星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

おかえりママに薔薇のキス

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           エピローグ

 どこか、遠くで猫の鳴き声がする。
 ……フニャーゴ、フニャーッ……。
 かわゆくない鳴き声だ。まるで、ゴンベエが鳴いているような……ああ、もう、うるさいなっ。
 星子、目を開けた。
 ぼんやりとした視界の中で、ゴンベエがリュックの中から顔を出して鳴いている。
「なによっ、うるさいな!」
 ゲンコツだよっ、と、拳を振り上げた時、
「長崎ィ、長崎です」
 外からアナウンスが聞こえてきた。
「はん? ナガサキ?」
 首をかしげながら目をやると、窓の外は駅のホームで「長崎」という駅名の看板がズズーンと飛び込んできた。
 なんと、星子、特急列車の座席に座っているじゃないですか。
「どういうこと? ね、ゴンベエ、どうなってんのよ?」
 なんていったって、わかるわけニャァーダロ。
 とにかく、リュックを掴み、急いで列車を降りる。
 ふーっ、そうか、長崎かぁ。
 一息ついたところで、だんだん状況がはっきりしてきた。
 宙太パパとケータイでお別れ電話をしたあと、光の柱に巻き込まれ、気を失って、目が覚めたら、なんと、ナガサキ。
 そういえば、今回のおかしな出来事のはじまりも、長崎だった。ということは、振り出しに戻ったわけか。
 念のため、ケータイで日付けを見てみる。
「!……」
 なんと、まったく同じ日付で同じ時間じゃないですか。ということは、今までの出来事すべてが、一瞬の夢……。
 星子ママも、宙太パパも、双子ちゃんも、春ちゃんも、右京さんや亜利沙さん、マサルさんも、みんな、一瞬の夢の中で出会った人達なわけ?
「……」
 星子、茫然とした足取りで改札口を出た。
 瞬間、ポンと肩を叩かれ、誰と振り向くと、
「!……」
 たれ目の人なつこい顔が、ニカッと笑っている。
「ち、宙太さんっ」
 ああ、もう、二度と会えないと思っていたのに。一瞬の夢となって消えたと思っていたのに。
 ちょっと、待って。そうよ、この前もここで宙太パパと出会ったんだ。ということは、時間があの時に戻ったんだ。
「宙太さーん!」
 星子、宙太に抱きついた。嬉し涙が、ポロポロとこぼれてくる。宙太も、しっかりと星子を抱きしめた。
「それで、どこにいるの?」
 星子、宙太の胸にすがりついたまま聞いた。
「どこって、だれが?」 
「きまってるじゃない、双子ちゃんよ」
「双子ちゃん?」
「そうよ、星丸くんと宙美ちゃん、つまり、わたし達の子供……」
「おっと、そこまでいくかい。すっげぇ、超高速アタックだ!」
「はぁ?」
「会ったばかしなのに、もう、子供のハナシなわけ? いいでしょう、子作り大好き。いくらでも、お手伝いしますんで、ハイ!」
「?」
 どうも、話が噛みあわない。
「それでは、早速、ホテルへ。チャンポン喰って、子作りに励みますか! シシシッ」
 宙太、楽しそうに笑った。
 その笑い声、もしかして、そう、あの独身の宙太……。
 星子、ハッとなって離れると、まじまじと見つめた。
 ピアスにメッシュ、ド派手なファッション。そして、なんともニヤけたスケベ顔。マジメさとか、誠実さ、秘めた哀愁、なんて、まるでないっ。
 間違いない、宙太パパじゃないほうの宙太だっ。
 う、うひゃーっ、とんだ人違い。
「どうったの、そんな顔して? ボクチャンのこと、忘れた? んなことないよね、同じ列車に乗ってたじゃん」
 知るか、そんなこと。
「ああ、銀河を渡りし牽牛と織女。まさに、運命の出会いだったわけ」
「んもぅ、ふざけないで!」
 星子、ピッシャッと宙太に平手打ちを食わすと、憤然と歩きだした。
「イタタッ、ね、ちょいと、カノジョ、姫っ。子作りの話はどうなったわけ? 待ってくれよ! ハニィちゃーん!」
 宙太、頬っぺたをさすりながらわめいたけど、知るかっ。
 ああ、もう、サイアク!
 あのにやけた男が、宙太パパと同一人物とは、とても思えない。
あいつが、将来、わたしと結婚する?
 わたしが、あんな男の子供を産む?
 ジョーダンきついよっ。
 絶対に、イヤだっ。
 いい恋さがしの一人旅。一杯恋をして、素敵な人を見つけて、その人の子供を産む。それが、わたしの夢。その夢に、あいつはカンケイない。
 ……でも、そうなると、双子ちゃんとは会えないことになる……。
そんなの、いや。もう一度、会いたい。ぜったい、会いたい!
そういえば、春ちゃん、こんなこといってたっけ。
「ちょっとした時間のずれで、変わってしまう。宙太さんと結婚しないし、そうなれば、双子ちゃんも生まれない。宙太さんの手を離してはだめ。宙太さんと二人の時間を作るのよ」
 って。
 それって、このこと?
 双子ちゃんに会いたかったら、あいつと?
 キャーッ、どうしたいいの?
 ……どうしたら……。
 星子、茫然と立ちすくんだ。そんな星子の背中で、ゴンベエがフニャッと笑った。


