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<呼んでいる、まりも姫がわたしを呼んでいる!>
星子の胸の中に、熱いものが広がっていった。
まりも姫の声は、悲しみに打ちひしがれながらも、必死に助けを求めている。その気持ちは、星子にしか伝わらないものだった。
星子は、その声に導かれるように歩きかけた。目の前に広がる地獄谷の恐ろしい景色も、鼻を突く有毒ガスの匂いも気にならなくなっていた。
「ちょ、ちょっと、星子ちゃんっ」
瞬間、春之助が星子の腕を強く掴んで引き戻した。
「駄目よ! この谷には火山の有毒ガスが充満しているのよ! じきに、あの羆たちのように死んでしまうわ!」
「でも、早くまりも姫のところへいかないと…早く…」
「なにいってるの! ただの幻聴よ! こんなところに、まりも姫がいるわけないでしょ!」
「ううん、いるわ! きっと、いる! この谷の奥で、わたしを待っているのよ!」
「だったら、他のルートをさがせばいいわ! とにかく、これから先は、絶対に入ってはだめよ!」
「でも、まりも姫のところへ行くには、この道しかないの。きっと、そうよ」
「星子ちゃん…」
「ね、春ちゃんはここにいて。わたし一人でいくから、ここで待っていて。お願い」
そういって歩きかけたが、春之助は手を離そうとしなかった。
「あなた一人では、いかせないわ」
「でも…」
「絶対に、いかせないから! 絶対にね!」
春之助の顔が、まるで、般若のようになった。
「あなたに、今、死んでもらっては困るの。あなたは、大事なガイドよ。黄金の山へ案内してくれるガイドなんだからね」
春之助の目は、妖しく光った。
「え? 春ちゃん、あなた、わたしのために一緒にきてくれたんじゃないの?」
「それは、表向きの理由よ」
「表向き?」
「そうさ」
春之助は、冷笑した。声の調子もしわがれて、言葉使いも、乱暴になった。
「ほんとはね、まりも姫の財宝をいただくつもりで、あんたに道案内させたってわけさ」
「春ちゃんっ」
星子は、愕然となった。春之助がそんなことを考えていたとは。
「あなた、どうしちゃったの? いつもの春ちゃんじゃない。違うヒトみたい」
「うふっ、人間、誰だって黄金には目がくらむものさ。あんたみたいな恋の夢ばかり追いかけているお人よしには、この世の中、とても生きていけないよ。恋もお金次第。愛もお金次第ってわけさ!」
春之助は、顔を歪めながら笑った。
「春ちゃん…」
星子の目から、涙があふれてきた。
春之助がこんな情けない人間だったなんて。これほどひどい裏切りはないだろう。
「これでわかったろ、星子ちゃん」
春之助は、凄みをきかせた顔で星子の腕を引っ張った。
「あんたには、別のルートを見つけて案内してもらうよ。素直にいうことをきかないと、痛い目にあわせるからね。いいかい!」
「……」
もう、いい返す気力もない。星子は、悄然と肩を落とした。
その時だった。
春之助がキッとなると、星子の腕を掴んだまま身構えた。
「誰だい! 出てこい!」
その声に、前方の岩陰から、すっと現れた人影、それは、圭一だった。
「圭一さんっ」
「こいつ! 性懲りもなくまたあらわれたのかい!」
睨みつけた春之助の目は、鋭い刃物のようにギラッと光った。
対照的に、圭一の目は静かだった。
「やっぱりだったな」
「なにがさ!」
「あんたは、春之助君じゃない」
「えっ」
唖然となった星子に、圭一はいった。
「正確にいえば、春之助君の体を借りた異界の人間ってわけさ」
「春ちゃんの体を!」
「そう、俺の目を誤魔化し、さらに、星子さんをまりも姫のところへ案内させるには、春之助君にのりうつるのが一番の方法だったんだ」
「!…」
「こいつはね、俺が列車の中で始末した男の仲間で、その昔、コタンの王の部下だったが、王の財宝に目がくらみ、盗み出そうとして捕まり処刑され、異界に落ちたんだ。異界は、罪を犯したものが落ちる裁きのゾーンでもあるからね」
「!…」
「しかし、こいつらは、異界にいったあとも財宝のことが忘れられず、財宝がまりも姫のもとにあると知って異界から脱走すると、今回の事件を引き起こしたってわけさ」
「!…」
「でも、異界にはこの世にいってはならないという掟がある。その掟を破った者は、処刑されねばならない。俺は、その処刑人として、異界から派遣されたんだ」
「処刑人…」
そういうことだったのか。それにしても、あまりにも突拍子もない話に、星子は呆然となった。
「さぁ、いい加減に正体を現したらどうだ。おい!」
圭一は、鋭い顔でいった。
だが、「ふふふっ」と、 春之助は、目をぎらつかせながら笑った。次の瞬間、体が異様に光り始めたと思うと、その光るものが春之助の体から離れて、じきに、一人の男になった。長い髪は逆立ち、目は吊り上って、まさに,幽鬼のような姿だった。ほぼ同時に、春之助は崩れるように倒れた。
(つづく)
追記 なにやら、ファンタジー・ホラーっぽいオハナシになってきました。ああ、しんど。ほんとは、ワタクシ、あまり得意な分野じゃないんですが、なんとか、がんばってみますよって、カンニンな、いとはん。は? なんじゃ、そのいいかたは!
とにかく、ヨロシクです。
なにが、よろしくだ!
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