星子&宙太yyy

ファンの集う癒しの小部屋です。

星子恋の花紀行

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   みちのく・春の恋夏の別れ9

「フユシラズの花を見に行こうと思ってさ」
「あ、ほんとですか!」
 星子、眠気がいっぺんに吹っ飛んだ顔で車の外へ出た。
 もの凄く、寒い。道端には霜柱が立ち、海からさすように冷たい潮風が吹いてくる。寒くて、体ががくがくと震える。
「こっちだ」と、悠木に促され、海岸のほうへ続く細い道を下っていった。 
 海辺には、岩礁が広がり、穏やかな波が打ち寄せている。寒いけど、ほんとにすがすがしい朝だ。湾のほうへ目をやると、漁に出掛ける舟が何艘も軽やかなエンジン音を上げながら沖へ向かっていく。
 岩礁伝いにしばらく歩くと、狭い入り江があらわれた。その奥の岩に囲まれた斜面に、ひっそりと隠れるように黄色と緑の花畑が広がっている。
 近づいてみると、小さくて可愛い黄色の花が朝の光りに向かうように一面に咲いている。フユシラズの花畑だ。
 早春とはいっても、凍りつくような寒さが残る北の海辺で、こんなに可憐な花を咲かせているなんて。
 星子、体をかがめると、いとおしそうに手を触れた。なんだか、せつなくなって、涙が浮かんでしまう。
「フユシラズには、花言葉が二つあるそうだ」
「え?」
 悠木のような男の口から、花言葉の話が出てくるとは、意外というか、戸惑ってしまう。振り向いた星子に、悠木、ちょっと照れたようにはにかんだ。
「あ、いや、ミキから教えて貰ったんだ、彼女、そういうことにくわしくてね……花言葉の一つは、乙女の美しい姿……」
 乙女の美しい姿、ですか。たしかに、いえてるよね。
「で、もう一つは?」
「それは……」
 悠木、いいかけて、ふと、口をつぐんだ。
「……二度と聞きたくない言葉だな……」
「二度と?」
 悠木の目が、潤んでいる。今度のつらい出来事につながることかもしれない。
 星子、それ以上聞けずに、口をつぐんだ。あとで、調べればわかることだ。
「でも、ほんとにきれい……」
 あらためて、フユシラズの花に手を触れてみる。
「今が一番、きれいな時なんですね、きっと」
「ああ、ミキにも見せてやりたかった……」
 悠木、目頭をぬぐったあと、ふと、星子を見た。
「でも、君に見て貰えたしね……それで、もう……いや、正直いうと、君をここへ連れてきたかったんだ」
「わたしを?」
「ほんとに、よく似ているんだ、ミキと……勝気で、素直で、自立心が強くて、自分より人のことが心配で……ただ違うのは、ミキが暗くて重いものを背負っていたことかな……とにかく、君を見ていると、ミキが傍にいるような気がしてね……」
 悠木、目を伏せるようにして、海へ目をやった。
 そんな悠木に、
「あの……」
 星子、おずおずと声をかけた。
「復讐なんかしたって、ミキさん、決して嬉しくなんか……かえって、つらくなるだけじゃ……きっと、そうです……」
「……」
「わたし、ミキさんの代わりにお願いします。どうか、復讐はやめて、あとのことは宙太さんに……お願いします!」
 星子、それこそ必死になって悠木を見つめた。
「もし、聞いてくれなのなら、わたし、どんなことをしてでも止めて見せますから! ぜったいに!」
 悠木、星子を見つめた。
「君って子は、まったく……」
 ふっと肩で息を吐いたあと、悠木はいった。
「たしかに、復讐したって、ミキは喜ばないだろう。君のいう通りかもしれない……」
「悠木さん……」
「よし、坂田に会ったら、自首をさせる。美空君に連絡したあと、警察へ連れて行くから。力ずくでもね。それでいいかい?」
「ほんとに!」
 星子、ホッとなった。
「約束してくれますか」
「ああ、もちろんだ」
 よかった、これで、そばにいた甲斐があったわけだ。
「ただし、証拠がないと、美空君はともかく、県警のほうが取り合ってくれないだろう」
「でも、ないんでしょ、その証拠って?」
「いや、本当はあるんだ」
「えっ」
「じつはね、東京駅の八重洲西口のコインロッカーに……番号は215番だ。その中に、入っているんだ」
「!……」
「でも、今の僕が取りにいくわけには……もし、君さえよかったら、今からいってくれるかな?」
「わたしがですか?」
「キイはなくしたけど、係員に事情を話せば開けてくれるから。頼むよ!」
「あ、はい! でも、そのこと、宙太さんにも知らせたほうが……」
「いや、君が証拠を取り出したあとで、美空君に電話してくれ。さもないと、彼も僕を信用出来ないし。それまでは、僕のことは内緒だ」
 そういいながら、悠木、星子の携帯電話を差し出した。
「これ、返しておくよ。君が東京駅に着いた頃に、僕のほうから電話を入れるから。いいね?」
「はい!」
 星子、携帯電話を受け取った。
 状況が急に変ったので、気持ちがなかなかついていけない。とにかく、車まで戻って、リュックを背負う。ゴン太、目は覚ましているけど、相変わらず、何かにおびえた様におどおどしている。
「じゃ、頼むよ。気をつけて」
「ええ、悠木さんもどうか……約束、守って下さい。きっとですよ!」
「わかった。さぁ、早く!」
 悠木にせかされて、星子、歩き出した。
 途中で振り向くと、悠木が身じろぎもしないで見送っている。一瞬、これっきり会えないような気持ちになったけど、払いのけるように駅へ走った。
 南リアス線の恋し浜駅は、長い階段を上がった見晴らしのいい高架線にある。恋のスポットにふさわしいステキな駅だ。三陸鉄道って、釜石と盛をつなぐ南リアス線と宮古と久慈をつなぐ北リアス線に分かれていて、それぞれ、風光明媚な三陸海岸を走っている。