                         (おわり)



追記  やっとのことで、最終回を迎えました。途中、いろいろありまして、かなり時間がかかってしまい、すみませんでした。お付き合い下さったこと、感謝します。ほんとうに、有難うございました。
 これで、長い間、僕の懸案だった「星子結婚編」のエンディングの幕を下ろせたわけです。原点に戻ったところで、この先、あらたに星子シリーズをはじめるかどうか。それとも、星子ミニスカデカをはじめるか。しばらく、時間をおいて考えてみたいと思います。その節は、御迷惑でしょうが、また、お付き合い下さい。
 家内のことで、ご心配かけています。なかなか思うように回復せず、今しばらく時間がかかりそうです。
 日毎、春の気配が近づいてきます。とはいえ三寒四温、くれぐれも、ご自愛ください。






 

                5

 ――わたしと星子ママが消えてなくなる……そんな……。
 星子、春之介に廊下へ連れ出されたのも気がつかないほど、茫然としていた。
「変なこといわないでよっ。どうして、そんなことになるわけ?」
 春之介、目を伏せながらいった。
「あたしだって、信じたくないわ、そんな怖い話。だけどね、ほんとはあり得ないことでしょ、現在の時間と三年後の時間が一緒になるなんて」
 ま、それはそだけど。
「今、あなたの前にいるあたしも、あそこにいる宙太さんや右京さん、亜利沙さんも、ほんとは三年後の姿よ。時間が重なった時も、今の自分達とは絶対に会うことはなかったわ」
 いわれてみれば、たしかに、宙太もマサルも、右京も亜利沙も、現在と三年後の自分達と一緒になることはなかった。
「でも、星子ちゃんだけは違ってたの。今の時間と三年後の時間をいったり来たり出来たのよ」
「ええ……」
 自分の意志とは関係なかったけどね。
「そのわけは、たぶん、星子ママが光る壁に閉じ込められたからかも……時空の隙間なのかも知れないわ」
「!……」
 星子、ドア越しに居間の奥でまばゆく光る壁に目をやった。星子ママの姿は、さらに輪郭がはっきりとしてきて、顔かたちもわかってきた。気を失ったように、ぐったりとしていて、目も閉じたままだ。でも、宙太のピアノ演奏に反応しているのは間違いない。少しずつだけど、指先が動き始め、瞼がぴくっ、ぴくっと動いている。
「星子ママ、もうじき、意識が戻って光の壁から出てこられそうね」
「ええ」
「今すぐ、あなたはここから離れたほうがいいわ。さもないと、あなたも星子ママも、あの光の壁に吸い込まれて、永久に戻ってこれなくなるから。わかった?」
「でも……」
 春之介、今のドアを閉めると、真剣な顔で星子を見つめた。
「お願い、星子ちゃん、あたしのいうことを信じて! お願いよ!」
「……」
 星子としては、まだ、納得出来ない。でも、春之介は水晶玉で占ったり、未来や過去を読む一種の超能力の持ち主だ。この際、信じるしかなかった。
「……わかった、じゃ、わたし、いくから……」
 星子、春之介を見上げた。
「そのかわり、あとのことは、今度会った時に教えてね」
「……」
 ふいに春之介の目に、涙が光った。そして、星子の手を強く握りしめた。
「春ちゃん? どうしたの?」
「……星子ちゃん、あなたに会えて、ほんとに……」
「やだぁ、じきにまた会えるじゃん。そうでしょ?」
「ううん、もう、あなたと会うことはないわ。少なくとも、今のあたしとね……」
「え?」
「あたしたちは、三年後の世界へ戻っていくの。もし、あなたが伊集院春之介という男と出会うとしても、その時の春之介は今のあたしじゃない。別の想い出しか、作れないわ……」
「そんな!」
 星子、声をつまらせた。
「でも、別の想い出だとしても、春ちゃんとはまた、会えるわけじゃない! そうでしょ!」
「だといいけど……」
「え?」
「あなたの三年後の世界がきまってるわけじゃないのよ。ちょっとした時間のずれで、まったく別の世界に入ってしまうかも……」
「そんな!」
「だから、また、どこかで宙太さんに出会えたら、手を離してはだめよ! あなたと宙太さんで時間を作っていくの。いいわね!」
「!……」
「さ、早くいって! 早く!」
 春之介、涙をぽろぽろ流しながら叫んだ。
「春ちゃん……」
 星子の目にも涙が……でも、もうじき、星子ママが光の壁から出てきそうだ。
 星子、気持ちを払いのけるようにして、ぱっと走り出した。
 外は、夜空に光る満月が明るく照らしてくれている。その明かりに導かれながら、星子は走った。
 頭の中はまだ混乱していて、整理がつかない。でも、さっき、春之介がいったこと……星子の三年後の世界がこうだとはきまっているわけじゃない。ちょっとした時間のずれで、まったく別の世界が開けてしまう……その言葉が、頭の中にこびりついている。
ということは、もし、別の世界に入り込んでしまったら、春之介だけじゃない、宙太パパとも、そして、星丸くんや宙美ちゃんとも二度と会えなくなる。
やだ、そんなの。ぜったいに、いや!
やさしくて、あったかくて、ステキな宙太パパ。かわいくて、おりこうさんで、元気いっぱいの星丸くんと宙美ちゃん。
逢いたい! もう一度、逢いたい!
でも、今頃、宙太パパは星子ママを助け出して、そのあと、家に連れて帰るはずだ。そして、双子ちゃん達が星子ママを嬉しそうに出迎えるだろう。
