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「い、一億!?」
花太郎は、思わず耳を指先でほじくった。そして、そのあとで、リツ子が突き付けたカンバスの絵を、まじまじと見つめた。
「弁償が一億ってことは、この絵に一億円の価値があるってことか? え?」
「もちろんです」
リツ子は、当然といった顔で答えた。
これには、花太郎、プッと噴き出した。
「お前、アッタマおかしいんじゃないの。あ、ツラもおかしいけどよ、ハハハッ」
とたんに、リツ子が、
「二億円にします」
「はん?」
「今、あたしを侮辱する言葉をいったでしょう。その慰謝料もプラスさせて頂きます」
「て、てめぇ! このドブ…」
ドブスっていおうとして、どうにか、急ブレーキ。また、一億円、上積みされそうな気がしたからだ。
「リツ子っていったけ? あのな、ものの値段ってもんは、それ相当の価値を認めたからつけられるんだぜ。たとえば、このネックレス…」
花太郎は、首にかけた金鎖のネックレスをじゃらじゃらさせた。
「これって、18金のホンモノだぜ。俺にチャレンジしてきたアホ番長を一撃で叩きのめしてやった時、チャレンジ料として頂いたわけ。相場は二十万円だってよ。あ、もちろん、相手の三顧の礼でプレゼントしてくれたんだ。これ、ホント」
花太郎は、ニタリとウインクした。
「でもよ、この絵をよぉく見てみな。幼稚園のオジョウチャンだって、もっと、うまく描くぜ。一億、あ、二億だっけ、そんな、とんでもない。一円の価値だってないぜ。こんな絵を見せられて、逆にこっちが一億円貰いたいくらいだよ、へへへっ」
これだけ馬鹿にすれば、泣きだすだろう。女なんて、そんなもんだ。花太郎は、へらへらと笑った。
ところが、リツ子は顔色一つ、変えずに、
「ピカソ、知ってますか」
「ピカソ? あのへんてこな絵を描く画家かよ?」
「芸術のわからない人には、そう見えるでしょうね。でも、世間じゃ、一枚何億、何十億円もの値段がつくんです」
「らしいな。で、それが、どうした?」
「あたしも、ピカソです」
「あ?」
「今に、この絵の芸術的な価値をわかる人があらわれて、何億円もの価値を認めてくれるかも知れないんです」
「ムリムリ、ぜったいに有り得ない」
「いいえ、有り得ます。きっと、そうなります!」
リツ子は、自信たっぷりな顔で微笑んだ。
呆れてものがいえないとは、このことだ。
「まいったね、こりゃ。お前って、ほんと、ノーテンキだな。地球が自分の周りを回っているとでも思ってるのか」
と、からかったつもりが、リツ子は真顔で、
「ええ、思っています」
と、答えた。
「あたし、今まで、願いが叶わなかったこと、一度もないんです。夢の王子様だったあの人だって、あたしのことを愛してくれているんですから」
リツ子は、うっとりと夢見心地の顔になった。
「あの人?」
「花の警視庁の捜査一課の警部さん、名前は、美空宙太さんです」
「チュゥタ? おかしな名前だな」
「なにがおかしいんですかっ!」
おもわず、花太郎がたじろぐほどの、ものすごい怒鳴り声だ。
リツ子の顔面は真っ青、頬も唇もブルブルふるえて、メガネが涙で曇った。
「宙太さんを侮辱する人は、絶対に許しません! 絶対に!」
「わ、わかったよ」
花太郎は、ちょっと、辟易した顔でつぶやいた。
「その宙太って警部さんも、気の毒にな。こんな女の子に惚れられたんじゃ、お先真っ暗だぜ」
「え? なんですか?」
「あ、いや、なんでもないの。それよりさ、今さっき、おたく、地球は自分の周りを回っているっていったよな」
「はい、たしかに」
「じゃ、おれも、地球のことで一言、いわせてもらうぜ」
「どうぞ」
「地球がおれの周りを回るなんて、まだるっこい。俺のほうで、地球を回してみせらぁ!」
追記 今日も一日中、寒かったですね。せめて、心だけでも寒くならないようにしたいのですが。なかなか、難しいです。
リツ子のキャラが初期設定と違っているとのご指摘を受けましたが、「あたしって、脱ぐとスゴイんですよっ」のパターンでまいりますので、よろしく。
ナンノコッチャ。
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