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「春ちゃんっ」
星子は、崩れた春之助に覆いかぶさるようにして、声をかけた。
「しっかりして、春ちゃん!」
春之助の肩を掴み、揺さぶったが、まったく反応がない。
<まさか、死んだんじゃ!>
「いやっ、死んじゃ駄目。死なないで!」
星子は、春之助に顔を近づけて叫んだ。
すると、春之助の蒼ざめた唇がぴくっと動いた。
よかった!
春之助は、生きている。ただ、ひどいダメージを受けて、失神状態からは戻れないようだ。
「ひどい!」
星子は、キッと男を睨み上げた。相手は悪霊の化身のように恐ろしい風貌だが、たじろいでなんかいられなかった。
「よくも春ちゃんをこんな目に…許さないから!」
思わず掴みかかろうとした星子の前に、圭一が立ちはだかった。
「星子さん、あとは俺に任せるんだ!」
「でも!」
「いいから、いうとおりにしろ! こいつと戦っても、現生の人間に勝ち目はない。たとえ、美空警部でもだ」
「えっ」
圭一は、男に向かって身構えた。
「命令により、お前を処刑する。いいか!」
「ふっ、それはこっちの言い草だぜ」
男は、黒いコートの中からサッと拳銃を取り出して、銃口を圭一に向けた。
「この拳銃は、貴様のだ。覚えているよな」
「!…」
圭一は、ハッと見た。たしかに、五月刑事の鮮やかな射撃で弾き飛ばされた拳銃だった。
「今からこいつでお前を消してやる。自分の拳銃で撃たれて死ねば、さぞかし本望だろうよ」
男はせせら笑いながら、引き金を絞った。
圭一さんが、殺される!
愛した人が、目の前で殺されるなんて。そんな光景だけは、絶対に見たくない。
あってはならない。星子の頭の中は、それこそ、真っ白になった。そして、無我夢中で男に体をぶつけていった。
瞬間、バチッと青白い火花のようなものが散って、星子は跳ね飛ばされたが、男の体は大きく揺らいだ。
それを見た圭一が、男の背後から飛びつき、右腕を男の首に絡めた。
「ううっ」
男はもがきながら、拳銃で圭一を撃とうとした。だが、圭一は左腕で男の動きを抑え、右手で激しく男の首を絞めていく。同時に、圭一の体から青白い炎が燃え上がり、男の体を覆った。
「ウ、ウギャーッ」
男は、身の毛のよだつような悲鳴を上げ、体をくねらせた。
だが、青白い炎はさらに燃え広がり、男の体を覆い尽くしていく。圭一は、拳銃を奪い返すと、飛びのきざま引き金を引いた。
バシッ。
男の体はどっと倒れ、動かなくなった。全身を包み込んでいた青白い炎も、見る見るうちに薄れていき、圭一の体からも青白い炎が消えていった。
「……」
星子は、茫然と立ち尽くしていた。まるで、悪夢を見ていたような気分だ。
「正直いって、君には見せたくなかったよ」
圭一は、ちょっと、悲しそうな顔で星子を見つめた。
「俺と君の間には、素敵な思い出がいっぱいあったからな。この北海道でさ…」
「……」
そう、スリリングで甘酸っぱい、でも、最高にステキな恋の冒険旅行だった。
「俺はね、君との思い出を胸にしっかりと抱いて異界で暮らしてきたんだ。もし、その思い出がなかったら、とても、異界なんかで暮らせなかったぜ…異界で暮らす者は、この世の煩悩や悲しみ、苦しみから抜け出せない、いってみれば、業を背負った人達だからな、この俺もだけど…」
「圭一さん…」
「だから、思い出を大事にしておきたかった。君の心の中でもね…でも、俺のこんな姿を見せたんじゃ、もう、おしまいだよな…」
圭一は、唇を噛んだ。切れ長の美しい眼が、涙で光っているように見える。
星子の目にも、涙があふれてきた。
「そんな…」
星子は、首を振った。
「そんなことないわ…あなたの思い出は、こんなことで壊れたりはしないから…ほんとよ」
「いや、そうはいかないさ、俺のもう一つの任務を知ったらね…」
「え?」
星子は、訝しそうに見た。
「なんのこと?」
「じつはね、俺には、まりも姫を異界に連れていくという仕事があるんだ」
「まりも姫を?」
「うん、まりも姫は財宝を守るために、若い女の子をおびき寄せ、生贄にしてきたんだ。君も、その生贄の候補だぜ」
「!…」
「だから、俺は君にこの山から降りろ、と、いったのさ。まだ、遅くないから、春之助君を連れて、急いで戻るんだ。いいね」
「でも、もし、まりも姫があなたのいうことをきかなかったら…その時は、どうするの?」
「可哀そうだが…」
「え?」
「その時は、始末しろとの指令を受けている」
「!…」
星子は、ハッとなった。
「でも、まりも姫は恋人だった王子の財宝を守っているんでしょ。生贄のことは許せないけど、愛のためなのよ。その気持を、なんとか、汲んであげられないの?」
「出来ないね」
「どうしてよっ。あなたなら、わかってくれるはずよ!」
「いや、これだけは駄目だ」
「圭一さんっ」
圭一は、星子を見据えた。
「君のためになんだ、星子さん」
「わたしのため?」
「そうさ、まりも姫は一度目をつけた女の子を、絶対に逃がさないんだ。君を救うためには、他に方法がないんだよ!」
「!…」
「これが、今の俺に出来る、最後の…君への最後の愛の証しなんだ…わかってくれ、星子さん!」
「!…」
さっと身をひるがえした圭一は、地獄谷の奥に向かって走り出した。
(つづく)
追記 「篤姫」が、今夜で終わってしまいましたね。毎週、欠かさず見てきただけに、寂しい限りです。僕もコバルト文庫で大奥シリーズを書いていたし、興味のあるテーマでしたが、やはり、田淵久美子さんの脚本の素晴らしさが際立っていましたね。次回の大河ドラマも、女性の脚本とか。春ちゃんも、大いにガンバルといっています。ん? カンケイあったっけ?
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