ほんとは、今回の旅では、三陸鉄道の旅をしっかり楽しむつもりだったけど、それどころじゃなくなってしまった。でも、おかげで、悠木さんのような男性に会うことが出来たわけだ。その悠木さんのためにも、頑張らないと。
間もなく、ホームに7時7分発のカラフルなディーゼル列車が到着。釜石へと向かう。トンネルは多いけど、列車の車窓から見る三陸の海や岸辺の景色は、のどかで美しい。この土地が、昔から何度も大津波に襲われて、大きな被害を出したとはとても思えない。
小さな漁港に出入りする漁船、朝ごはん時の家々、出勤と登校時間が重なり、それなりに混み始める車内。平和で穏やかな三陸の暮らしが、パノラマのように広がっていく。
いいなぁ、東北の旅って。
ふと、そんな気持ちになったけど、今の星子には、その旅情に浸っている余裕はなかった。
一刻も早く証拠を見つけて、宙太さんに電話しないと。そうすれば、坂田という男を逮捕されて、悠木さんの潔白も証明出来る。
早く、早く、東京に着かないと!
焦る気持ちをなんとか押さえるうちに、列車は釜石に到着。JR石             巻線の7時40分発・快速「はまゆり2号」盛岡行きに乗り換えて、盛岡へ。途中、列車ファンにはたまらないヘアピンカーブの峠越えとか、悠木と出会った遠野の街、それに行きそこなった恋のスポット・めがね橋を車窓から見たりしながら盛岡へ。そして、10時10分発・東北新幹線「やまびこ52号」に乗って、東京へと向かう。
寝不足と疲れでうとうとしていると、宙太からのメールが入った。
「お早う、ダーリン! 君のステキな笑顔と甘いキスを期待して、今日も頑張ってまーす!」
 ふん、誰が甘いキスなんか。
「でも、春ちゃんからのメールが気になるんだ。今日、恐ろしいことが起きそうだから、気をつけろって。君もね、いいね」
その春之介から、星子にもメールが入っていた。
「星子ちゃん、今日の外出は控えたほうがいいわ。今回だけは、わたしのいうことを聞いてね。お願いよ」
 なんだろ、もう、春ちゃん、昨日から変なことばかりいって。こっちはそれどころじゃないのにね。
 ――でも、ニュースによると、昨夜から今朝にかけて、宮城県あたりで小さいけど地震が何度も起きてる。それに、昨日と一昨日には三陸沖でかなり大きな地震もあったっていうし、ちょっと、気にはなるけど……。 
そして、午後1時24分、東京着。
ホームへ飛び出すと、大急ぎで八重洲西口のコインロッカーへ向かう。ロッカーナンバーが215っていってたし、まず、確認しないと。
ところが、八重洲西口のコインロッカーが見当たらない。いくら探しても、だめ。時間だけはどんどんたっていくし、焦って駅員さんに聞いたところ、「八重洲西口コインロッカーなんて、ないですよ」って、いわれた。
どうなってるわけ。悠木さんが間違えたってこと? 大事な証拠が入っているっていうのに、サイアクじゃん。
星子が茫然となった時だ、携帯電話に着信が……相手は、悠木だった。
「悠木さん、ロッカーが!……場所、間違えていませんか?」
 焦りながら話すと、
「いいんだ、それで」
悠木の静かな声が携帯電話から流れた。
「え? ……じゃ、証拠の品物はどこに?」
「そんなものは、はじめからないんだ」
「ない?」
  星子、唖然となった。
「どういうこと、それって……証拠がなくては、悠木さん……」
「そう、どうにもならないさ。坂田さえ始末すれば、それでいい」
「そんな!」
 頭の中がぐるぐる回る感じで、なかなか、冷静になれない。
「わ、わたし、今からそっちへ……すぐ、引き返しますから!」
「いや、坂田はすぐそこまできている。もうじき、決着をつけるから」
「悠木さんっ」
「すまん、だましたりして。でも、君を巻き込むわけにはいかなかった。それに、ミキにもいわれていたしね……」
「え?」
「じつはね、昨夜からミキの声が何度も……ここにいてはだめ、早く逃げて、早くって、叫んでいるんだ」
「!……」
「でも、僕は坂田のこともあってここから離れるわけにはいかない。それで、君だけでもと思ってね」
「……」
「ま、何事もなければ、それに越したことはない。そう祈りたいが……」
 それは、星子も同じ思いだ。
「なぁ、星子さん……君をひどい目にあわせておいて、こんなこといったら怒るかも知れないが……会えて良かった、君に会えて本当に良かったよ」
「悠木さん……」
「フユシラズの花畑に立つ君の姿、忘れないから……ミキに似ているからじゃない、君にぴったりの花だったからね」
「……」
「そうだ、フユシラズのもう一つの花言葉、まだ、いっていなかったね……永遠の別れ、だそうだ……」
「!……」
「たしかに、もう二度と君と会うことはないだろう。どうか、元気で……美空君と幸せにな……彼にはお似合いだよ、君って。幸せになれよ、星子さん、いいね」
「悠木さんっ……」
 電話、切れた。
 携帯電話が、涙でにじんでくる。
 まさか、こんな結末になるなんて。体の中が急に空っぽになった気分だ。
 ――永遠の別れ……いや、そんなの、いやよ。会いたい、もう一度、悠木さんに会いたい!……。
 ふいに、そんな思いが突き上げてくる。
 恋してしまったのか、愛してしまったのか、わからない。ただ、無性に悠木に会いたくなった。がっしりとした悠木の胸に、飛び込みたくなった。
 いくのよ、星子。
 さぁ、早く!
 星子、せかされるように走り出した。
 その瞬間だった。もの凄い地鳴りのような音が足元から突き上げ、同時に激しい揺れが襲ってきた。
 駅の構内でいっせいに悲鳴が上がり、星子、立っていられずに、その場にかがみ込んだ。
 星子の目に映った大時計、午後2時48分をさしている。
 ――恐ろしい悲劇の、はじまりだった……。

