|
9
「出して! ね、開けてったら!」
星子、大声で叫びながら、地下室のドアを叩いた。
まったくもう、こんなところに閉じ込めて、いったい、どういうつもりなのよっ。
地下室の中は、ポツンと蛍光灯がついているだけで、薄暗く、ひんやりとして、しめっぽい。積まれた古い家具や置物から、かび臭い匂いが漂ってくる。なんだか、息がつまりそうだ。
あの魔女軍団、というか、四姉妹はずっとこのまま、わたしを閉じ込めておくつもりかしら。不安感と恐怖が、足もとから這い上がってきて、泣きたくなる。
ケータイで宙太さんに連絡して、助けにきて貰おうかな。でも、たしか、宙太さん、大きな事件の捜査でものすごく忙しいはずだ。こんなことで、仕事を中断させては、申し訳ない。
甘えないで、がんばるんだ、星子っ。そこが、あんたのいいとこじゃないの!
しっかりと自分にいい聞かせると、ここから脱出する方法はないか、地下室の中を調べてみた。でも、見つからない。
まったくもう、リツ子のために、とんだ災難に巻き込まれたじゃないですか。もう、金輪際、リツ子とは付き合わないから。絶交だよ、ぜったいにね。
え? お勉強、手伝ってもらわなくてもいいのかって? 知るかい! 赤点が何さ。そんなものが怖くて、学生やってないから!
なんて、息まいているうちに、ますます、心細くなってきた。
四姉妹に泣いてあやまって、勘弁して貰おうか。でも、あんな奴らに頭を下げるのは、気が進まない。意地ってもんがある。度胸ってもんがあるんだ、星子さんには!
なんとか気持ちを奮い立たせようとしても、そろそろ、限界かな。と、思った時だった。
奥の古いタンスがガタガタと音をたてた。
ネズミかな? わたし、ネズミとゴキブリだけはつきあいたくないのに。
星子が体をすくめていると、タンスが動いて、裏からのっそりと大きな黒い影があらわれた。
「キャッ」
お化けか? ユウレイか?
恐怖でのけぞった星子の手に、古いゴルフバックに触れた。夢中でクラブを掴むと、
「わぁーっ」
メチャメチャに振り回しながら、黒い大きな影に殴りかかった。
「んぐッ」
黒い影が声を上げるのと同時に、ゴルフのクラブは真っ二つ。そのあとで、蛍光灯の明りに浮かんだ人影は、なんと、相手は花太郎サンじゃないですか。
「ご、ごめんなさいっ」
星子、あわてて、花太郎を見上げた。それにしても、ほんと、でっかい! まるで、大きな岩が聳え立っているようだ。
「大丈夫ですか? ケガは…」
いいかけたとたん、いきなり、襟首を掴まれて、軽々と持ち上げられた。
苦しいっ。息ができない。
足をバタバタさせる星子の顔を、花太郎はギョロッとした目玉で、じっと睨んだ。
こ、殺される、かも。マジで。
なんせ、相手が相手だ。絞め殺されても、仕方がないかな。
すると、花太郎は、
「なんだ、似てねぇじゃん」
と、つぶやいた。
「は?」
「姉貴達がよ、お前のこと、タヌキがクシャミしたような顔だっていってたけどな」
「タ、タヌキがクシャミ? ぶ、無礼なっ」
「だよな。もっと、ずっとカワイイや。タヌキがアンパンをのどに詰まらせてる顔だぜ」
「ちょ、ちょっと!」
もっと、ひどいじゃないの。
「その手を離しなさい! 早く!」
「おっと、ワリイ!」
花太郎は、手を離した。
星子、ドスンと床に落ちて、お尻を打ち、痛いのなんのって。
「とんだ目にあったな、お前」
「そうよ! いきなり、手を離さないで!」
「いや、それじゃなくて、姉貴達のこと」
「え?」
「もともと、俺に構い過ぎるのに、今回は異常もいいとこだぜ。まるで、魔女軍団だ」
そうよ、まさに、その通りだわっ。
「俺、さすがに見ていられなくてさ、抜け道を通ってここへ降りてきたってわけ」
