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恋に本命と番外の区別はあるのでしょうか。すべからく、恋する者は平等であるはず。財産や地位、家柄、身分、国籍、種族、思想、宗教、そして、容姿や年齢、性別にかかわらず、恋は生まれ、育つ。
つまり、すべての恋が、本命である!…といいたいところですが、カミサマは皆にシアワセをくださるわけじゃない。手抜き、ってことはないだろうけど、つい、よそ見していた、とか、面倒になったとか、気分が乗らなかった、とか、ま、いろいろな事情で、見落としてしまうケースがある。
皆が皆、ロメオとジュリエットじゃない。皆が皆、セカチュウじゃない。皆が皆、冬ソナじゃない。
なかには、どう見たって、恋の主役にはなれないニンゲンがいる。そういう人には、カミサマもお手上げ、というか、はじめから、相手にするつもりはない。だって、美男美女が恋してこそ、絵になる、サマになる、お金になる!
だから、それ以外の二人には、なかでも、ほとんど、番外的な存在の人間には、まっこと、冷たいのだ。
その番外的存在のさいたる人物が、リツ子であり、番町のようだ。この二人をどうかみ合わせていくべきか。
ヤマウラ、目下、ない知恵を絞って頑張っておる次第で…といいたいが、野暮用で、なかなか、目下、各駅停車であります。
ところで、番外編の題名ですが、番外だらけの二人が恋をするわけであり、この際、題名は「花の番外らぶっす」みたいな感じでどうでしょうかね。
とりあえず、明日、冒頭のさわりをお目にかけられるかも知れません。よろしく!
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