して! 離してったら!」
星子、もがいた。そりゃ、阿蘇の火の山のような激しい恋もしてみたい。でも、今は星丸や宙美のもとへ帰るのが先だ。そのためにも、長崎にいかないと。
だけど、宙太の手はしっかりと星子の腕を掴み、離そうとしない。
「ちょ、ちょっと、ゴンベエ! 助けて!」
星子、ゴンベエに助けを求めたが、肝心のゴンベエ、リュックから顔を出そうともしないで、ソーセージをぱくついている。どうやら、宙太がいつの間にか、リュックの中にソーセージを投げこんで、ゴンベエを手なずけたようだ。
ほんと、抜け目のないやつ。
このまま連れていかれるのかと思った時だった。ふいに、背後から誰かの手がのびて、宙太の腕をパッとひねり上げた。
ハッと見ると、帽子をかぶりサングラスをかけたヤンキーっぽい女の子だ。かなり背が高くて、スタイルも抜群の美人タイプだった。
(追記) いやぁ、今日もあつかったですね。こういう日は、ミステリアスな星子シリーズの世界にひたって、しばしの安らぎを……なんて、自分でいっていれば、世話ないか。
ま、これに懲りずに、読み続けてくださいね!
|