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みちのく・春の恋夏の別れ7
「……どうしてだ……」
悠木、肩で息をしながらつぶやいた。星子が飲ませた薬のお陰で、どうにか顔に生気が戻ってきたようだ。
「……逃げられたのに、どうして……」
「……」
たしかに、あのまま、逃げることは出来た。夕暮れ時の街中にいるわけだし、助けを求めてパトカーを呼んで貰えば、星子は助かり、悠木も捕まったはずだ。
でも、悠木は発作を起こしていたし、一刻も早く薬を飲む必要があった。もし、遅れたら、命にかかわるかも知れなかった。たとえ自分の妻を殺した犯人であっても、ほっておくことは出来ない。ちゃんと、裁きを受けさせないと。それが、人の道っていうものなんだ。
星子、自分にそう言い聞かせると、悠木のところへ走った。そして、やっとのことで車に乗せると、薬を飲ませたのだった。
「美空君のいったとおりだったな……」
「え?」
ふいに、宙太の名前が出て、星子はびっくりした。
「彼、こういってたよ……星子さんは、何事にも正直なんだ。ごまかしたり、逃げたりしない、あくまで、筋を通す生き方をしている、そんな女の子なんだ。だからこそ、僕は彼女に惚れた、恋しているってね……」
「そんな……」
宙太さんが、そんなこといってたなんて。でも、褒め過ぎもいいとこ。
「違います、わたし、そんな……」
あわてて首を振った星子に、悠木、かすかに微笑んだ。
「美空君は、恋には正直な奴さ……」
「あ……」
恋には、正直なオトコですか。どうだかね、あの調子の良さが、イマイチ、引っかかる。
「とにかく、有難う……礼をいうよ……」
悠木、星子に頭を下げた。さっきまで氷のように冷たく鋭く光っていた悠木の目は、別人のように穏やかだ。
その目を見据えながら、星子、ためらうことなくいった。
「お願いです……自首して下さいっ……」
「なに?」
「宙太さんなら、きっと、あなたのこと……あとのことは、宙太さんに……」
「たしかに、彼なら分かってくるだろう。でも、前にもいったように、俺のこの手でケリを、始末をつけたいんだ……」
悠木の顔が、一転、以前のように鋭く引き締まった。
――この人、拳銃を持っている。始末をつけるっていうのは、その拳銃で誰かを……。
「や、やめてくださいっ、これ以上、恐ろしいことは……お願いですから!」
「折角だが、それは無理だ。あいつを許すわけには……家内のためにもな……」
「えっ」
星子、いぶかしそうに見た。
――それって、リベンジのこと? 奥さんを殺して逃げてるくせに、その奥さんのためにリベンジを……。
「どういうことですか? それに、相手の人って、一体……」
「君には、関係のないことだ」
「でも……」
「いいから、ほっておいてくれ。どうせ、この体じゃ先はないんだ。今のうちに、やっておかないと……それが、家内への供養ってやつさ……」
悠木、歯噛みすると、目を瞬いた。
――これが、奥さんを殺した人の顔かしらね。それに、奥さんの供養だなんて、自分で殺しておきながら、そんないい方する?……。
星子、いぶかしそうに悠木を見た。
「あのぅ……悠木さんって、ほんとに……ほんとうに、奥さんを?……」
殺した、なんて怖い言葉はいえない。
「……」
悠木、黙ったままだ。
「ね、悠木さんっ……答えて下さい!」
星子、突き刺すような眼で見つめた。でも、悠木は、黙ったままだ。
でも、これだけはいえそう。悠木さんは、奥さんを殺していない、って。
そう、絶対に間違いない。
だったら、なぜ、逃げてるわけ? なぜ、宙太さんに本当のことをいわないの? 奥さんのリベンジのため?
なんだか、すごく深いわけがありそうだ。星子としては、見過ごすわけにはいかない。それに、このままでは悠木は新たな罪を犯すことになるかもしれない。悠木さんは、かって、宙太さんと親友の仲だったというし、もし、罪を重ねたら、宙太さんがどんなに悲しむことだろう。宙太さんのためにも、なんとかしないと。
こうなったら、わたしが傍にいて、悠木さんのリベンジを止めるしかない。こわいけど、それっきゃない。
星子、しっかり心に誓うと、悠木を見た。
「ケータイ、返してくれますか。宙太さんに、電話したいんです」
「なに」
「あ、大丈夫です。宙太さんに今日じゅうに東京へ帰るって約束しているし、一応、安心させてあげないと……それだけですから、ほんとに」
「……」
悠木、星子の顔を見据えたあと、ポケットに手を入れて星子の携帯電話を取り出した。
「有難うございます」
星子、受け取ると、携帯電話を開いた。
宙太からのメールが、いくつも入っている。
『急に電話が切れたけど、なにかあったわけ?』
『大丈夫かい? 今、どこにいるの?』
昼間、遠野にいた時、電話中に突然切れたので、心配して何度もメールを送ってきたようだ。
『ハニィ! 無事なのかい! 春ちゃんも、心配して何度も僕にメールくれてるぜ』
そういえば、春之介からのメールも入っている。
『星子ちゃん! あなたに、どうしても伝えたいことがあるの。今すぐ、連絡ちょうだい!』
『星子ちゃん! 大至急連絡して!』
いったい、どういうことだろう。そういえば、今すぐ旅を中止して東京へ戻れって、電話を貰ってたけどね、春ちゃんって、ちょっとオーバーなとこあるしね。あとで連絡することにして、問題は宙太さんからのメールだ。
少し前に入ったメールには、
『マサル君が、僕の代わりに捜査を引き受けてくれるそうだ。でも、理由はあとで話すけど、今回の捜査だけは僕の手で解決したい。どうしてもリメールがない時は、岩手県警に君の捜索を依頼するつもりです。大至急、連絡を!』
「!……」
宙太の心配顔が、目に見えるようだ。ほんとは、今すぐこっちへ飛んできたいんだろうけど、親友だった悠木のからむ捜査なので、そうもいかないわけだ。
とにかく、岩手県警に手配されたら、ことは面倒になる。星子、急いでリメールを打った。
『ケータイの調子が悪くて、ゴメンナサイ。今、電車の中。もうじき、家に着くとこ。大丈夫だから、お仕事、頑張って!』
最後に、❤マークをつけておく。
ほんとは、❤マークは余計だよね。こっちにはその気はないし。でも、心配かけてるから、サービスね。
電車の中って嘘ついたのは、宙太さんに電話かけられると困るから。カンのいい男だし、直接話したりすると、ごまかしがきかなくなる。今は、悠木さんを下手に刺激しないほうがいい。
じきに、宙太からのリメールが入った。
『無事でよかった! ほんとに、よかった! ❤マーク、大感激! お仕事、頑張りまーす!』
星子の無事を、心底喜んでくれている。ウソをついて、ほんとに申し訳ない気持ちだ。
――ごめん、宙太さん……。
星子が唇を噛んだところへ、メールが入った。
春之介からだ。
『星子ちゃん! 今どこ? あたしの占いだと、明日、恐ろしいことが起きるわ』
明日、恐ろしいことが……なんだろう、いったい。
『くわしいことはまだ見えないけど、とにかく早く家に戻って。一刻も早く!』
春之介の必死に叫ぶ声が、聞こえてくるようだ。
星子、メールをじっと見つめた。
(つづく)
追記 あと一回で終わるつもりが、もう一回残ってしまいました。スンマセン。もうちょっとだけ、お付き合い下さい。
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