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「どう、右京君のクルマに乗っていたかな?」
宙太にあらためて亜利沙の顔写真を見せられたけど、
「わかんない、覚えてない、わたし……車の中、暗かったし……」
だって、そっくり右京さんがあまりにいい男なんで、わたし、ぼーっとなってたし……なんて、答えるわけにはいかないでしょ。
ところが、宙太、
「もう一度、よく思い出してくれないかな。頼むよ」
真剣な顔で、星子を見据えた。
「でも、覚えてないから……」
「そういわないで。頼むよっ」
「……」
んもぅ、しつこいな。でも、宙太の顔がすごく真剣だし、ま、仕方ないか。
星子、目をつぶると、あらためて、記憶をたどってみた。
でも、思い浮かぶのは、右京の超ハンサムな貴公子顔と、車窓に流れるように翻る白いマフラーだけだ。
ダメダメ、もっと、神経を集中させて。右京さんのハンサム顔を消して、集中すべし。
再度、集中する。
――ん、暗い車内に人影らしいものが……女の人だ……助手席から、こちらを振り向いている……一瞬だけど、灯に顔が浮かび上がった……。
「あっ」
星子、目を開けると、亜利沙の顔写真を見た。
「この顔、そう、確かに乗ってたみたい」
「!……」
宙太の顔が、一瞬、凍りついた。
「そ、そんなことって……」
「え?」
「いや、じつはね、あの時、つまり、三年前に会った時も右京君のクルマには亜利沙さんが乗っていたんだ……」
「ウソ、じゃ、わたしが見たのは亜利沙さんのそっくりさん? つまり、三年前の時と同じシーンが再現されたってわけ?」
「うん、君を除けばそっくりだけどさ……」
そう、三年前の時には、星子はいなかった。
「だけど、偶然にしては、あまりにも出来過ぎじゃない。もしかして、誰かがイタズラしてるとか……それでなかったら、宙太さんのお仕事、つまり、捜査を妨害するつもりとか……」
「どっちも、あり得ないんじゃないの。だってさ、そっくりさんをオールキャストで揃えることなんか、とても出来っこないし。当時の再現だって、当事者以外には知らないことだらけだしね」
それもそうだ。
「とにかく、いえることは、君が見たことは三年前に僕が見た光景とまったく同じってことさ。まるで、時間が三年前に戻ったみたいにね」
「だったら、なぜ、わたしがそこにいるわけ?」
「つまり、君だけが三年前にタイムスリップしたとか……」
「わたしだけが、タイムスリップ?」
星子、きょとんとなった。
「じゃ、わたしがあったそっくりさん達は、じつは本物、つまり、三年前の宙太さん達ってこと?」
「う、うん……」
「まっさかぁ! SFじゃん、それって。ありえないわ!」
「僕だってそう思いたいさ。でも、この世には常識が通用しないこともあるからな」
たしかにね。
「だけど、あのそっくり宙太さんって、すっごくいやらしいし、お調子者だし、図々しいし、もう、サイテーよ! 今、わたしの前にいる宙太さんとはまるで正反対! ぜったいに、別人だわ!」
「いや、僕だって独身時代にはハニィ、つまり、ママになる前の星子さんにそういわれたぜ」
「ウ、ウソッ」
もう、星子の頭の中は大混戦だ。
「でも、星子ママはどうなのよ? タイムスリップしたのが、もしほんとにわたしなら、星子ママは……光の壁の中にいる星子ママは、いったい……」
「光の壁?」
し、しまった、春ちゃんからその話は宙太にするなといわれていたんだっけ。頭の中がパニック気味で、つい、余計なことを口走ってしまった。
「あ、なんでもないの。わたし、頭が混乱しちゃってるだけ。ほんとよ」
星子、あわてて首を振った。
「星子さん……」
「とにかく。早く双子チャンに会わないと。きっと、待ちくたびれてるから」
そういって歩きかけた星子に、宙太が、
「やっぱり、口止めされてるわけか、春チャンに……」
と、いった。
「えっ」
「うすうす感じていたんだ、僕に気を使ってるなって。ハニィのことで僕を悲しませないようにってね。そうだろ?」
「あ、ううん、そ、そんな……」
しどろもどろに答えた瞬間、宙太の腕が星子をギュッと抱きしめた。
「ちゅ、宙太さんっ」
「やさしいんだな、君って……ありがと……」
星子の耳に、宙太のあたたかい息がかかった。
くすぐったい、でも、気持ちいい。
「……宙太さん……」
