|
6
「ね、誰なの、あなんたッ。答えて!」
星子の声のトーンが、上がった。
でも、宙太そっくりの男、たれ目顔でニヤニヤ笑っている。
「ちょっと! 人をバカにすると、ただじゃすまないわよ!」
キッと睨みつけたとたん、
「うん、いいねぇ、その顔にしびれたんだよな、長崎で」
「ナガサキ?」
「ばってんナガサキ恋の街。忘れもしない、といっても、ほんの昨日の話だけどさ。麗しの姫君・流星子と、光源氏の再来といわれる貴公子・美空宙太が運命の出会いを果たしたってわけ」
「はぁ?」
星子、目を白黒させた。
わたしが麗しの姫君、っていうのは当たってるかもね、エヘヘッ、でも、このヒトが光源氏の再来だなんてよくいうわ。
ううん、そんなことよりもっとひっかかることが。
「美空宙太? あなたが?」
「そ」
「昨日、長崎で出会った?」
「そういうこと」
「ウソ! よくもまぁ、人サマの名前を……確かに、わたし、昨日、長崎で美空宙太って人に会ったわ。それも、ホンモノの宙太さんにね。だから、つまり、あなたはニセモノってわけ!」
星子、きっぱりといった。でも、そっくり宙太は、
「シシシッ、そうか、やっぱり、カッコつけてるわけね」
「カッコつける?」
「うん、カマトトちゃんの姫としては、一目ぼれのカレに出会っても、わぁ、宙太さぁんって抱きつくわけにはいかない。そこで、とぼけてみせる。カワイイっ」
そっくり宙太、軽くウインクした。
「いい加減にして!」
星子、もう、真っ赤な顔で怒鳴った。
「じゃ、聞くけど、あなた、子供がいる?」
「コドモ?」
そっくり宙太、のけぞりながら笑った。
「いるわけないだろ、ボクチャン、まだ華の独身オトコ。オコチャマには縁がないの」
「じゃ、やっぱり、ニセモノじゃないの。本物の宙太さんには、双子の子供がいるのよっ」
「フタゴ? そりゃ、また、ご奇特なことで」
「そんないいかたないでしょ! 宙太さん、イクメンで一生懸命、がんばってるのよっ」
「僕も君と結婚したら、イクメンがんばれそう」
キィーッ。
もう、ぶん殴って蹴飛ばして、ボロボロにしてやりたい。
でも、そっくり宙太のほうは、けろっとした顔で、
「どう、こんな所で立ち話も何だし、我が家に寄っていかない? サイコーにおいしいコーヒーをご馳走するぜ」
「ケッコウです!」
「遠慮しなくてもいいの。僕のマンション、田園調布の近くでさ、テラスから多摩川の景色がよく見えるんだ」
「え?」
やだ、もう。それって、宙太さんの住んでるマンションと同じだ。そこまで、ニセモノになりきっているんだ。
よォし、こうなったら、本物の宙太さんに会わせてやろう。そうすれば、コイツの化けの皮をはいでやれるかもね。
ということで、星子、
「いいわ、ご馳走して」
と、いった。
「そうこなきゃ。ところで、ゴンベエは?」
「え? 知ってるわけ、ゴンベエを?」
「もちろん。姫にとっては最強というか役立たずというか、あれでも一応ボディガードだもんな。ボクチャンには、ただのオジャマ虫だけどね」
そっくり宙太、ニタリと笑った。
なぜか、わたしのことには、やたらとくわしい。
「ゴンベエなら、今、お留守番よ」
「そうか、そりゃよかった。これで、ゆっくりと姫とデート出来るもんね」
そうはいかないわ。もうじき、ゴンベエの鋭い爪がこの偽男をズタボロにするから。
ということで、星子、そっくり宙太と一緒に歩き出した。
それにしても、このニセモノさん、性格は本物の宙太よりずっとお調子者でテンションが高いけど、姿かたちは、まさに宙太と瓜二つだ。もっとも、歳のほうはちょっと若そうだけどね。
さて、東横線の線路伝いに戻っていくと、じきに、宙太のマンションが見えてきた。
「で、どこ、あなたのマンションって?」
星子がとぼけ顔で聞くと、そっくり宙太、
「ほら、あそこ」
と、宙太のマンションを指差した。
なにを企んでいるのか知らないけど、リサーチだけは、ちゃんとしているらしい。
そうこうするうちに、マンションの前までやってきた。
さぁ、面白いことになりそうよ。本物の宙太さんに会えば、化けの皮がはがれるしね。
「ちょっと、待って。今、ドアを開けてもらうから」
星子、そういいながら、正面ゲートのテレビモニターつきチャイムを押そうとした。
「おっと、その必要なし。キイなら持ってるから」
「はん?」
宙太、ポケットからキイを取り出すと、センサーに押し当てた。
すると、オートドアがゆっくりと開いたじゃないですか。
なんとまぁ、このオトコ、合鍵まで持ってるんだ。
唖然となった星子に、そっくり宙太、「さ、どうぞ、お先に」と、ポーズを作りながら促した。
いいでしょ、これで、本物とニセモノの対決がますます面白くなってきたじゃん。
星子、わくわくしながら先に入っていった。
その直後、ホールのライトがチカチカッとまぶしく瞬いた。蛍光灯の調子がおかしいようだ。高級マンションなんだから、ちゃんと管理しなきゃ。
目をこすりながらライトを見上げた時、
「星子さん、ケーキは?」
ふいに、そっくり宙太の声がした。
「あ?」
しまった。
「忘れちゃった。あんたがいけないのよっ。あんたのせいよ!」
「え?」
「調子のいいこと、ペラペラしゃべりかけるから、つい、忘れちゃったじゃないの。もう、サイアク!」