                       
                 (前編・おわり)



追記 なんとか、前編が出来上がりました。さてっと、おつぎはいよいよ星子女子会ですか。気分一新、いじりまくってやるぞ! カクゴ!

        みちのく・春の恋夏の別れ8

 ――なんて、きれいな夜の海……。
 星子、暖房で曇った窓ガラスを拭きながら、うっとりと車窓へ目をやった。
 夜空は暗いけど、真っ暗な海の沖に漁火のような光がキラキラと光り輝き、釜石の港に入港する船の灯も入り混じって、幻想的な光景が広がっている。
 春之介に、『明日、恐ろしいことが起きる。一刻も早く家へ帰って』というメールを貰い、星子、かなり迷ったことはたしかだ。でも、人質状態のままだし、悠木のこともほってはおけない。
ということで、春之介には、『もうじき、家に着くから、大丈夫。疲れたし、くわしいことは明日ね。』とリメールしておいた。
「おそろしいこと、か……」
 悠木が、ハンドルを握りながら、ふとつぶやいた。
「え?」
「君が見せてくれたメールだよ」
 宙太と春之介からのメール、悠木にも見せていた。こっそりと連絡したって、疑われないようにだ。
「春之介君って、占いをやっているのか?」
「ええ、でも、当たるも八卦、当たらないのも八卦って……たぶん、当たらないかも……」
 星子、曖昧に微笑んで見せた。
「だといいけどな、君の連れの様子が、ちょっと、気になるし……」
 悠木、チラッとリュックへ目をやった。
 たしかに、ゴン太の様子はおかしい。花巻から遠野へ向かう時もそうだったけど、何かにおびえたように、リュックの中でうずくまり、ほとんど何も食べていなかった。
「あ、気分屋ですから、大丈夫よね、ゴン太?」
 ゴン太、目を閉じたままでほとんど反応しない。ま、しばらく様子を見るしかなさそうだ。
 釜石の街をあとにした車は、じきにトンネルをくぐったり、崖の間を抜けたりしながら、走っていく。カーナビで見ると、リアス式海岸の凸凹した地形が海に突き出し、その間を国道がうねっている。時々、海らしい景色が現れるけど、暗くてはっきりしない。でも、行き交う車の数はかなり多いし、集落の灯もほとんど途切れることはなかった。
さすが、北は八戸から宮古、釜石、大船渡、陸前高田、気仙沼、塩釜を結び、仙台へと至る三陸海岸の国道だけのことはあるよね。
車のメーターの外気温を示す数字は零度近いけど、集落の灯は暖かくて家族団欒のぬくもりや笑い声が伝わってくような気がする。
 ――いつまでも、あの家々の灯が暖かくともっていてほしい……いつまでも……。
 ふと、そんなことを思ってしまう。
 南三陸の街で国道と別れた車は、三陸鉄道の高架線とくっついたり離れたりしながらしばらく海岸伝いに走った。そして、小さな漁港に入ると、「恋し浜」の文字が見える看板がヘッドライトの明かりに浮かんだ。
「!……」
 なんとなんと、星子が訪ねる予定だった三番目の恋のスポット「恋し浜」じゃないですか。まさか、こんなふうに訪れるとは。
丁度、山側の高台の駅に到着した三陸鉄道の列車の灯が見える。人家は少ないし、夜もふけてきたせいか、人影はまったく見たらない。動いているのは、駅に着いた乗客を迎えに行く車ぐらいだった。
悠木、ハンドルを切って、海岸伝いの小道へ車を走らせると、しばらくして車を停めてライトを消した。暖房のためにエンジンはかけたままだけど、すぐ近くの岩礁に打ち寄せる波の音が聞こえてくる。
海は穏やかで、対岸の半島の集落や車の灯、それに、漁港の灯などが暗闇の中に美しく光っていた。
――でも、なぜ、こんなところで車を停めたんだろう。まさか、わたしをどうにかするつもりなんじゃ……。
一瞬、背筋が寒くなる。でも、悠木はシートベルトをはずすと、シートを倒した。
「ここで、夜が明けるのを待つから」
「えっ」
「朝がくれば、すべては片づくはずだ。朝がくればね」
「どういうことですか、それって?……」
「……」
 星子の問いかけには答えず、悠木、目を閉じた。
 仕方ない、とにかく、明日の朝まで待とう。それしかない。
 それにしても、ずっと車に乗りっぱなしだし、緊張状態が続いたこともあって、体はくたくたに疲れきっている。星子もシートを倒すと、体をのばした。車の暖房もきいているせいか、一気に眠気が襲ってくる。
 眠っちゃダメ、何が起こるか分からないし、ちゃんと起きていないと。
 そう自分にいい聞かせたけど、そのうち、目が重くて開けられなくなり、いつの間にか吸い込まれるように眠ってしまった。
 どれくらいたったか、うめくような声に目が覚めた。車内は計器盤の明かりしかついていないが、悠木の顔がかすかに闇の中に浮かび、苦しそうにしきりと口を動かしている。
 また、具合でも悪くなったのだろうか。
「悠木さん? 大丈夫ですか、ね、悠木さんっ」
 星子、悠木の腕を掴んで呼びかけた。
 瞬間、悠木が大声を上げると、いきなり、体を起こして星子を抱きしめた。
「ミキ! ……」
「!……」
 強く抱かれて、息が出来ない。
 必死にもがいているうちに、悠木、ハッと目を見開いて星子から手を離した。
「す、すまん……」
 一言詫びたあと、悠木、車のドアを開けて外へ出ていった。
「……」
 いったい、どうしたんだろう。星子、気になってドアを開けた。
 寒い! まるで、体が凍りつくようだ。それでも、ふるえながら悠木のそばへいった。
「悠木さん……」
「……」
 悠木、茫然とした姿で真っ暗な海を見つめている。足元から吹きつける寒風にまじって、岩に叩きつける波の音が這い上がってくる。まるで、海に潜む魔物の咆哮のような不気味な海鳴りだった。
