|
――いんらん姫じゃあ――
「やだ、きまってるじゃん、わたし、星子よっ」
って、そんな!
わたしは、ここにいる。ここにいるんだっ。
星子、何とか気持ちを落ち着かせようと深呼吸した。
訪ねてきたのは、ニセモノにきまっている。たとえ、声はそっくりでもニセの星子なんだ。
「宙太さんっ、わたしにまかせて! ニセモノは、わたしがこの手で捕まえてやるから!」
「ま、待てよ。まだ、ニセモノときまったわけじゃ……誰も知らないはずのこの部屋を知ってたり、フロントに気づかれないでここまでこれたこといい、なんか、不思議なんだよな……」
宙太、首を傾げた。
「そんなこと、どうでもいいの! とにかく、とっ捕まえるのが先よ! さ、早くドアを開けて! ゴンベエ、お前もスタンバイだよッ!」
星子にいわれて、ゴンベエ、イマイチ気が乗らない声でフニャァと鳴きながらリュックから這い出ると、ドアの脇で身構えた。
「じゃ、開けるよ」
宙太、かなり緊張した顔でドアノブを掴み、恐る恐るドアを開けた。
そのとたん、だった。
ひゅーっとつむじ風のように飛び込んできた女の子が、宙太に抱きついた。
「!……」
その女の子、顔も髪型も服装も今現在の星子とそっくり。しかも、背中にはリュックを背負い、ゴンベエそっくりのドラネコが顔を出しているじゃないですか。
どういうこと、どうなってるわけ。
星子がそれこそ茫然自失、フリーズ状態で立ち尽くしていると、女の子――取りあえず『星子』と呼びますか――宙太にかじりついたまま、いきなり、唇を宙太の唇に……それも、やんわりなんてものじゃない、宙太の首を引き寄せてブチュッと強烈なディープキッスをした。
「わ、わっ」
星子、思わず悲鳴。
だって、ありえない、宙太にキッスなんて。
ううん、そもそも、星子、キッスはまだ未体験だ。今時、遅れているかもしれないけど、とにかく、未体験なのだ。
ところが、自分とそれこそ瓜二つの女の子が、今自分の目の前で宙太の唇を食らいつくようにキッスしている。
頭の中が真っ白どころか、今にも気絶してしまいそう。
宙太も、タレメをぱちくりさせながら、我に返ったようにもがいた。
「……く、苦しい……い、息が……は、離してくれ……」
でも、『星子』、離れない。ディープキッス状態のまんま。
宙太、なんとか逃れようと、さらにもがいた。でも、そのうち、動きがにぶくなり、もがくのをやめた。
どうしたんだろ、まさか、窒息でも……と思ったら、ん、宙太の腕が『星子』の背中に……苦しそうだった表情も、とろんと溶けたようになって、目尻も一層だらしなくだらんとなっている。
『星子』、ちょっと唇を離して宙太の耳元にフーッと息を吹きかけた。
「気持ち、いい?」
「うん」
宙太、目を閉じたまま答えた。まさに恍惚状態だ。
「わたしが、欲しい?」
「うん、欲しい」
「わたしも。あなたが、欲しい。思いっきり、愛して」
『星子』、もう一度、宙太の耳に息を吹きかけた。
「いいとも、おまかせを」
宙太、でれっと笑うと、『星子』を抱いたまま歩きだして、奥のドアを……そこは、ベッドルームだ。カーテンを開けはなった窓辺には豪華で大きなダブルベッドが置かれ、艶かしい雰囲気があふれている。
――美しい湾岸の夜景を見ながら、あんなステキなベッドで愛し合うなんて、もう、サイコー……。
なんて、バカなことかんがえるわけないでしょっ。
わけのわからないニセモノ星子に、そんなことさせてたまるもんか。
星子、はじけるように走って、宙太の腕を掴んだ。
「宙太さんっ、しっかりして! 宙太さんたら!」
でも、宙太、恍惚状態のまんま。
こうなったら、この手で引き離すしかない。星子、宙太と『星子』の間に強引に割り込んだ。
「ちょっと、あなた! 宙太さんから離れなさいよっ。離して! ひっぱたくから!」
「そんなことしても、無駄ね」
『星子』、しゃくるように星子を見て薄く笑った。目はキラキラと妖しく光り、唇は赤くねっとりと濡れている。まるで、さかりのついたセクシイ魔女のようだった。
星子、たじろぎながらもいった。
「どうしてよっ」
「だって、わたしはあなた」
「え?」
「わたしは、もう一人のあなたなの。裏星子っていったほうがいかもね」
「う、裏星子?」
「い・ん・ら・ん」
「いんらん?!」
「そう、普段のあなたからは見えない影のあなた。でも、あなたと背中合わせにくっついているわけ。だから、あなたには、どうにも出来ないの」
「ええっ」
なんのことか、さっぱりわからない。
星子が戸惑っているうちに、『星子』は宙太と抱き合ったままベッドルームへ入った。
「あっ」
あわてて止めようとした星子の眼前で、ドアはガチャリと閉まった。
「!……」
(つづく)
追記 梅雨真っ盛りですね。くれぐれもご自愛ください。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2010年06月23日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