「おかえりママ!」、「おかえりなさいママ!」って。
 今度こそ、ほんとのお帰りパーティ。さぞかし、盛り上がるだろうな。
 もう、わたしはカンケイない。みんなにとって、わたしは三年前の星子ちゃん、ママになる前のアルバムの中の星子、それだけの存在なんだ。
 星子、悲しくて、つらくて、もう、涙が止まらなかった。
 そういえば、あわてて出てきたので、宙太パパにはお別れのあいさつが出来なかった。せめて、もう一度だけ、そう、もう一度だけ……キス……して欲しかったのに。
 おとなのキスの味を教えてくれたのは、宙太パパだった。ハグしてくれた時の、宙太パパの体の暖かかったこと。スリムなのに、すごく頼りがいがあった。
 ――ああ、もう一度、ハグして。そして、キスして……。
 それが無理なら、せめて、声だけでも聞かせて。
 でも、もう、かなわない望みだよね。宙太パパの気持ちは、きっと、星子ママのほうにいっちゃっている。
 うううっ、妬ける。ちょっと、変だけどね、星子ママは未来のわたしなんだから。
 でも、ほんと、妬けちゃうんだ。そして、泣けちゃうんだよーっ。
 宙太さーん!
 心の中で叫んだ時、ケータイの着信が鳴った。
「もしもし?……」
 星子、取り出した携帯電話に話しかけた。すると、
「星子さんかい? 僕だよ、宙太だ」
「え?」
「あ、宙太パパのほうだけど」
「!……」
 もう、声は聞けないと思っていたのに。
「君が急にいなくなったわけ、春之介くんから聞いたよ。キミとハニィ、あ、星子ママは同じ次元で一緒にいられないって……」
「……ええ……それで、星子ママは?」
「大丈夫、かなり衰弱しているけど、じきに元気になるさ。今夜中には、星丸や宙美のところへ連れて帰れると思うけどね」
「よかった! 双子ちゃん、大喜びね」
「あ、いや、二人は君がママだと思い込んでいたし、別に変わらないと思うよ」
「だといいけど……」
「これも、君のおかげさ。ほんとに、有難う」
「そんな……」
 なんとか、普通の声で答えようとするけど、涙で詰まってしまう。
「それから、右京君のことだけどさ、あのあと、マサル君が医者と一緒に駆けつけてね、これから病院へ運ぶことになってるから。それと、亜利沙さんのほうは、正当防衛ってことになりそうだな。ただし、ピストルの一件はそれなりの罪になるとは思うけどね」
「そう……でも、右京さん、どうして亜利沙さんの罪を着ようとしたわけ?」
「たぶん、亜利沙さんへの贖罪ってヤツじゃないのかな」
「贖罪?」
「つまりさ、亜利沙さんというフィアンセがいながら、右京君、星子ママを愛してしまったわけだし。そのことで、亜利沙さん、ずいぶん心が傷ついたはずなんだ……」
「……」
 それは、きっと、宙太も同じだろう。ただ、言葉にはしないだけだ。
「それで、罪滅ぼしに亜利沙さんの罪をかぶろうとした……同時に、星子ママへの想いも断ちきれると、そう思ったんじゃないのかな」
「……」
 右京の心の優しさが、星子にも伝わってくる。女泣かせの貴公子に見えるけど、すごく純粋な生き方をする男なんだ。
「とにかく、これでもう、すべては片付いたわけだ。もう一度、君にお礼をいわせて貰わないとね」
「そんな……わたしこそ、すごく楽しい思いをさせて貰って……」
「いやいや、僕のほうこそ、すごく楽しかったよ。君とのデート、もう、最高だった。なんていうか、三年前に戻ったみたいでさ……そうそう、キスの味もね……」
「宙太さんったら」
「おっと、ゴメンゴメン」
 宙太の声、明るくはじけた。
 ……そう、宙太パパのキスのこと、一生の想い出よね。唇が、忘れないから……。
「だけどさ、ほんとは……」
「え?」
「もう一度、君と二人きりで話をしたかったよ。ちゃんと、君の顔を見ながらね」
「わたしも……」
「でもさ、星子ママが戻ってきたし、それはもう出来ないんだ。すでに、僕は三年後の世界へ戻りかけているしね……」
「!……」
「これで、お別れだね、三年前の星子さんとは……もう、会うことはないだろうな……」
 宙太の声、寂しそうだった。
 星子も、すごく寂しい。また、涙があふれてくる。
「……わたし、忘れない……宙太さんや双子ちゃんのこと、忘れないから……永遠に……」
「ちょっと、星子さん。いずれ、君は僕と結婚して……双子ちゃんのママに……永遠に忘れないなんて、そんな……星子さん……」
 宙太の声、急に聞こえなくなってきた。
「宙太さん?……もしもし、ね、宙太さん?」 
 星子、懸命に呼び掛けた。でも、雑音が入って、宙太の声は聞き取れない。
 それでも、かすかに、
「あ、もう、お別れだ……さよなら……さよなら、ハニィ……愛してるよ……愛してる……」
 宙太の声、消えていった。同時に携帯電話の画面も暗くなった。
「宙太さん!……宙太さん……」
 星子、携帯電話を握り締めたまま、ワァーッと泣き崩れた。
 その時、ふいに星子のまわりにまばゆい光りの帯があらわれ、たちまち、光の柱となって星子を包み込んだ。
 まぶしい! 目が、目が回る!
 なによ、何が起こったの!
 星子、必死にもがきながら、光の柱の外へ逃げようとした。でも、体は思うように動かない。
「助けて! 助けてーっ」
 大声で叫びながら、星子、次第に気を失っていった。


