星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

おかえりママに薔薇のキス

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

                2

 ――すっごい人混み……。
 星子、思わずため息をついた。丁度、夕方から夜にかけてのラッシュ時ということもあって、新宿駅の構内は行き交う人々でかなりの混雑だ。
 帰宅する学生や会社員、遊びにきた人達、夜のお仕事に出勤する人達、その他ありとあらゆる階層の老若男女で、もう、むんむん、わんわんしちゃっている。
 なにしろ、新宿駅の利用者は、一日になんと約三百五十万人。日本一はもちろんのこと、ギネスブックにも認定された世界一乗降客が多い駅だ。
 乗り入れている鉄道だって、JRに私鉄、地下鉄、もう、沢山あり過ぎて数えられない。その一つ山手線に乗って、星子、渋谷から新宿へ。途中には原宿駅もあるし、わいわいがやがや、大混雑の車内でもみくちゃ。
 背中のリュックの中でゴンベエがペッチャンコに……っていいたいけど、ゴンベエは連れてこない。双子ちゃんの子守りに残してきたわけ。役に立ちそうにもないけどね。
それはさておき、新宿駅に着いたのは、七時四十五分。亜利沙さんと待ち合わせた時間の七時五十分まであと五分足らずだ。
 大急ぎで階段を駆け上がり、まるでサッカー選手のように右に左に人混みをかわして10番ホームへの降り口をさがす。
 ありました。10番ホームは中央本線の特急列車専用のホームじゃないですか。どうしてこんな所で待ち合わせるんだろう。
 そう思いながらホームへ降りると、10番線には20時丁度発の特急「スーパーあずさ33号」が停まっている。もうじき発車ということもあってか、乗客たちが急ぎ足で乗り込んでいる。
 亜利沙さんは、どこ? どこにいるわけ?
 星子が懸命に見回しているうちに、時計の針は約束の夜七時五十分を過ぎていった。そして、間もなく列車の発車を知らせるチャイムが、せわしなく鳴りだした。
 その時だった。ポケットの携帯電話から着信音が流れ出した。
 急いで携帯電話を取り出す。着信番号は亜利沙からだ。
「もしもし? 亜利沙さん?」
 星子が話しかけると、
「星子さん、急いで乗って! 早く!」
 亜利沙の声が、聞こえてきた。
「え? でも、どうして?」
「あとでわかるわ。とにかく、早く乗って! 早く!」
 発車チャイムは鳴り終わり、じきにドアが閉まろうとしている。
 星子、あわてて近くのドアに走ると、デッキに飛び乗った。その直後、ドアが閉まって、列車は動き出した。
 ホッと一息ついていると、亜利沙の声が携帯電話から流れた。
「7号車の3Aの座席にきてちょうだい。あ、それから、電話切らないで。このままね、いいわね?」
 はい、はい。
 次から次へと指示されて、ちょっと面白くないけど、この際、ガマンだ。7号車の3Aへきてということは、そこに亜利沙がいるってことかもしれない。
 星子、緊張した顔で7号車へ向かった。車内はほとんど満席だ。帰宅時間の中央線特急って混むよね。
 7号車に入って、座席番号を確認する。3Aの番号の座席はじきに見つかったけど、空席だ。亜利沙の姿は見当たらない。
 すると、再び、携帯電話から亜利沙の声が、
「その席に座ってちょうだい。キップが置いてあるから」
「は?」
 たしかに、座席の上には乗車券と座席指定券が置いてある。
 こんな手の込んだことをして、どうして本人は姿を見せないんだろう。星子、首をかしげながら座席に座った。
 乗車券の行き先は、甲府になっている。
 なんで、甲府なの? そこに、もしかして、右京さんがいるわけ?
 列車はスピードを上げて、窓の外には街の明かりがどんどん流れていく。
 宙太さん、怒ってるだろうな。私が勝手に飛び出したりして。春ちゃんが説明してくれるっていってたけど、納得してくれるかどうか。
 それに、星丸クンと宙美ちゃんのことも、すっごく気がかりだ。せっかくのパーティをすっぽかしたわけだし。ああ、もう、思ってるだけで、胸が痛くなってくる。
 でも、これも宙太さんや双子ちゃんのためなんだ。星子ママを光の壁の中から救い出すには、右京さんの力を借りるしかない。
 そう、星子ママの右京さんへの想い、そして、右京さんの星子ママへの想い、一つにつながったその思いだけが星子ママを助け出せる命綱なんだ。そんな気がする。そのためにも、まず、わたしが右京さんを助けなくては。
 星子、ギュッと唇をかみしめた。
 夜闇の中を一時間ほど走って、列車は大月駅のホームに滑り込んだ。大月を発車すれば三十分ほどで甲府に着く。
 もう少しね、と、背中をのばした時、携帯電話に亜利沙から着信が入った。
「星子さん、すぐ降りて!」
「え?」
「早く! 早くして!」
 んもぅ、またですか。
 星子、大慌てでリュックを掴み、デッキへ。ドアが閉まる寸前、ホームへ飛び降りた。
 すると、またもや、亜利沙の声が携帯電話から流れた。
「星子さん、隣りのホームに河口湖行きの電車が停まってるでしょ。急いで乗り換えてちょうだい」
「ちょっと、待って下さいっ」
 星子、ムッとなった。
「行き先は甲府じゃなかったんですか? いい加減にしてください!」
「ごめんなさい。はじめから大月で降りて、河口湖行きの各駅停車に乗って欲しかったの」
「そんな!」