「ちょ、ちょっと、星子さん。何の話だい?」
「なんのハナシ? とぼけないでよっ。このニセモノ宙太!」
「ニセモノ?」
「そうよ、とぼけてもダメ! こうなったら、わたしがあんたの化けの皮をはいでやるから!」
星子、相手の胸倉をグイッと掴んだ。
「ま、待って! 待てったら、星子さん! ハニィ!」
「ハニィ?」
ちょっと、ヘン。そっくり宙太、星子のことを姫と呼んでいた。
もう一度目をこすりながら相手を見ると、セーター姿の宙太だ。
「ちょっと、いつ、着替えたのよっ」
「着替えた? 僕は今朝からずっとこの格好だけど」
「はん?」
あらためてよく見ると、宙太、イヤリングしていないし、髪型もそっくり宙太と少し違う。
「ま、まさか、宙太さん? 双子チャンのパパの宙太さん?」
「もちろん。ダーリンの宙太だよ」
「!……」
絶句とはこのこと。
「いったい、どうしたんだい? ね、星子さん?」
宙太、けげんそうに星子の顔を覗き込んだ。
「……に、にせもの……」
「ニセモノ?」
「ええ、宙太さんのニセモノが……」
「なに?」
「今さっき、自由が丘で声をかけられたんだけど、顔も姿も宙太さんにそっくりなの。わたしとは、昨日、長崎で会っているって……」
「昨日、長崎で?」
「デタラメよ、もちろん。わたしがあったのは、本物の宙太さんだけだし。だけど、あいつ、このマンションに住んでるって……合鍵まで持ってるのよ」
「合鍵?」
「ええ、今もそのカギを使ってオートロックを……わたしと一緒に中へ……」
そういいながら、星子、あたりを見回した。でも、そっくり宙太の姿は見当たらない。
「あら? どこへいったんだろ?」
星子、急いで外へ出てみた。でも、そっくり宙太は見当たらない。
あとから出てきた宙太も、あたりを見回した。
「いないね、それらしい男は……」
「もしかして、逃げたのかも。きっと、そうよ」
「……」
「とにかく、気をつけた方がいいわ、あいつ、なにか企んでるかも知れないし。宙太さんにもしものことでもあったら、星丸くんや宙美ちゃんが……」
「うん、そうだね」
宙太、頷いた。
「でも、考えてみれば、妙な話だよな。ハニィそっくりさんの君、そして、僕そっくりの男……単なるそっくりさんなのか、それとも……」
「え?」
宙太が考え込んだ時だった。ドドドドッとオートバイのエンジン音がして、一台のナナハンが走ってくると、宙太の前で停まった。
「よぅ、君か」
ヘルメットを取ったライダーの精悍な顔、どこかで見たような……そうか、アルバムに載ってたマサルっていう人だ。
マサル、チラッと一瞬とがめるような視線で星子を見たあと、すぐに目線を外した。
星子を許せない、といった顔だ。
「早いな、もう、来てくれたのかい、パーティに。有難う」
宙太が礼をいったが、マサルの表情は硬いままだった。
「オレ、パーティにきたつもりじゃないから」
「ん?」
マサルの冷たい口調、代理ママの星子にも辛く聞こえる。なんだか、自分がいけないことをしたような気分だ。
「じつはな、警部、例の事件だけど、ちょっとヤバイ展開に……」
「というと?」
マサル、宙太の耳元に低い声で話した。
「えっ、右京君が!」
宙太の口から、うわずった声が漏れた。
(つづく)
追記 なんとか、今月最後の日に間に合わせることが出来ました。この先、どういうことになりますやら。十一月も楽しくワイワイやりましょう!
|
おかえりママに薔薇のキス
[ リスト | 詳細 ]
|
「ちょ、ちょっと待った」
宙太、あわてていった。
「ヤバイよ、それって」
「え? どうして?」
「だってさ、ここにいる星子さんは、つまりその、ニセモノっていうか……な、星子さん?」
「え、ええ、わたし、ほんとはね……」
星子も懸命に事情を説明しようとした。でも、春之介、
「うふふふっ、ニセモノならどうしてラブラブしてるわけ?」
「あ、いや、あれはね……」
「愛に弁解はいらないの。双子チャンたちもね、保育園にいく時、ママが帰ってきたって大喜びしてたわよ。それでも、まだ、文句あるわけ?」
「う、う……な、ない……」
宙太、そう答えるしかない。星子も、仕方なくうなづいた。
春之介、当然といった顔で、
「じゃ、星子ちゃん、さっそくだけど、マサコにいってきて」
「マサコ?」
「あら、やだ。忘れたの? 自由が丘のケーキ屋さん。あなた、よく買いにいってたじゃないの」
「そ、そうだっけ」
「なにネボケたこといってるのよ。双子チャンね、あのお店のショートケーキ、大好きなの。お祝いのデコレーションケーキもね。マサルさん達も食べるから、しっかりと注文してきて。わかった?」
「え、ええ」
「あ、春ちゃん、僕がいってくるから」
「ダメダメ、星子ちゃん、ママ業をずっとサボってたんだから。当分、こき使わないとね」
「そんな……」
「ちょっと、宙太さん、男はやさしいだけじゃだめよッ。叱る時は、しっかりとしかること。それが、ほんとの愛情なの。わかった?」
春之介、顔に似合わず、なんとも厳しいことをいう。
ま、仕方ない。星子、いわれたとおりに自由が丘のケーキ屋さんへと向かった。
やれやれ、パーティですか。みんな、わたしのこと、星子ママと思い込んでる。双子チャンもいることだし、一生懸命、演技するしかないだろう。