                      (エピローグへ)



追記 あと一回、エピローグがあります。よろしくです。 

         (4−2)


「亜利沙さんっ」
「亜利沙!」
 星子も右京も、ハッとなった。
 でも、宙太は相変わらず平静な顔だ。
「おっと、似合わないな、そういうスタイルは。見なかったことにするから、ピストルはバックに戻した方がいいと思うけどね」
「いいえ、出来ないわ!」
 亜利沙、声を震わせた。拳銃を持つ手も、小刻みに震えている。宙太が何とか落ち着かせようとしても、効き目はないようだった。
 ああ、もう、大変なことになりそう。星子が茫然と立ちすくんでいると、
「星子さん、お願いがあるの」
「え?」
 亜利沙、拳銃を宙太に向けたままで星子にいった。
「右京さんを連れて逃げて」
「えっ」
 いきなり、なに、って感じ。
「亜利沙っ」
 右京も、愕然と亜利沙を見た。
「バカなことをいうな!」
「ううん、あなたのためよ。星子さんなら、きっと、あなたの病気を……でも、このままじゃ、あなたはあたしをかばった罪で捕まるわ、きっと!」
「でも、ここにいるのは、三年前の星子さんなんだ! 僕の知っている星子さんは、光る壁の中に閉じ込められたままだって、さっき、星子さんから聞いたばかりじゃないか!」
「でも、星子さんに変わりはないわ。時間がたてば、同じ星子さんになれるわ!」
「いや、それはないよ! 僕が愛したのは、あくまで、別の星子さんだ。なんとか、光る壁の中から助けてやらないと!……なんとかして……」
 右京、苦しそうに息を吐きながら、それでも、必死の思いを顔に浮かべた。
「でも、僕のためじゃない、星子さんを……美空刑事と子供達のところへ帰してやりたい!そのためなんだよ!……」
「右京さんっ」
「なぁ、警部……」
 右京、何度か咳込んだあとで、宙太を見た。
「すまなかった、本当に……星子さんのことで、君を苦しめて。ずいぶん、僕を恨んだだろうな……」
「あ、いや……」
 宙太、当惑したようにいった。
「そりゃ、正直いって、いい気持はしなかったけどさ。星子さんのハートをとりこにされたわけだし。でも、君はぎりぎりのところでこらえてくれたじゃないか。今さら、君を恨むとか責めるとか、そういう話じゃないぜ」
「警部……でも、それじゃ、僕の気持ちがすまないんだ。お詫びというわけじゃないが、星子さんを光る壁の中から何とか助け出して見せるから……」
「いや、無理だよ、君のその体では。それに、今さっき君があんなに必死になって演奏しても、星子さんは姿を見せなかったじゃないか」
「いや、今度こそ、きっとな! 僕の命に代えても必ず!……」
 そういいながら、右京、もう一度、ピアノに向かおうとしたが、再び激しく咳込むと、苦しそうにソファに座りこんだ。
「右京さん……」
 星子、つらくて見ていられない。
 亜利沙も、拳銃を構えたまま、唇を噛みしめている。
 すると、宙太がつかつかとピアノに近づくと、椅子に座り、鍵盤の上に手を置いた。
「宙太さん?」
 唖然と見た星子に、
「右京君のようにうまく弾けないけどさ、一応、ピアノの練習はしていたんだ。星丸と宙美に聞かせてやりたくてね」
「双子ちゃんに?」
「星子ママの代わりさ。カノジョ、二人によく弾いて聞かせていたからね」
「ほんと? でも、わたし、ピアノは小さい頃習っただけで、途中でやめちゃったけど……」
「それがさ、二人に子守唄を聞かせてやるんだって、一生懸命に練習したわけ」
 そうだったのか。
「あの時の子守唄、もしかしたら、双子ちゃんだけじゃなくて、カノジョにも届くかも知れない。そう思って、僕も練習したってわけさ」
 宙太、微笑むと、鍵盤を叩きはじめた。
 ……あ……。
 昔、ピアノを習った時、弾いた曲だ。たしか、アニメ映画の中で歌われた子守唄で、なんとか頑張って覚えたけど、発表会で失敗して、そのせいでピアノのレッスンをやめてしまったっけ。
 あの時の子守唄を、星子ママ、双子ちゃんに弾いて聞かせていたんだ。そして、星子ママがいなくなったあと、宙太さんが双子ちゃんに……なんだか、ジーンときちゃう。
 宙太の演奏、はじめはなんとなくたどたどしかったけど、繰り返すうちに気持ちのこもった演奏になった。
 穏やかで暖かい、我が子を思う母の気持ちがじんわりと伝わってくる。
 右京の弾く超技巧の華麗なピアノ曲とは違う、しみじみとした演奏で、宙太の思い、やさしさがあふれている。
 双子ちゃん達も、宙太のピアノの子守唄を聞くことで、ママのいない寂しさを忘れてお眠り出来たんだろうな……。
 そんなことを思うと、もう、胸が一杯になって、涙がこぼれそう。
 そっと目頭を押さえた時だった。
 部屋の片隅の暗がりから、一条の光りがあらわれ、次第に広がりはじめた。
「!……」
 星子だけじゃない、右京と亜利沙もハッとその光へ目をやった。
 やがて、一段とまばゆくなった光の中に、人影のようなものが……星子ママだ、間違いない、星子ママの姿が浮かび上がった。
 宙太の気持ちが、子守唄のピアノ演奏に乗って星子ママの心に届き、星子ママを呼び寄せたのだ。
 もう少し、もう少しで星子ママは光の壁から出てこられる。宙太もそう思ったのか、気持ちを一段と強く込めてピアノを弾いていく。
「がんばって、星子ママ! もう少しよ!」
 星子、光の壁に近づいて手を差し伸べた。
「さぁ、つかまって! わたしの手につかまるのよ!」
 そういいながら、光の壁に手を突っ込もうとした時だった。いきなり、背後から腕を掴まれ、引っ張られた。
 ハッと振り向くと、そこには、春之介が立っている。
「は、春ちゃん!」
 いつの間にか、春之介もここへきていたのだ。その春之介、真剣な顔で星子を見つめた。
「星子ちゃん、ダメよ。星子ママに手を触れては、いけないわ!」
「えっ」
「それだけじゃないの、直接っていうか、同じ時間と場所で顔を会わせてもダメ! ぜったいにね!」
「どうして? ね?」
「それはね、あなたが……ううん、あなただけじゃない、星子ママもね。二人とも、この世から……消えてなくなるから……」
「ええっ」
 一瞬、星子の息がとまった。