「あ、あのぅ、ミキって……」
 星子、悠木の背中におずおずと声をかけた。
「もしかして、奥さんの名前とか……」
 たぶん、間違いない。そんな気がする。
 悠木、かすかに頷いた。
「……真っ黒な海が渦を巻いて……ミキが叫んでいるんだ、早く逃げて、早くって……」
「……」
「彼女を助けようとしたんだが、どうしても体が動かなくて……必死に手足を動かしているうちに、気がついたら君を……本当に、すまなかった……」
「あ、いいえ……」
 そういうことだったんだ。
「車へ戻ろう、風邪をひくよ」
 悠木、我に返ったように星子を促した。
 暖房のきいた車内へ戻って、ホッと一息ついた星子に、
「ほんとうは、ミキをここへ連れてくるつもりだった」
 悠木、つぶやくようにいった。
「この下の岩場近くにフユシラズの小さな花畑があってね、僕は何度も写真を取りにきているんだ。その写真を見て、ミキが連れて行って欲しいっていうから……」
悠木、フユシラズのポットカバーを手に取って、しみじみと見つめた。
「もともと花が好きな奴だったが、きっと、フユシラズの北国の寒さに耐えて咲く花の姿にひかれたのかもしれないな……あいつも、そういう女だった……」
「……」
「もう二年になるかな、僕と出会った頃、ミキは上野のクリーニング屋で働いていたんだ。化粧もオシャレもほとんどしないし、朝から晩まで頑張って働いて……そんな彼女の姿に惚れ込んで、結婚を申し込んだわけだ。でも、なかなか承知してくれなくてね……じつは、ミキには人にはいえない理由が……」
「理由が?」
「今から三年前、ミキは名古屋の宝石店で働いていたんだが、坂田という悪い男にだまされてね、宝石強盗の手引きをさせられるはめに……その時、店のオーナーが殺されているんだ。やったのは、坂田のほうだが、今も逃走中だ……」
「!……」
「こわくなったミキは、その男のもとから逃げてね、何度か自首しようとしたが、男の仕返しが怖くて出来なかったそうだ……そんな過去のある自分が、結婚出来るわけがないって、それも、刑事の僕とね……思いつめたミキは、自殺までしようと……」
「!……」
「そんなミキを見て、僕は決心したんだ。命をかけてこの女を守ろう、幸せにしてやろうって。そのためなら、刑事をやめてもいいって……いや、刑事を続ける資格はないさ。逃走中の共犯者を匿っているのと同じだからね……」
「……」
「今思えば、一言美空君に相談すべきだった。彼なら、きっと、自分のように心配して、何か、いい方法を考えてくれたはずだ……」
 たしかにね。宙太さんって、顔に似合わずそういうところは、頼りになるのよね。
「でも、僕は彼女と離れたくなかった。こんな体だし、いつ死ぬかわからない、せめて、生きている間はずっとミキと二人でいたかった……」
 悠木、歯噛みしながら、フユシラズのポットカバーを見つめた。
 愛情って、そういうものかも知れない。たとえ、世間の常識とか法律に背いても、貫こうとするのが愛というものなんだ。 
 星子、胸がいっぱいになって、そっと息を吐いた。そして、悠木の横顔を見つめた。
「やっぱり、違ってたんだ、奥さんのこと……手にかけたりは……そうでしょ?」
「……」
「ほんとは、誰が奥さんを……もしかして、昔の男の人とか?」
「……」
 悠木、かすかに頷いた。
「坂田にしてみれば、ミキは裏切り者で殺人の目撃者でもある。生かせてはおけないだろう。だから、僕も必死に彼女を匿ってきたつもりだった。でも、とうとう見つかってしまって……僕が家を空けているすきに、ミキは坂田に殺されたんだ!……」
 悠木、拳を震わせた。
「だったら、宙太さんにどうしてそのことを……犯人は自分じゃないって……」
「僕は、ミキを守ってやれなかった。僕がミキを殺したのも、同じだ」
「悠木さん……」
「それにね、ミキが死んだんじゃ、三年前の強盗殺人の罪を法律で裁くのは難しい。ミキはただ一人の証人だったしね。だから、僕のこの手で坂田を裁くしか……ミキのためにも、それしかなかったんだ」
「……」
 そうまでいわれると、返す言葉が見つからない。
「……それで、坂田って人、今どこに……」
「明日の午後、ここへあらわれることになっている」
「えっ」
「昨日、奴とケータイで連絡が取れてね、こういったんだ、三年前のお前の犯行を裏づける証拠をミキから預かっている、返して欲しけりゃ、取りにこいって」
「証拠?」
「いや、そんなものはないさ。おびき出すための方便ってわけだ」
 そういうことですか。それにしても、そこまで深い事情があったなんて。
「君には、すまないと思っている」
 悠木、すまなさそうに星子を見た。
「逃げるチャンスがあったのに、ここまで付き合ってくれたのも、なんとか、僕のリベンジを止めたかったからだろう」
「ええ」
「でも、僕の気持ちは変わらないから。明日、奴がここへあらわれるまで、付き合って貰おう。そのあと、君を開放するから、美空君に電話するなり、パトカーを呼ぶなり、好きなようにしてくれ。いいね?」
 きっぱりといって、悠木、目を閉じた。
 もう、どうしようもないみたい。諦めの気持ちが、広がっていく。とにかく、最後までなんとか、頑張らないと。それしかない。
 宙太さん、私を見守っていて、お願いね。
 星子、そっと心の中でつぶやくと目を閉じた。
 しばらくたって、ふと、目が覚めた。窓の外は明るくなっていて、朝焼けの雲が水平線のほうへ広がっている。
「起きたかい」
 悠木が、星子に声をかけた。
「ちょっと、付き合わないか」
「え?」