「とにかく、早く乗って。お願いね」
 いいたことだけいって、電話は切れた。
 うううっ。
 なんて、オンナだろ。もう、アタマにきたっ。このまま、帰ってやろうかと思ったけど、ガマン、ガマンの星子さんだ。
 渋々乗り込んだ電車、間もなく発車。車内はほどほどに混んでいる。今さっきまで新型の特急列車に乗っていたので、かなりランクは落ちるよね。でも、この電車、新宿発の通勤快速なんだよね。新宿を発車したのは、星子が乗ってきた「スーパーあずさ33号」よりも三十分ほど早いけど、大月で追いつかれたってわけ。
 電車は、中央線と別れて私鉄の富士急行線の線路へと入った。富士急行線は、富士山や富士五湖の観光で大活躍している路線だよね。週末や休日は観光客がいっぱいだけど、今は通勤客や通学客がほとんど。それも、駅に着くたびにどんどん降りていって、車内はかなり空いてきた。
 車窓は、ほとんど真っ暗だし、心細くなってくる。途中にはリニア実験線の高架橋が見えるはずだけど、見当もつかない。
この先、どういうことになるのか、不安がいっぱいだ。でも、とにかく、右京さんに会わなくては、という気持ちがなんとか支えてくれる。
途中、亜利沙からの指示はなにもないまま、終点の河口湖駅に到着。もう、夜の十時過ぎですよ。駅前は閑散としているし、ぽつんと一人で立っていると、心細いのなんのって。
引き返そうとしても、ちょっと前に最終電車が発車して、もう、おしまい。
まさか、ここで野宿でもしろってか。サイアク。泣きたい。
そう思った時、一台の黒いワゴンが星子の前に横付けされた。運転席には、女の人が……明かりに浮かんだ顔は、亜利沙だった。
 やっと、あらわれたわね。
 星子が憮然とした顔で見ると、
「あなた、星子さんよね?」
 亜利沙、確かめるように星子を見た。
 なによ、人を呼びつけておいて、そのいいかた。ますます、不愉快になってくる。
「さ、乗ってちょうだい」
「……」
 星子、ふくれっ面のままで助手席のドアを開けて乗り込んだ。
「ごめんなさいね、思ったより若く見えたから。まるで、高校生見たいで……」
 亜利沙、ハンドルを握りながらいった。
 当り前よ。わたし、高校生ですっ。
 そう怒鳴ってやろうと思ったけど、そうか、亜利沙さんはわたしが星子ママだと勘違いしているんだ。
「だけど、不愉快だったでしょ。携帯電話であれこれ指示されて。ほんとに、御免なさいね」
「どういうことなんですか、いったい」
「もしかしたら、あなた、宙太さんに後をつけられてるかも、と思って」
「宙太さんに?」
「ええ、右京さんの居所を突き止めるためにあなたを泳がせる、刑事なら当然よね」
「そんなぁ」
 星子、キッとなった。
「たしかに、宙太さんは刑事よっ。でも、仕事のためにわたしを泳がせるなんて……そういうことは出来ない人です! あの人、すごく優しくて、いい人なんですから!」
「星子さん……」
「あ、ごめんなさい、大きな声を……」
「いいのよ、あたしのほうこそ謝らなくっちゃ。あなたって、ほんとに宙太さんのことを愛しているのね。でなきゃ、そこまでいえないわ」
「ええっ」
「それなのに、どうして……どうして、あなた、右京さんのことを……」
「待って!」
 星子、あわてて首を振った。
「ち、ちがいます! わたしは、別に右京さんのことなんか……わたしは、星子ママじゃないんです! 別の、ううん、三年前の星子なんです!」
「星子さん……」
 亜利沙、吐息まじりにいった。
「あたしに気を使って、そういってくれてるのね」
「ううん、そうじゃなくって……」
「いいのよ、もう、そのことは……」
「でも!」
「ほんとに、いいから、星子さん。とにかく、今の右京さんを助けられるのは、あなただけ、あなただけなのよ」
「亜利沙さんっ」
 いいかけた瞬間、星子、ハッと言葉を飲み込んだ。亜利沙の目には涙が光り、頬へと伝わっていた。
 ――亜利沙さんは、右京さんを愛してる。心底、愛してるんだ……。
 星子、鼻の中がつーんとなって、車窓へ目を向けた。
 車はそれから三十分ほど暗闇を走り続けたあと、湖畔に着いた。富士山には五つの湖があるけど、どの湖だろうか。湖面は月明かりに光って、幻想的な景色が広がっている。
 亜利沙に促されて車から降りると、近くに一軒の建物が見える。廃屋になった別荘なのだろうか、灯はなく、不気味に静まり返っていた。
 湖面から吹いてくる冷たい風に、星子が体をすぼめた時だった。
 ピアノの音が……静かなピアノの調べが、廃屋の中から聞こえてきた。
 その音色は、この前、星子の携帯電話から聞こえてきた、あの切ないほど美しいピアノの調べと、同じだった。
「さ、こっちよ」
 亜利沙に案内されて、星子は廃屋の中へ入っていった。
 黴と埃の匂いがする暗い廊下を進むと、前方に薄ぼんやりとした明かりが見えてきた。そこは大広間でローソクの明かりがいくつも灯っている。そして、大広間の中央にはグランドピアノが置かれ、やつれた感じの男の人が背中をかがめ、やっと体を支えるようにして鍵盤と叩いている。
 ふいに咳込んだ男は、ピアノを弾く手を止めて口に手をやった。かなり、苦しそうだ。その指の間から血のような赤いものがにじみ、床へと滴り落ちた。
「あっ」
 亜利沙、急いで駆け寄ると、男の人の背中をさすった。
 男の人、喘ぎながら、亜利沙の手を邪険に払いのけた。その瞬間、額にかかった長髪が分かれて、彫りの深い端正な顔があらわれた。
 右京、だった。



