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ゆうきさんのブログの浴衣姿の星子を見て、僕は「すごく素敵だけど、できたら、もう少しセクシャルな星子を見てみたい」というような意味のコメントを送った。
そのあとで、はて、と考えたわけ。自分で言っておきながら、なんだけど、星子にとってのセクシャリティとはなんだろう。
健康的な女子高生の爽やかなエロティシズムかな。たとえば、マジンガーZの「さやかさん」のような。ま、あんなボインちゃんではないけどね。
そうはいっても、きわめて、あいまいな表現だね。そもそも、何を基準に「健康的な女子高生の爽やかなエロティシズム」っていうんだろうか。
近頃、一段と短くなった女子高生のスカート姿に、目のやり場に困る?…ほんとに、困っているのかい?…僕には、とても、彼女達の姿を健康的なセクシャリティがあるとは思えない。といって、淫靡と呼ぶには、まだ、成熟度が不足している。
そもそもですね、セクシャリティとは、僕には、日本的な淫靡な世界…つまり、四畳半の下張り的というか、僕の青春時代の場末の連れ込み旅館的な…ああ、懐かしい言葉だね…雰囲気と匂いを想像させる。ま、一種のスリコミかな。
そんな世界と星子のイメージとは、共通点はない。というよりも、あってはいけないのだ。
アタリマエジャ!
となると、そもそも、星子にセクシャリティを求めること自体、間違っているんじゃないのだろうか。星子はあくまで純情可憐な元気少女。性を連想させない世界で、恋と愛の奔流に身をゆだねる。それでいいのだ。星子にとってのセクシャリティとは、肉体的なものではなくて、精神的なものなのだ。
なんて、自分をなんとか納得させた山浦でありマス。
それにしても、今日の天気はハチャメチャでしたね。僕の人生のようで、なんだか、おかしくなりました。ハチャメチャのまま、人生の終章を迎えることが出来たら、最高なんでしょうが、はたして…。
追記 角川文庫のシリーズのこと、覚えていてくれたヒトがいたなんて。有難うございます。カマクラ界隈、今も胸が熱くなるほど、思い出の多い所です。雨のあじさい寺、あの人を偲びながら散策したいです。
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