それにしても、アルバムの一件といい、おかしなことばかりだ。どういうことなのか、さっぱり見当がつかない。
星子、ため息をつきながら歩いていった。自由が丘は田園調布の隣り街だし、歩いていける距離だ。東横線沿いの道を歩いていくと、じきにオシャレな街並みに吸い込まれる。
さて、マサコというケーキ屋さんはどこだろう。
星子があたりを見回していると、背後からポンと肩を叩かれた。
誰だろう、と、振り向くと、宙太がニカッと笑いながら立っている。
「宙太さんっ」
「よっ、星子姫。ゴブサタ」
やだ、もう。さっきまで一緒だったのに、ご無沙汰はないでしょ。
「あ、大丈夫」
「なにが?」
「ケーキ屋さん、自分で探すから」
「おや、ケーキ屋さんを探してるのかい。ボクチャン、てっきり、ステキな恋さがしの真っ最中かと思ったぜ」
「はい?」
なに、とんちんかんなこといってるわけ。
「もう、からかわないで。早く注文しないと。パーティに間に合わないわ」
「パーティ? なんのこと?」
宙太、けげんそうにいったあとで、パチンと指を鳴らした。
「そうか、ボクチャンと姫の再会を祝おうってわけね。フムフム」
「いい加減にして!」
星子、キッと睨みつけた。
さっきまでの宙太とは、まるで別人じゃないですか。悪ふざけもいいところだ。
「わたし、双子ちゃんのために頑張ってるのよ。宙太さんとも、そう約束したじゃない!だから、変にからかうのはやめて!」
「は? 双子チャン? 約束?」
宙太、きょとんとなった。
「どういうこと? さっぱりわからないけど、え、姫……」
「んもぅ!」
星子、思わずゲンコツで殴ろうとして、ふと、手を止めた。
「姫?」
「そう、キミは僕チャンの大事なお姫さまだもんな」
「……」
さっきまで、わたしのこと、ハニィって呼んでたくせに。なんか、ヘン。
そういえば、服装だってオシャレなグレー色のコートに、派手な色のネクタイ、耳にイヤリングなんかしている。さっきの宙太、イヤリングなんかしていなかった。
ということは、いったい……。
「……あ、あなた、だれ? 誰なの?……」
星子、恐る恐る宙太を見つめた。
(つづく)
追記 5000字を超えたので、一回では入りきれませんでした。すいませんです。所で、最後に出てきた宙太、いったい、どうなってるんですかね。ま、次回をお楽しみに。
|
|
5
――流星子という名前の生徒は、昔の生徒名簿には載っていない。載っているのは、今のわたしの名前だけ……。
リツ子の電話の声が、星子の頭の中でぐるぐる回っている。リツ子、ウソと赤点は一生関係ないヒトだ。わたしと違って。
流星子は、正真正銘、このわたし。ここにいるわたしだけ。
つまり、宙太さんや双子チャンが帰りを待ちわびている星子ママは、わたしの名前を使い、わたしになりすましている偽星子だ。
なぜ、わたしになりすますの?
わたしは、まだ、高校二年生の十七歳。双子チャンは今三歳っていうし、もし、わたしが産んだとすると……えーと……ヒ、ヒェーッ、中学三年の時じゃないの。
そりゃ、たしかに産める体にはなっていましたよ。自慢じゃないけどさ。
だけど、あり得ない。中三の頃のわたしなんて、男の子をいじめたり、からかったりしていたオテンバのガキ大将だった。好きな男の子なんかいなかったし、ましてや、エッチなんて無縁の世界、考えたこともなかった。いわゆる春の目覚めとやらは、高二から。まさに、突然変異デシタ。
そんなわたしのこと知らずに名前をかたってるわけ? それとも、知っていて流星子になりすましているの?
星子、だんだん腹が立ってきた。
いったい、ワレ、どこのどいつなんじゃい!
なんか、探る手がかりはないだろうか。そう、手紙とか写真とかグッズとか、なんでもいいからあたってみよう。
ということで、星子、急いで部屋へ戻ると、宙太に、
「ね、ね、あの、ちょっと!」
「ん、コーヒーね」
宙太、コーヒーを淹れながら軽くウインクした。
「今、淹れてるとこ。愛情たっぷりの甘―いカフェオレ!」
「そうじゃなくって……」
「ん、ブラックがいいわけ? にがい恋の味がお好みとは」
「違います! コーヒーじゃなくて、星子ママのことで……」
「ん?」
「写真とか、手紙とか、あったら見せてくれますか?」
「くれますかって、他人行儀ないいかたはなし。ここにいる間はハニィとダーリンの仲の約束だろ」
「え、ええ」
「で、もちろんあるけど、どうして?」
「どうしてって、つまり、わたし、そんなに星子ママに似てるのかなって……」
「確認したいわけか。ナルホド。じゃ、見せてあげる」
宙太、星子を促すと、奥の部屋へ向かった。
「星子ママのお部屋だよ」
ドアを開けると、狭いけど明るくて小奇麗な部屋だ。星座模様のカーテン、星の刺繍のレースカーテン、机や本棚の上には日本各地の木彫りの人形とかガラス細工とか、観光地のポスターとか、旅で集めたらしいグッズがたくさん……中には、変わった形の流木とか、石とか、解体された列車のパーツとかが所狭しと飾ってある。
ふーん、あんまり女の子っぽい雰囲気じゃないけど、いい感じ、わたしの趣味と同じ……って、ちょっと、待って。
