星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

星子とパパの恋旅ガイド

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                9

「ゴンベエ!」
 わたしは、思わず大声で叫んだ。
「無事だったんだ、ゴンベエ! 首輪だけが落ちていたし、心配していたんだぞ!」
 首輪のないゴンベエは、まるで、野良猫のボスのような風格がある。
「で、星子はどうした? どこにいるんだ?」
 わたしが問いかけると、ゴンベエはいきなりパッと体を翻して、通路の自動ドアを開け、車内へ飛び込んだ。
「あ、待ってくれ!」
 わたしは、あわててゴンベエを追った。
 私が函館で乗り込んだ車両は最後部1号車のB寝台車だ。函館で方向が変わって、1号車が最後部になった。
 深夜ということもあって、乗客のいるベッドはカーテンを閉めている。カーテンが開いているのは、空席のベッドだけだ。
 ゴンベエは、通路を走り抜けて、ドアを開けると、前方の2号車へ向かった。
 自動ドアをなんなく開けていくのだから、頭がいいというか、旅慣れているというか、顔に似合わず大したドラネコだ。
 ゴンベエを追って2号車に飛び込むと、こちらの車両もほとんどのベッドがカーテンを閉じて、車内は静まりかえっている。通路には、ゴンベエの姿は見当たらない。
 前方の3号車へいったらしい。太っているくせに、動きの速いやつだ。わたしは息を切らせながら通路を通り過ぎて、ドアを開けようとした。
その瞬間、わたしの視界の隅にキラッと光るものが映った。気になって振り向くと、左側の薄暗い下段ベッドの前にゴンベエがうずくまり、目を光らせている。
「ゴンベエ、そんなところにいたのか!」
 わたしは、急いで戻った。
 上下四つのベッドが向い合せになっていて、下段ベッドの一つを除いては空ベッドになっている。残った下段ベッドのカーテンは半開きのままで、隙間から、うつ伏せになった人影が見える。
ベッドは暗いし、体には毛布がかかっているが、わたしにはその人影が誰か、すぐにわかった。
「星子っ」
 そう、星子に間違いない。わたしは、カーテンを開けて、星子の肩を掴んだ。
 星子は、うつぶせのまま、動かない。
 まさか、死んでいるんじゃ……。
「星子! 星子っ」
 わたしは、懸命に星子の肩を揺すった。
 駄目か……不安で、今にも心臓が壊れそうだ。助けてやれなかった悔しさと悲しみで、涙があふれた。
 すると、ふいに、
「やだ、パパ」
 ふいに、星子の声がした。
 ハッと見ると、星子が上目づかいに私を見ている。
「星子っ」
「泣いてるわけ? おかしいの」
 星子は、からかうようにわたしを見ながら体を起こした。
「な、なにが、おかしいんだっ」
 わたしは、思わず怒鳴った。
「さんざん、心配させておいて、それはないだろう!」
「心配って?」
「きまっているじゃないか。君が事件に巻き込まれたんじゃないかと…」
「事件?」
「殺人事件だ」
「いつ? どこで?」
 星子の顔が、キョトンとなった。
「なにいってるんだ! 君の乗っていた5号車のトイレで男が拳銃で撃たれて殺されたろう! 」
「ウソ」
 星子は、クスッと笑った。
「パパったら、わたしをからかってるんだ」
「バカな! そばには、ゴンベエの首輪も落ちていたんだぞ!」
「ゴンベエの?」
「君の姿はどこにも見えないし、宙太君と二人で懸命に捜していたんだ!」
「宙太さんも?」
「ま、無事に見つかってよかったが、どうして、ここに…どういうことなんだ?」
「どうって…知らないよ、わたし…」
「知らない?」
「そうよね、わたし、5号車の女性専用のシートに座ってたんだ。でも、ここは…」
 星子は、あたりを見回した。
「わたし、なんで、ここにいるわけ? ね、パパ?」
「星子…」
 わたしは、唖然と星子を見た。
「覚えていないのか?」
「うん、ぜんぜん」
「事件のこともか?」
「もちろん」
「そんな…」
 わたしは、絶句したまま、立ち尽くした。
 星子は、どうやら、事件前後の記憶を喪失しているようだ。そうとしか、考えられない。
「とにかく、宙太君に連絡しなくては。ゴンベエ、宙太君を呼んできてくれ。早く!」
「ムリムリ。出来っこないよ」
 ゴンベエも、当然といった顔だ。
「わたし、ケータイ番号わかるから」
 そういって、星子は着ていたハーフコートのポケットに手をやった。
「いけない、リュックの中だ。取ってこないと」
 星子が立ちあがろうとした時だった。
 ふいに、通路から携帯電話が差し出された。
「ありがと…ん?」
 思わず礼をいいかけて、星子はけげん顔を向けた。
 そこには、長身のスリムな男が立っている。黒革のジャンパーに黒のジーンズ。長髪の彫りの深い顔立ちで、サングラスをかけている。
歳は三十歳前後ぐらいか、黒ずくめの服装に、胸元には金のペンダント、左の薬指には金の指輪が光っていた。まるでダンサーのように小粋でオシャレな容姿だが、全身から、ひんやりとした殺気が漂ってくる。
 わたしは、ちょっと、たじろいだ。
 星子も緊張した顔で立ち上がり、ケータイを受け取ろうとした。
 ところが、男はケータイを引っこめると、ドスのきいた低い声でいった。
「その前に、聞きたいことがあるぜ」
「え?」
「な、なんだ、君は?」
 わたしは、星子をかばいながら、男と向き合った。
「名前は? 一体、誰なんだ!」
「……」
 男は、黙ったままだ・
 もしかして、犯人かもしれない。その可能性はある。
 わたしの背中を、冷たいものが走った。