                        (つづく)






追記  予定より少し遅れたようです。申し訳ない。じつは、数日前、家内の手術がありましてね。重い脊髄の病気で足が不自由になり、ほとんど歩行が出来ない状態でしたので。僕もあまり役に立たない主夫兼介護士役をこなしてきたわけです。
 ま、術後の経過はいいようなので、今のところはホッとしています。とたんに、風邪をひたりして。やれやれです。それでなくても、いろいろあって鬱状態だった家内ですので、今後、なんとか元気になってくれればいいのですが。鬱は、うつる。僕も少々、こたえました。
 歳をとると、女性は特に腰と足をやられますからね、皆様はまだお若いでしょうが、今のうちから十分気をつけて下さいね。

            第四部

               1

 ――亜利沙さんから電話が……。
 亜利沙さんは右京さんのフィアンセだ。しかも、宙太さんの話だと右京さんがからんだ殺人事件に関係があって、現在、行方知れずになっているとか。 
星子、汗がにじんだ手で携帯電話を握り締めたまま、茫然と立ち尽くしていた。
 その星子を、春之介がけげんそうに見た。
「星子ちゃん、どうしたの? 電話、誰から?」
「亜利沙さんって人……」
 星子、そっと耳打ちした。
「えっ」
 春之介の表情が、サッとこわばった。
星子、乾いた唇をなめると、携帯電話を握り直した。
「そ、それで、あのぅ……」
 声がかすれて、うまくしゃべれない。
 すると、
「ごめんなさい、突然、電話をかけたりして……」
 亜利沙の声が、ためらいがちに聞こえてきた。
「あなたの電話番号、右京さんのケータイの電話帳にのっていたから……ほんとは、あなたに電話をかけたりしたら、右京さんに叱られるかもしれないけど……でも、どうしても、あなたに助けて欲しくて、それで……」
「助ける?」
 思ってもいない言葉だった。春之介も聞き耳をたてるように顔を近づけた。
「どういうことですか、それって?」
「それが、右京さん……じつは……死にそうなの……」
「えっ」
 亜利沙の声、最後は涙声になっていた。
 星子、春之介と顔を見合わせた。
「死にそうって……」
「体の具合がひどく悪くなって、食べるものも全然受けつけなくて……それでも、ピアノを……あなたのために弾くんだって……」
「!……」
「でも、これ以上つづけるのは、無理なんです。このままでは、命が……でも、いくら、あたしが止めても、右京さん、聞いてくれなくて……」
 亜利沙の声、最後のほうは泣いていた。
 ――この前、ケータイから聞こえてきたピアノの調べ……あれは、右京さんが命を削りながら弾いていたんだ……星子ママ、ううん、三年後のわたしのために……。
 そこまで星子のことを愛してくれている右京。そして、その右京を探し求めて、家族を捨ててまで旅に出た星子ママ。
 星子、胸の中が切ない思いでいっぱいになった。でも、正直、今ひとつ、実感がわかない。なぜ、そこまで激しく愛し合うのだろう。いくら三年後の自分のことだといっても、他人事のようにしか思えなかった。
「でも、助けるといっても……」
 星子、戸惑い気味にいった。
「わたし、どうやったら……ね、どうしたらいいんですか?」
「ピアノを……とにかく、ピアノを弾くのをやめさせて欲しいの。それには、あなたが右京さんに会うしか……」
「わたしが?」
「ええ、それしかないのよ。お願い、星子さん、会ってやって!」
「……」
「右京さんだって、ほんとはあなたに会いたいはずよ。でも、宙太さんや双子ちゃん達との暮らしを壊すわけにはいかないって、それで、あなたへの想いをせめてピアノに……」
「……」
 なんてやさしい人なんだろう、右京さんって。あの貴公子然とした端正で冷たい顔立ちからは、想像も出来ない。
「ね、お願い、星子さん、今すぐ会いにいってあげて!……」
 亜利沙の少し上ずった声が、携帯電話から流れた。
「あなたの気持ちも考えないで勝手なことばかりいってごめんなさい。でも、あなたしか右京さんを救えないの。あたしには、どうすることも……」
「……」
 亜利沙の声には、悔しさと悲しさがこもっている。たしかに、フィアンセなのに右京を助けられず、星子に代わりを頼むなんて、きっと、つらいことだろう。その気持ち、わかってあげたい。助けにいってあげたい。でも、はっきりいって、それは無理だ。
 だって、右京さんに恋しているのは、三年先のわたし。今のわたしは、右京さんに特別な気持ちは抱いていない。たとえ右京さんに会っても、形だけの看病で、心を通わせることは出来ない。
 だったら、一刻も早く星子ママを見つけて、右京さんに会いに行かせるしか……だけど、光の壁に閉じ込められた星子ママをどうやって助け出せるわけ。
 それにですよ、右京さんは殺人事件の容疑者の可能性もあるし、下手にかかわると、とんでもないことになりそうだ。
 無理、絶対に無理ですっ。
 星子、きっぱりと亜利沙にいった……つもりだった。だけど、声にはならなかった。それどころか、まるで、反対のことを口走っていた。
「わかりました、わたしでよければ」
「星子ちゃんっ」
 聞き耳を立てていた春之介が、ハッと星子を見た。
「ほんと? ほんとにいいの、星子さん?」
携帯電話から、ホッとした亜利沙の声が流れた。
「は、はい」
「有難う、星子さん!」
「いいえ、当然のことですから」
 なんて、いっちゃって。  
ああ、わたしって、どうしてこうなのっ。
おせっかいのオッチョコチョイ。もう、サイアク。
ちょっと自己嫌悪になったけど、困った人をほっておけないのが、わたくし、星子のトレードマークとでもいいますか。考えてみれば、未来っていうか、自分の将来がからんだ話ときては、なおさらだよね。
それにね、この際、ハッキリいっておきますけど、わたしとしては、星子ママの生き方には、絶対ハンタイ!
さっき、わたしを星子ママと思って笑顔で迎えてくれた双子ちゃんを見て、わたし、はっきりとわかった。
そりゃ、愛とか恋は大事よ。わたしの生きがいだもんね。だからって、宙太さんのようないいご主人と双子ちゃんのようないい子たちを捨ててまで右京さんのもとへ走るなんて、しかも、亜利沙さんというフィアンセもいるじゃないの。亜利沙さんが今どんなにつらい気持ちか、電話の声を聞いているだけでもよくわかる。その声で、もっとはっきりと気持ちがかたまった。
右京さんを恋するなんて、いけないこと。
というより、許せないっ!
もう一度、いいます。ぜったいに許せません!
恋していい人と、恋してはいけない人がいる。我慢しなきゃいけない時は、歯を食いしばっても、大泣きしても、大食いしても、はん? とにかく、ガマン、我慢だぜ、星子ォ!
ゼェゼェ、ハァハァ。
なんのこっちゃ。
ま、それはともかく、右京さんを救うことは、亜利沙さんのためでもあり、結果的には星子ママのため、わたしの将来のためにもなる。
だって、亜利沙さんと右京さんの仲がもとに戻れば、星子ママも光る壁の中から出られるかも……そんな気がする。
だって、この前、春ちゃんがいってたよね。
星子ママから、春ちゃんのケータイに、「恋してはいけない人を恋したために、バチがあたったのかも」って、いってたそうだし。
もし、そうだとしたら、星子ママも右京さんのことをあきらめて、宙太さんや双子ちゃんのもとへ帰れるはず……ううん、絶対に、帰らせてみせる。
きっとね。
「それで、右京さん、今どこにいるんですか?」
 星子が聞くと、亜利沙、
「電話じゃいえないわ。あたしが案内するから。待ち合わせ場所は、新宿駅の10番ホームで、時間は今夜の七時五十分……」
「えっ」
 星子、腕時計を見た。今、六時四十分だ。急げば間に合うけど、パーティには出れなくなる。双子チャンがあんなに楽しみにしているのに。また、すっぽかすことになるかも……でも、これも双子ちゃんのため。あとで謝ることにして、
「分かりました、すぐ、いきます!」
 そういって、ケータイを切ると、春之介に、
「春ちゃん、お願いっ」
「……星子ちゃん……」
 春之介、一瞬ためらったけど、水晶玉を手に頷いた。
「あなたの気持ちは、読ませて貰ったわ。そうよね、それしかないわねぇ」
「春ちゃん」
「いいわ、あとのことはうまくいっておくから、すぐ出かけて」
「有難う! でも、宙太さんにはホントのことを……」
「ダメダメ、宙太さんは刑事よ。今、マサルさんと一緒に、容疑者の右京さんを探している最中じゃないの!」
「!……」
 そうか、そうだった。
 いくら宙太さんでも、仕事は仕事。星子の思うようにはさせてくれないだろう。
 ごめんなさい、宙太さんっ。
 星子、心の中で宙太に詫びながら、パッと飛び出していった。


