|
10
――銀河巡礼・孤独の星・5――
「……ア、アザミさんっ……」
星子、ガクガクと震えながら、やっと、立っていた。
頭の中はもう真っ白け。
まさか、アザミが星子の目の前で身投げするなんて、悪い夢、それとも、幻覚でも見ているのだろうか。
そうよ、きっと、幻覚よ。だって、アザミさんが欄干を超えて身を投げた時、すぐそばを通行人が何人も通っていた。でも、誰一人立ち止まったり、制止しようとしたり、叫び声をあげたりする人はいなかった。ちらっと一瞥すればいいほうで、ほとんどの人は全くの無関心。何事もない顔で通り過ぎていったわけ。
そんなことって、ありえない。やっぱり、悪夢か幻覚だよね。きっと、そうよ。
自分にそういい聞かせながら、恐る恐る橋の欄干に近づくと、下をのぞいた。
「!……」
幻覚でも悪夢でもなかった。街灯にぼんやりと照らされた河川敷の上に、アザミが壊れたお人形のように倒れて雨に打たれている。
あわわわっ……声にならない声が、星子の口から漏れた。
でも、じきにパニック状態から立ち直れるのが星子らしいところだ。
とにかく、ほっておくわけにはいかない。活を入れると、橋の手前の階段を、それこそ転げ落ちるように駆け降りて、アザミに駆け寄った。
「アザミさんっ、しっかりして! アザミさん!」
星子がアザミの肩に手をかけて呼びかけても、アザミはびくとも動かない。アザミの頭のあたりから流れたどす黒い血が、雨にぬれた石畳の上に広がっていく。
生きているのか、それとも、死んでいるのか。
「誰か、誰か、救急車を……早く、お願いします!」
星子、通りかかった通行人に助けを求めた。でも、みんな、知らん顔だ。傘をさしたまま、黙って通り過ぎていく。
なんなのさ、まったく!
カッとなった星子の耳に、救急車らしいサイレンが聞こえてきた。
よかった! 誰かが通報してくれたらしい。
「アザミさん! もうじき、救急車がくるわ! しっかりね! アザミさん!」
星子が励ました時だ。アザミの手がかすかに動いて、コートのポケットから何かを取り出した。
三十センチくらいの大きさかな、楕円形のひらぺったい箱が、街灯に照らされて美しく銀色に光っている。箱の表面には素晴らしい銀細工の装飾がほどこされていた。
アザミ、その箱を星子に差し出した。
「これを、わたしに?」
アザミは、かすかに頷いた。
一体、何かしら。
星子、受け取ると楕円形の箱を調べてみた。
銀細工の留め金がある。その留め金を押すと、箱が開いた。
中は、鏡だ。
……鏡……もしかして、
「これって、美しすぎる自分を映してくれる鏡?」
アザミは、苦しそうに息を吐きながら目で頷いて見せた。
ほんと、ですか!
じゃ、美しすぎるわたしの顔を見れるんだ。
見てみたい!
星子、鏡を自分の顔に向けようとした。
その瞬間、だった。
「やめろ!」
宙太の叫び声が聞こえたと思うと、暗闇の中から宙太が走ってきた。
「宙太さんっ」
駆け寄った宙太、いきなり、星子の手から鏡を取り上げた。
「な、なにすんのよっ」
キッとなった星子に、宙太、怒鳴った。
「死んでもいいのかっ! 星子さん!」
「え?」
「鏡を見たら、死ぬんだ! 自殺するんだよっ!」
「!……」
(つづく)
|