                         (つづく)






   

               8

 旅愁という言葉が、わたしは好きだ。夜汽車に乗って、深夜、ターミナルの駅に到着する。とくに、晩秋の港町の駅には、特別な雰囲気がある。
 昔、あの人と二人で深夜の函館駅に降り立った時もそうだった。暗い港から流れてくる冷たく湿った夜霧、物憂い霧笛の音、そして、押し黙ったまま、改札口へと向かう乗客達。石川啄木の詩の世界のような…。
 そんな光景を見ているうちに、ふいに、あの人は私の手をきつく握り締めた。
「どうしたの?」
「こわい…」
「なにが?」
「あなたに置いていかれそうな気がして…」
「僕が?」
「ええ、黙ったまま改札口へいってしまって、いくら、あなたのことを呼んでも振り向かないで、そのまま、暗い街へ消えてしまって…」
「そんな、あるわけないだろう」
 わたしは、微笑むと、あの人を促した。
 だが、あの人は立ち止ったまま、握る手に力を込めた。
「もうすこし、ここにいて。お願い…もう少し…」
 あれは、はじめて、二人で函館を訪れた時だった。そして、二度目の時、わたし達は別れた。
 あれから何年になるだろう。その恋を追憶するはずの旅が、こんなことになるとは。それも、あの人の面影の化身ともいえる星子が事件に巻き込まれるとは。
「もうじき、函館の駅に着くぜ」
 宙太の声に、わたしは頷いた。緊張のせいか、それとも、デッキの寒さのせいか、体が小刻みに震えている。
 殺人者は、函館で降りるのだろうか。降りないとしたら、このあと、どういうことになるのか。それよりもっと、気がかりなのは星子のことだ。密室状態のこの列車から、消えてしまったとは思えない。きっと、乗っているはずだ。問題は、はたして無事なのかどうかだった。
 間もなく、ドアの窓の外に函館駅の構内の灯や信号がいくつも流れた後、列車の速度が落ちて、ホームがあらわれた。
 警官隊が配備についていると思ったが、見当たらない。いつのの深夜のターミナル駅の閑散とした雰囲気だ。
「ホシを刺激しないように、目につかないところで張り込んでいるようだぜ」
 宙太は、小声でいった。
「なんせ、ホシはハジキを持っているし、余程慎重にやらないとな」
「でも、どの乗客が犯人なのか、まだ、わかっていないんだろう。裏をかかれて逃げられるってことも…」
「デカの辞書にifの文字はないの。あるのは、ベストって文字だけさ」
 宙太は、軽く片目をつぶって見せた。こういう緊迫した場面でも、余裕を見せてくれる。ナイスガイとは、この男のことだろう。
 デッキには、函館で降りる乗客が四五人ほど現れた。パニックを防ぐため、宙太は車掌に事件のことを口止めさせていた。そのせいか、乗客の顔には緊張感は見られない。
じきに、ガクンと列車が止まって、ドアが開いた。
 急いでホームに降りたとたん、身を切るような寒さがわたしを包み込んだ。車内には暖房が入っていたので、ジャケットを着たままだった。
 思わず身震いしながら、ホームへ目をやる。横付けされた列車のドアから、かなりの数の乗客達が降りてきた。深夜とはいえ、北海道の玄関口といわれる街だけのことはある。
