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夜空には満天の星。だが、地上は暗闇に包まれ、十数本のレールだけが赤や青の信号機の灯に照らされて鈍く光っている。ホームの照明は消えて、冷たい夜風が吹き抜けていく。
――俺は、なぜ、ここにいるんだろう……。
ベンチに座ったまま、カレは朦朧とした顔であたりを見回した。それ程深酒したわけでもないのに、終電の座席に座って間もなくだらしなく眠り込んでしまった。会社のリストラの対象になって以来、よくあることだ。以前はつるむようにして飲み歩いた同僚達も、或る者はすでに退職し、他の者はカレを避けるようになり、一人で飲むことが多くなった。一人で飲むと、酔いも早いし、酒も旨くないし、気持ちも荒む。といって定時に帰宅しても、妻や子供達からリストラされかねない雰囲気だった。
どこに居ても、いたたまれない気持ち。それを忘れる為に飲み、酔いつぶれて終電に乗る日々。だが、不思議と降車駅の町田近くになると酔眼が開いて、ふらつきながら降りていく。しかし、今夜は違っていた。襟元から吹き込む冷たい風に目を覚ましたのは、ホームのベンチの上だった。それも、なじみのある降車駅ではない、駅名看板には「新百合ヶ丘」と書いてある。いつもなら眠っている最中に通過してしまう駅だ。
「まいったな、もう」
カレは、酔いの醒めた顔で吐息をついた。どうやら、朦朧状態で新百合ヶ丘駅で降りて、そのままベンチで眠ってしまったらしい。しかし、なぜ、駅員は起こしてくれなかったんだろう。気がつかないなんて、あり得ない話だ。
――そうか、乗客としてもリストラされたんだ。オレはもうどうでもいい男、居ても居なくても目にとまらないわけか……。
カレは、自嘲的に唇を歪めた。
夢が小さくなってきた時代、夢が遠くなりつつあった時代、夢見ることが少なくなってきたそんな時代に青春を送り、それでも、夢を見て、夢をかなえようとあがいてきた。だが、四十半ばにして、そのささやかな夢も儚く消えてしまった。
もう、二度と夢を見たり、夢を追いかけることはないだろう。
「ふっ、このまま、消えてしまいますか」
もう一度、自嘲的に嗤った。涙が、じわりと滲んだ。
――その時、だった。
レールにかすかな車輪の音が鳴り、次第に高まってきた。深夜運転の回送車だろうか。
ホームから線路へ目をやると、ライトを消した黒い編成の車両が、一気にホームへ入ってきた。そして、カレのまじかで静かにブレーキの音を響かせながら停車した。
ロマンスカーだ。それも、すでに引退した3000型SE車、つまり、初期型のロマンスカーで、独特なスタイルとホーンの音で子供達には大人気だった。カレも子供の頃、父親にせがんで何度も乗ったことがある。
――まだ、健在だったのか。とっくに、解体されたと思っていたのに……。
カレは、なつかしそうに見つめた。
その瞬間、ふいにロマンスカーの車両に照明がついた。まぶしそうに目を細めながら車内を見ると、誰も乗っていない。運転席にも、運転手の姿は見当たらなかった。
「……ど、どうなってるんだ……」
首をかしげながら前面へ目を移した瞬間、カレははっと目を見開いた。
「……999?……」
そう、フロントマスクの表示板に、9の数字が三つ、くっきりと浮かび上がっている。
――まさか、あの999……銀河鉄道999……。
カレは、茫然と立ち尽くした。銀河鉄道999は、カレが子供の頃、夢中になって見ていたテレビアニメだ。当時は映画化もされて、日本中が999人気で盛り上がったものだった。
登場人物は主人公の鉄郎をはじめみんな好きだったが、中でも一番憧れたのはメーテルだった。初恋の人であり、カレに夢を見ることの大切さを教えてくれ、大人への旅立ちをいざなってくれたマドンナだった。
もしかして、メーテルがこのロマンスカーに乗っているかも……いや、そんなことはありえない。アニメの世界の憧れの人が、現実に現れるわけがない。
でも、願うことなら、願いが届くなら、現れて欲しい。そして、オレにもう一度、夢を見させて欲しい。
「……メーテル……」
カレは、そっとつぶやいた。
「……逢いたい、メーテルに……もう一度、逢いたい……」
つぶやくうちに、涙があふれてきた。景色がくもって、明かりが光彩のように虹色に広がっていく。
その虹の光りの中で、後方のドアが開き人影が一つ降り立った。そして、光彩に詰まれながら、ゆっくりと静かにこちらへ近寄ってくる。
黒いコートに黒い帽子をかぶった、長い髪の女性だ。
どこかで見たような、でも、まさか、そんな。いや、やはり、あの人だ。
「メーテル!」
間違いない、確かに、メーテルだ。
切れ長の睫毛、深く澄んだ、そして、深い悲しみをたたえた瞳。憧れだったあのメーテルが、今、オレの前にやってくる。
「……夢を捨てないで、夢を忘れないで……あなたは、永遠に少年であり続けるのよ……永遠に……」
メーテルの瞳がオレにそう語りかける。
ああ、メーテル!
声にならない声で、カレは叫ぶ。
メーテル!
……メーテル!……。
追記1 一日遅れのエイプリルフールが、999を3000型SE車となって新百合ヶ丘駅に呼んでくれました。松本先生、御容赦を。ごめんなさい。
それにしても、この歳になっても、メーテルに心をときめかせるわたくし。なんだろうね、ほんと。
追記2 自称999を「わが町しんゆり」に呼びたい勝手連、思いに駆られて、先日、小田急の広報にメールしてしまった。すぐリメールをくれて、担当部署にちゃんと伝えてくれるとのこと。それだけでも嬉しい。感謝です。
さらに、小田急の広報紙に「わが町しんゆり」6月公演の件もよろしくとお願いしておきました。
いやぁ、なんとも図々しい奴です、伍三郎、お恥ずかしい限りです。でも、残り少ない人生です。心おきなく旅立ちたいです。なんてね。カッコいいこといっちゃって、アホもいいとこ。長生きするぜ、おたく!
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