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……ゴンベエの首輪が、なぜ、殺された男のそばに落ちていたのか……。
「この男が殺された事件に、かかわっていることはたしかだよな」
宙太は、首輪の鈴をチリリンと鳴らしながらいった。
「ということは……」
わたしは、なんとか気持ちを落ち着かせながらいった。
「星子も事件とかかわっている可能性が強い。そして、行方不明になった原因もそのあたりにある……ということか」
「そういうこと」
「で、男はどんなふうに殺されたんだ?」
「ピストルさ」
宙太は、右手の指先をわたしの後頭部に押し当てた。
「ズドンとイッパツ!」
「よ、よさないかっ」
わたしは、身震いしながら宙太の手を払いのけた。
「銃声は?」
「いや、誰も聞いていない。多分、ホシはサイレンサーを使ったのかもな」
そうなると、コロシのプロの犯行の可能性も出てくる。
「殺された男の身元は、わかったのか?」
「うん、運転免許証を持っていてさ、写真はもちろん本人だけど、名前は野口マサオ、37歳。住所は東京都港区……今さっき、本庁、つまり、警視庁のほうに連絡を入れて、身元を照会中なんだ」
「そうか」
「とにかく、状況はかなりヤバイよ。星子さんは行方不明。あ、ゴンベエもな。そして、サイレンサーつきの拳銃を持ったホシは、まだ、この列車に乗っているわけだしさ」
宙太のいうとおりだった。
今乗っている夜行急行「はまなす」は、青森を定時の22時42分に発車したあと、函館までノンストップで走る。函館到着は深夜の1時、つまり、あと23分ほどだ。
「星子がいなくなったことに気づいたのは、たしか、0時15分ぐらいとか……」
「うん、正確にいえば、オレが5号車の車内に入って、この目で確認した時間さ。実際は、もう少し早く席を立っていたと思うけど」
「くわしいことはわからないのか?」
「もちろん、近くの乗客に聞いてみたさ。でも、ほとんどの乗客は眠っているか、メールしているとか、読書しているかとか……」
「誰も見ていないってことか」
「そういうこと」
「そのあと、星子をさがしにこのデッキへ出て死体を見つけたんだな?」
「うん、急いで中に入って調べたところ、男の後頭部から血が流れているし、そばにはゴンベエの首輪が落ちていたわけ。もう、びっくりもいいとこさ。で、丁度、通りかかった車掌さんに見張りを頼むと、星子さんを捜したんだ」
事件当時、宙太は、5号車の函館側のデッキにいた。ということは、星子は前方の車両にはいっていない。後方の6号車か7号車のほうへいったことになる。
「でも、星子さんもゴンベエも見つからなかった。まるで、消えてしまったみたいでさ。で、とりあえず、パパさんに知らせておこうと思って、呼びにいったわけ」
「ちゃんと捜したのか?」
「もちろんさ。オレの命より大事なハニィなんだぜ」
「犯人に追いかけられて、外へ逃げたとか、突き落とされたとか……」
「ないない。ドアは自動なんだ。走っている時にドアのコックを操作すれば、非常ブレーキがかかるだろ」
「……」
たしかに、そうだ。星子は、まだ、この列車に乗っている。そして、犯人もだ。
「どこかに隠れているのか、それとも、犯人の人質に……現場を目撃した可能性もあるからな」
「そうなんだ、オレもそのことが一番気がかりでさ」
宙太は、歯噛みした。
「とにかく、わたしが捜してみる! 乗客一人ひとりを確かめてみるから!」
そういって歩きかけたわたしを、宙太は素早く制止した。
「待った! ホシは拳銃を持っているんだ。下手に騒ぎを大きくすると、ヤバイことになるぜ。ホシが一人なのか、共犯者がいるのか、まだ、なにもわかっていないんだから。落ち着いてくれよ、な!」
「……」
宙太のいうとおりだ。列車は動く密室と同じだ。万一のことでもあったら、取り返しのつかないことになりかねない。
わたしのことなら、ある意味では覚悟している。愛を裏切った罰、妻や恋人を裏切った罪の報いが、いつか、きっとあるだろう。親とか友を裏切る罪より、愛を裏切るほうが、もっと、罪深いと思ってきたからだ。
そんなわたしにとって、星子は愛する人の分身であり、星子の人生を輝かしく、生き生きと幸せに描くことは、大げさかもしれないが、いってみれば、贖罪でもあった。それだけに、星子にもしものことでもあったら、わたしはとても生きていられない。
「パパさん、大丈夫か」
宙太が、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫、星子さんは無事だから。きっとな」
「うん……」
わたしは、ぎこちなく微笑んだ。
「とにかく、函館駅には鉄道警察が待機してはずだぜ。到着まであと二十分足らずだし、その時が勝負かもな」
宙太は、タレ目顔をキッと引き締めた。
(つづく)
追記 どうやら、私にもよめないような展開になってまいりましたようで。予定としては、星子と某刑事のラブロマンスになるはずですが。その某刑事とは、誰か。ま、お楽しみに。
ところで、前回、「はまなす」の列車編成のことで、私の勘違いがありました。訂正しておきました。誠に申し訳ありません。
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