                (つづく)



追記 やっとこさ、第四部の始まりです。よろしくお願いします。それにしても、毎日寒いですね。くれぐれも、体調管理には気をつけて。

                5

 ――わ、わたし、三年後に宙太さんと結婚する……そして、双子を産む……名前は、星丸くんと宙美チャン……。
 ――その三年後の世界が、今の時間と空間に重なって、おかしなことが起きた……すべては、それが原因だった……。
 星子、茫然と突っ立っていた。
 ショック、ショックもいいとこ。中でも一番のショックは、星子ママがこのわたしだってこと。
 しかもですよ、その星子ママは、
「……光る壁、そうよ、光る壁に吸い込まれていくのよ……もし、出てこれなくなったらどうなるわけ? 今のわたしも、どうかしちゃうの? ね、宙太さんっ……」
 星子、宙太を見上げた。
「さぁな、どういうことになるのか、見当もつかないけど……」
「もしかして、わたしも星子ママのように光る壁に吸い込まれちゃうとか……やだ、やだ、そんなの! いやっ」
 恐怖で体が震えてくる。
 すると、宙太が星子を抱え込むようにして抱きしめた。
「大丈夫、心配いらないよ」
「でも……」
「僕が守ってあげるから。しっかりと、守ってあげるよ」
「宙太さんっ」
 それでも、まだ、震えが止まらない。
 すると、宙太の両手が星子の頬をそっと押さえ引き寄せると、唇を重ねた。
 暖かくて、柔らかい。
 いつの間にか震えがおさまり、気持ちが落ちついてくる。
 宙太、そっと唇を離すと、微笑みながら星子を見つめた。
「どう、信じてくれるかい?」
「ええ」
 星子、こっくんと頷いた。
「でも、これでもう遠慮することないよね」
「なにが?」
「君にキス! なんせ、三年前の星子さんなんだしさ」
 そうか、そういうことだよね。
「どう、もう一度してみる?」
「え?」
「なんか、イマイチ、ピンとこないしさ。もう一度キスすれば、確かな手ごたえってことになると思うよ」
 そうかも。
だけど、このノリの良さ、そっくり宙太さんに、ううん、今の宙太さんにそっくり。
 あら?
 こんがらかって、わけがわかんない。とにかく、今、わたしの前にいるのは宙太さんなんだ。それでいい。
「んじゃ」
 宙太、あらためて星子を抱きよせると、顔を近づけた。
 星子も、自然と目を閉じて唇を……。
 その瞬間だった。
「ママ!」
「パパ!」
 叫ぶ声が聞こえてきた。
見上げると、宙太の部屋の窓から星丸と宙美が両手をひらひらと振っている。その後ろには、春之介の姿も見える。宙太のいったとおり、双子ちゃん達は家にいたんだ。
「おっ、星丸、宙美、すぐいくからな!」
 宙太、にこやかな顔で手を振ると、星子を促した。
 星子、宙太と並んで歩きだしたけど、なんだか、すっごく緊張してしまう。だって、今までは双子チャンは星子ママが生んだ子供だと思っていたから気持ちも楽だったけど、今度はそうもいかない。なんせ、将来、自分が産む子供達だとわかったわけだしね。
 そんな星子の気持ちを読んだように、宙太、星子の肩を軽く叩いた。
「星子さん、リラックス」
 そうよ、リラックスしないと。
 深呼吸して、宙太のあとから玄関へ入る。
「おかえり、パパ!」
「おかえりなさい、ママ!」
 ドアを開けたとたん、星丸クンが星子にとびつき、宙美チャンが宙太にとびついた。そして、そのあと、
「選手こうたい!」
星丸くんの声で、宙美ちゃんは星子に抱きつき、星丸くんは宙太に抱きついた。
「おかえり、パパ!」
「おかえりなさい、ママ!」
 星丸も宙美も、心底うれしそうな顔で星子と宙太も見上げている。
 ――おかえり、ママっていう言葉、今の星子にはズシンと胸に響いてくる。だって、星子にとって二人は将来生むことになっている子供達なわけだから。
でも、正直、まだ、実感はわいてこなかった。それどころか、戸惑う気持ちのほうが強かった。代理ママのほうが、もっと自然に二人を抱きしめてあげられたかも……ふと、そんなふうに思ってしまう。
 すると、星丸が、
「ママ、どうしたの?」
 心配そうに、星子を見上げた。
 宙美も、同じように星子を心配そうに見た。
「あ、べ、べつに……」
 星子、あわてて、首を振った。
「なんでもないの。ちょっと、疲れただけ」
 ぎこちなく微笑んで見せたが、二人とも、気になる顔で星子を見つめている。カンがいいっていうか、星子に抱きついた時の感触で何かの気配を感じたらしい。
 すかさず、宙太が星子をかばうように、
「そうなんだ、ママ、つかれてるだけさ。それより、すっごい熱烈歓迎だな。どうしちゃったわけ?」
 双子チャンを抱きあげながら、いった。
 すると、星丸くん、
「だってさ、春チャンがへんなこというんだもん」
「春チャンが?」
「うん、ママは急の御用でお出かけしたって」
 つづけて、宙美チャンも、
「そうよ、今夜はおとまりでかえらないって」
「でも、ボクも宙美も、春チャンにいったんだ。そんなことないって。ママはじきに帰ってくるよって」
「そうよ、もう、この前みたいにあたしたちをおいてどこか遠くにいたりしないって」
「やっぱり、ボクたちの勝ちだったね、宙美」
「うん、そうよね」
 星丸と宙美、ニコニコしながら春之介に目をやった。
