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8
「!……」
ドアノブを掴んだ瞬間だった。バチッと静電気が、同時にまばゆい閃光のようなものが飛んだ。
「キャッ」
星子、自分は人一倍静電気が起きやすい体だ、と、思っている。それにしても、強烈な静電気だった。
まったく、もう。
目をこすりながら室内を見回す。ぼやけた視界がようやくはっきりしてきた。曇り空のせいか、レースのカーテンをとおして入る日差しは弱く、どことなく薄暗い。今さっき聞こえていたラブバラードも途切れて、ひっそりとしていた。
星子ママ、どこ?
どこにいるの、星子ママ?
見回した星子の視界に、隅っこの暗がりに立つ人影が、次第にはっきりとしてきて、
「あっ」
わたし? わたしが、いる?
違う、星子ママだ。
星子ママがいる!
こっちを見て立っている!
ショックで、それこそ、心臓が壊れそうなくらい。
「……星子ママ……」
そう呼んでいいのかどうか、でも、星子、かすれ声で呼んだ。
星子ママ、答えない。ただ、じっと星子を見つめている。
悲しそうな目、そう、寂しげで、とても、悲しそうな目だ。
どうして? どうして、そんな目で見つめるの?
あなたを待っているのに。宙太さんも、星丸クンや宙美チャンも。逢いたい、逢いたいって、あなたを待っていたのよ。
やっと、帰ってきてくれたのね。やっとね。
ありがと、星子ママ。ありがと!
そして、お帰り。
お帰りなさい、星子ママ。
今、宙太さんを呼んでくるから。星丸クンや宙美チャンも急いで連れてくるから。
いいわね、ここから動いてはダメ。もう、どこにもいかないで。
お願いよっ。
星子、声にならない声で懸命に話しかけた。でも、急に息苦しくなって、目の前が真っ白に……。
どうしたんだろ、どうなってるわけ?
星子、必死になって体を支えようとした。でも、意識が遠くなって、そのまま、体が床に吸い込まれるように崩れた。
――どれくらいたったか……。
「星子さんっ」
「……星子ちゃん……」
遠くで、誰かが呼んでいる。
「星子ちゃんっ、星子ちゃんたら!」
「しっかりするんだ、星子さん!」
体を強くゆすられて、星子、やっと目を開いた。
宙太が、心配そうにのぞきこんでいる。その隣りには春之介がいた。
「宙太さん、春ちゃん……」
「ゴンベエが鳴いてるんできてみたんだ。大丈夫かい?」
「ええ……」
星子、体を起こした。まだ、頭の中はボーッとしている。。
「どうしたんだい? 気分でも悪くなったわけ?」
「ううん、そうじゃなくって、わたし……あ、あっ……」
急に意識がはっきりしてきて、星子、叫んだ。
「せ、星子ママ!」
「ん?」
「星子ママがどうしたの?」
「い、いるのよ! 帰ってきたの!」
「なんだって?」
「ウ、ウソーッ」
宙太と春之介、唖然となった。
「ほんとよ! ほら、そこに!」
星子、指差した。
「あ?」
いない。
星子、あわてて部屋の中を見回したけど、星子ママの姿はどこにも見当たらなかった。
「いないじゃないの」
「そ、そんな……たしかに、そこにいたのよ。なんか、悲しそうな顔で、ジッとわたしを……」
「悲しそうな顔で?」
「ええ! わたし、お帰りなさいっていいながら近づこうと……そうしたら、急に目の前が真っ白になって……」
「……」
まだ、茫然と立ち尽くしている宙太を、春之介、チラッと横目で見ると、ふいに、ククッと笑った。
「やぁね、星子ちゃんたら、しっかりしてよ」
「え?」
「ただの錯覚、自分の姿を星子ママと間違えただけよ」
そういいながら、春之介、壁に掛けられた姿見の鏡をはずして、星子の姿を映した。
「ほら、見てごらんなさいな。やっぱり、あなたの錯覚だったら」
「そ、そんな!」
せ、懸命に首を振った。
「そんなことない! あれは、星子ママよ! ぜったい、そうよ! CDもかかってたし!」
「CD?」
「ほら、これ!」
星子、ラジカセのそばに置かれたCDを手に取ると、ラジカセのスイッチを押した。すると、ラブバラードが流れ出した。
「ん、これ、ハニィが大好きな曲だ!」
「でしょ! 星子ママ、この部屋でCD聞いてたのよ!」
「あ、それ違う」
春之介、きっぱりといった。
「わたしがね、さっき、かけてたの」
「春ちゃんが?」
「ええ、星子ママが懐かしくて、つい……以前、二人でよく聞いたことがあるのよ」
「そうか」
「これで、星子ちゃんの錯覚、思い違いってことがはっきりしたでしょ」
「で、でも……」
「さ、宙太さん、早く出かけないと。マサルさんが待ってるんでしょ?」
「ああ、そうだった。じゃ、あと、よろしく」
宙太、部屋を出ようとして、星子にいった。
「星子さん、もう、心配いらないから。あとは春ちゃんにまかせて、いいね、わかったね?」
「宙太さん……」
「ありがと」
宙太、星子の肩をやさしく叩くと飛び出していった。
「……」
――ほんとに、わたしの錯覚……ほんとに?……。
星子、茫然とした顔で姿見に映る自分を見つめた。
すると、隣りに春之介の姿が映った。
「……ごめんなさい……」
「え?」
「あたし、CDなんかかけてないの。あなたの錯覚だといったのは、ウソよ」
「ウソ?」
「宙太さんをね、悲しませたくないから、あんなこといったの。あなたが見たのは、たしかに……星子ママよ……」
「えっ」
(つづく)
追記 昨日は少々ナーバス気味だったかな。申し訳ない。でも、これからも時々おかしくなるかもね。よろしくです。って、そんないいかたないけどね。すいません。
とりあえず、8回目を送ります。
追記2 高齢者ホームを見に行った知り合いから電話がありました。金次第の終末期、なんとも虚しく、悲しい。キャンピングカーで日本一周して、ゴールインのあと、用意した練炭火鉢で……もちろん、息子娘夫婦には遺言状は書いておくが……そんなエンディングがずっと人間らしいんじゃないのか、と。
僕はキャンピングカーなんてもてる身分じゃないし、せめて、愛車のプリウスで。あ、死出の旅路もエコですかぁ。笑えないですよね。
ま、冗談はともかく、この先の人生を考えると、まったく……いや、もう、よしましょう。
老将ドンキホーテ、荒野に散る。愛する人の面影と共に。
といきたいですね。
すぐ、カッコつける!
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