ナルホド、抜け道があったんですか。
「でもな、姉貴達を恨まないでやってくれや。俺がチビの頃から、母親代わりに面倒見てくれたんだ」
「お母さんの代わりに? じゃ、あなた、お母さんはいないの?」
「ああ、死んだ」
「亡くなった? 病気で? それとも、事故かなんか…」
「うるせぇ!」
花太郎の顔が、ゾンビのようになった。
「二度とおふくろのことは口にするな! 絞め殺すぞ。いいか!」
「え、ええ、わかった…ごめんなさいね…」
星子、頭を下げた。
何か、よほどの事情があるらしい。こんな図体しているけど、心の中には、つらいものを持っているんだ。覗いてみたいけど、そっとしておいてあげよう。
「で、お前…」
「ね、そのお前って呼ぶのはやめてくれない」
「お前は、お前だ。俺が君とか、あなたとか、様をつけるのは、特別な人だけだぜ」
「リツ子のこと?」
「呼び捨てにするな!」
「だって、わたしの友達よっ」
「親しき仲にも、礼儀がある!」
よくいうわねっ。
「で、その、お前、リツ子さまのことで、俺に会いにきたらしいな」
「そうよ」
「話の中身は?」
「そ、それがね…」
星子、口ごもった。だって、まともに、二度とリツ子に近づくな、なんていえる?
すると、花太郎は、ふと、微笑んだ。意外とカワイイんだ、ハナコの笑顔って。
「いいの、いいの、わかってる」
「ん?」
「要するに、こうだろ。花太郎さんが姿を見せてくれないけど、どうしたのかしら。まさか、怪我とか病気でもしたんじゃないかしら。お願い、様子を見てきてちょうだい。花太郎さんの顔を見ないと、あたし、さびしくて、さびしくて、死んでしまいそう…だろ?」
「ハナコ、じゃない、花太郎さん…」
星子、まさに、絶句。
呆れてものがいえない、とは、このことだよね。リツ子の話だと、花太郎は地球を自分の周りで回してみせるって、いったそうだけど、すでに、グルグル回っている。
「いや、すまん。リツ子さまには、ほんと、申し訳ないと思っているんだ。でもな、俺、昨日あたりから、急に体が重くなってさ、動けなくなっちまって…騎士の使命を果たせなくなってよ…」
「キシのシメイ?」
「当然だろ、大切な人を、命に代えてもお守りするのは」
「ああ、そういうこと。でも、その騎士も恋の病いでお倒れになりましたか」
「恋の病い? て、てめぇ!」
花太郎の太い腕が、またもや、星子の襟首を掴んだ。
「よくも、俺を侮辱しやがったな! 俺は、めめしい色恋ざたは嫌いだ! 大嫌いなんだ!」
「でも…」
「いうな! コロス! シメコロス!」
花太郎は、今にも大爆発しそうな火山のように、真っ赤な顔で叫んだ。
今度こそ、ほんとにヤバイかもね。
星子、目をつぶった。
すると、ポタッ…ポタッ…。
ナマあったかいものが、星子の顔に落ちてきた。
ん、雨?
でも、ここは地下室よね。
星子、恐る恐る、目を開けた。
雨、じゃなかった。
花太郎の目からこぼれ落ちるナミダ、大粒の涙だった…。
「花太郎さん?…」
「…うるせぇ…」
花太郎の唇が、涙でふるえている。
「あなた、やっぱり…好きなんだ、リツ子のこと…」
「…うるせぇ…」
「恋してるんだ、そうでしょ」
「…う、うるせぇ…」
花太郎の声は、涙でかすれてきた。
「…花太郎さん…」
「…う…うる…」
ふいに、花太郎の口から、グォーッとうめき声があふれた。
大きな体をふるわせて、花太郎はうめいた。そのうめき声は、じきに、泣き声に変わった。
(つづく)
追記 花太郎くん、ついに、告白のようですね。でも、問題は、リツ子さまのほうですぞ。はたして、このさき、どうなりますやら。
男純情花太郎、パッと咲かせろ、恋の桜花!
|