 その春之介、固い表情で立ったままだ。きっと、星子が戻ってきたことをとがめているに違いない。
 宙太、春之介の様子が気になったようだけど、
「さ、星丸、宙美、パーティの支度しようか」
 その場の雰囲気を和らげようと、双子ちゃんを促した。
「おしごと、だいじょうぶなの、パパ?」
「うん、今夜だけ交代して貰ったから」
「やったぁ!」
 星丸も宙美も、うれしそうにとびはねると、星子に、
「いこ、ママ」
「おてつだいだけでいいよ、ママ」
「あ、はいはい」
「ふっ、よくいうよ」
 宙太、笑いながら双子ちゃんを連れてキッチンへ向かった。
 星子があとを追おうとした瞬間、春之介がいきなり、星子の腕を掴んだ。
「ちょっと、待って」
「ん?」
「星子ちゃん、どういうこと? あたし、確かこういったわよね。もう二度とここへは戻るなって」
「え、ええ……でも……」
「双子チャンたちが気になった、そういいたいわけ?」
「……」
「だけどね、あなたの子供じゃないのよ。ママは別にいるんだから。そうでしょ?」
「……」
「もう一度、いうわ。星丸くんも宙美ちゃんも、あなたの子供じゃ……」
「やめて!」
 星子、たまらずにいった。
「星子ちゃん……」
「……」
 それ以上はいえない。胸がいっぱいになって、言葉にならない。ふいに、星子の目から涙がこぼれた。
「星子ちゃん……あなた……」
 春之介、ハッと見つめた。
「あなた、わかったわけね、二人が将来、自分の生む子供だってことを……」
「春ちゃんっ……あなたも知ってたわけ?……」
「ええ」
 春之介、小さく頷いた。
「途中で気がついたのよ、あなたはただのそっくりさんじゃないって。それで、水晶玉で透視したりして調べたところ、やっとわかったの。あなたは本物の星子ちゃんで、星子ママは、未来のあなた。そして、あたしや宙太さん、それに星丸くんと宙美チャンは三年後の世界からきたんだって」
「……」
「で、そのことをあなたが知ってるってことは、宙太さんも気がついてるってことね」
「ええ」
「やっぱりね。だから、さっき、あなたに遠慮なくキスしてたんだ」
「見てたの?」
「そういうこと。ちょっと、ヤケちゃったけどね」
 春之介、軽く星子を睨むと、じきに、真顔になった。
「でもね、喜んでいるわけにはいかないの。早く星子ママ、つまり三年後のあなたを助け出さないと、三年後の世界から星子ちゃんが消えてしまうわ」
「わたしが、消える?」
「そうよ、星子ちゃんの未来、つまり、これからの三年間が変わるってことよ」
「じゃ、宙太さんと結婚したり、双子チャンが生まれることも……」
「ええ、なくなるってわけ。星丸クンも宙美ちゃんも消えてしまうってこと……」
「そ、そんな!」
「あたし、あなたにそのことを知られたくなかった。だから、あなたをこの家から追い出したのよ」
「……」
 そういうことだったのか。やさしい春ちゃんだ。
 だけど、双子チャンが消えてしまうなんて、あんなに可愛い二人が蜃気楼のように消えてなくなるなんて、考えただけで泣けてしまう。
「いや、いやだ、そんなの!」
 星子、涙をぬぐいながらいった。でも、涙があふれてきて止まらない。
 そのとたん、
「泣かないで! 泣くんじゃねぇ!」
 春之介が、ドスのきいた男の声で叫んだ。
「てめぇに先に泣かれたら、俺の立場がねぇぜ! いいか、星子! 俺はな、自分が消えてもかまわねぇとおもってる。でもな、双子の星丸と宙美だけは、あの目ん玉に入れても痛くねぇ双子ちゃんだけは……消えて欲しくねぇ!」
「もちろん……」
「黙って聞け! いいか、双子チャンはな、この前、こんなことをいったんだ……ママとパパは、ボクたちに幸せプレゼントするために生んでくれたんだ。あたしたちもパパとママに幸せをプレゼントするために生れてきたんだって……」
 ほんと、そんな素敵なことをいったなんて。
「しおらしいじゃねぇか。まだ、二人とも三歳だぜ。たった、三つなんだ。それでも、ちゃんと、わかっているんだ。だからな、ぜったいに、二人を消したくねぇンだ! もし、もしもそんなことになったら……」
 春之介、一転、女言葉になった。
「春ちゃん、死んじゃうっ」
 そして、両手で顔を覆い、さめざめと、身体をふるわせながら泣き出した。
 その姿に、星子もあらたな涙、涙だ。
「ね、春ちゃん、星子ママ、助けられないの? なにか、方法はないの?」
「……わかれば、あたしがやってるわ……あたしの命で救えるものなら、いつでも差し出すのに……」
 春之介、鼻をすすり、ぽろぽろと涙をこぼしながらいった。
「……」
 どうしたらいいんだろ、どうしたら。
 星子が涙をぬぐった時だった。携帯電話の着信音が聞こえてきた。
 携帯電話を取り出すと、画面に着信番号が……知らない番号だ。
「もしもし?」
 ちょっと緊張気味に聞くと、
「あのぅ、もしもし……」
 女の声が聞こえてきた。
「流星子さんですか?」
「はい、そうですけど……」
「わたくし、堂本亜利沙といいます……」
「え? 堂本さん?」
 その名前、宙太さんから聞いたことが……そうだ、右京さんのフィアンセの名前が、たしか……。
「あ、右京さんの……知り合いっていうか、フィアンセの……」
「はい、そうです」
「!……」
 星子の携帯電話を握る手に、汗が噴き出した。