この部屋、今、シモキタのマンションの星子の部屋にそっくりじゃないですか。もっとも、ここまで片づけてはいないけどね。
「どう、旅少女・星子ってイメージにふさわしい部屋だろ。ただし、カノジョが使ってた時は、こんなに綺麗じゃなかったけどね。整理整頓は苦手だってさ」
うへっ、そんなとこまで真似してるのかい。
「星丸も宙美もこの部屋が大好きでさ、いつも入りびたっているんだ。きっと、ママの匂いとかぬくもりを感じるのかな。あ、僕もだけどね……」
宙太、ちょっと照れ笑いを浮かべた。
わかるな、それって。わたし、カギっこだったから、ママが夜勤でいない時なんか、ママのベッドにもぐりこんでいたものね。
「そうそう、写真だったね」
宙太、机に飾ってある写真立てを手に取り、星子に差し出した。
双子チャンがまだ赤ん坊の頃に撮った写真で、宙太と星子が赤ん坊を一人づつ抱いて映っている。
「僕が抱いてるのが宙美で、カノジョが抱いてるのが星丸さ」
「かわいいっ」
もう、幸せいっぱいといった顔だ。だけど、返ってつらくなり、星子は写真を机に戻した。
「こっちなんか、どうかな」
次に宙太が差し出した写真には、ウエディングドレス姿の星子と、モーニング姿の宙太が映っている。なんとも、ステキなカップルだ。
「わぁ、きれい」
思わず、ため息が出てしまう。
「うん、日本一、いいや、世界一きれいな花嫁さんさ」
そうつぶやく宙太の目に、キラッと光るものが。
これも、見ていてつらくなる写真だ。目をそらした星子、隣りに飾られた写真を手に取った。結婚式のあとに撮ったのか、宙太と星子を囲んで友達らしい人達が映っている。
「あ、僕とカノジョの仲間達さ。この真面目くさった顔の男がマサルくん、となりでおどけているのが、僕と父親違いの兄弟でゲンジロウ……」
「そういえば、似てる」
「とんだ迷惑だよな。で、この生意気顔が小次郎くんで、隣りで気取っているのが左京くん。その隣りの美女が……」
「春之介さんね」
「そう、みんな、楽しくていいヤツさ。もちろん、ケンカとかするけどな。ま、じゃれあってるようなもんさ」
「いいなぁ、そういうのって。あ、この人は?」
星子、皆と離れて立つ若い男を指差した。
「カッコイイッ」
スラッとした長身で、長い髪が彫りの深い顔にかかり、ちょっと悲しげな双眸がなんとも印象的だ。
「この人も、仲間?」
「う、うん……」
宙太、顔を曇らせた。
「……十文字右京くんだ……」
「えっ」
星子、ドキッとなった。
――この人が、右京さん……星子ママが、あとを追った相手……。
そうか、仲間の一人だったのか。宙太が紹介をためらった理由もよくわかるような気がする。そして、宙太の哀しさ、つらさも……。
「ごめんなさい、この人のこと、カッコいいなんて……」
わたしって、ほんとにバカ。
すると、宙太、首を振り、
「いいのいいの、カッコいいのは事実だしさ。ボクチャンなんか、足元にもおよばない、礼儀正しい青年紳士で正義感が強く、弱きを助け強きをくじく、まさに男の中の男ってヤツさ。僕も右京くんが好きだ。尊敬さえしている。だから、余計つらいっていうか……あ、でも、違うよな、右京くんがカノジョを奪ったんじゃない、カノジョがあとをおっていった、そういうことなんだ……右京くんを恨むのは逆恨みだよな。だけどさ、だけど、やっぱり……」
「……」
「ワリイ、こんな辛気臭い話、聞きたくないよな。僕だって、他の人間には、たとえ友達だろうと、絶対にいえないことだけどさ。弱みを見せたくないのかな、やっぱり」
宙太、肩をすくめると、
「でもさ、君といると、つい……ごめん、ごめん、あやまる。ソーリー・ダーリン」
「……」
――いいのに、わたしで良ければ、もっと聞いてあげたい。少しでも宙太さんが楽になれるのなら……。
ふと、そんな気持ちになってくる。でも、ダメ。立ち入り禁止。入るべからず。
宙太も、気持ちをふっ切るように、
「そうだ、高校の頃の写真も見てみるかい?」
「ええ、ぜひ!」
そうよ、それが一番問題なんだ。
宙太、机の引き出しを開けて、中からアルバムを取り出した。
「このアルバムが、そうだよ。高校時代のカノジョが映っているんだ」
ふん、どこの高校だか。リツ子の話じゃ、名簿には載っていないわけだし。宙太さんにはウチの学校の名前をいってるけど、実際は違うはずよ。
化けの皮を、はぐっ。
「見せて下さいっ」
星子、ひったくるように受け取ると、ページをめくった。
『二年A組』と書かれたページには、クラス全員が担任教師と一緒に撮った大判の写真が貼ってある。
二年A組といえば、わたしと同じクラスの名前だ。
「ほら、ここにカノジョがいるだろ」
宙太が写真の真ん中近くを指差した。たしかに、星子にそっくりの女の子が映っている。制服は、ウチの学校にそっくり。
ん、担任教師の顔も見覚えが……なによ、うちらの担任の赤田センセイにそっくりじゃないの。そして、その隣り、一番目立つ中心の位置には、リツ子そっくりな子がいる。
うふっ、ホンモノのリツ子も、いつも一番目立つ所にいるもんね。
一旦はクスッとなった星子、次の瞬間、あんぐりとなった。
ちょ、ちょっと待って。他にも似ている子が、ゆうこ、カズコ、きな子、あけの、やすえ、まいこ、ひゃあ、どいつもこいつもそっくり!