                         (つづく)


追記 文字数がオーバーしてしまい、一回では送れませんでした。すいません。いよいよ、次回は最終回かな。泣ける話になるといいけど、でも、ちょっとコワイ話も……お楽しみに。
 ご心配かけましたが、家内が退院しました。でも、これからが大変。連日のリハビリ通いが当分続きそうです。、

                4

「宙太さんっ」
 星子、一瞬、顔をこわばらせた。
 気づいた右京と亜利沙も、ハッと息をのんだ。
 ローソクの明かりに照らされた宙太の表情は、いつものリラックスしたネアカ顔、ほら、
「ハーイ、ハニィ!」っていう、あの人なつこいたれ目顔の宙太とは別人のようだった。
ということは、独身宙太じゃなくて宙太パパのほうだ。
「宙太さん、どうしてここが……」
 星子、どうにか気持ちを落ち着かせながら宙太を見た。
「わたしのあとを、つけてたってわけ? そうなのね?」
「すまない……」
 宙太、小声でいった。
 星子、宙太には知られないように、春之介に口止めしたあと、こっそりと出かけてきたつもりだった。それに、亜利沙もあれ程警戒していたのに、宙太はしっかりとあとをつけていたらしい。
「あ、断っとくけど、春之介君は関係ないぜ。カレ、一生懸命、君をかばっていたし、あくまで僕のカンだからね」
そういうことですか。
「ごめんなさい、黙って出かけたりして……」
 星子、申し訳なさそうにいった。
「いいんだよ、君の気持ちはよくわかってるから。つまり、星子ママを助けたいってことだろ」
「宙太さん……」
「星子ママを助けるには、右京君の力がいる。でも、僕は刑事だし犯人を逮捕するのが僕の仕事だ。だから、僕には黙って出かけた……そうだね」
「……」
「たしかに、どんな事情があろうと、仕事が優先、残念ながら、僕の体にはデカの匂いが染みついちゃっているわけ、悲しいけどね」
 宙太、ちらっと苦笑すると、
「でも、それだけじゃないぜ、ここへきたのは右京君のためでもあるってことさ」
「え?」
 宙太、右京を見つめながらいった。
「右京君、容態はかなり悪いようだし、一刻も早く病院へ戻さないとね。それで……」
「ほっといてくれ!」
 右京、端正な顔を引きつらせながらいった。
「僕の体なんか、どうなってもいい! 自業自得、人殺しには野垂れ死がふさわしいんだ!」
「おや、弁護士にはあるまじきセリフだな」
「うるさい! 逮捕出来るものならやってみろ! どこまでも逃げて見せるからな!」
「右京君っ」
 宙太が右京に近づこうとした瞬間、
「待って!」
 亜利沙が、鋭い声で叫んだ。
「右京さんは、やっていないわ。犯人はこのあたしよ!」
「亜利沙っ」
 右京、亜利沙を制止しながら、宙太に目をやった。でも、宙太は別に驚いた顔もしないでいった。
「そのセリフを聞きたかったんだ」
「宙太さんっ」
 宙太、軽く鼻をこすったあと、真顔で亜利沙を見た。
「じつをいうと、三日月刑事がいろいろと調べた結果、最近になって亜利沙さんの名前が捜査線上に上がってきたんだ」
「なにっ」
 右京の顔、こわばった。
 マサルさんって、ほんと、宙太さんにとって頼りになる部下なんだ。
「事件が起きたのは、もう、三年ほど前になるけどね……」
 そう、星子には現在時間の事件に思えるけど、ここにいる宙太や右京、亜利沙にとってはほぼ三年前の出来事になる。
