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みちのく・春の恋夏の別れ2
「うはーっ、なんなのこれって」
星子、肩をすくめながら、溜息をついた。だって、あまりにも差があり過ぎる。
え? ミスユニバースと星子サマをくらべたら当然だぁ?
ウンウン、なんてこのぉ、そういう話じゃないの! わたしのいいたいのは、同じ新花巻駅なのに、新幹線と石巻線の駅の景色のあまりにも違うってこと。
新幹線の新花巻駅は、すっごくステキでオシャレ、壁画とかステンドグラスのような天井とか、お祭りの飾りとか、観光案内所とか、旅気分を盛り上げてくれる。そこからいったん外へ出て着いたところが東北新幹線の高架下でクロスしている釜石線の新花巻駅。
ホームは狭いし、レールも単線だし、すぐわきをトラックが轟音を立てて突っ走るし、冷たい北風に吹きっさらしだし、なんだか、ものすごくローカルな雰囲気だ。
えっ、これが銀河ドリームラインってロマンチックなネーミングで知られた釜石線なの。
思わず、「う、うっそーっ」
っていいたくなったけど、ん、駅の名前には宮沢賢治「銀河鉄道の夜」にちなんで「ステラード」っていう名前がつけられている。エスペラント語で「星座」っていう意味だって。
そして、待合室には遠野の河童の出没予想のボードが……晴れの日は3パーセント、雨で7パーセント、曇りで12パーセント?
河童っていえば、これから星子が向かう遠野の民話に登場するよね。それに、線路わきには釜石の観光案内の看板が立っている。時間があれば、釜石まで足を延ばして乗る予定の観光船「はまゆり」も描かれてる。
ま、いいか。
それなりに納得したところへ、11時53分発の快速「はまゆり3号」があらわれた。盛岡始発の釜石行きで、遠野には12時47分に着く。
観光船も快速列車も「はまゆり」ですか。「はまゆり」って、たしか、夏の海岸に咲くオレンジ色の花だよね。ちなみに、「はまゆり」は釜石市のシンボルの花だとか。
やっと観光気分に戻った星子、列車に乗り込んだ。車内はそれなりに混んでいて、観光客らしい乗客もかなり多い。じきに動き出したところで、早速、新幹線の新花巻駅で買ったお弁当をパクつくことにする。
「賢治弁当」とか「注文の多い料理店弁当」とか、宮沢賢治にちなんだおもしろいネーミングのお弁当があるけど、星子、懐事情もあって460円の五目飯にした。人気弁当ですぐ売り切れるそうだ。
ラッキー! 味も、ラッキー!
「ゴンベエ、あんたもお腹すいたろ。一緒に食べよ」
いつもなら、そういわれなくても食らいつくのに、今日に限って見向きもしない。というか、リュックの中で怯えたように体をちじめている。
「どうしたのさ、そんな顔しちゃって。ははぁ、さては宙太さんや春ちゃんのいったことが気になってるわけ?」
――ここ数日、東北一帯で地震が続いているし、いやな予感がする。旅は中止して……と、宙太からも春之介からもいわれていたっけ。
「大丈夫、地震なまずなんか、わたしがぶっとばしちゃうから。それに、今日中に東京へ帰るって宙太さんにもいってるしね。わかった?」
でも、ゴンベエ、小声でフニャァと鳴いただけだった。
しゃない、恋のパワースポットを速足で巡って帰りますか。
ところで、その恋のパワースポットだけど、星子としては、遠野の卯子酉(うねどり)神社がメインだ。そのあと、若いカップルに人気のめがね橋を見てから再び釜石線に乗って釜石まで。そこで、三陸鉄道の南リアス線に乗り換えて、恋し浜駅へ行く。この駅は駅名がステキだし、恋人達にすごく人気があるんだって。
え? 遠野といえば遠野物語が代表する民話で有名な所だ。もっと歴史や文化たっぷりの旅をしたらどうだって?
ザンネン、今回の旅の目的はあくまで恋のパワースポットをめぐって、恋愛力を強くするためなの。パワーがないと、ステキな恋も掴めない。
恋こそわが人生、がんばるぞーっ!