よくもまァ、ここまでそっくりな子をそろえ……られるわけないよ。そうじゃなくて、うちらのクラスの写真を、そっくり使っているんだ。
あわててページをめくると、間違いない、運動会や学園祭、遠足、どの写真を見ても、わたしのアルバムと同じ写真が貼ってある。
なによっ、これは!
完全に、わたしになりすましているじゃないですか。
もう、腹が立って、頭の中が真っ白。
「どうしたい、ハニィ? 星子さん?」
宙太が心配そうに星子の顔を覗き込んだ。
「どうもこうも、ありません!」
星子、目を釣り上げて叫んだ。
「このアルバムの写真、全部、わたしのです! 映ってる子も、担任の先生も全部、わたしのクラスのヒトよっ!」
「はぁ?」
「それに、わたし、友達に調べて貰ったけど、ウチの学校の昔の生徒名簿には流星子の名前はないの! あとにも先にも流星子はこのわたし一人なんです!」
「……」
「ちょっと、宙太さん! 聞いているわけ!」
「もちろん。ちゃんと、聞いてるさ」
宙太、余裕の顔でいうと、ニッコリと笑った。
「な、なにがおかしいのっ」
「ごめん、ごめん。だってさ、キミがそこまで星子ママになりきるとはね」
「なりきる?」
「だってさ、僕は会ってるんだよ、担任の赤田先生に。君との結婚のことでね」
「ええっ、い、いつ?」
「三年前さ」
「えっ」
「その時、クラスの子たちにもね。あ、もちろん、結婚のことは話さなかったけどさ。リツ子さん、ゆうこさん、キナコさん、他のみんなにも」
「う、う、う……うそーっ……」
星子、完全に頭の中がマッサラ。
あ、ありえない。そんなバカなことって、絶対にありえない。
宙太さん、アタマがおかしい。どうかしちゃってるよ。でも、だったら、赤田先生やリツ子達の名前、どうして知ってるわけ?
どういうこと? どういう……あれこれ考えているうちに、フワーッとなって、倒れかかった。
「あ、星子さん、ハニィ、どうしたい?」
宙太、素早く抱きとめると、そばのソファに星子を寝かせた。
「大丈夫かい?」
「ええ、ちょっと、フラッとしちゃって……」
「きっと、気を使い過ぎたんだよ。よし、マッサージしてあげようか」
「マッサージ?」
「星子ママにも、してあげたんだ。とてもよく効くってさ」
そういいながら、宙太、星子の首から肩にかけてマッサージをはじめた。
――気持ち、イイ……。
アルバムのことは後回し。しばし、オヤスミタイム。
うっとりとしていると、ふいに、
「あららっ、オアツイこと」
春之介の声がした。
目を開けると、いつの間にか春之介が近くに立っている。
「春ちゃんか」
宙太、びっくり顔で振り仰いだ。星子も、あわてて起き上がった。
「ごめんあそばせ、オジャマしちゃって」
ニヤリと笑った春之介に、宙太、
「違う違う、そんなんじゃないったら」
「いいのいいの、ほんとに久しぶりなんだもの。求め合って当然よ。ね、星子ちゃん」
「あ、う、いえ……」
星子、何て答えていいのか、困ってしまう。
「こんな時になんだけど、宙太さん、今夜はパーティよっ」
「パーティ?」
「そ、星子ちゃんの無事帰還を祝ってね。マサルさんやゲンジロウさん、小次郎さん、左京さん、タケルさん達もくるって。みんな、あたしがメール入れたら、大感激! 星子ちゃんに会いたいって、もう、ウルウルよっ!」
「!……」
追記 全部入りきれなかったので、二回にわけます。よろしく!
|
|
4
「ママ、いってきまーす!」
「パパ、いってきまーす!」
星丸と宙美、真っ赤なフェラーリの後部座席から手を振った。
ハンドルを握るのは、春之介だ。ド派手な春之介のファッションには、真っ赤なフェラーリが良く似合う。
「春ちゃん、僕が送っていくっていってるのに」
宙太がいうと、春之介、
「いいの、いいの、二年半ぶりなんでしょ。留守の間にしっかり愛し合ってね、うふっ」
と、ウインクしたあと、星子に、
「星子ちゃん、あなたもよ。バラバラになるくらい、しっかり頑張って! 再スタートにふさわしい花火をドカーンと上げてね! オーケー?」
今度は星子にウインクして、アクセルを踏み込んだ。
双子チャンを乗せたフェラーリ、野獣がジャンプするようにダッシュして走り去った。
「お、おい、春ちゃん、お手柔らかに頼むよ」
宙太、ハラハラしながら見送ると、
「バラバラになれ、ドカーンと花火を上げろ、か。春ちゃん、いいこというぜ。では、さっそく!」
「はぁ? なにを?」
「あ、ジョウダン冗談」
宙太クン、ニヤッと笑った。
ほんとはね、星子、なんのことか、モチロン、わかってまぁす。こういうのを、カマトトっていうんだよね。
宙太だって、ほんとはきっと、星子ママとおたがい体がこわれるくらいラブラブしたいはずだ。それくらい、もちろん、わかってまぁす!