「あの時、下北沢のコインパーキングに停めた車の中で殺された人物、つまり、右京君の先輩に当たる佐々木弁護士だけどさ、当時は拳銃強盗による犯行ってことで捜査本部が作られて、大々的に捜査がおこなわれたよね」
「……」
「でも、イマイチ、納得がいかなくて、僕と三日月君で独自に捜査したところ、意外なことが浮かび上がってきたんだ」
 宙太、咳払いすると、話を続けた。
「亜利沙さん、君の父親は暴力団系の会社の幹部で、恐喝と詐欺事件の主犯として現在、服役中だよね」
「……」
 そうか、亜利沙さんの父親って、そういう人なんだ。華やかな美しい姿からは、ちょっと想像できない。
「そのお父さんの弁護を引き受けたのが、会社の顧問弁護士をしている佐々木さんだった。ところが、佐々木弁護士は君に法外な要求をしてきたんだ……お父さんを無実にしてあげるから、自分のいうことを聞け。もし、断るのならお父さんが不利になる証拠を裁判所に提出するってね……そうだろう?」
「……」
 ひどい。星子、聞いているだけで腹が立ってきた。
「それで、思い余った君は、佐々木弁護士を殺そうと決意すると、事件当日、佐々木弁護士の車に乗り、誘われるままホテルへ行くと見せて、途中の車内で、用意した拳銃を使い佐々木弁護士を射殺した。凶器の拳銃は、君の父親が隠し持っていた拳銃じゃないかな。薬莢の線条痕からわかったことだけどね」
「……」
 すごい、宙太さん、そこまで調べていたんだ。たしかに、暴力団の幹部なら、ピストルを隠し持っているかもね。
「で、そのあと、君は佐々木弁護士の車を下北沢のコインパーキングへ入れると、拳銃強盗の犯行に見せかける細工をした……という推理が成り立つんだけどね、どうだい?」
「……」
 亜利沙、答えずに黙っている。でも、事実のようだった。
 すると、右京が「違う!」と、激しい口調でいった。
「佐々木弁護士を殺したのは、この僕だ。亜利沙には殺意はなかった。拳銃を持ち出したのも、あくまで、万一の場合、身を守るためだったんだ。ところが、彼女は拳銃を取り上げられ、その上、レイプされそうになったので、駆けつけた僕が佐々木弁護士から拳銃を取り上げて撃ち殺したんだ!」
「いいえ、右京さんはあたしをかばっているだけよ。あたしがやったの、間違いないわ!」
 亜利沙、右京を押しのけるようにして、宙太と向かい合った。
「じゃ、証拠は?」
 宙太、あくまで、冷静な顔だ。
「証拠を見せて貰わないとね。どう、あるわけ?」
「ええ、あるわ」
 頷いた亜利沙、手元のハンドバックを開いてハンカチの包みを取り出した。その包みが解けると、黒光りする物が……拳銃だった。
「!……」
 星子の体に、ブルッと震えが走った。まさか、亜利沙がこんな恐ろしい物を持っていたなんて。
「なるほど」
 宙太、なんとか平静を装いながらいった。
「そのピストルで、佐々木弁護士を撃ったってことかい」
「そうよ、あたしが持っているのが、何よりの証拠でしょ」
「そうじゃない、僕が亜利沙に預かって貰っていただけだ!」
「いいえ、あたしが……」
「違う!」
「はいはい、そこまで!」
 宙太、パッと両手を広げて、二人を制止した。
「あとのことは、おまかせってことで。とにかく、その証拠物件を預からせて頂きましょうか」
 そういいながら、亜利沙に近づいた瞬間だった。亜利沙が、拳銃を掴み、銃口を宙太に向けた。
「近づかないで!」


(4−2につづく)