                       (つづく)

追記 5000字を超えてしまうので、二回に分けます。よろしく。
 
 

     みちのく・春の恋夏の別れ7

「……どうしてだ……」
 悠木、肩で息をしながらつぶやいた。星子が飲ませた薬のお陰で、どうにか顔に生気が戻ってきたようだ。
「……逃げられたのに、どうして……」
「……」
 たしかに、あのまま、逃げることは出来た。夕暮れ時の街中にいるわけだし、助けを求めてパトカーを呼んで貰えば、星子は助かり、悠木も捕まったはずだ。
 でも、悠木は発作を起こしていたし、一刻も早く薬を飲む必要があった。もし、遅れたら、命にかかわるかも知れなかった。たとえ自分の妻を殺した犯人であっても、ほっておくことは出来ない。ちゃんと、裁きを受けさせないと。それが、人の道っていうものなんだ。
 星子、自分にそう言い聞かせると、悠木のところへ走った。そして、やっとのことで車に乗せると、薬を飲ませたのだった。
「美空君のいったとおりだったな……」
「え?」
 ふいに、宙太の名前が出て、星子はびっくりした。
「彼、こういってたよ……星子さんは、何事にも正直なんだ。ごまかしたり、逃げたりしない、あくまで、筋を通す生き方をしている、そんな女の子なんだ。だからこそ、僕は彼女に惚れた、恋しているってね……」
「そんな……」
 宙太さんが、そんなこといってたなんて。でも、褒め過ぎもいいとこ。
「違います、わたし、そんな……」
 あわてて首を振った星子に、悠木、かすかに微笑んだ。
「美空君は、恋には正直な奴さ……」
「あ……」
 恋には、正直なオトコですか。どうだかね、あの調子の良さが、イマイチ、引っかかる。
「とにかく、有難う……礼をいうよ……」
 悠木、星子に頭を下げた。さっきまで氷のように冷たく鋭く光っていた悠木の目は、別人のように穏やかだ。
 その目を見据えながら、星子、ためらうことなくいった。
「お願いです……自首して下さいっ……」
「なに?」
「宙太さんなら、きっと、あなたのこと……あとのことは、宙太さんに……」
「たしかに、彼なら分かってくるだろう。でも、前にもいったように、俺のこの手でケリを、始末をつけたいんだ……」
 悠木の顔が、一転、以前のように鋭く引き締まった。
 ――この人、拳銃を持っている。始末をつけるっていうのは、その拳銃で誰かを……。
「や、やめてくださいっ、これ以上、恐ろしいことは……お願いですから!」
「折角だが、それは無理だ。あいつを許すわけには……家内のためにもな……」
「えっ」
 星子、いぶかしそうに見た。
 ――それって、リベンジのこと? 奥さんを殺して逃げてるくせに、その奥さんのためにリベンジを……。
「どういうことですか? それに、相手の人って、一体……」
「君には、関係のないことだ」
「でも……」
「いいから、ほっておいてくれ。どうせ、この体じゃ先はないんだ。今のうちに、やっておかないと……それが、家内への供養ってやつさ……」
 悠木、歯噛みすると、目を瞬いた。
 ――これが、奥さんを殺した人の顔かしらね。それに、奥さんの供養だなんて、自分で殺しておきながら、そんないい方する?……。
 星子、いぶかしそうに悠木を見た。
「あのぅ……悠木さんって、ほんとに……ほんとうに、奥さんを?……」
 殺した、なんて怖い言葉はいえない。
「……」
 悠木、黙ったままだ。
「ね、悠木さんっ……答えて下さい!」
 星子、突き刺すような眼で見つめた。でも、悠木は、黙ったままだ。
 でも、これだけはいえそう。悠木さんは、奥さんを殺していない、って。