わたしは高二の十七歳。思春期真っ盛り! それでなくても、それなのに、そっちの情報過多の時代だぞ、おいっ。
とにかく、そのためにも、早く星子ママには帰ってきて欲しい。
なんのためかって? ウ、ウルサイっ。
でも、春之介さんがいうには、星子ママ、宙太さんには「とてもいえないような電話」をかけてきたきり、居所はまったくわからないって。星子ママだけじゃない、右京って人もね。
春之介さん、水晶玉占いやってるけど、半年ほど前からテレパシーをキャッチ出来ないとかいっていたっけ。
ま、正直、どこまで水晶玉占いとやらが当たるかどうか、わからないけど。
ったくぅ、どこにいるのよ、星子ママ、そして、右京ってヒト。どこまで、迷惑かける気なのっ。
いらついた顔で戻りかけた星子、ふと、立ち止まった。
――ちょっと、待って。もしかして、さっき、星子のケータイにかかってきた電話は……。
「ね、宙太さん……」
「ん?」
「ちょっと、聞いてもいいですか?」
「あ、その他人行儀ないいかた、やめないかな。せめて、この家にいる間だけは、ハニィ、ダーリンって呼び合おうよ」
「ダ、ダーリン……ですかぁ」
ジョウダンでしょ。そもそも、夫婦でもないのに。いえるわけない、そんなこと。絶対に。
「で、なんだい、ハニィ?」
「あ、はい、ダーリン」
「ん、呼んでくれたね、ダーリンって」
「あっ」
しまった、つい、乗せられてしまったか。宙太さんって、クセモノだよね。気をつけねば。
「で?」
「え、ええ……それが、右京って人のことだけど……」
「ん……」
宙太の顔から、笑みが消えた。
しまった、口に出してはいけない名前だったんだ。
「あ、いいんだ、気を使わせちゃったかな。ワリイ」
いつものタレ目顔に戻って、にっこり。
「で、右京君がどうしたって?」
「ピアノ、やってるっていってたでしょ、限りのある命を賭けて……」
「うん、そう聞いているけどね。だから?」
「……」
ケータイにかかってきた電話のこと、話したほうが……でも、待って。まだ、かけてきた相手が誰かわかってもいないのに、ヘタに話したら宙太さんが混乱するだけかもね。
「つまり、わたしも小さい頃、ピアノを……母からうるさくいわれて……でも、ついていけなくてやめちゃったの。だから、今もピアノは苦手です、ハイ」
なんとか、ごまかす。
「なんだ、そんなことか。カノジョ、あ、星子ママもね、そんなこといってたぜ。ピアノなんか、見るのもいやだってね」
「わたしも」
「でもね、こうもいってた、星丸と宙美にはピアノを習わせる、ぜったいにって」
「わぁ、キビシイッ」
「ほんとは、カノジョ、ピアノが好きなんだよ。いつか、そんなこといってような……」
わたしも、ほんとは嫌いじゃないけどね。
「たしかに、ピアノっていいよね。鍵盤叩いてると、人の魂に触れるような音があるっていうか、ちょいキザかな、シシッ」
宙太、照れくさそうに頭に手をやった。
「宙太さん、ピアノを?」
「ほんの手慰み。子供の頃習いたかったけど、おふくろがダメだって。男の子にはそんなもの必要ないって。君のママとは正反対だな」
宙太、肩をすぼめた。
お母さんって、どういう人なんだろう。宙太のような楽しくてやさしい男を見ていると、ちょっと、気になる。
そんな星子の気持ちを読んだのか、宙太、
「あ、僕のおふくろってね、家庭よりも仕事が大好き人間。女性オーナーの権化っていうか、海外にも進出して、バリバリ働いてるよ」
「すっごーい」
「あ、凄すぎるけどな。だから、親父も逃げ出したのかもね」
「お父様が?」
「うん……」
「あ、ごめんなさい……」
「いいのいいの、近頃はよくある話さ。今じゃ、新しい奥さんと海外で楽しく暮らしているぜ」
宙太、さらっといてのけたけど、その目はどこか寂しそうだった。
そうか、宙太さんって、家庭的にはちょっとつらいヒトなんだ。だから、星子ママや双子ちゃんとの家庭を大事にしたいわけね。
「それでも、親父、一度会っただけだけど、星子さんがお気に入りでね、お前に幸運を呼ぶ女神だ、大事にしてやれって。ま、そんなこともあってさ、ほんとはこのマンション、親父名義なんだけど、安く貸してくれているわけ」
「そう」
「確かに、幸運の女神かもな。あんなに可愛い双子ちゃんを授けてくれたしさ。ほんと、感謝してるんだ、カノジョに……ほんとにね……」
宙太、しみじみとした顔でいうと、ふと、星子を見た。
「な、キミ、こんなこといってたよね……星子ママは、この二三日の間に帰ってくる、そんな気がするって……」
「ええ」
「その気持ち、今も変わらないかな?」
「もちろん」
そうでないと、こっちも困る。
「そうか、じゃ、その言葉を信じて」
宙太、ニカッと笑うと、
「さぁ、早いとこ掃除洗濯といきますか!」
「あ、わたしが……」
「いいのいいの、ハニィはのんびりコーヒーでも飲んでてくれよ。ボク、そんなハニィの姿を見るのが大好きでさ……ああ、オレ、カノジョを幸せにしてあげてるんだな、って……」
「……」
「たわいないよね、オトコなんて」
照れ笑いしながら、宙太、戻っていった。
ほんとに、やさしいんだ、宙太さんって。星子ママが好きになったわけが良く分かる。だけど、その星子ママは幸せを捨てて右京って人を探しに旅立った。
なぜ? なぜなの?
わたし、星子ママとそっくりらしいけど、わたしはそんなことしない。ぜったいに、しないっ。
とにかく、帰ってきてくれないと。宙太さんや双子チャンのため、そして、何よりもわたしのためにも。何か、連絡を取る方法はないの? 探す手掛かりって、ほんとにないわけ?