               3

 ――右京さん……でも、ほんとにこの人が……。
 一瞬、見間違えたのかと思えるほど、右京の顔はやつれはてていた。
 下北沢の駐車場、殺人事件のあった現場近くで見かけた時の右京は、純白のマフラーを風になびかせ、颯爽と外車のスポーツカーを走らせる、甘いマスクの貴公子そのものカッコいい人だった。切れ長で睫毛の長い哀愁をたたえた瞳で見つめられた時には、星子、それこそ、体中がジーンとしびれて腰が抜けそうなくらいだった。
 せも、今、星子の眼前にいる右京は、髪が乱れて頬はげっそりとこけ落ち、色あせた唇の端には、一筋の赤黒い血がこびりついている。体全体からも生気は消えて、目だけがぎらぎらと怖いくらいの光りを放っていた。
 その目が、星子に向けられた。
 射すくめられるような気がして立ちすくんだ次の瞬間、右京の双眸から鋭い眼光が消えた。そして、戸惑うようにかすかに首を振り、目に手をやったあと、あらためて星子を見据えた。
「……星子さん……」
 右京、あえぐような声でつぶやいた。
 瞬きもしないで見つめる右京の目に涙がにじみ、睫毛を濡らしながら頬へこぼれ落ちていく。
 ――そんなに、星子ママのことを……。
星子、胸の中に熱いものが吹きあげてきた。
「でも、なぜ……」
 右京、ピアノに手をつきながら立ち上がると、星子を見つめた。
「なぜ、君がここに……」
「……」
 どう答えていいのだろう。
すると、亜利沙が星子を助けるようにいった。
「あたしが、星子さんを連れてきたの」
「君が?なんで、そんな余計なことを……なぜだ!」
 右京、いきなり、亜利沙の胸倉を掴み、険しい顔で睨みつけた。今にも、亜利沙を殴りつけそうな感じだ。
「右京さんっ」
 星子、驚いてかけよると、亜利沙を背中にかばうようにして右京を睨みつけた。
「なにするんですか! 亜利沙さんは、あなたのことを心配して、わたしを……それだけなんです!」
「いいのよ、星子さん」
「でも!」
「ほんとに、いいの。右京さんが怒るのも当然なんだから」
「亜利沙さん……」
「そうよ、あたしが余計なことをしたから……」
「余計なこと?」
 亜利沙、頷くと、しみじみと星子を見つめた。
「もう、半年ほど前になるかしらね、右京さんが偽名で入院していた知り合いの病院に、あなたが訪ねてきたのは……」
「え?」
 ということは、半年前に星子ママは右京さんの居所を突き止め、会ったわけだ。
「あの時のあなた、今とは別人のようにやつれていて……なんでも、右京さんをさがしてヨーロッパを旅している途中、交通事故にあって記憶をなくしたとか……」
「!……」
 星子ママが、交通事故で記憶を失った?
 そんなつらい目にあっていたんだ。
「でも、半年前にやっと記憶が戻った時、右京さんは重い肺の病気にかかって日本へ帰ったと分かった。それで、あとを追ってきたんだって……あなた、そういってたわね」
「……」
「でも、やっと居所がわかったのに、右京さんは会おうとはしなかった。いくら、あなたが頼んでも駄目だったわね……あの時、病院の外で吹雪に吹かれながら、泣きながら立ち尽くしていたあなたの姿、あたし、まだはっきりと覚えている……」
「……」
「あなたが、どんなにつらかったか……でも、あたしにも意地があったの、右京さんはあたしのフィアンセなんだからって……だから、見て見ぬふりをしていたのよ」
「……」
「でも、その気持ちも右京さんには通じなかったわ。くやしいけど……」
 亜利沙、寂しそうにほほ笑んだ。
「右京さんはね、あなたを愛してる、心から……それでも、あなたを追い返した理由は二つあるのよ。一つは、親友の宙太さんを裏切れないってこと」
「え?」
「右京さんにとって、宙太さんは刑事と弁護士というライバル関係よ。でも、仕事を離れれば、お互い、心と心が通じる大事な友達だって……その宙太さんから、あなたを奪うわけにはいかないって……」
「……」
 そうか、そうだよね。
「もう一つの理由は、自分は殺人事件の容疑者だから、星子さんを巻き込むわけにはいかないって……それで、あなたを宙太さんやお子さん達のところへ帰そうとしたのよ、それがあなたの幸せのためなんだからって……」