 この前、わたしがあの人と二人できた時は、ホームには跨線橋がかかり、青函連絡船に通じる線路が残っていた。でも、何年か前に改造されて、バリアフリーのモダンな駅舎に変わったようだ。
 わたしは、5号車と6号車、7号車から降りた乗客達をえぐるような視線で見た。宙太の話だと、犯人も星子も、この三両の車両のどこかに乗っている。もし、降りるとしたら、この乗客達の中にいるはずだ。
 だが、星子に似た女の子は見当たらない。ということは、星子は降りなかったということだろうか。
 わたしが戸惑ってうちに、暗がりで待機していた白衣姿の救急隊員や検視官、駅員等の一団が5号車に近づき、素早くデッキに乗り込んだ。この列車は、函館駅で23分間停車する。その間に、死体の収容や現場の検証をおこなうらしい。さらに、他のドアから、私服姿の刑事達が乗り込んでいく。犯人が車内に残っている場合に備えてのことだろう。
 車内に残った宙太からは、まだ、何の連絡もない。やはり、車内にはいないのか。
 焦ったわたしは、改札口へ走った。函館駅の改札口は突き当りに一か所あるだけだ。四本のホームが広いコンコースで一か所にまとめられ、自動改札機がずらりと並んでいる。
 もっとも、使われているのは一か所だけで、数人の警官が金属探知器を使って乗客を調べたり、荷物の検査などをしている。周囲にも大勢の警官達が待機して、万一に備えていた。
 わたしは、目をこらして見つめた。だが、時間ばかりが過ぎていき、改札口では乗客の検査も終わって、入れ替わりに「はまなす」に乗る乗客の改札がはじまった。
 列車のほうも、このまま、定時に発車するようだ。札幌方面へ向かう乗客もかなり多いし、発車を遅らせたり、運転を中止するわけにはいかない。そのかわり、かなりの数の警官達が列車に乗り込んでいく。もし、犯人が車内に残っていても、下手な動きは出来ないようにするためだった。 
 時計の針が深夜の1時22分をさした。もうじき、発車だ。昼間の函館駅では、列車が発車する時に、美しいメロディが流れるが、深夜の列車では聞くことはできない。
 わたしは、重い足を引きずるようにして列車へ戻った。札幌へ向かう「はまなす」は、函館から逆編成になる。つまり、函館までは先頭だった1号車が最後部となり、7号車が先頭になる。牽引する機関車も電気機関車からディーゼル機関車に代わっていた。
 結局、星子が函館で降りた気配はなかった。だが、この列車に乗っているとは断言出来ない。
 わたしは、疲れ切った体でデッキの壁に寄りかかった。
 その時、だった。
 足元で、猫の鳴き声が聞こえた。かわいいというより、どこか、ドスのきいたような太い鳴き声だ。
 まさか!
 ハッと見下ろしたわたしの目に映ったのは、ゴンベエだった。

                                (つづく)




追記  函館駅、ほんとに立派になりましたよね。でも、僕としては、あの青函連絡船とつながっていた頃の、函館駅が懐かしい。恋の舞台としても、最高だったと思う。なんていってるから、時代に取り残されてしまうのかな。
 恋といえば、星子さんの恋の相手の刑事、次回に登場します。よろしく!

