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おかえりママに薔薇のキス
1
「ふーん、長崎ですかぁ」
エキゾチック・シティNAGASAKI。異国情緒あふれる港町、悲しい恋のオペラ「蝶蝶夫人」の舞台・ナガサキ。あの竜馬サマが大活躍した幕末維新の街・長崎。そして、チャンポンと皿うどん、しっぽくの街・ナガサキ。
「うーん、恋の予感!」
チャンポンや皿うどんなんかと恋の予感が一緒になるなんて、いかにも、星子らしい。
そう、カノジョの名前は、流星子。東京の某女子高二年生。素敵な恋を探して、はじめての一人旅、着いた駅が長崎本線の終着駅・長崎だった。
長崎新幹線が開通するまでには、まだ時間がかかりそうだけど、東京を朝早い新幹線に乗って博多まで。特急・白いかもめに乗り換えて、合計約七時間半。飛行機にくらべて時間はかかるけど、高まる恋の期待度を味わうには、なんたって列車の旅がイチバンですっ。
あ、もちろん、パパやママには、いい恋さがしに一人旅してきます、なんて、いうわけないでしょ。
「リツ子んちの熱海の別荘で、一緒にオベンキョウしてきまぁす」
リツ子っていうのは、秀才で超リッチな同級生。一応友達ってことになっているけど、ま、都合よく利用し合う仲ってとこかな。
え? 一人旅、危険じゃないかって?
ご心配なく、頼りになるボディガード、ドラ猫のゴンベエが守ってくれる。今も星子が背中に背負ったリュックの中でしっかりと、っていいたいけど、鼾が聞こえてくるみたい。
こういう時は、「さてっと、長崎のおいしいハンバーガーでも食べに行こうかなっと」
そうつぶやいたとたん、「フニャーゴ」
ゴンベエ、リュックから首を出して舌舐めずりした。なんとも、ゲンキンなヤツ。
ま、こっちも丁度お腹がすいてきたところだし、いい恋さがしの前に腹ごしらえといきますか。
星子、弾むような足取りで改札口を通り抜けた。
その時、背後で「ママ」と叫ぶ女の子の声が聞こえた。
可愛い声じゃん。ちいちゃい子がお母さんを呼んでいるのかな。
それ以上、気にも留めずに歩きかけると、再び、星子の背後で、
「ママ!」
「ママっ」
さっきより、もっと大きな声で、それも、女の子と男の子の声が聞こえてきた。
お母さんを呼んでいるのは、二人の子供みたいだ。それも、声の感じは泣き叫ぶような感じだった。
どうかしたのかな。星子がちょっと気になって振り向こうとしたとたん、右の腕に女の子が「ママ!」と叫びながらとびついてきた。
ほとんど同時に、今度は左の腕に男の子が「ママ!」と大きな声で叫びながら飛びついた。
「ちょ、ちょっと!」
星子、よろけながらも、なんとか、足を踏ん張って体を支えた。二人とも、まだ、三歳か四歳ぐらいの幼い子供だ。ペアのジーンズにオシャレな帽子をかぶり、背中にはかわいいリュックを背負っている。
「ま、待って。人違いよ。わたし、あなた達のママじゃないから……」
星子、困った顔で二人の手を離そうとした。でも、男の子も女の子もしっかりと星子の腕にしがみついたまま離そうとしない。それどころか、
「ママ! ママぁ!」
「ママ!」
そう叫びながら、ワァワァ泣き出した。星子のシャツはたちまち二人の涙でぐっしょりだ。
「ね、ちょ、ちょっと……困ったな、どうなってんの、ったくぅ……」
まったく、感違いもいいとこだ。まだ高校生なのに、母親と間違えられるなんて、サイアクじゃん。
星子が顔をしかめた時だ。一人の男がこっちへ向かって走ってきた。ジーンズ姿で背中には大きなリュックを背負っている。二十代半ばくらいの、それなりにカッコいい男の人だった。
「あ、すんません! 申し訳ない!」
男の人、謝りながら、男の子と女の子にいった。
「しょうがないな、人違いだよ! ご迷惑じゃないか。さ、手を離して。星丸、宙美……」
どうやら、男の子は星丸、女の子は宙美っていう名前らしい。
「さぁ、早く手を離すんだよ。早くっ」
男の人がいくらいっても、二人は星子の腕をしっかりと掴み、泣きながら叫んだ。
「やだやだ! ママだよ! ママだったら!」
「ママぁ!」
「まいったな、もう」
男の人、溜息をつきながら顔を星子に向けた。ちょっとたれ目の人なつこそうな顔立ちだ。ま、一応、美形といっておきますか。
「すいません、ほんとに。二人とも、あなたを母親と勘違いしているみたいで……どういうことかな、まったく……」
ふいに、男の人、まじまじと星子を見詰めた。
「あっ」
次の瞬間、その顔がまるでストップモーションのようにこわばり動かなくなった。みるみる血の気が引いて、茫然自失といった感じだ。
ど、どうしちゃったんだろ。
星子が唖然と見ていると、男の人の目から涙がチラッと、じきに、あふれた涙が頬へ流れ始めた。
「……星子……星子さん……」
「え?」
この人、なんで私の名前を知っているわけ。
きょとんとなった星子に、男はポロポロと泣きながら、声をふるわせた。
「……僕だよ、宙太だよっ……」
2
「チュ、チュウタ?」
星子、きょとんと相手の顔を見つめた。
「そうだよ、宙太だったら」