                    (第四部へ続く)


追記  待つの取れないうちにと思っていたのに、遅れてしまいました。よろしく御一読の程を。第四部の展開をどうするか、頭の痛いところです。
 それにしても、本当に寒いですね。こちらは干天続きですが、大雪に見舞われた北国や山陰、九州の方々のご苦労大変だと思います。

                   4

「どう、右京君のクルマに乗っていたかな?」
 宙太にあらためて亜利沙の顔写真を見せられたけど、
「わかんない、覚えてない、わたし……車の中、暗かったし……」
 だって、そっくり右京さんがあまりにいい男なんで、わたし、ぼーっとなってたし……なんて、答えるわけにはいかないでしょ。
 ところが、宙太、
「もう一度、よく思い出してくれないかな。頼むよ」
 真剣な顔で、星子を見据えた。
「でも、覚えてないから……」
「そういわないで。頼むよっ」
「……」
 んもぅ、しつこいな。でも、宙太の顔がすごく真剣だし、ま、仕方ないか。
 星子、目をつぶると、あらためて、記憶をたどってみた。
 でも、思い浮かぶのは、右京の超ハンサムな貴公子顔と、車窓に流れるように翻る白いマフラーだけだ。
 ダメダメ、もっと、神経を集中させて。右京さんのハンサム顔を消して、集中すべし。
 再度、集中する。
 ――ん、暗い車内に人影らしいものが……女の人だ……助手席から、こちらを振り向いている……一瞬だけど、灯に顔が浮かび上がった……。
「あっ」
 星子、目を開けると、亜利沙の顔写真を見た。
「この顔、そう、確かに乗ってたみたい」
「!……」
 宙太の顔が、一瞬、凍りついた。
「そ、そんなことって……」
「え?」
「いや、じつはね、あの時、つまり、三年前に会った時も右京君のクルマには亜利沙さんが乗っていたんだ……」
「ウソ、じゃ、わたしが見たのは亜利沙さんのそっくりさん? つまり、三年前の時と同じシーンが再現されたってわけ?」
「うん、君を除けばそっくりだけどさ……」
 そう、三年前の時には、星子はいなかった。
「だけど、偶然にしては、あまりにも出来過ぎじゃない。もしかして、誰かがイタズラしてるとか……それでなかったら、宙太さんのお仕事、つまり、捜査を妨害するつもりとか……」
「どっちも、あり得ないんじゃないの。だってさ、そっくりさんをオールキャストで揃えることなんか、とても出来っこないし。当時の再現だって、当事者以外には知らないことだらけだしね」
 それもそうだ。
「とにかく、いえることは、君が見たことは三年前に僕が見た光景とまったく同じってことさ。まるで、時間が三年前に戻ったみたいにね」
「だったら、なぜ、わたしがそこにいるわけ?」
「つまり、君だけが三年前にタイムスリップしたとか……」
「わたしだけが、タイムスリップ?」
 星子、きょとんとなった。
「じゃ、わたしがあったそっくりさん達は、じつは本物、つまり、三年前の宙太さん達ってこと?」
「う、うん……」
「まっさかぁ! SFじゃん、それって。ありえないわ!」
「僕だってそう思いたいさ。でも、この世には常識が通用しないこともあるからな」
 たしかにね。
「だけど、あのそっくり宙太さんって、すっごくいやらしいし、お調子者だし、図々しいし、もう、サイテーよ! 今、わたしの前にいる宙太さんとはまるで正反対! ぜったいに、別人だわ!」
「いや、僕だって独身時代にはハニィ、つまり、ママになる前の星子さんにそういわれたぜ」
「ウ、ウソッ」
 もう、星子の頭の中は大混戦だ。
「でも、星子ママはどうなのよ? タイムスリップしたのが、もしほんとにわたしなら、星子ママは……光の壁の中にいる星子ママは、いったい……」
「光の壁?」
 し、しまった、春ちゃんからその話は宙太にするなといわれていたんだっけ。頭の中がパニック気味で、つい、余計なことを口走ってしまった。
「あ、なんでもないの。わたし、頭が混乱しちゃってるだけ。ほんとよ」
 星子、あわてて首を振った。
「星子さん……」
「とにかく。早く双子チャンに会わないと。きっと、待ちくたびれてるから」
 そういって歩きかけた星子に、宙太が、
「やっぱり、口止めされてるわけか、春チャンに……」
 と、いった。
「えっ」
「うすうす感じていたんだ、僕に気を使ってるなって。ハニィのことで僕を悲しませないようにってね。そうだろ?」