                 7                    

 ……ゴンベエの首輪が、なぜ、殺された男のそばに落ちていたのか……。
「この男が殺された事件に、かかわっていることはたしかだよな」
 宙太は、首輪の鈴をチリリンと鳴らしながらいった。
「ということは……」
わたしは、なんとか気持ちを落ち着かせながらいった。
「星子も事件とかかわっている可能性が強い。そして、行方不明になった原因もそのあたりにある……ということか」
「そういうこと」
「で、男はどんなふうに殺されたんだ?」
「ピストルさ」
 宙太は、右手の指先をわたしの後頭部に押し当てた。
「ズドンとイッパツ!」
「よ、よさないかっ」
 わたしは、身震いしながら宙太の手を払いのけた。
「銃声は?」
「いや、誰も聞いていない。多分、ホシはサイレンサーを使ったのかもな」
 そうなると、コロシのプロの犯行の可能性も出てくる。
「殺された男の身元は、わかったのか?」
「うん、運転免許証を持っていてさ、写真はもちろん本人だけど、名前は野口マサオ、37歳。住所は東京都港区……今さっき、本庁、つまり、警視庁のほうに連絡を入れて、身元を照会中なんだ」
「そうか」
「とにかく、状況はかなりヤバイよ。星子さんは行方不明。あ、ゴンベエもな。そして、サイレンサーつきの拳銃を持ったホシは、まだ、この列車に乗っているわけだしさ」
 宙太のいうとおりだった。
 今乗っている夜行急行「はまなす」は、青森を定時の22時42分に発車したあと、函館までノンストップで走る。函館到着は深夜の1時、つまり、あと23分ほどだ。
「星子がいなくなったことに気づいたのは、たしか、0時15分ぐらいとか……」
「うん、正確にいえば、オレが5号車の車内に入って、この目で確認した時間さ。実際は、もう少し早く席を立っていたと思うけど」
「くわしいことはわからないのか?」
「もちろん、近くの乗客に聞いてみたさ。でも、ほとんどの乗客は眠っているか、メールしているとか、読書しているかとか……」
「誰も見ていないってことか」
「そういうこと」
「そのあと、星子をさがしにこのデッキへ出て死体を見つけたんだな?」
「うん、急いで中に入って調べたところ、男の後頭部から血が流れているし、そばにはゴンベエの首輪が落ちていたわけ。もう、びっくりもいいとこさ。で、丁度、通りかかった車掌さんに見張りを頼むと、星子さんを捜したんだ」
 事件当時、宙太は、5号車の函館側のデッキにいた。ということは、星子は前方の車両にはいっていない。後方の6号車か7号車のほうへいったことになる。
「でも、星子さんもゴンベエも見つからなかった。まるで、消えてしまったみたいでさ。で、とりあえず、パパさんに知らせておこうと思って、呼びにいったわけ」
「ちゃんと捜したのか?」
「もちろんさ。オレの命より大事なハニィなんだぜ」
「犯人に追いかけられて、外へ逃げたとか、突き落とされたとか……」
「ないない。ドアは自動なんだ。走っている時にドアのコックを操作すれば、非常ブレーキがかかるだろ」
「……」
 たしかに、そうだ。星子は、まだ、この列車に乗っている。そして、犯人もだ。
「どこかに隠れているのか、それとも、犯人の人質に……現場を目撃した可能性もあるからな」
「そうなんだ、オレもそのことが一番気がかりでさ」
 宙太は、歯噛みした。
「とにかく、わたしが捜してみる! 乗客一人ひとりを確かめてみるから!」
 そういって歩きかけたわたしを、宙太は素早く制止した。
「待った! ホシは拳銃を持っているんだ。下手に騒ぎを大きくすると、ヤバイことになるぜ。ホシが一人なのか、共犯者がいるのか、まだ、なにもわかっていないんだから。落ち着いてくれよ、な!」
「……」
 宙太のいうとおりだ。列車は動く密室と同じだ。万一のことでもあったら、取り返しのつかないことになりかねない。
 わたしのことなら、ある意味では覚悟している。愛を裏切った罰、妻や恋人を裏切った罪の報いが、いつか、きっとあるだろう。親とか友を裏切る罪より、愛を裏切るほうが、もっと、罪深いと思ってきたからだ。
 そんなわたしにとって、星子は愛する人の分身であり、星子の人生を輝かしく、生き生きと幸せに描くことは、大げさかもしれないが、いってみれば、贖罪でもあった。それだけに、星子にもしものことでもあったら、わたしはとても生きていられない。
「パパさん、大丈夫か」
 宙太が、心配そうにわたしの顔を覗き込んだ。
「大丈夫、星子さんは無事だから。きっとな」
「うん……」
 わたしは、ぎこちなく微笑んだ。
「とにかく、函館駅には鉄道警察が待機してはずだぜ。到着まであと二十分足らずだし、その時が勝負かもな」
 宙太は、タレ目顔をキッと引き締めた。

