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――わたしが見たのは、星子ママ……。
「ほ、ほんとなの!」
星子、息が止まったような顔で春之介を見据えた。
「でも、どうして? あなたに、なぜ、わかったの!」
「もう半年近く前になるかしら。あたしのケータイに星子ママから電話が……」
「えっ」
「星子ママ、泣きそうな声でいってたわ……家に帰りたい、宙太さんや星丸くん、宙美ちゃんに会いたい。抱きしめてあげたいって……でも、帰れない……帰れない体になってしまったって……」
「帰れない体? どういうこと?」
「吸い込まれていくって、体が……光る壁の中にね……」
「えっ」
「中に閉じ込められて、もう外へは出られないって。外の世界は見えても、出ることが出来ないって……」
「!……」
星子、唾を呑み込もうとしたけど、口の中はからからだった。
「……外の世界は、見える……」
「ええ、まぶしい光りの合間に、おぼろげにね……宙太さんや、星丸くん、宙美ちゃんの姿も見えるそうよ……」
「!……」
「だけど、いくら手を差し伸べても、ダメだって。いくら、名前を呼んでもダメだって……」
「!……」
「つらいことよね、すごく。どんなにつらいか……星子ママの気持ちを思うと、あたし……」
春之介の目から、ポロポロと涙がこぼれた。
――そうか、星子ママは宙太さんや双子チャン達を見ていたんだ。でも、抱きしめられないなんて、声もかけられないなんて、どんなにつらかっただろう。どんなにか……。
星子も、胸がジーンとなって、目頭をこすった。
「星子ママ、こういってたわ……きっと、バチがあたったんだ、みんな、わたしのせいだって……」
「……」
――バチがあたった。みんな、自分のせいだ……。
星子ママ、どんな思いでそういったんだろう。想像しただけで、つらくなる。
「それが、あたしが聞いた星子ママの最後の言葉だったの。それっきり、二度と星子ママと連絡は……」
春之介の声、涙で途切れた。
「……そ、そんなことって……」
「ええ、考えられないわよね、常識じゃとても……ありえないことだもの、絶対にね。だけど、起きてしまったわけ、星子ママに……」
「でも、ちょっと待って」
星子、ふと、顔を上げた。
「どうして、さっき、星子ママがここにいたわけ? 壁の外には出られないはずでしょ?」
「ええ、そこよね」
春之介、考えたあとで、ふと、星子を見た。
「もしかして、あなたと会ったからかも……」
「わたしと?」
「つまりよ、自分とそっくりのあなたを見て、なにかの力が働いたのよ。それで光る壁から出てこれたんじゃないかしら。でも、あなたが気を失ったあと、再び壁の中へ吸い込まれたんじゃ……」
「!……」
「ね、星子ちゃん、あなたがこの部屋に入った時、なにか、変わったことはなかった?」
「変わったことって……そういえば、ドアのノブを掴んだ時、すごい静電気が……」
「静電気?」
「あとは、そうね、CDが止まったことぐらいかな……」
「そう、そのあたりになにかありそうだけど、良くわからない、あたし……」
春之介、ため息をついたあとで、
「とにかく、宙太さんにもいわれてることだし、あなたは自分の家へ帰ったほうがいいわ。あとのことはケータイで連絡を取り合いましょ。いいわね?」
「ええ」
「じゃ、電話番号教えてくれる?」
星子、ケータイの番号をいった。すると、春之介が、
「あらっ、その電話番号、星子ママと同じよっ」
「ウソ」
「ほら、ごらんなさいな」
春之介がみせてくれた携帯電話の電話帳、電話番号もメールアドレスも星子のものとまったく同じだった。
「やだ、いくらそっくりさんだからって、そこまで似ているなんてね」
思わず笑ったあとで、春之介、じきに真顔になった。
「でも、変ね。同じ番号ってことは絶対にあり得ないはずなんだけど……」
たしかにね。いったい、どういうことなんだろ。
でも、それはともかくとして、同じ電話番号だとなると、
「……もしかして、あの電話……」
「電話がどうかした?」
「ええ、今朝、わたしのケータイにね。相手は一言もいわないで、聞こえてきたのはピアノの音だけ」
「ピアノ?」
「たしか、クラシックみたいだったけど」
「誰の? 作曲は誰なの?」
「わかんない。わたし、クラシックは苦手だもん。だけど、とってもきれいな曲だったわ」
「……」
「ね、もしかして、右京さんって人が弾いてるんじゃ……ケータイの番号が同じなので、わたしのところへかかってきたのかも……ね、ありうるんじゃなない?」
「ちょっと、着信番号見せて」
「え? うん、いいけど……」
星子、携帯電話を操作して、着信暗号を見せた。
瞬間、春之介の顔がサッとわばった。
「やっぱり、右京さんって人? ね、春ちゃん?」
春之介、それには答えずに、
「星子ちゃん、この番号からまた電話がかかってきても、絶対に出てはダメよっ」
「どうして?」
「あなたを、これ以上巻き込みたくないの」
「巻き込むって、どういうこと? もしかして、右京さんって、事件かなにかに……」
星子の脳裏に、宙太とマサルの会話の一部が甦った。たしか、右京がどうとかどうとか、小声で話していた。
「ね、どうなの、春ちゃん?」
「いいから、いわれたとおりにして。わかった、星子ちゃん?」
「でも!」
「しつこいぜ、てめぇ!」
いきなり、春之介、男口調になった。
「あいつにかかわるな! あいつは、人殺しっ……」
「えっ」
「あ、いや、なんでもねぇ! とにかく、いわれたとおりにしろって、いってんだよ!」
「……」
「聞こえねぇのか、おい! 殴られたいのかよ!」
「……」
春之介の剣幕に、さすがの星子も黙るしかなかった。
――右京って人は、人殺し……春之介、たしかにそういった。くわしいことはわからないけど、人殺しなんだ。
星子の背中を冷たいものが伝わっていく。
星丸クンや宙美チャンのことも心配だけど、これ以上、立ち入らない方がいいかもね。それでなくても、あまりにも、不可解で奇妙なことだらけだし。
出ていこう、そのほうがわたしのためなんだ。
「いこ、ゴンベエ」
星子、ゴンベエを促した。一瞬、どこかで、星子ママが見つめているような気がして振り向いたけど、それらしい影はなかった。
(第二部・おわり)
追記 今回で第二部を終わります。次回から第三部になります。いろいろと複雑かつミステリアスかつSFチックなお話になりそうで、今からアタマが痛いです。ま、頑張ってみますけどね。
サクランボ様、残念ながらコバルトの星子シリーズ、絶版になっているようです。念のため、コバルト文庫に問い合わせてはいかがでしょうか。
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