星子ママって、わたしとそっくりなんだよね、学校が同じで血液型も星座も同じ。住んでた所も下北沢、ドラ猫をリュックにほうりこんで一人旅してたのも、そっくり。ただ、年齢が三つほど違うだけなんだ。
ちょっと、待って。ということは、同じ学校なら三年先輩ってことになるじゃないの。そうよ、センパイよ。だったら、その線から何か糸をたぐれないかな。
でも、どうやって糸をたぐれば……明日まで学校はお休みだしね……。
はてさて、と、腕組みした星子、じきにひらめきましたよ。
「そうか、リツ子に頼めばいいんだ!」
超優等生のリツ子なら、学校にも手ずるがあるだろうしね。ということで、さっそく、リツ子にケータイをかけてみた。
「あら、星子」
取り澄ましたリツ子の声が、聞こえてきた。
「よかった! いてくれたのね。頼みがあってさ」
「お金はダメ、カンニングもダメよ」
「んもぅ!」
すぐこれだから、アタマだ。
「そうじゃないの。じつはね……」
星子、三年前の生徒名簿に流星子という同姓同名の生徒が乗っているかどうか、調べてくれ、と、頼んだ。
「あんた、今、旅先なんでしょ。なんでそんなこと知りたいわけ?」
「いいから、わけあありなの」
「ふーん、わかった。そのかわり、例の件、十人増しよ」
例の件っていうのは、生徒会長選挙のこと。リツ子、立候補しているけど、人望がなくて、対立候補には勝てそうもない。そこで、星子が支持票を集めて回ってるってわけ。もちろん、その見返りに、今回の長崎一人旅のアリバイ工作を頼んである。
そのアリバイっていうのはですね、リツ子の親の別荘でリツ子と期末試験のお勉強しているってこと。秀才の名前を出せば、星子の親も安心してくれるしね。
ほんとは、リツ子みたいな女の子を応援する気はないけど、いわゆるソロバン勘定ってわけ。
星子、おぬしもワルよのう。ムハハッ。
で、頼んでから待つこと、ほぼ数分、じきに、リツ子からケータイがかかってきた。
「わかったわよ。学校のパソコンに侵入して、調べたから」
「さすが!」
まるで、ハッカーなみのパソコンの達人じゃないの。
「で、どうだった?」
「それがね、あなたと同姓同名の生徒……」
「いた?」
「ううん」
「いない? ウソ、見落としたんじゃないの? でなかったら、他の年度の生徒名簿に……」
「全部調べたわよ、もちろん。十年前にまでさかのぼってね。だけど、流星子って名前は、今年度の二年A組、つまり、あなただけなの」
「!……」
星子、茫然となった。
(つづく)
追記 だんだんと話が複雑になってきたようで。この先、大変なことになりそうだ。頑張らねば。
なお、この続きは、事情がありまして、今月の後半になると思います。御免なさい。短いブログのほうは時々お邪魔しますのでよろしくです。
|
|
3
「バカ! バカ! 星子ちゃんのバカァ!」
なんか、もう、メチャクチャ。
星子に泣きすがり、拳で星子を叩いたかと思うと、さらに強く泣きすがる。さっぱりわけがわからないけど、いきなり、バカ呼ばわりはないでしょっ。
アタマにきたけど、それなりにわけがありそうだし。
「あ、あのぅ、ちょっと……すいません、わたし……」
「なにが、すいませんよっ。そんないいかたして、あたしをバカにする気!」
「そ、そんなぁ、ただ、わたしには、さっぱり……だって、あなたのこと、知らないし……」
「し、知らない? 星子ちゃん、あなた!」
もう、今にも噛みつきそうな顔で星子を睨みつけて、
「もっと、殴られないと、目が覚めないのかよ、え、星子っ!」
一転、ものすごくドスのきいた男っぽい声で、いった。
ん、男っぽいっていうより、男そのもの、そうか、このヒト、アチラ系なんだ。
だけど、ほんと、すっごい美形。さすがのわたしも、ちょっとかなわない、なんちゃって。わたし、男勝りのお転婆だけど、ホンモノの女の子ですからねっ。
ま、とにかく、しゃぁない、これほどの美形サマに殴られるなら、ガマンしますか。
そう覚悟した時だった。
「春チャン!」と、叫びながら、宙太がキッチンから飛び出してきた。
「待った! 待ったぁ!」
素早く星子と春之介の間に体をすべり込ませると、
「違う! 違うんだ!」
「え? 違うって、何がよ?」
「この人は、星子さんじゃ……いや、星子さんにそっくりだけど、星子さんじゃないんだよっ」
「ちょ、ちょっと! 宙太さんまであたしをバカにする気なのね!」
「そ、そんな……」
「ああ、もう、ひどい! 宙太さんがそんな人だったなんて! 許せない、あたし、死にたい!」
春チャンと呼ばれた美形の春之介、両手で顔を覆って泣きだした。
「まいったな、もう……」
宙太が困った顔で吐息をついたところへ、
「あっ、春チャンだ!」「春オジチャン!」と、いいながら、奥から星丸と宙美が走ってきた。
「おはよっ、春チャン!」
「おはよぅ!」
二人に飛びつかれて、春之介、あわてて涙をぬぐい、
「お、おはよう。でも、星丸クン、その叔父ちゃんっていうのはやめてね」
「だって、オジチャンだもん」
「ちょっとぉ」
苦笑する春之介に、宙美が、
「きてくれたんだ、春チャン」
「え、ええ、留守の間にお掃除しておこうと思って……そうしたら、管理人さんがね、あなたたちが昨夜帰ってきたっていうから……」
「そう、ちょうどよかったね!」
「ママ、かえってきたんだよ!」
星丸と宙美、ニコニコ笑いながら春之介にいった。
「ええ、ほんとに良かった、ほんとにね」
春之介の目から、涙がポロポロとこぼれ落ちた。その涙をぬぐうと、宙太に、