 そう、絶対に間違いない。
 だったら、なぜ、逃げてるわけ? なぜ、宙太さんに本当のことをいわないの? 奥さんのリベンジのため?
なんだか、すごく深いわけがありそうだ。星子としては、見過ごすわけにはいかない。それに、このままでは悠木は新たな罪を犯すことになるかもしれない。悠木さんは、かって、宙太さんと親友の仲だったというし、もし、罪を重ねたら、宙太さんがどんなに悲しむことだろう。宙太さんのためにも、なんとかしないと。
 こうなったら、わたしが傍にいて、悠木さんのリベンジを止めるしかない。こわいけど、それっきゃない。
 星子、しっかり心に誓うと、悠木を見た。
「ケータイ、返してくれますか。宙太さんに、電話したいんです」
「なに」
「あ、大丈夫です。宙太さんに今日じゅうに東京へ帰るって約束しているし、一応、安心させてあげないと……それだけですから、ほんとに」
「……」
 悠木、星子の顔を見据えたあと、ポケットに手を入れて星子の携帯電話を取り出した。
「有難うございます」
 星子、受け取ると、携帯電話を開いた。
 宙太からのメールが、いくつも入っている。
『急に電話が切れたけど、なにかあったわけ?』
『大丈夫かい? 今、どこにいるの?』
昼間、遠野にいた時、電話中に突然切れたので、心配して何度もメールを送ってきたようだ。
『ハニィ! 無事なのかい! 春ちゃんも、心配して何度も僕にメールくれてるぜ』
 そういえば、春之介からのメールも入っている。
『星子ちゃん! あなたに、どうしても伝えたいことがあるの。今すぐ、連絡ちょうだい!』
『星子ちゃん! 大至急連絡して!』
 いったい、どういうことだろう。そういえば、今すぐ旅を中止して東京へ戻れって、電話を貰ってたけどね、春ちゃんって、ちょっとオーバーなとこあるしね。あとで連絡することにして、問題は宙太さんからのメールだ。
少し前に入ったメールには、
『マサル君が、僕の代わりに捜査を引き受けてくれるそうだ。でも、理由はあとで話すけど、今回の捜査だけは僕の手で解決したい。どうしてもリメールがない時は、岩手県警に君の捜索を依頼するつもりです。大至急、連絡を!』
「!……」 
宙太の心配顔が、目に見えるようだ。ほんとは、今すぐこっちへ飛んできたいんだろうけど、親友だった悠木のからむ捜査なので、そうもいかないわけだ。
とにかく、岩手県警に手配されたら、ことは面倒になる。星子、急いでリメールを打った。
『ケータイの調子が悪くて、ゴメンナサイ。今、電車の中。もうじき、家に着くとこ。大丈夫だから、お仕事、頑張って!』
 最後に、❤マークをつけておく。
 ほんとは、❤マークは余計だよね。こっちにはその気はないし。でも、心配かけてるから、サービスね。
 電車の中って嘘ついたのは、宙太さんに電話かけられると困るから。カンのいい男だし、直接話したりすると、ごまかしがきかなくなる。今は、悠木さんを下手に刺激しないほうがいい。
 じきに、宙太からのリメールが入った。
『無事でよかった! ほんとに、よかった! ❤マーク、大感激! お仕事、頑張りまーす!』
 星子の無事を、心底喜んでくれている。ウソをついて、ほんとに申し訳ない気持ちだ。
 ――ごめん、宙太さん……。
 星子が唇を噛んだところへ、メールが入った。
 春之介からだ。
『星子ちゃん! 今どこ? あたしの占いだと、明日、恐ろしいことが起きるわ』 
 明日、恐ろしいことが……なんだろう、いったい。
『くわしいことはまだ見えないけど、とにかく早く家に戻って。一刻も早く!』
 春之介の必死に叫ぶ声が、聞こえてくるようだ。
 星子、メールをじっと見つめた。