                  (つづく)



追記  どうやら、私にもよめないような展開になってまいりましたようで。予定としては、星子と某刑事のラブロマンスになるはずですが。その某刑事とは、誰か。ま、お楽しみに。
 ところで、前回、「はまなす」の列車編成のことで、私の勘違いがありました。訂正しておきました。誠に申し訳ありません。

                    6


 星子が行方不明に……しかも、星子が乗っていた女性専用車で、殺人事件が!
 わたしは、茫然としたまま、もつれるような足取りで宙太のあとを追った。
 夜行の急行「はまなす」は、電気機関車に引っ張られる七両の客車で編成されている。私が乗っていたのは、1号車のB寝台車で、函館寄り、つまり、先頭の客車だ。2号車もB寝台車で、3号車は宙太が乗っていた自由席。4号車はカーペットを敷いた指定席のドリームカー。中二階式で床暖房が入っている。5号車はリクライニングのドリームカーで、函館よりにはミニラウンジ。中央が座席指定席。そして、青森寄りの左右6席づつが女性専用のシートだ。都会の通勤電車のように、丸ごと一両が女性専用車というわけではない。6号車もミニラウンジのついたリクライニングシートの座席指定車。最後部の7号車が自由席になっている。
 すでに、時計は真夜中の十二時半を過ぎていたが、乗客の大半が起きている。あと三十分ほどで函館に着くからだろう。車窓には夜の函館湾が広がり、漁火や貨物船の灯が光っている。遠くに見える赤や黄色、青などの光は函館の街だろうか。
 だが、今のわたしにはその美しい景色も目に入らなかった。星子の身に万一のことでもあったら、どうする。星子はわたしにとって、特別な存在だ。わたしが創り出した小説の主人公というだけではない。星子には、あの人の面影が映されている。明るく知的で、好奇心と正義感が強く、気風のいい女だった。自由奔放だが、思いやりとやさしさにあふれる、熱いハートの持ち主でもあった。
 そんなあの人のイーメージをもとに、星子という主人公が生まれたのだ。そう、星子はあの人の分身といっても過言ではなかった。
「さ、早く!」
 宙太にせかされ、わたしは息を切らせながら5号車のデッキにたどりついた。ドアを開けて車内へ入ると、そこは女性専用のシートが並んでいる。
「ここだよ、星子さんの席は」
 宙太は、右側の二番目の窓側の空席を指差した。
「確かなんだね?」
「もちろん。オレ、この目でしっかりとチェックしてたから。どんなに邪険にされても、ガードするのがオレの使命だもんね」
「じゃ、なぜ、星子が席を離れた時、気がつかなかったんだ?」
「だってさ、星子さんのそばにいるわけにもいかないだろ。それで、デッキに立ってたわけ」
 惚れた弱みというか、宙太、星子にはかなり気を使っているようだ。
「でも、5分ごとに覗いてたしかめてたんだぜ」
「その5分の間にいなくなったわけか。時間は?」
「今から十五分ほど前、つまり、真夜中の0時15分頃かな。星子さんがいないのに気づいて、オレ、前の車両へ走ったんだ」
 宙太は、わたしを促して、5号車を通り抜け、函館よりのデッキに出た。
 そこにはトイレと洗面台があって、トイレの前には若い車掌が緊張した顔で立っている。
「どうも」
 宙太は車掌に会釈すると、トイレを指差した。
「この中に、コロシの死体があるんだ」
「!……」
「もちろん、鉄道警察には連絡済みだぜ。函館まで現場を保存しとかないとね」
 さすが、警視庁のキャリア捜査官だ。ぬかりはない。
「星子さんを探して飛び出した時、細目にドアが開いていて、死体が見えたわけ。そばには、これが落ちていたんだ」
 宙太は、ポケットからハンカチの包みを取り出して、広げた。
 鈴のついた猫の首輪だ。
 どこかで見たような……わたしは、ハッとなった。
「ゴンベエのだ!」

