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「!…」
星子は、ふと、立ち止まった。
「どうしたの、星子ちゃん?」
振り向いた春之助が、いぶかしそうにいった。
「宙太さんの声が…」
「え?」
「聞こえたのよ、私を呼ぶ声が…」
「ほんと?」
春之助は、鋭い視線をあたりに走らせた。周囲は、濃霧が渦を巻き、視界はまったくきかない。聞こえてくるのは、風の音ばかりだ。
「星子ちゃんの気のせいじゃないの?」
「でも、たしかに聞こえたんだ…星子さん、ハニィって…」
「おかしわね」
春之助は、水晶玉を取り出して、掌でこすりながら、じっと見つめた。すると、水晶玉の中に透視をしたあたりの景色が薄ぼんやりと映ったが、人影らしいものは見られない。
「やっぱり、星子ちゃんの気のせいよ」
「……」
そんなことはない、確かに、宙太の声は聞こえた。たぶん、テレパシーのようなものかもしれないけど、宙太は星子を助けようと、この大雪山にきている。絶対に、間違いない。
だが、今の春之助は、いつもとは違う。何かにとりつかれて、異常な状態になっている。もし、宙太がここへきたら、ピストルの銃口を向けて、ためらいなく引き金を引くだろう。
それだけは、絶対に避けたかった。
「そうね、春ちゃんのいうとおりかもね」
星子は、肩をすくめて見せた。
「当たり前じゃないの。とにかく、天気はますます悪くなりそうだし、早くまりも姫のところへ行かないと。で、この先、どっちへ行ったらいいの?」
「うん…」
「しっかりしてよ! まりも姫の声はあなたしか聞こえないんだから。いいわね!」
春之助は、険しい顔で星子を睨みつけた。
眼光は鋭く光り、まるで、悪霊でものり移ったかのようだ。事実、その通りかもしれなかった。
星子が、目をそらした時だった。
「…こっちよ…早くきて…こっちよ…」
少女の声が、濃霧の中から聞こえてきた。
「まりも姫が呼んでいるわ!」
「ほんと! どっちからなの?」
「こっちよ」
「いきましょ! 早く!」
春之助にせつかれ、星子はまりも姫の声が聞こえてきた方向へ歩き出した。
渦巻く濃霧のせいで、視界はまったくきかない。足元はかなり悪いし、つまずいて転びそうだ。でも、見えない力にグイグイと引き寄せられるように、星子は歩いていった。
しばらく行くと、次第に硫黄の匂いが強くなり、息が苦しくなってきた。濃霧もよどんで、物音がまったくしない。なんだか、薄気味悪い雰囲気だ。
ふいに何かにつまずき、危うく転びかけて何とか踏みとどまった。目をこらすと、大きな岩の塊のようなものが、目の前に立ちはだかっている。
濃霧が揺らいで、視界が少し開けてきた。そのとたん、星子はキャッと悲鳴を上げた。
岩と思ったのは、ヒグマだ。それもかなり大きい。
「うわっ」
春之助も驚いて、拳銃を構えた。
ところが、ヒグマはぴくりとも動かない。
「変ね…」
恐る恐る顔を近づけてみると、ヒグマは死んでいる。
「よかった」
星子は、ホッとなった。
でも、こんな大きなヒグマが、どうして死んだんだろう。外傷はないし、病気とも思えない。
そう思っていると、さらに視界が開けて、あたりの景色が見えてきた。溶岩と砂礫が重なり合った狭い渓谷で、あちこちから噴煙が立ちのぼり、白骨化した動物や鳥の死骸が散らばっている。まるで、地獄のような光景だ。
ゾッとなった星子の目に、ふと、看板が見えた。その看板には、「危険! 有毒ガス地帯。立ち入るべからず」と、書いてある。
「このヒグマも、有毒ガスにやられたのね。こわっ。早く、逃げたほうがいいわ!」
春之助は、星子を促した。
確かに、このままじゃ、じきに有毒ガスで死んでしまう。星子は急いで逃げようとした。
すると、有毒ガスの漂う渓谷の奥のほうから、まりも姫の声が聞こえてきた。
「早く来て…あたしは、ここよ…ここにいるわ…助けて、早く…早く…」
「!…」
(つづく)
追記 いろいろあって、間が空いてしまい、申し訳ないです。あと数回ですので、何とか,ゴールまで頑張ってみます。お付き合い下さいね。
それにしても、いよいよ今年も押し詰まってきました。何ともやりきれない年でしたね。せめて、星子シリーズのブログで、憂さ晴らしを…といっても、なるわけないか。
こりゃまた、シツレイを!
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