ということで、快速「はまゆり3号」は一路、東へ。花巻の平野を突っ切り、穏やかな山のうねりがゆったりと近づき、のどかな山里が暖房で曇りがちな車窓に広がる。お天気はいいし雪もほとんど見られない。まさに、みちのくの早春といった風景だよね。
今朝東京を出てきたっていうのに、旅情っていうか、もう何日も旅をしているんだなって気持ちがじわっと湧いてくる。
こんな時、宙太さんが隣りにいてくれたら、おもしろおかしく旅案内してくれるだろうな。つい、邪険にしちゃうけど、ほんとはカレ、わたしにとっては大事な人なんだ。こうやって離れてみると、どこか恋しいって思いが……もしかして、宙太さん、わたしのことを心配してこの列車に……。
「ほんと、世話の焼ける姫君だぜ」
ふいに、宙太の声が……ん、いつの間にか、向かいの席に座ってるじゃないですか。
「ちゅ、宙太さんっ……なんなの、いったい?」
「きまってるだろ、君を東京へ連れて帰るわけ」
「そんなぁ、日帰りで帰るっていってるじゃん。ほっといてよっ」
やっぱり、つっぱる。
「そうはいかないぜ。力づくでも連れて帰るってきめたから」
「勝手いわないでよ! 宙太さんには大事な仕事があるでしょ!」
そうよ、妻殺しの容疑者を追いかけて下北へいくはずなのに。
「そんなものはマサルのヤツにまかせておけばいいさ。僕にとっては、仕事よりハニィのほうがずっと大事なんだ。君は俺の命ぜよ! さぁ、一緒に降りるんだ!」
宙太、ぐいと星子の手を掴んだ。
「痛い! 離してよ!」
もがいたけど、宙太は強い力で星子の腕を引っ張る。
「やめて! やめてったら!」
思いっきり払いのけたとたん、手がなにかに当たってカチャンと物が落ちる音がした。
とたんに、ハッと目が覚めた星子、腕を掴んでいるはずの宙太の姿は見当たらない。
「夢、かぁ……」
お腹がいっぱいになって、つい、ウトウトしてしまったらしい。
やれやれ、ホッとするやら、ちょっとさびしいやら……でも、ちょっと、待って、確か、手に何か当たって物音がしたような……。
通路へ目をやると、黒いフードをかぶった男が座席の下に手を伸ばし、缶コーヒーを拾い上げたところだ。
もしかして、わたしが寝ぼけて払いのけた手が、この人にぶつかったんじゃ。それで、缶コーヒーを落としたんだ。
男の人、じきに体を起こして立ち上がった。
「す、すいません、ごめんなさいっ……」
星子、あわてて腰を浮かすと頭を下げた。
「いいんだよ」
押し殺したような低い声で答えながら、男は立ち上がった。背が高くて、体つきもがっしりしている。
「でも、わたし……」
「いいっていってるんだ」
男は、缶コーヒーを黒いコートのポケットに押し込み体を翻した。その瞬間、フードの下から男の顔が覗いた。
年齢は三十前後か、サングラスをかけた彫りの深い顔立ちで、唇は薄く、青白い頬には古い刃物傷のようなものが斜めに走っている。車内は暖房がきいているけど、男の周りには氷のような冷気が漂っている、そんな雰囲気の男だ。
――こ、こわっ……で、でも、いい男……。
思わず立ちすくんだ星子を、男はサングラス越しに一瞥した。
「……」
瞬間、男の青白い顔に赤い生気のような色が走り、唇がかすかに開いた。だが、じきに顔をそむけると、足早に立ち去った。
「……」
見送る星子の体に、サーッと鳥肌が走った。
(つづく)
追記 なんだろう、昨日今日の涼しさっていうか寒いくらいだ。でも、猛暑疲れには大助かり。このまま、夏が終わってくれればいいけど、そうはいかないみたいです。お互い、体調には気をつけましょう。
とりあえず、みちのく編第二回目を掲載します。大震災前日の遠野、そして、当日の遠野から三陸へ。いつもの星子タッチを取り入れながら、どう書いていくか。一つの挑戦です。もちろん、テーマはあくまでラブロマンで、ドキュメントではなくて、フィクションです。そのことを御理解いただいて、よろしくお付き合い下さい。
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