                              (つづく)



追記  なんだか、ますます、トラベルミステリーっぽくなってきちゃって。とんだ恋旅ガイドになりそうだ。やれやれ。ま、ガマンして付き合ってください。

                  5

「おい…」
 わたしは、足を止めて振り向いた。後からついてきているとばかり思っていたのに、彼女は立ち止ったままだ。灰色の影が、薄い海霧の中でぼやけている。
「早く、ホテルへ帰ろう。風邪をひくぞ」
 せかすように呼びかけたが、彼女は港に向かって立ち尽くしている。
 夕暮近い函館港の湾内は波がしらが立ち始め、細かい海霧のしずくが、冷たい風に巻かれながら、吹き付けてくる。まだ十月の始めというのに、今にも霙まじりの雨が降ってきそうだ。
わたしは、背中をすぼめながら彼女のそばへ戻った。
「さぁ、早く」
 促すように肩を抱いた私の手を、彼女は掃くように払いのけた。いつもなら、私の肩に甘えるように顔を埋めてくるのだが。
 一瞬、戸惑っているわたしに、
「ね…」
 彼女は、港へ顔を向けたまま、つぶやいた。
「なに?」
「……」
「なんだい?」
「…終わりにしたいの…」
 彼女は、低い声でつぶやいた。
「え?」
 わたしは、彼女の言葉の意味が分からず、問い返した。
「終わりって、旅のこと?」
「……」
「でも、今朝、函館に着いたばかりじゃないか。レンタカーも借りたし、明日から洞爺湖や登別、日高から足摺岬のほうへ回って、最後は札幌の夜を楽しもうっていう計画だろう」
「……」
 彼女は、横顔を見せたまま、黙っている。言葉を選ぶというより、いい出せないようだ。
「もしかして…」
 わたしは、ためらいがちにいった。
「お宅のほうで、なにかあったのか?」
「ううん…」
 彼女は、小さく首を振った。
「遠慮しなくてもいいんだよ」
「大丈夫」
「でも…」
「ほんとに、何でもないったら」
 彼女は、ちょっと語気を強めた。わたしよりも、自分にいら立っている感じだ。
 お互い、家庭のことは、極力触れないようにしている。何でもなかったころは、ごく自然にお互いの家族のことで愚痴をいったり、自慢したり、心配し合ったり、楽しく笑い合ったりしたものだった。だが、一線を踏み越えた時から、いい合わせたわけでもないのに、いっさい、お互いの私生活には触れようとしなくなった。
「じゃ、一体…」
 わたしも、苛立ってきた。
「ごまかさないで、はっきりいえよ。終わりって、どういうことなんだ。何を、終わりにしようと…」
 いいかけたところで、わたしはハッと口をつぐんだ。
 近頃、わたしの中で少しずつ膨らんできた重苦しいかたまりが、ふいに、皮を破って顔を現した。
「…僕たちのこと、か…」
 わたしは、息を吐くと、彼女を見つめた。
「そうなんだろう…」
「……」
 彼女は、決心したように頷いた。
「そうか、やっぱり…」
 わたしは、気持ちを落ち着かせようと、顔を両手でこすった。まるで、他人の顔に触れているような感触だった。
 彼女とこういう関係になって、そろそろ三年になる。お互い、今の暮らしを壊さないように、暗黙の了解のもとに付き合ってきた。
そのうち、不倫愛にも飽きて、ごく自然に二人の関係が解消すれば、一番いい。それまで、ひとときのアバンチュールを楽しむつもりでいた。もちろん、罪の意識はあったが、あとで償えばいいと、身勝手な気持ちだった。
しかし、わたしも彼女も気づかなかった。愛は深みにはまれば、底なし沼に引きづり込まれるようなものだ、ということを。
そのことにやっと気づいた時から、お互い、口には出さないものの、一刻も早く愛を終わらせなくては、と、思い始めていた。さもないと、底なし沼に吸い込まれて、取り返しのつかない破局を招くことになる。それだけは、何とか避けたい。その思いが、お互いの胸の中で大きく膨らんでいた。
だが、愛の深みから抜け出すのはつらくて悲しい。別れよう、の一言をいわなくては、と思いながら、時間だけが過ぎていった。
今度の旅も、そんな息苦しさから、つかの間でも逃れようとした逃避行だった。だが、彼女のほうが先に重圧に負けた、というか、気持ちを誤魔化すつらさに耐えきれなくなったのだ。
「わかった…」
 わたしは、頷いて見せた。
「それが、一番いいのかもしれない」
 自分にいい聞かせるようにつぶやいてみる。胸が張り裂けるような悲しみが込み上げる一方で、重圧から解き放たれた安ど感のようなものが、じわりと込み上げてくる。
 今まで一人称だった自分が、ふいに二人称へ変わったような気分だ。そんな自分が、すごく嫌になる。
「で、どうする?」
「あなたは?」
「そうだな、家に帰る気持ちにはなれないし…でも、正直いうと、仕事もたまっているしね…」
「そう」
 もちろん、とってつけたようないい訳だ。でも、愛の未練を断ち切るには、一刻も早く日常の暮らしに戻るしかない。
「君も、帰るかい? なんなら、飛行機の切符を…」
「ううん、いいの」
「いいって…」
「しばらく、一人になりたいの。一人だけに…」
 彼女は、わたしを見上げたあとで、ぽつりといった。
「もっと、正直になりたかった、自分に…」
「え?」
 ふと、彼女の眼に涙のようなものが光った。次の瞬間、彼女は背を向けて海霧の中へ吸い込まれていった。
「……」
 …もっと、正直になりたかった、自分に…わたしは、彼女のいったことを反芻していた。
 そう、わたしだって、同じだ。もっと、自分に正直になるべきだった。
 奈落の底へ落ちてもいい、何もかも捨てて、愛を貫くべきだった。
 いや、まだ、遅くはない。
 遅くないんだ。
 体の中で、熱いものが一気に噴き上げてきた。
わたしは、夢中で走り出した。
「待ってくれ!」
 だが、彼女の姿はすでに夕闇に塗り込められ、姿は見えない。それでも、わたしは必死に彼女を探した。
「待ってくれ! いかないでくれ!」