「星丸クンと宙美チャンにはわかってる。本物のママだって。だから、こんなに喜んでるじゃないの。そうでしょ! 何がそっくりさんよ!」
「う、うん……」
「ソックリサンって、なぁに?」
けげんそうに見上げた宙美に、春之介、
「ううん、なんでもないの。ね、宙太さん?」
「あ、あぁ……」
「だけど、水臭いわ、宙太さん。星子ちゃんが戻ってきたんなら、どうして教えてくれなかったのよッ。昨夜もね、あたしんところへ小次郎クンから電話があって、星子さんから何か連絡はなかったかって……ゲンジロウさんやタケルさん達もね、しょっちゅうメールくれるのよ。何か手掛かりはないのかって……マサルさんだって、黙ってはいるけど、心の中じゃそりゃ心配してるんだから……この二年半ずっとよ、宙太さんだって良くわかってるわよね」
「うん……」
――そうか、星子ママのことを心配してくれるヒトが、そんなにたくさんいるんだ……。
「わかってるんなら、知らせてくれて当然でしょ。みんな、どんなに喜んでくれることか……どんなに……」
春之介、再び泣きだした。
「……」
宙太、まいったな、という顔で星子を見た。星子だって、困ってしまう。
すると、宙美が気をつかったのか、春之介に、
「春チャン、いま、パパとオムレツこさえてるんだ。いっしょにたべよっ」
「そうだよ、たべようよ!」
と、星丸もいった。
「あらぁ、うれしい! お呼ばれしちゃうわ! じゃ、コート脱いだらすぐいくから」
「はーい!」
「パパ、早く!」
「保育園、おくれちゃうよ!」
「そうだったね。ハイハイ」
宙太、星丸と宙美に手を引っ張られるようにしてキッチンへ戻っていった。
「ほんと、可愛いわねぇ」
春之介、クスンと鼻をすすると、星子をキッと睨みつけた。
「あんな可愛い子たちを置いて、あなた、よくもまぁ……この二年半、あの子たちがどんなに寂しくて悲しい思いをしたことか……それにね、宙太さんだって、そりゃ大変だったのよ。丁度手のかかる時でしょ、オシメのことからミルクのこと、真夜中に熱出して、お医者さんへ連れていったり……宙太さんが仕事で忙しい時は、あたしたち、交代でヘルパーやってきたけど、やっぱり、限界があるのよね」
「……」
「それでも、二人とも元気に育ってくれてね、はじめてアンヨ出来た時なんか、宙太さん、泣きだしちゃって……星子さんに見せたいって……アンヨはお上手、こっちきてごらん……って、あなたに……」
「……」
「そんな宙太さんの気持ち、あなた、わかる? わかってるの!」
「……」
わかる、わたしにも。代役のわたしにもわかる。宙太さんって、ほんとにやさしい人だから。
「あ、よしましょ、今はね。あなたも戻ってきたばっかりだし……」
春之介、気持ちを整えるように息を吐いたあと、ふと、心配そうに星子を見た。
「でも、ね、星子ちゃん、あなた……大丈夫なの?」
「え?」
「ほら、半年ほど前になるかしら、あなたが電話でいったこと」
「……」
半年ほど前、星子ママ、春之介に電話をかけてきたらしい。もちろん、電話の内容はわからない。
「あたし、ずっと、気になってて……だって、大変なことじゃないの……宙太さんにはとてもいえないことよ、とても……」
「……」
どういうことか、聞いてみたい。でも、代理ママの自分にそこまで立ち入っていいのかどうか。どうせ、あと二日で代役も終わることだしね。
「とにかく、あとで水晶玉で見させて貰うわ」
そういいながら、ビトンのバックを開けて、金色の包みを取り出した。その包みを広げると、中には手毬ほどの大きさの水晶玉があらわれた。
どうやら、このヒト、水晶玉占いをやるらしい。
「でも、近頃、念力が弱くなったみたいで……ここんとこ、あなたの居所も見えなかったし、右京さんのこともさっぱり……あの人、無事なのかしらね。近頃、まったく姿が映らないのよ」
「……」
「星子ちゃん、あなたはどう? 右京さんの消息は掴めたの? それとも、会えたわけ?」
「……」
星子が答えに詰まっていると、奥から星丸が、
「ママ! 春オジチャン、したく出来たよ!」
と、呼んだ。
「こらっ、また、叔父ちゃんっていう。ふふふっ。じゃ、その話はあとでね」
そういって、春之介、キッチンへ向かった。
――なんか、いろいろとありそうだ……。
興味はあっても、係わると面倒なことになりそうだ。そう思いながらキッチンへ向かいかけた時、ふいにベストのポケットに入れていたケータイが鳴りだした。
取り出して広げると、待受け画面に「ナンバー非通知」の表示が読める。どうせ、いつものイタズラかもね。最近というか、半年ほど前から時々かかるようになった。でも、電話に出ても、まったくの無言で返事はない。
今回も同じだろうと思って切ろうとしたけど、ほら、虫の知らせっていうのかな、いつもと違って気になった。
で、ボタンを押して、
「もしもし?」
でも、応答なし。
「もしもし? ちょっと、ね、だれ? もしもし!」
いくら,呼んでもダメ。
ああ、やっぱり、いつものイタズラか、ということで、切ろうとした時だった。
「?……」
かすかだけど、ピアノの音が聞こえたような……。
ケータイをもう一度耳にくっつけてみると、確かにピアノの音が聞こえてくる。低くて遠いけれど、とてもきれいで美しい音色だった。
(つづく)
追記 おあつうございます。なんて挨拶をしたくなるような陽気ですね。今回もよろしくお願いします。この先、展開がいろいろと難しくなりそうかな。ま、時間をかけながら続けてみます。
|