                       (つづく)



追記  あと一回で終わるつもりが、もう一回残ってしまいました。スンマセン。もうちょっとだけ、お付き合い下さい。
  

    みちのく・春の恋夏の別れ6


 ――そ、そんな……ウ、ウソだぁ……。
 星子、茫然となった。頭の中がぐるぐる回ってわけがわからない。
 だって、悠木さんは奥さんを殺した容疑で宙太さんやマサルさんに追われているはずだ。奥さんを殺すなんて、よほどの理由が……だって、愛を誓い合って一緒に暮らしていた仲だと思うし……その奥さんを殺すからには、もの凄く憎んでいるとか、それでなかったら、血も涙もない冷血人間とか、とにかく、普通じゃない。
それなのに、悠木さんはその奥さんが刺繍をしてくれたポットホルダーを持っている。それも、いとおしそうに。
「どういうこと、いったい?」
 って、聞いてみたいけど、相手が相手だし、ビビってしまう。
 でも、事情はともかく、フユシラズの花の可憐な美しさには魅かれてしまう。出来ることなら、この目で見てみたい。ただし、こんなこわい人と一緒はゴメンだけどね。
 ちょっと、しっかりしてよ、フユシラズどころじゃないでしょ。わたしは今、人質っていうか、とんでもない状態なんだ。この先、どんな目にあうかわからない。なんとか、早く逃げ出さないと。
 でも、こんな山の中だし、小雪もちらついているし、通る車もほとんどないし、ちょっとその気になれない。
願わくば、
「ハーイ、ハニィ、おまっとうさん」
 そういいながら、宙太が助けにきてくれるといいけど、ちょっと無理だよね。ゴン太も今回はまったく役立たずだし。
 ――ああ、もう、絶望……。
 がっくりと吐息をついた星子に、
「すまない、こんなことになって」
 悠木が、ぼそっといった。まるで、星子の心を読んだみたいだ。
「とにかく、あと一日だけつきあってくれ」
「え?」
「そのあとは、君が好きなようにすればいい。美空君に電話しても構わない」
「!……」
 星子、唖然と悠木を見た。悠木の青白く翳った横顔には、べっとりと汗が浮かんでいる。クルマの中は、そんなに暖房もきいていないのにね。どことなく体調が良くないようだ。
「でも、どうして、あと一日なんですか?」
 冗談じゃない、こっちは今すぐ逃げ出したいのに。
「なにか、わけでもあるんですか? いってください!」
「君には、関係のないことだ」
「そんな! 私をこんな目にあわせて、関係ないはないでしょ!」
 星子、睨みつけた。
「教えて下さい! ね、早く!」
「……」
 悠木、黙ったままハンドルを握っている。頬のこけた凄味のある横顔が、一瞬、なにかを耐えるように歪んだ。
 もう、これ以上、聞いても無駄だ。それより、なんとか逃げる方法を考えよう。星子がキッと歯噛みした時、車は急なカーブに差しかかってスピードを落とした。
 今だ!
 星子、リュックを掴むと、ドアロックをはずしてドアを開け、飛び出そうとした。
 瞬間、悠木はブレーキを踏むと、太い腕で星子の襟首を掴んで引き戻した。
「やめろ! 馬鹿な真似をするな!」
「離して!」
 星子がもがきながら体を起こそうとした時、右の脇腹に何かが強く押し付けられた。
 痛みをこらえながら見た星子、ギクッとなった。突きつけられた物は、拳銃だった。
「大人しくしてるんだ。いいな」
「!……」
 星子の全身に震えが走り、冷たい汗が噴き出した。
「本当は、こんなものは見せたくなかった。でも、美空君のためだからな」
「え?……」
「いつだったか、二人で飲んだ時、照れくさそうにこんなことを……自分には、星子っていうステキな子がいる……カノジョにもしものことがあったら、生きていられないからってね…」
「!……」
 ――宙太さんが、そんなことを……。
 ふん、あのお調子者、酔いに任せて適当なことをいっただけよ。きっと、そうよ。
そう否定しようと思ったけど、なんだか、あったかくて、せつないものが星子の胸の名中にじわりと広がった。