「でも、大丈夫だから。つらいことをいわれても、我慢するから。もしも我慢出来ない時は、そうだな、大声で泣いちゃおかな」
宙太、星子から離れながら、照れくさそうにほほ笑んだ。
星子、なんかもう、じーんとなっちゃう。
宙太のほうは、真顔に戻ると、
「今さっき、君、光の壁とかいったよね。つまり、ハニィは今、その中にいるってことかい? そうなんだろ?」
「……え、ええ……」
春チャンには申し訳ないけど、話すしかない。
「じつはね……」
星子、星子ママの部屋で起きたこと、まばゆい光りの壁の中にいる星子ママのことを話した。
「……そうか、ハニィがね。そうだったのか……」
宙太の顔が、今にも泣きだしそうに歪んだ。ショックのせいか、なかなか、言葉が出てこないようだ。
やっぱり、いわなければよかったのかな。
一瞬後悔しかけた時、宙太、いきなり、自分の頬っぺたをパチッと両手で叩いた。
「宙太さん?」
「イテッ、俺らしくもないぜ!」
宙太、肩をすくめた。
「僕が落ち込んで、どうするんだよ。大丈夫、平気へいき。要するに、ハニィを助ければいいわけだろ。たとえ、光の壁だろうと、鉄の壁だろうと、レアメタルの壁だろうと、愛する人、僕のすべて、わが魂、ハニィ星子を必ず救ってみせるぜ! まっかせなさぁいってんだ!」
そういって、拳を高々と突き上げた。
なんかもう、すっごく、オーバーヒートしちゃってる。でも、いかにも宙太さんらしいよね。
そこまで愛されてる星子ママが、うらやましい。そんな気持ちになってくる。
「問題は、光の壁とやらの正体だよね。SFのパラレルワールドっぽい話だけど、異次元空間なのか、それとも、タイムパラドックスのような時間の逆説的な世界なのか……」
宙太、腕組みしたあとで、ふと、星子を見た。
「でも、考えてみれば不思議だよね」
「え?」
「さっき、僕は君が三年前にタイムスリップしたんじゃないか、っていったろ。でもさ、三年前の君も今と同じ高校二年生だよね」
「うん、そうよ。もちろん」
「ところが、君が会った美空宙太はまだ独身で三年前の僕そのものだった。いや、僕だけじゃない、マサル君や右京君達もさ。これって、変じゃないかな」
「つまり、わたしだけが三年という時間には関係ないわけね」
「そういうこと。だとすると、タイムスリップ、つまり、過去に戻ったとはいえないぜ。どうなってるんだ、いったい?」
そうよね。なにがなんだか、さっぱりわからない。
「過去じゃないってことは、わたしは現在の世界にいるってことよね。じゃ、わたしが会った宙太さん達も現在の世界に……三年前じゃなくて今生きているってことに……」
星子、独り言のようにつぶやいた。
「だったら、なぜ、わたしの目の前にいる宙太さんは結婚していて、子供が二人もいるわけ? それって、三年後の話なんでしょ? まるで、三年後の世界からきたみたいじゃ……」
「そ、それだぜ!」
宙太、パチッと指を鳴らした。
「そうだよ、僕や星丸、宙美は三年後の未来の世界からきていたんだ!」
「み、未来から!」
「うん、正確にいうと、三年後の時間と空間が今の時間と空間にダブっているんだよ!」
「ダブってる?」
「そういうこと。まるで、一枚の紙に他の紙が重なったみたいにね。だから、ただ、何もかもすべてじゃなくて、共通する部分だけが重なったんだ。だから、話がややこしくなってしまったんだよ」
「……」
わかったような、わからないような……でも、たしかに、それなら筋は通るよね。
「でも、ちょっと、待って……」
星子、あらためて宙太を見た。
「そうなると、双子チャンのママは……つまり、星子ママっていうのは……」
「君以外には、ありえない……よね?……」
「!……」
「君は……もうじき僕と結婚して、一年後に双子ちゃんを産む……そういうことになるらしいよ……」
「そ、そんな!……」
――わ、わたしが宙太さんと結婚する? そして、あの星丸クンと宙美ちゃんを産む?……。
ウ、ウソだ! ウソだーっ!
星子、茫然と立ちすくんだ。
(つづく)
追記 やれやれ、どえらいことになりそうで。右京や亜利沙がらみの事件のことといい、今後、果たしてどうなることやら。こっちも、頭の中がパニックのまま、正月を迎えることになりそうです。
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