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「……茜さんっ……」
涼、信じられないような顔で、茜を見つめた。
やっぱり、わたしの思ったとおりだ、茜さんはきっとここへくる。そう信じていたとおりになったんだ。
星子、ホッとなった。でも、その一方で、しこりのようなものが……だって、涼と二人で旅立とうとした矢先のことだからね。高揚した気持ちに、水をさされた感じだった。
そんな星子の前で、涼と茜は言葉もなく、じっと、見つめあっている。でも、二人の目に光るやわらかい涙が、すべてを語っていた。
愛に言葉はいらない。目がすべてを語るんだ。あらためて、そのことを強く教えてくれる二人だった。
ふいに、茜の体がふらっとゆれて、どうにか、踏みとどまった。
「茜さん、君、怪我をしているのか!」
涼、駆け寄って茜の体を支えるように、腕を掴んだ。
茜の唇には血がこびりつき、左の頬には叩かれたようなアザがある。手の甲にも、すり傷があるようだ。
「家から逃げ出す時に、主人から……」
「なに!」
「でも、大丈夫よ……それより、早く、列車に乗って。あとから、主人達が……もうじき、ここへ……」
茜がいい終わらないうちに、光彩の中へ、幾つもの人影がとびこんできた。
目をやった星子、ギクッとなった。黒木と三人のボディガード達だ。
涼も、素早く、茜を背中にかばった。
「ふっ、こういう筋書きだったのか!」
黒木、冷笑を浮かべた。でも、その目は激しい怒りがみなぎっている。
「俺の命を狙った挙句、人の女房まで盗みやがって! 二人とも、ぶっ殺してやる!」
黒木が顎をしゃくると、ボディガード達、サッと拳銃を構えた。
「やれるものなら、やってみろ!」
涼も、拳銃を構えた。でも、怪我しているし、拳銃を持つ手は震えている。
それでなくても、一人では勝ち目がない。
もうじき、『さくら』が発車する時刻なのに、こんな結末を迎えるなんて。
宙太になんとかしてもらいたいけど、涼に取られているし、歯が立たない。
宙太も、あきらめ顔で見つめるだけだ。
まったく、肝心な時に、役に立たないんだから!
星子、絶望的な気分で立ち尽くすしかなった。
その時、だった。
キラッと光るものが飛んできたと思うと、宙太、パッとジャンプして掴んだ。
なんと、拳銃じゃないですか!
誰かが、宙太に向かって拳銃を投げたらしい。
宙太、トンと着地しながらその拳銃の引き金をしぼった。
バシッ!
銃声と同時に、涼が構えていた拳銃がはじき飛ばされて、宙に舞った。
その拳銃が地面に落ちる寸前、素早く飛び込んだ人影がすくい取った。
「マサルさんっ」
マサルだった。
怪我した腕を包帯で縛り、その上から革ジャンをひっかけただけの姿だ。見るからに痛々しいが、顔には闘志がみなぎり、眼光は若い野獣のように鋭く光っている。
マサル、すくい取った拳銃を、宙太に向かって放り投げると、すかさず、自分もホルダーから拳銃を抜き、引き金をしぼった。
「うわっ」
銃声と同時に、ボディガードの一人がのけぞった。
その直後、宙太もキャッチした拳銃を握ると、体を回転させながら撃った。
悲鳴が上がり、もう一人のボディガードも拳銃をはじきとばされ、背後の貨物車に叩きつけられた。
カッコいい!
なんとも、鮮やかな連携プレーだ。
星子がうっとりと見とれているうちに、宙太、素早く黒木に駆け寄って、手錠を叩き込んだ。
「おたく、絵が趣味なんだろ。ま、刑務所でじっくりと描いていただきましょうか」
「く、くそっ」
黒木、口惜しそうに歯噛みした。
その時、電気機関車の汽笛がピィーッ! 鋭く、そして、哀感をこめながら鳴った。
「もうじき、発車だわ!」
星子と宙太、そして、涼と茜もハッと『さくら』を見上げた。
「……星子さんっ……」
宙太、悲しみをこらえた顔で星子を見つめると、
「いよいよ、お別れか。でも、オレ、さよならはいわないから……さよなら、っていったら、永久に君に会えなくなるような気がするしさ……あ、ちょっと、未練がましいかな」
「宙太さん……」
「もとの時空に帰えれば、オレのそっくりさんが待っているんだろ。そっくり宙太によろしくな! しあわせに暮らすんだぜ。オーケー?」
宙太、精一杯の笑顔を作った。こんな時にも、キメて見せようとするんだから、カワイイ男だよね。
それはともかく、もとの時空へ帰れば、宙太さんやベビィ達、春ちゃんやマサルさん、ゲンジロウさん、それに、右京さんにも会える……会えるんだ!
