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「うふーん」
リツ子は、せつない吐息をつきながら、抱きついた。
「そんなに、このあたしのことを…」
「うん、愛しているよ」
やさしくうなづいたのは、さわやかな笑顔と甘いマスクがなんともチャーミングなカレ…いわずと知れた、晴れた美空に靴が鳴る、わが最愛の人、美空宙太警部…。
「何があっても、一生、君を離さない。もっと、もっと、幸せにしてあげるからね」
「うれしい」
「地球は君の周りを回っているんだ。僕も永遠に君の周りを回り続けるよ。愛情の香りがたっぷりのバラの花びらをまきながらね」
「ああ、しあわせ。ね、キスして、宙太さぁん」
「いいとも、唇だけじゃない、君の全身に熱いキッスの雨を降らせてあげる」
そういいながら、宙太はリツ子の体をさらに強く抱きしめ、顔を近づけた。
ああ、感じるぅ。もう、ダメェ。
リツ子は、燃え上がる愛の炎に身を任せようとした。
その瞬間、どこからか聞こえてきたのは、星子の声。
「リツ子…しっかりして、リツ子…」
うるさいな、もう。
これから宙太さんに全身ラブキッス・マッサージを受けるのよ。邪魔しないで!
でも、星子の声はさらに高まってきた。
「リツ子ったら、しっかりして! ちょっと、リツ子ったら!」
その挙句、背中を叩かれ、頬っぺたまで叩かれて、
「いたいっ」
リツ子は、やっと、目が覚めた。
ぼんやりした視界がはっきりすると、星子が心配そうにリツ子を見下ろしている。
「あ、よかった、気がついたのね!」
「…星子ォ…んもう、なんで、邪魔するわけ!」
リツ子は、一転、星子をにらみつけた。
「ジャマ?」
「そうよ、ラブラブの真っ最中だったのに!」
「はん?」
星子は、ニヤッと微笑んだ。
「いい夢をみていたみたいね」
「ユメ?」
そうか、夢だったんだ。
「でも、じきに、正夢になるけど。宙太さんとのこと」
「宙太さん? じゃ、リツ子…」
「夢の中のカレ、ほんとに、すてきだった。愛が強いと、夢もほんとに、ステキだわぁ」
リツ子の目は、ウルウルもいいとこ。
「でもね、リツ子、宙太さんは…」
ほんとに愛しているのは、このわたしなんだけどォ…と、星子、ほんとのことをいってやろうとしたけど、ヤーメタ。
馬の耳に念仏。なにをいっても、ムダ。
「ま、そのことはあとにして、もう、びっくりよ。リツ子ったら、急に気を失うんだもん」
「え? 気を失った? このあたしが?」
「うん」
「うそっ、そんなこと、ありえないっ」
リツ子は、声高に叫んだ。
「あたしは、常に冷静なヒトよ。あなたと違って、ささいなことで取り乱したり、テンションが上がり過ぎるなんてことは、絶対にありえないの」
「あら、そう」
星子、肩をすくめた。
ほんと、よくいうよ、まったく。
「でも、わたしがカレのことをいったとたん、リツ子、顔色が真っ青になって、ぶっ倒れたんだけどな」
「カレ?」
「ほら、花屋敷花太郎って子。あなたを恋しているって」
「ギャッ」
リツ子の口から悲鳴が…。
またもや、気絶されてはたまらないと、星子、あわてて、リツ子の肩を掴んだ。
「わたしの顔を見る! しっかりと見る!」
「……」
リツ子は、半ばふらつきながらも、なんとか、星子の目を見つめた。
どうにか、気分が少しは収まったようだ。
「ね、星子、女の厄年って、いくつだっけ?」
「え? さぁ…」
「十七、つまり、あたし達の歳は…」
「聞いたことないな。もっと、上じゃないの?」
そうなんです、女の厄年は、十九と三十三だそうで。
「で、何の関係があるわけ、厄年と花太郎クンと?」
「きまってるでしょ、あんな男の子に恋されちゃうなんて、もう、最悪もいいとこ。あたしの汚れなき純白の体と心、近い将来、宙太さんさんに捧げるこの身に、いきなり、真っ黒なペンキをかけられたようなものよ! 宙太さんに、申し訳ないわ…ああ、許して、宙太さん…」
リツ子の目に涙が光ったと思うと、大粒の涙がポロポロとこぼれた。
聞いていてアホらしくなるけど、その一方で、リツ子のピントのずれた純情さが、妙に可愛く見えてくる。ま、だから、一応、お友達づきあいしているわけだけど。
「ね、星子、あなた、カミソリ持ってる?」
リツ子は、涙をぬぐうと、星子を見た。
「カミソリ? ううん、持ってない」
「じゃ、ロープは?」
「ロープ?」
「首つりに丁度いい長さがあるといいけど」
「く、首つり!」
「あ、毒薬でもいいわ。そうそう、近頃、練炭とかもはやってるわよね。飛び込みっていう手もあるけど、あたし、乗り物酔いするタイプだし…」
「ちょ、ちょっと、待ちなさいよ! 自殺なんてバカなこと考えないで!」
「馬鹿じゃないわ! 大和撫子なら、屈辱には自害で答えるのが当然よっ」
んもう、どこまで、オーバーなんだろ。
「でもね、リツ子、もし、あなたが死んだら…」
こういう時は、切り札を使うしかない。
「宙太さんが悲しむわ。それでもいいの?」
「宙太さんが…そうか…それもそうね。愛する人を失うなんて、一番つらいことよね」
「そ、だから、自殺は中止。いいわね」
「わかったわ…でも、どうするの、アイツのこと…」
「嫌なら嫌って、ハッキリ、いえばいいじゃない」
「誰が?」
「もちろん、あなたがよ。自分の口からちゃんといってやること。ただし、相手を傷つけないようにうまくね。男って、とかく、メンツにこだわるから」
たしかにね。
「うまくって?」
「たとえば…ゴメンナサイ、お気持ちは嬉しいんですけど、あたしには将来の夢があるんです。今はその夢をかなえるために、がんばりたいんです、って」
「ナルホド、いいじゃない、さすがは、星子、ダテに男の子を泣かせていないんだ」
「ちょっとォ!」
「じゃ、よろしくね」
「よろしくって?」
「きまってるでしょ、あなたがあいつにいうの」
「そ、そんな!」
「ね、星子、もうじき、期末テストよね」
「え? うん…」
「赤点取ると、あなた、また、補習だわ。いい恋さがしの旅のスケジュールがくるうんじゃないの?」
「うっ…」
「なんだったら、あたし、お勉強を手伝ってあげてもいいけどォ」
リツ子は、にっこりと微笑みながら、星子を見つめた。
(つづく)
追記 いやはや、星子さん、とんだことに巻き込まれたようで。なんせ、相手が相手だ。いくら星子さんでも、かなり、手ごわいことに…はたして、どういう展開になるでしょうね。僕にもわからないです。
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