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ピストルを持った凶悪犯が、この球場の観客席にいる!
星子、恐る恐るあたりを見回した。
観客席そのものは小さいけれど、天女学園の応援団と、相手チームの応援団。それに、高校野球が好きなファンなどが、スタンドのほぼ八割くらい、埋めている。人数にしたら、ざっと、約千五、六百人ほどだった。
「ほ、ほんとに、犯人がここに?…」
星子がかすれた声で聞くと、宙太、緊張した顔でうなずいた。
「ホシには恋人がいてさ、そっちをマークしていた捜査班から、今さっき、連絡があったんだ。なんでも、この球場で待ち合わせて、逃亡用のお金とクルマを渡すことになっているって」
「そう…」
連続強盗殺人の犯人にも、恋人はいるんだ。男と女の仲って、本人達にしかわからない気持のつながりがあるのかな。
「ね、早く、観客の人たちを避難させたほうがいいんじゃないの?」
「いや、それが難しいところさ」
「どうして?」
「これだけの数の人間を、こっそり避難させるなんて、とても、無理な話さ。途中でホシの奴が気づいて、人質を取ったり、無差別に拳銃をぶっぱなす恐れだって、十分、ありえるからね」
たしかに、それはいえる。映画とかテレビのドラマでそんな場面を見たことがあるけど、まさか、実際に体験することになるなんて。あらためて、体が震えてくる。
「それで、犯人の特徴は…どんな格好しているの?…」
「中肉中背の二十代半ばの男で、服装も地味だしさ、帽子やサングラスで変装でもされたら、見分けるのが難しいかもな…しいていえば、左の腕に、ドクロの刺青があることぐらいだ」
「イレズミが…」
ドクロのタトゥなんて、ますます、こわっ。いくら、度胸一番色気は二番の星子でも、びびってしまう。
え? 色気は三四がなくて五番だろうって?
バカ、そんな茶々入れてる場合かっ。
「で、マサルさんはどこなの?」
「球場のゲートで、本庁の応援部隊を待っているところだ。とにかく、下手に動けないし、じっくりとチャンスを待つしかないぜ」
宙太、そっと歯噛みした。
いつになく、りりしい横顔だ。いつもこういう男っぽいところを見せてくれれば、こっちだって、その気になるかも知れないのに。
ふとそんなことを思った時、「わぁーっ」という応援の声に、星子、はっと我にかえった。
グランドへ目をやると、いつのまにかチェンジになっていて、ピッチャーマウンドには、花太郎が立っている。
丁度、三振を取ったところらしく、バッターはすごすごとベンチへ戻り、次のバッターがバッターボックスに入った。
試合のほうは、すでに、五回まで進み、4対0で天女学園が勝っている。花太郎は、ここまで相手にはノーヒット、フォアボールもなし。つまり、完全試合ってわけだ。
「カレが、花太郎くんか。やるじゃん」
宙太、感心したようにいった。
「マグレよ。じきに、打たれるから。そのほうが、いいの、花太郎クンのためにもね」
星子としては、そう願いたい。
でも、その願いに反して、花太郎の巨体からものすごい剛速球が放たれた。
ドスン!
キャッチャーが吹っ飛ぶほどだ。バッターは三球三振。次のバッターも、同じく三球三振だ。
「んもぅ、ジョウダンやめてよっ」
仏頂面の星子とは反対に、宙太、ホッとした。
このまま、早く試合が終わってくれれば、観客も引き上げる。ということは、犯人が一人でここに残り、恋人を待つことになる。そうなれば、逮捕しやすいってわけだ。
「よっ、いいぞ、花太郎くん! 未来のダルビッシュ、そして、未来の中田クンだぜ!」
宙太、花太郎に向かって声援を送った。
「ちょっと、宙太さんっ!」
星子が止めようとしても、ダメ。宙太の応援のテンションは、ますます上がって、気を良くした花太郎くん、次の打席でも、
カキーン!
場外大ホームランだ。
「このままいけば、七回でコールドゲームだな! よしゃ! いけいけ、花太郎! かっせかっせ、花太郎!」
宙太、大声で叫び続けた。
ああ、万事休すとは、このことよね。
星子がガックリとなった時だ。
「宙太さーん!」
ああ、甘く切ないその声…リツ子では!
振り向いた視線の先には、間違いない、愛妻弁当を抱えたリツ子が、スタンドの通路を走ってくるところだ。
ヤ、ヤバッ!
花太郎の目の前で、リツ子が宙太にラブラブだってことをアピールしたら、タダじゃすまない。
星子、目の前が真っ暗になった。
(つづく)
追記 さぁ、えらいことになりましたよ。花太郎くん、恋敵?の宙太さんに向って大爆発間違いなし。コロシのホシがいる球場で、どえらい騒ぎが起こりそうだ。作者としては、君子危うきに近寄らず、と、まいりますか。
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