「あ、ううん、そ、そんな……」
 しどろもどろに答えた瞬間、宙太の腕が星子をギュッと抱きしめた。
「ちゅ、宙太さんっ」
「やさしいんだな、君って……ありがと……」
 星子の耳に、宙太のあたたかい息がかかった。
 くすぐったい、でも、気持ちいい。
「……宙太さん……」
「でも、大丈夫だから。つらいことをいわれても、我慢するから。もしも我慢出来ない時は、そうだな、大声で泣いちゃおかな」
 宙太、星子から離れながら、照れくさそうにほほ笑んだ。
 星子、なんかもう、じーんとなっちゃう。
 宙太のほうは、真顔に戻ると、
「今さっき、君、光の壁とかいったよね。つまり、ハニィは今、その中にいるってことかい? そうなんだろ?」
「……え、ええ……」
 春チャンには申し訳ないけど、話すしかない。
「じつはね……」
 星子、星子ママの部屋で起きたこと、まばゆい光りの壁の中にいる星子ママのことを話した。
「……そうか、ハニィがね。そうだったのか……」
 宙太の顔が、今にも泣きだしそうに歪んだ。ショックのせいか、なかなか、言葉が出てこないようだ。
 やっぱり、いわなければよかったのかな。
 一瞬後悔しかけた時、宙太、いきなり、自分の頬っぺたをパチッと両手で叩いた。
「宙太さん?」
「イテッ、俺らしくもないぜ!」
宙太、肩をすくめた。
「僕が落ち込んで、どうするんだよ。大丈夫、平気へいき。要するに、ハニィを助ければいいわけだろ。たとえ、光の壁だろうと、鉄の壁だろうと、レアメタルの壁だろうと、愛する人、僕のすべて、わが魂、ハニィ星子を必ず救ってみせるぜ! まっかせなさぁいってんだ!」
 そういって、拳を高々と突き上げた。
 なんかもう、すっごく、オーバーヒートしちゃってる。でも、いかにも宙太さんらしいよね。
 そこまで愛されてる星子ママが、うらやましい。そんな気持ちになってくる。
「問題は、光の壁とやらの正体だよね。SFのパラレルワールドっぽい話だけど、異次元空間なのか、それとも、タイムパラドックスのような時間の逆説的な世界なのか……」
 宙太、腕組みしたあとで、ふと、星子を見た。
「でも、考えてみれば不思議だよね」
「え?」
「さっき、僕は君が三年前にタイムスリップしたんじゃないか、っていったろ。でもさ、三年前の君も今と同じ高校二年生だよね」
「うん、そうよ。もちろん」
「ところが、君が会った美空宙太はまだ独身で三年前の僕そのものだった。いや、僕だけじゃない、マサル君や右京君達もさ。これって、変じゃないかな」
「つまり、わたしだけが三年という時間には関係ないわけね」
「そういうこと。だとすると、タイムスリップ、つまり、過去に戻ったとはいえないぜ。どうなってるんだ、いったい?」
 そうよね。なにがなんだか、さっぱりわからない。
「過去じゃないってことは、わたしは現在の世界にいるってことよね。じゃ、わたしが会った宙太さん達も現在の世界に……三年前じゃなくて今生きているってことに……」
 星子、独り言のようにつぶやいた。
「だったら、なぜ、わたしの目の前にいる宙太さんは結婚していて、子供が二人もいるわけ? それって、三年後の話なんでしょ? まるで、三年後の世界からきたみたいじゃ……」
「そ、それだぜ!」
 宙太、パチッと指を鳴らした。
「そうだよ、僕や星丸、宙美は三年後の未来の世界からきていたんだ!」
「み、未来から!」
「うん、正確にいうと、三年後の時間と空間が今の時間と空間にダブっているんだよ!」
「ダブってる?」
「そういうこと。まるで、一枚の紙に他の紙が重なったみたいにね。だから、ただ、何もかもすべてじゃなくて、共通する部分だけが重なったんだ。だから、話がややこしくなってしまったんだよ」
「……」
 わかったような、わからないような……でも、たしかに、それなら筋は通るよね。
「でも、ちょっと、待って……」
 星子、あらためて宙太を見た。
「そうなると、双子チャンのママは……つまり、星子ママっていうのは……」
「君以外には、ありえない……よね?……」
「!……」
「君は……もうじき僕と結婚して、一年後に双子ちゃんを産む……そういうことになるらしいよ……」
「そ、そんな!……」
 ――わ、わたしが宙太さんと結婚する? そして、あの星丸クンと宙美ちゃんを産む?……。
 ウ、ウソだ! ウソだーっ!
 星子、茫然と立ちすくんだ。
 