男は、涙を手の甲で拭いながら、微笑んで見せた。
「ほら、宇宙の宙に太いと書く。チュウチュウねずみのチュウじゃないよ」
泣いてるくせに、おかしないい方をする男だ。
星子、思わずクスッとなりかけて、あわてて息を飲み込んだ。とても、そんな状況じゃなさそうだ。相変わらず男の子と女の子は――星丸と宙美っていったっけ――星子の腕にしがみつき、「ママ、ママ」って呼びながら泣きじゃくっている。力一杯しがみつかれて、腕が痛いくらいだった。
「あ、あの、ごめんなさい、わたし……」
星子、なんとか、気持ちを落ち着かせながらいった。
「人違いじゃ……ええ、違いますから……」
「そんなことないって。キミは、星子さん、僕のハニィ……」
「ハニィ?」
「つまり、奥さんってことさ」
「お、お、オクサン!」
星子、のけぞりかけた。
「わたしが、奥さん? そ、そ、そんなぁ、わたし、高校生ですけどォ……」
「うん、高校生の時、僕と結婚したわけだよね」
「違う、違う、現役です、高校二年、まっさかりです!」
それこそ、懸命にいったけど、宙太、首を振ると、悲しそうにいった。
「そうか、やっぱり、気にしてるわけか」
「え?」
「だから、そうやって人違いのふりをしているんだよね」
「いいえ、ホントに、人違いなんですっ」
「そりゃそうだよね、わかるよ、ハニィの気持ち。事情が事情だしさ」
「事情?」
「ま、いいから。責めたりしないから」
「責める?」
なんだか、さっぱり、わからない。
「でも、ほんとに良かった、長崎に来てさ。これで三度目だよ、ハニィがいなくなってからさがしにきたのは……な、星丸、宙美、パパがいった通りだろ、ママはきっと長崎にくる、だから、あきらめないで頑張ろうって……」
「うん、そういったね、パパ」
星丸、涙をごしごしとぬぐいながらいった。宙美も、泣きながら声を震わせた。
「……うん、いたね、ママ……やっぱり……」
そういうと、星子に激しく泣きすがった。
「ママ、いやっ、もう、いっちゃいやだ! いかないで、どこにも! ママ!」
「バカ、いくわけないだろ!」
星丸、怒った顔で宙美にいったあと、星子を泣き顔で見上げた。
「いくわけないさ、ね、ママ。そうだよね!」
「……」
なんか、カンケイないけど、こっちまで貰い泣きしそう。星子、クシュンと鼻をすすった。
「さ、さ、星丸、宙美、大丈夫、ママだってちゃんとわかってくれるから……心配ない、心配ないよ」
宙太になだめられた星丸と宙美、ホッとしたように星子から離れた。でも、二人とも、星子の腕を掴んだままだ。
――まいったな、もう……。
星子、吐息をついた。すると、リュックの中からゴンベエが顔を出して、フニャーゴと鳴いた。
「あ、ゴンベエだっ」
「ゴンベエ!」
星丸と宙美、パッと顔をかがやかせると、嬉しそうに叫んだ。
この子たち、ゴンベエのこと、知っている。
宙太も、たれ目を細めて、
「よぅ、ゴンベエ、元気してたかい。相変わらず、ハンバーガーの食い過ぎって顔してるな」
笑いながら、ゴンベエのおでこを指で軽く突いた。
「あっ、ダメよッ」
星子、あわてて止めた。知らない人がそんなことしたら引っ掻かれるからだ。ところが、ゴンベエ、気持ち良さそうに鼻毛をひくひくさせただけ。
星子が唖然と見ていると、宙太、
「ゴンベエっていえば、星丸や宙美も連れて歩いているんだぜ」
「え?」
宙太、二人が背負った可愛いリュックを開けて、中からゴンベエに良く似た猫の縫いぐるみを取り出した。
「じつは、僕もさ」
照れたように笑いながら自分のリュックを降ろし、中からお揃いの猫の縫いぐるみを取り出した。
「この縫いぐるみを連れていればママと会えるよって、二人がいうからさ。つまり、招き猫ってことかな。まさに、その通りになったわけだ。よかったな、星丸、宙美」
「うん!」
星丸も宙美も、嬉しそうにうなづいた。
「!……」
なんだか、もう、わけがわからない。この世に名前や飼い猫まで同じ星子のそっくりさんがいて、宙太と結婚して二人の子供を産み育てたなんて。そんなことって、あるのだろうか。
しかも、その人、こんなに可愛い子供たちやステキなダンナさまを置いて、家出したらしい。なぜ、そんなことをしたわけ。なぜ……。
そう思っていると、星丸と宙美が星子の腕を引っ張って、
「ママ、おうちにかえろう」
「かえろうよ、ママ」
と、いった。
「え? で、でも……」
星子が戸惑っていると、
「ちょっと、お待ち。ママにも御用があるかもしれないからね」
そういって、宙太、二人の手を星子から離し、間に立ちふさがるようにして、星子と向かい合った。
「で、星子さん……」
「え?」
「うん……」
宙太、咳払いをしたあとで、小声でいった。
「……右京君……逢えたのかい?」
(つづく)
追記 題名変更で再開しました。そのため、一部、前回とダブっていますので、よろしくです。この先、どういう展開になるのか、正直読めません。苦労しそうですが、楽しみでもあります。
またぞろ、残暑ですね。やれやれです。ご自愛下さい。
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