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みちのく・春の恋歌夏の別れ3
「うううっ、寒いっ」
遠野駅のホームに降り立った星子、ブルルッと身震いした。列車の暖房がきいていただけに、いっぺんに冷蔵庫の中に放り出された感じだ。
遠野は、宮沢賢治の故郷・花巻から東へ約50キロ近く走ったあたり、三陸海岸の釜石までも約50キロ。北上高地の最高峰・早池峰山や美しく優美な山々に囲まれた盆地に広がる街だ。人口は約三万人の小さな城下町だけど、遠野物語や民話の語り部などで日本全国に知られた観光地だよね。
遠野駅にも、エスペラント語で民話を意味するフォルクローロという名前がついている。その名前にふさわしいっていうか、ちょっとメルヘンチックな駅舎から外へ出ると、穏やかな早春の日差しに包まれた街並みがのどかに、そして、静かに広がっている。街中には雪はまったくないみたい。天気予報じゃ、今夜あたり雪になるらしいけどね。
いいなぁ、まだ、春浅き三月十日、観光客も少ないし、のんびりしていきますか。
なんて、いっていられないんだ。宙太さんには、今日中に東京へ帰るって約束しているしね。
仕方ない、せっかく遠野まできたのに時間の都合もありまして、民話関係はカット。恋の大明神サマへ直行だ。ほんとは、正直いって民話にはあまり、そのぉ、つまり……ま、いいじゃん、若いんです、わたくし、星子。
あ、カンケイないか。ゴメンチャイネ。
ということで、星子、駅前で電動自転車をレンタル、ガイドブックの地図をポケットに颯爽とペダルを踏んだ。恋の大明神といわれる卯子酉神社(うねどりじんじゃ)まで大した距離じゃない。しっかり願懸けてステキなヒトを見つけなきゃ。
ステキといえば、列車で出会ったあの黒いコートの男。気にはしていたけど、あれっきり見かけなかった。途中のどこかの駅で降りたのかな、それともまだ先まで乗っていくのかも知れない。
そういえば、星子を見た時、一瞬、男の表情がこわばった。星子を知っているのか、それとも、誰かに似ていたのか、気にはなるけど、確かめようもない。
ひんやりとした冷たい雰囲気の漂う男だった。ちょっとこわいけど、惹かれるものがある。
もう一度、会ってもいいかな。氷のように冷たい唇で、焼けるような熱いキス、なんて……あり、かも……。
ちょ、ちょっと、バカいわないの!
星子、あわてて打ち消した。
ダメダメ、ああいうタイプの男はアブナイの。忘れること。
いいわね、わすれるのよっ。
そういい聞かせながら自転車で国道を西へ走ると、じきに人家がまばらになり、右手から川が迫ってきた。その先のこんもりとした森が愛宕山で、卯子酉神社はその森の中にあるらしい。
案内板に従って入っていくと、小さな赤い鳥居が幾つか立っていて、その奥に小さなお社がこれまた小さな祠と並んで建っている。
え? これが、あの恋のパワースポットで知られた神社ですかぁ?
思わず、星子、キョトンとなった。でも、社の前には赤い布の無人スタンドがあって、一本百円で売っていた。この赤い布を境内の木の枝に結ぶと、恋の願いが結ばれるんだとか。それも、左手だけでね。
もちろん、その通りにしてみましたよ。百円玉を箱に入れて赤い布を一本買い、境内の外れの木の枝に、左手だけで結ぶ。かなり、大変だけどね。なんせ、不器用なもので。恋と同じで。ウフッ。
しっかりと結んだあと、「どうか、ステキな恋に巡り合えますように」って、手を合わせてとたん、
「いよっ、もう、カミサマが聞き届けてくれたじゃん」
背後で男の声がした。
振り向くと、派手なスキーウエアにサングラス、金髪の男の子が二人、ニタニタ笑いながらくわえタバコで立っている。チンピラっぽい感じの悪い連中だ。
「オレが、カミサマ御指定の恋人ってわけ」
「あ、オレオレ」
二人のチンピラ、星子のそばに近づいた。
「早速、デートっていこうや」
「いこいこ、面白いことして遊ぼ」
なんなのよ、こいつら。サイアク。
星子、無視して歩き出した。すると、チンピラたちはさっと星子の両脇に回って、星子の腕を掴んだ。
「無視するわけ、恋人を」
「いいから、付き合えって、な」
「離して!」
星子、払いのけようとした。でも、強い力で掴まれていて駄目だ。
「はい、まいりましょう」
二人のチンピラ、相変わらずニタニタ笑いながら、星子の腕を強引に引っ張ると、近くに停めた真っ黒なワンボックスカーへ引きずっていった。
ワンボックスカーの窓には真っ黒なフィルムが張られていて、中はまったく見えない。女の子をひどい目にあわせる連中が、このタイプの車を使うって聞いたことがある。
ヤバイ。
こういう時のために、ゴン太を連れてきてるんだ。
「ゴン太、出番よッ」
その声に、ゴン太、リュックからパッと飛び出して、相手に襲いかかった……ってわけには、いかないんだよね、これが。
いつもなら、父親ゴンベエの血筋を引くドラ猫の暴れん坊なのに、今回は元気のない状態が続いている。
で、リュックから顔を出したものの、チンピラの一人に「なんだ、こいつ」と襟首を掴まれ、放り投げられて立ち木に衝突、そのまま、目を回してアウト。
んもぅ、役立たずが。
仕方ない、こうなったら日頃鍛えた合気道の腕を見せてやる。
「トリャーッ」
鋭い気合いで相手の足を……あ、急所はパス。わたくし、しとやかお嬢サマですので……お二人さんがひるんだところで、掴まれた両腕を払いのけ、サッと身構えた。
意外と弱いじゃん、これなら勝てそう。
そう思った時、いきなり、ワンボックスカーのスライドドアが開き、中から太い腕が現れて星子の首にからみついた。
キャッ、もう一人いたんだ。
星子、もがいたけど、後ろからじゃどうにも出来ない。その間に、チンピラ二人も体勢を立て直して再び星子の腕を掴み、
「暴れるんじゃねぇ!」
「ぶっ殺すぞ!」
わめきながら、星子をワンボックスカーの中へ引きずりこもうとした。
星子、必死に抵抗したけど、相手が三人もいたんじゃどうにもならない。
もう、駄目か。いつもなら、こういう時に宙太さんがあらわれて助けてくれるのに。
「宙太さーんっ」
言葉にならない声で、そう叫んだ時だった。
「うわっ」
星子を押し込もうとしていた二人のチンピラが、いきなり、背後から襟首を掴まれてのけぞり、地面に叩きつけられた。
「!……」
もしかして、宙太さんが助けにきてくれたわけ?