 
  
                         (つづく)



追記  やれやれ、どえらいことになりそうで。右京や亜利沙がらみの事件のことといい、今後、果たしてどうなることやら。こっちも、頭の中がパニックのまま、正月を迎えることになりそうです。
 

              第三部
                3

 ――なんでよ、なんで涙が出るわけ。しっかりしなさいよっ……。
 そういって聞かせても、ダメ、ぽろぽろと涙がこぼれて止まらない。
「どうしたんだ、痛いのかい?」
 宙太が、心配そうに星子の顔をのぞきこんだ。
「怪我したとか、ぶつけたとか。とにかく、僕に見せてごらん」
「……ち、違います……」
「いいから」
 そういいながら、宙太、星子の体を調べると、星子の右の手首にひっかき傷を見つけた。
「ほら、やっぱり」
 大した傷じゃないけど、うっすらと血がにじんでいる。
「バイ菌でも入ったら大変だ。ちょっと、貸してごらん」
 すかさず星子の腕を掴み、傷口を唇へ持っていくと、チュッと吸った。
「あっ」
 しみる。
 でも、なんか気持ちがいい。思わずうっとりしてしまう。長崎で、いきなりキスされた時と同じ。
宙太、じきに唇を離すと、ポケットからハンカチを取り出して、傷口に巻いてくれた。
「これで、大丈夫だと思うけど」
「……」
 んもぅ、もう少し吸っていて欲しかったのに。
「あっ、ご、ごめん!」
 宙太、あわてた顔でいった。
「つい、うっかり、傷口をなめたりしちゃって……いつも、そうしてたもんだから、ほんとに、ごめん」
「いつもって、星子ママに?……」
「うん、カノジョ、ちょっとあわてんぼうなところがあってさ、しょっちゅう、傷をこさえてたんだ」
 わたし、も。そういうとこも、同じ。
「だけど、君のように泣き虫さんじゃなかったけどね」
「わたし、痛くて泣いたんじゃないから……」
「じゃ?」
「だって、わたしのこと、ハニィって……」
「あ、そうか。君のこと、そう呼んじゃったのか。ワリイ、かんべん、謝るっ。そっくりさんなんで、つい、ほんとに、ごめん!」
 宙太、頭をかきながら苦笑いした。
「いいんです、そんな……ほんとは、わたし……」
 間違えられても、悪い気はしなかった。それどころか、嬉しくて、つい、胸がいっぱいになってしまった。
「ん? ほんとは、なんだい?」
「あ、ううん、別に……」
 いえるわけない、そんなこと。
「だけど、また、君に会えるなんてね」
 宙太、しみじみとした顔で星子を見た。
「やっぱり、気になったわけ?」
「あ、はい、ご、ごめんなさい、くるなっていわれたのに……帰る、わたし……」
 星子、頭を下げると、逃げるように走りかけた。
 瞬間、宙太が星子の腕を掴んだ。
「待った! もう一度だけ、ヘルプ!」
「え?」
「今さら何だけどさ、もう一度、助けて欲しいんだ」
「助けるって……もしかして、双子チャンのこと?」
「うん……」
 宙太、困ったように吐息をついた。
「じつはさ、春ちゃんからメールがあって、二人とも保育園から帰ったあと、一生懸命、パーティの支度をはじめたって……」
「パーティって、あ、おかえりママの歓迎会のこと?」
「そうなんだ。二人とも、すごく楽しみにしてたしさ。でも、ママ、つまり、代理ママの君のことだけど、急用で出かけたってことになってるし、パパもお仕事だろ。だから、今夜のパーティは中止だよって、いくら春チャンがいっても、二人とも聞いてくれないそうだ」
「……」
 その気持ち、わかるよね。やっとママが帰ってきた、と、思ってるわけだし。もう、ママをどこにもいかせないっていう願いがこめられてるんだ。
「だからさ、もう一度だけ、二人に顔を見せてくれないかな。頼むよ」
 宙太、手を合わせるようにしながらいった。
 頼まれなくても、わたしとしては会いたい。双子チャンの顔を見たい。考えただけで、胸がいっぱい。
「でも、双子ちゃん達、今、お出かけしてるんでしょ」
「出かけてる?」
「だって、お部屋には電気がついていないし、誰もいないみたい」
「そんなことないさ。ちゃんと電気はついてるよ。ほら」
 宙太、部屋のほうを指差した。
 あれっ。
たしかに、宙太さんの家には灯が、それも、どのお部屋にもね。しかも、リビングのカーテンには、ちらちらと人影まで映っているじゃないですか。
「い、いつの間に帰ってきたわけ?」
「違う違う、星丸も宙美も春チャンも夕方からずっといるんだよ。ケータイのテレビ電話で確認してるしさ」
「ウ、ウソッ」
 星子のオツム、こんがらかってきた。
「で、でもよ、わたしがここへきたのは、ちょっと前よ。下北沢の家を出たのが夕方で、そっくりさん達に出会って、そのあと、まっすぐここへきたんだし」
「そっくりさん?」
「宙太さんやマサルさん……」
「ええっ」
 あ、そうか、まだ、そのことは話していなかったっけ。
「そうよ、なにからなにまでそっくり。でも、宙太さんと違って、まだ、独身の刑事さん。それに、やたらと調子がよくって、すっごく、エッチぽっくって……そこんとこは、宙太さんとは大違いかもね」
 星子、肩をすくめた。
「それにね、今回は右京って人のそっくりさんまであらわれたのよ」
「なに、右京君の?」
「そ、すっごくハンサムでステキなヒト……」
 星子、ふと、右京の顔やルックスを思いだして、うっとり。
「ちょっと、星子さん、大丈夫かい?」
「あ、はい」
 あわてて、目を覚ます。
「そのそっくり右京君って、仕事は……」
「弁護士さん」
「えっ」
「なんでも、ウチの近くのコインパーキングで殺人事件があって、宙太さんとマサルさん、その事件の捜査をはじめたところんだって。そこへ、右京さんがカッコいい外車であらわれて、なんでも、殺されたのは知り合いの弁護士さんで、名前は、えーと、そう、佐々木とか……」
「!……」
 宙太の顔が、一瞬、がちがちにこわばった。街灯の灯りだけでも顔色が真っ白になったのがわかる。
「宙太さん? どうかしたの?」
「……あ、う、いや……」
 なんだか、言葉にならない声をつぶやいたあとで、少し気持ちが落ち着いたのか、ちょっと震えるような声でいった。
「ご、ごめん、じつはさ、僕や三日月君が捜査中の事件も、同じ事件なんだ。ただし、事件があったのは三年前だけどね」
「えっ」
「しかも、当時、僕らは事件直後の現場近くで右京弁護士と会っていたんだ……」
「!……」
「もっとも、その時、君はいなかった。あ、いや、三年前なら君はまだ中学生だよね」
「ええ」
「だとすると、ハニィ、つまり、星子ママのほうだよね、カノジョは当時、高校二年生だったしさ。そのカノジョとは一週間ほど前だったかな、長崎ではじめて会ったきりだった」
 宙太、当時のことを思い出すように額に手を当てた。
「じゃ、こういうこと?……三年前にも、同じことがあって、でも、わたしはそこにはいなかった……それが、今度はそっくりさん達が同じことをしていて、わたしがいた……」
 星子、頭の中がますますこんがらかってきた。
「ちょっと聞くけどさ、その時、つまり、右京君に会った時、彼のクルマに誰か乗っていなかったかい?」
「さぁ、どうだったかな……」
「たぶん、女性なんだけどね」
「女の人?」
 宙太、ポケットから一枚の写真を取り出して、星子に見せた。
 すごい美人が映っている。若くて気品があって、まぶしいくらい。
「名前は花園亜里抄、右京君のフィアンセさ」
「!……」
 右京さんには、フィアンセがいたんだ。ちょっとガックリ。でも、それなのに、星子ママは右京さんを追って、家を出たんだよね。
「そ、それで、この亜里抄さんて人が、なにか?……」
「うん、事件の証人っていうか……でもね、ずっと、行方が分からなくなっていてさ」
 宙太、ギュッと唇を噛んだ。


                          (つづく)




追記 いろいろありまして、かなり遅れました。ごめんなさい。亜里抄の登場というわけですが、この前の置き手紙とも関係がある展開になると思います。ところで、情けないことに、亜里抄の苗字がわからなくて。どなたか、教えて下さい。よろしくです。
 明日あたりから、冬本番のようですね。ご自愛ください。

追記2 今回から承認制へ戻しました。昨日のコメントも含めてです。ご理解下さい。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.
星子&宙太yyy
星子&宙太yyy
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

Yahoo!からのお知らせ

[PR]お得情報

ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事