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おととい手術したばかりで、まだ、安静にしていなくてはいけないのに、無茶もいいところだ。
スタンドもグランドも、ざわめき、試合は一時中断となった。その間に、花太郎、ベンチまでくると、監督にペコリと会釈して、何やらいった。監督、ダメだと首を振ったけど、
花太郎、懸命に頼んでいる。
「どうやら、自分をピンチヒッターにしろって、頼んで、いや、おどかしているらしいな」
宙太、苦笑いした。
「そんな!」
心配を通り越して、ただもうあきれるばかりの星子だ。
いくらなんでも、監督が承知するはずがない、と思っていたら、なんと、監督、主審に「ピンチヒッター!」と、告げたじゃないですか。
ああ、なんてこと。場内が騒然とする中、花太郎、バットを持ってバッターバックスへ、そして、巨体をグイッとピッチャーへ向けて、大きく素振りをすると、「さぁ、こい!」と、構えた。
並みのピッチャーならビビるところだけど、相手は指折りの高投手だ。負けじと睨み返すと、速球を投げ込んだ。
空振り!
花太郎の顔が、苦痛に歪んだ。
「やっぱり、無理よ! やめて、花太郎さん!」
星子、たまらずに叫んだ。
でも、花太郎、痛みをこらえながら、再び、バットを構えた。
ピッチャー、第二球を投げた。
またもや、空振り!
同時に、「うっ」と、花太郎の口からうめき声が漏れ、顔もさらに大きく歪んだ。
「ヤバイな」
宙太、さすがに心配そうに見た。
「細井くん! やめさせて! お願い!」
星子の声が聞こえたのか、細井は監督の指示を貰って花太郎に駆け寄った。
だが、花太郎、「うるせぇ!」と、細井を突き飛ばし、バットを構えた。しかし、顔色は真っ青で痛みを必死にこらえている様子だ。足と腰も、力を失って今にも崩れそうだった。
ピッチャーのほうは、余裕で三振を取れると見たのか、笑みを浮かべて、振りかぶった。
ああ、もう、オシマイ。
星子ががっくりと肩を落とした時だ。センター後方のあたりから、笛の音が聞こえてきた。
美しい、澄み切った音色だ。
思わず聞き惚れながら、一体、だれが、こんな時に吹いているんだろうと、目をこらすと、バックスクリーンの陰から、着物姿の人影があらわれた。
「!…り、リツ子っ…」
そう、その人影はリツ子だった。長い髪を風になびかせながら、横笛を吹いている。いつもの、小生意気なメガネ顔のセーラー服姿からは想像も出来ないような、神秘的なまでに美しい姿だった。
リツ子って、ほんとは、あんなにきれいなんだ。
でも、応援なんかには絶対に行かない、と、いったはずなのに。だから、もう、リツ子とは絶交したのに。
「花太郎くんの熱い気持ちが、やっと、リツ子さんに届いたらしいな」
そうつぶやく宙太に、星子、うなずいた。
なんだか、胸の中が熱くなってくる。でも、一番、嬉しいのは花太郎だ。
さっきとは別人のようにエネルギッシュで晴れやかな顔で、ギュッとバットを握り締めた。そこへ、ピッチャーが決め球のフォークボールを投げた。
大きく曲がり落ちたボールは、まるで、魔球のようだ。だが、花太郎のバットはしっかりと捉えた。
カキーン!
ライナーとなった打球は、あっという間にセンター方向へ、そして、バックスクリーンのはるか上を飛んで、場外へ消え去った。
「やった! 逆転サヨナラホームランだぜ!」
宙太、叫びながら星子に抱きついた。
んもぅ!
でも、いいの。今だけ許しちゃう。
場内は、もう、大歓声だ。痛みをこらえてベースを一周する花太郎に、それこそ、嵐のような声援が飛んでいる。細井なんか、嬉しさのあまり、へたりこみ、泣いている。
星子、噴き出したうれし涙をぬぐいながら、バックスクリーンへ目をやった。
ん! リツ子の姿が消えている。
「リツ子っ」
星子、観客席の通路を走っていった。
リツ子に謝らなくては。また、以前のように友達でいよう。
「リツ子! リツ子っ」
だが、いくら探しても、リツ子は見つからなかった。まぼろしのように、消えていた。
(おわり)
追記 本日分、5000文字数に入らなかったので、二回に分けました。今回は、それなりの番外編でしたが、いかがでしたか。リツ子と花太郎の恋、この先どうなるのか気になりますが、また、機会でもあれば続きを書いてみます。
なお、ブログ連載のほうは、しばらくお休みさせてもらいます。時期が来ましたら、再開しますので、ご容赦ください。
うっとうしい梅雨が続きます。ご自愛ください。
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