そう思って振り向いた星子、唖然となった。
大きな影のように立っているのは、あの黒いコートの男の人だ。
「な、なんだ、てめぇ!」
起き上ったチンピラ二人、もの凄い顔で睨みつけた。ワンボックスカーに乗っていた三人目のチンピラも飛び降りて、黒いコートの男の人を取り囲んだ。
すると、黒いコートの男の人、ドスのきいた低い声でぼそっといった。
「消えな」
「なに!」
「お前ら、ここの景色には似合わないんだよ」
抑揚のない声だ。
「ふざけんな!」
「てめぇ!」
カッとなったチンピラ達、居丈高に詰め寄った。でも、相手の顔を見て、一瞬ひるんだ。美形だけど、なんとも暗く鋭い表情、そして、頬の刃物傷とくれば、只者じゃないくらいわかる。
チンピラ達の顔に緊張が走り、それが恐怖に変わった。その恐怖を払いのけるように、三人は一斉に殴りかかった。
すると、黒いコートの男の人、軽く体をひねってかわすと、素早いパンチを叩きこんだ。
「うわっ」
一瞬のうちに、チンピラ達は吹っ飛んだ。それでも、起き上った一人がサバイバルナイフを掴み、悲鳴のような声を上げて切りかかった。
その鋭い切っ先をかわした黒いコートの男の人、相手の腕を抱え込んでサバイバルナイフを奪うと、サッと投げた。
バシッと音がして、サバイバルナイフはワンボックスカーのボディに深々と突き刺さった。
「ヒ、ヒェーッ」
三人のチンピラ達、悲鳴を上げると、腰が抜けたようによろけながらワンボックスカーに乗り込み、猛然とダッシュさせた。
――す、すっごーい……。
星子の目、まんまる。お口もポカンと開いたまんま。
サバイバルナイフがいくら鋭いからって、車のボディを貫くなんて考えられない。それだけでも、この男の人の凄さと恐ろしさがわかる。
星子、なんとか気持ちを落ち着かせると、
「あ、有難うございました……」
ちょっと震える声で、礼をいった。
「いや……」
男の人、無愛想な顔で答えると、長身を翻すように歩きかけた。
瞬間、男の人、急にうめき声をあげて左の胸を押さえ、その場にうずくまった。
「どうしたんですか!」
星子が声をかけても、男の人、苦しそうにうめくだけだ。その顔には脂汗が噴き出し、顔色は見る見る真っ青になっていく。
……どうしよう、どうしたら……。
助けを呼びたくても、あたりには誰もいない。そうだ、救急車を呼ぼう。
星子、ケータイを取り出すと、119番にかけようとした。そのとたん、男の人の手が星子のケータイをひったくって投げ捨てた。
「あっ」
星子、急いで拾うと、キッと睨みつけた。
「なにするんですか! 救急車を呼ばないと……」
「余計なことを……するな……」
男の人、うめきながらいった。
「でも!……」
「俺に……構うんじゃない……」
苦しそうにあえぎながら、コートの胸元に手を突っ込み、分厚い財布を取り出した。そのあと、チャックを開けようとしたが、手が思うように動かない。
「チャックを開けるんですか?」
星子が聞くと、男の人はうなずいた。
「……中に薬が……」
「お薬が?」
星子、財布を受け取るとチャックを開けた。中には、カプセルの錠剤がいくつか入っている。
「……は、早く……」
男の人の容体、かなり悪そうだ。
急いでカプセルを渡すと、男の人はそのカプセルを口に入れて噛み砕いた。
すると、今にも途切れそうだった息遣いが次第に落ち着き、顔色も良くなってきた。
……良かった、どうやら、治ってきたみたい……。
星子、ホッとしながら、財布のチャックを閉めようとした。その瞬間、一枚の写真がこぼれ落ちそうになった。
その写真に何気なく目をやると、アメフトのユニフォームを着た若い男が二人、肩を組み笑いながら写っている。どうやら一人は黒いコートの男の人で、もう一人は……。
「!……」
人違いかなと思ったけど、間違いない。隣りに映っている若者は、宙太だった。
(つづく)
追記 恋紀行三作目を送ります。よろしくです。いよいよ、今日から八月、夏本番……っていいたいけど、涼しい一日でした。かえって風邪気味になったりして。気をつけねば。
そうそう、八月といえば宙太クンの誕生日があるんでしたね。月末だっていうけど、今から楽しみだっていってましたよ。プレゼントはもちろん××とか。やれやれ、知らないっと。
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