「……」
 なんて、やさしい人なんだろ。胸の中が熱くなってくる。
「でもね、違うのよ……右京さんは、容疑者なんかじゃないの……」
「え?」
「いうな!」
 右京、険しい顔で亜利沙を睨んだ。
「いいえ、いわせて! あなたのほんとの気持ちを星子さんに知って欲しいの。さもないと、星子さん、あなたを恨んだままで……じつはね、星子さん、ほんとはあたしが……」
「!……」
「いうなといってるんだ!」
 亜利沙につかみかかろうとした時、右京、再び、激しく咳込んだ。そして、ピアノの椅子に崩れるように座り込んだ。
 亜利沙、急いで近くの棚から薬瓶を取り出して、右京に薬を飲ませた。
 かなり、具合が悪いようだ。見ているだけでも、つらくなってくる。
 だけど、亜利沙さん、なにをいおうとしたんだろう。もしかして、自分が犯人だって……だとすると、右京さんは……いったい、どういうことなの。
 頭の中が混乱してくるけど、今心配なのは右京さんの体の具合だ。
「病院へ戻った方がいいんじゃ……ね、亜利沙さん?」
「そうはいかないのよ。じつはね、警察にわかってしまったの、病院のことが。それで、逃げ出して、あちこち、さまよったあと、この家を見つけて隠れたってわけ……」
「でも、もう、無理です。宙太さんに連絡して,自首したほうが……」
「ううん、右京さんが駄目だって……どうせ、助からない命だから、このままでいいって……」
「そんな!」
「もう、あたしにはどうにも出来ないの、どうにも……」
 亜利沙、涙をぬぐった。
「でもね、星子さんなら……そうよ、あなたなら、右京さんを助けられるかも……そう思って、あなたに連絡したのよ」
「亜利沙さん……」
「ね、星子さん、お願い、右京さんのそばにいてあげて。あなたなら、もしかしたら、奇跡が……そうよ、奇跡が起こせるわ。きっと!」
 亜利沙、星子の手を掴むと、すがるように見つめた。
 ああ、もう、どうしてこういうことになるわけ。
 星子、たまらなくなって、顔を伏せた。こうなったら、ほんとのことをいうしかない。
「ごめんなさい、わたし……違うんです……」
「え?」
「わたしは、星子ママじゃないんです……宙太さんの奥さんじゃないんです!」
「そんな……」
 右京も、唖然とした顔で星子を見た。
「星子さんじゃない?」
「あ、いえ、星子です、わたし。でも、星子ママじゃないんです! ほんとの星子ママは、今、別のところに閉じ込められているんです!」
「なんだって?……」
「わたしは、三年前の星子……あ、いえ、今の時間が三年後で、星子ママは……」
「ちょっと、星子さん、あなた、なにをいってるの?」
 亜利沙、とがめるように見た。
「星子ママとか、三年後とか、どういうこと? 右京さんのことには、かかわりたくないってわけ?」
「違う、そうじゃなくって……」
「でもね……」
「待てよ、亜利沙、とにかく、話を聞こうじゃないか。さぁ、君……」
 右京に促されて、星子、話しはじめた。どこまで信じて貰えるかわからないが、とにかく、話すしかなかった。
「……じゃ、その光る壁の中に……」
 話を聞き終えた右京、茫然とした顔でつぶやくようにいった。
「閉じ込められているのは、美空警部の奥さん、つまり、三年後の君ということか……」
「はい」
「じゃ、今、あなたの前にいるあたしも右京さんも、あなたにとっては三年後のあたしと右京さんなのね……」
「ええ」
「……」
「……」
 右京と亜利沙、まだ、釈然としない感じで顔を見合わせた。
「もし、そうだとしても……」
 右京、咳をこらえながらいった。
「どうやったら、星子さんを光る壁の中から助け出せるんだ……なにか、方法はあるのかい?」
「……」
 それがわかれば、嬉しいんだけど。今のところは、全く手がかりが……。
星子、歯噛みしながら、ふと、ピアノを見た。
この前、わたしのケータイから聞こえてきたピアノの調べは、右京さんがこのピアノで弾いていたのね。あの時、右京さんは星子ママに自分の想いを伝えようとしていたんだ。だけど、肝心の星子ママのケータイには届いていないかも……。
そうだわ! 
星子、右京にいった。
「星子ママに、もう一度ピアノを聞かせてあげて下さい!」
「ん?」
「この前は、わたしのケータイに繋がってしまったんです。でも、今度は電源切りますから。そうすれば、きっと、星子ママのケータイにつながるかも……」
「しかし、光の壁の中まで届くかどうか……」
「きっと、届きます! 右京さんが気持ちを込めて弾いてくれれば、きっと!」
「星子さんのいうとおりよ。弾いてみて、右京さん」
「……」
 頷いた右京、携帯電話を掴んで通話ボタンを押すとピアノの上に置き、椅子に座りなおした。
 星子、急いで携帯電話の電源を切ると、祈るように右京の背中を見つめた。
 じきに、右京の細くしなやかな指が、ピアノの鍵盤を愛撫するように叩きはじめた。
 この前、星子のケータイから聞こえてきた美しい曲が、ピアノから流れ出す。
 ――どうか、星子ママに届きますように、どうか……。
 星子、祈るように手を胸に当てた。
 それにしても、なんて素敵な演奏だろう。曲は、たぶん、モーツアルトかな、あまりくわしくはないけど、音楽鑑賞の授業で聞いたことがある。まるで、天使が戯れているような、美しくて透明で崇高な、そして、きわめて繊細な音楽だ。かなりのテクニシャンじゃないと、とても弾きこなせない。その曲を、右京、流れるように、歌い上げるように、演奏していった。途中で、何度か咳込みかけたけど、懸命にこらえながら演奏を続けた。星子を呼び戻したい、という右京の思いが強くこめられているようだった。
どれくらいたっただろう、右京がいくらピアノを弾き続けても、変わった様子は起こらない。ローソクの明かりだけが点る薄暗い部屋に、ピアノの音色だけが虚しく響くだけだ。
「駄目だ」
 右京、鍵盤をガーンと叩いた。
「星子さんは、もう、ピアノが聞こえないところにいってしまったのかも……きっと、そうだ……」
「右京さん……」
 星子、歯噛みした。
 星子ママを救えないと、右京さんの命も助からない。そして、双子ちゃんや宙太さんも、永久に星子ママと一緒に暮らせなくなる。
 そんな悲しいことって、あってはいけない。ぜったいに、いやだ。
 でも、どうにも出来ない、どうにも。
 星子が吐息をついた、その時だった。 
 ヒラリ、と、蝶が……鮮やかに舞いながら、ピアノの上に……いや、蝶ではない、トランプだ。
 星子がハッと振り向くと、ローソクの明かりに、すらりとした人影が浮かんでいる。
 ――宙太、だった……。

                        (つづく)



追記  今回はいろいろあって大変でしたが、なんとかクライマックスが見えてきたようです。ラストシークエンスに向かって頑張ってみます。

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星子&宙太yyy
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