「さぁ、早く乗った! 早く!」
「……」
宙太にせかされて、星子、デッキの手すりを掴みかけた。
でも、パッと体を翻すと、茜に駆け寄って、切符を差し出した。
「茜さんっ、早く乗って!」
「えっ」
「星子さん!」
涼も、驚いた顔で星子を見た。
「この切符は、涼さんがあなたのために買ったものよ! だから、乗るのはあなたなのよ!
さ、涼くん、早く茜さんを……!」
「星子さん! でも、ほんとにいいのか?」
「ええ、わたし、運がいいんだ。きっと、また、ラストラン『さくら』に乗れる時がくるから……きっと!」
「星子さん……ありがとう!」
涼、茜の腕を掴んで、デッキへ上がった。
「おいっ、待てよ!」
宙太、あわてて、駆け寄ろうとしたけど、星子、サッと立ち塞がった。
「ダメ! いかせてあげて!」
「し、しかし!」
「もし、邪魔したら、一生、あなたと口を聞かないから! それでも、いいの? ね、宙太さん!」
「そ、そんなぁ」
宙太、困ったように、頭に手をやった後、両手の掌で自分の目を隠した。
「マサルくんよ! 君も目を隠すんだ!」
「え?」
「早く! 命令だぜ!」
「わかったよ」
マサル、苦笑しながら、宙太と同じように手で目を隠した。
「オレたち、何も見ていないから! さっさと、乗れ! 早く!」
「警部!……」
「そのかわり、茜さんをしあわせにしてやれよ! いいな!」
宙太、目を隠したまま、大声で叫んだ。
そうよ、茜さんをしあわせにしてあげて。きっとよ。
星子、祈るように見上げた。
涼、うなずくと、茜をデッキに乗せたあと、ふと、星子を見つめた。
「星子さん、君……」
「え?」
「ずっと気になっていたんだけど……以前、どこかで会っていないか? たしか、俺が高校時代に……」
「!……」
「俺、何度、声をかけようと思ったか……だって、はじめて、好きになった人だから……」
「!……」
星子、一瞬、時間が止まった。
「でも、出来なかった……どうしても……そのうち、俺、家の事情で高校を中退することになってしまって、それっきりに……」
「!……」
「なぁ、どうなんだ? 君、あの時の……そうなんだろう?」
「……」
星子、胸がいっぱいになって、息苦しくなった。
涼くんは、わたしのことを覚えていてくれた。しかも、わたしは涼くんの初恋の相手だったんだ。
星子、目から涙があふれてきた。
有難う、涼くん。ほんとに、ありがとう。
それだけ聞けば、もう、思い残すことはない。今の涼くんには、茜さんという恋人がいる。茜さんと、しあわせになってもらえれば、それでいいんだ。
再び、汽笛が鳴って、列車はガタンと動き出した。
星子、次第に離れていく涼のあとを追いながらいった。
「ううん、人違いよ」
「え? ほんとに?」
「わたし、あなたに会ったのは、今度がはじめて。そして、最後になりそう」
「星子さんっ」
列車はスピードを上げ、最後部に立つ涼の姿は、どんどん、遠くなっていく。
それでも、星子、走りながら叫んだ。
「さよなら! 茜さんと、しあわせにね! さよならーっ!」
星子の声に答えるように、涼が叫んだ。でも、その声は、もう、届いてこなかった。
星子の涙に涼の姿が溶けて、間もなく、虹色の光芒が急速にしぼみはじめた。そして、ラストラン『さくら』のマリンブルーの車体は夕暮れの中に吸い込まれた。
「……」
立ち尽くす星子の背中を、夕日がまばゆいくらいに照らしている。
どこからか、汽笛が聞こえたような気がしたが、じきに、街の喧騒の中に消えていった。
(エピローグへつづく)
追記 ラストまで一気に走ってしまった。ほんとは、二回に分けたかったけどね。でも、内容からいって、出来なかったわけ。あとは、エピローグで、星子がどんなふうに
いきていこうとするのか、そのくだりを書いてみたい。どちらにしろ、後一回で終わります。長い間、お騒がせしました。ごめんなさい。そして、有難う!
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