「ちょっと、ね!」
 立ち込めた海霧の中から、若い男の声が聞こえてきた。
「しっかりしてくれよ! パパさん!」
「あ?」
 わたしは、目を開けた。
 眼前に、なんと、宙太の顔がある。
「キ、キミ!」
 わたしは、宙太の腕を無意識のうちに掴んでいた。
「見かけなかったか、彼女を? な、どうなんだ?」
「パパさんたら、しょうがないな」
 宙太は、私の手を払いのけた。
「しっかりしてくれよ、寝ぼけている場合じゃないぜ」
「寝ぼけてる?」
 わたしは、あたりを見回した。
 今いる所は、海霧の港町、じゃない、列車の中だ。
 ということは、夢を見ていたのか。いや、夢じゃない、昔、わたしが体験した恋別れの一場面によく似ている。彼女を偲ぶ旅のせいだろうか。あらためて、つらくて悲しい気分が込み上げてくる。
 しんみりとしたとたん、いきなり、宙太に肩を強く掴まれた。
「さ、早く、パパさん!」
「乱暴だな。どうしたっていうんだ?」
「どうもこうもないぜ。星子さんが、消えちまったんだよっ」
「き、消えた? 星子が?」
 わたしは、唖然となった。
「でも、星子はこの列車の女性専用車に…」
「その女性専用車から消えたんだ。しかも、それも、コロシがあった直前にね!」
「コロシ?」
「ああ、今さっき、女性専用車のトイレで男が殺されたんだよ!」
「!……」
 わたしは、とびあがるように座席から立ち上がった。




追記  なんとか、再開にこぎつけました。ご心配かけてすいませんでした。頑張って続けていくつもりですので、ご容赦ください。
 それにしても、今回のシリーズを書き始めて思ったことは、やはり、ラブロマンスこそ、小説や映画、テレビ、演劇の魂であり命であるということです。いや、人生そのものが、恋こそ愛こそ命! かもしれない。恋や愛には縁のないぼくも、パトスだけは無くさないようにせねば! 
 非力な僕だし、つたない恋物語になるかもしれないけど、書き続けていきます。

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