「とにかく、あと一日だけ、つきあってくれ。どうしてもカタをつけないと……あいつのためにも……」
「あいつ? 誰のことですか?」
「……」
 悠木、答えずに拳銃をポケットへ戻した。唇を噛みしめた横顔は、何かつらいものを懸命に耐えているようだ。
――あいつって誰? それに、カタをつけるって、どういうことなんだろう。
聞いたところで、話してくれないに違いない。でも、拳銃を持っているからには、なにか、こわいことがからんでいるのかも……。
星子、思わず身ぶるいした。
でも、ピストルまで持ってるんじゃ、とても逃げ出せない。このまま、つきあうしかないか。
がっくりしながら車窓へ目をやるうちに、車は峠を越えて下りになり、深い山の中をくねくねと下っていった。ゴン太、クルマ酔いしたのか、それとも、すっかりおじけづいたのか、リュックの中で丸くなったままだ。ほんと、情けないヤツ。なんて、自分も同じだけどね。
しばらくして、小さな踏切があらわれた。やっと、下界に降りてきた感じだ。カーナビで確認すると、釜石線の踏切のようだ。じきに、人家が見えて、橋を渡ると、車は国道に入った。
車の数はかなり多い。所々に人家もあるし、人の姿も目につく。でも、助けを求めたくても、とても出来やしない。川伝いの道を下っていくうちに、さらに人家が増えて、細長い街並みが車窓に見えてきた。両側の山の間にまで家がたくさん建っている。
釜石の街だ。
三陸海岸で一番大きな港街で、大きな工場がいくつもある工業都市でもあるんだよね。でも、明治29年と昭和8年の三陸大津波で大変な被害を受けたとか。それに、戦争中も空襲や艦砲射撃で街は壊滅、沢山の人達が亡くなったそうだ。
そんな数々の悲劇があったとは思えないような、夕暮れ時の活気のある港街の景色が車窓に広がっている。釜石は入り組んだリアス式海岸に面した細長い街なので、港はまだ見えなかった。
釜石といえば、星子の最初の旅の計画では、遠野に一泊した翌日、列車で釜石へ。港街の観光してから恋し浜へ向かい、恋の大願成就の旅をしめくくる予定だった。
その計画も、アウト。ステキな恋も見つからずじまい。まさに、サイアクだ。
落ち込んでいる星子の耳に、カーラジオのニュースが聞こえてきた。
 ニュースの内容は、地震のことだ。宙太も新幹線の中でいってたけど、最近、東北地方は地震が頻発していて、昨日のお昼頃、三陸沖でマグニチュード7.3の強い地震があって、釜石でも震度4を記録したとか。今朝も宮城県沖でマグニチュード6.8の地震が起きたという。
 今のところは大きな被害は出ていないらしいけど、ちょっと心配だよね。
「次のニュース、一昨日の夜、東京世田谷区で若い主婦が殺害される事件がありましたが、被害者の夫が容疑者として手配中です……」
 悠木のことだ。
「現在、容疑者が青森県の下北半島あたりにいるとの情報があり、大掛かりな捜索がおこなわれているとのことです……」
 そんな、違う。犯人はここよ。ここにいるのよっ。
 なんとか、早く宙太さんに知らせたい。いらつきながら車窓へ目をやっているうちに、前方にコンビニの明かりが見えてきた。
「お腹,すかないか? トイレは?」
 悠木にいわれたけど、
「結構ですっ」
 やせ我慢じゃない、とてもそんな気分には……。
 ううん、ちょっと待って。チャンスよ、星子っ!
「あ、やっぱり、お願いします……」
 星子が体をもじもじさせると、悠木、コンビニの駐車場へ車を乗り入れた。
「妙な真似はしないこと。いいな?」
「はい……」
 星子、しおらしく答えると、助手席のドアを開けた。
 悠木も運転席のドアを開けて、外へ出た。そして、リモコンキイでドアをロックしようとした。
 瞬間、星子は助手席のドアを押さえると、腕をのばしてリュックを掴み、パッと体を翻した。
「あ、おい!」
 悠木の声が、星子の背後から追ってくる。
 もしかしたら、撃たれるかも。足がもつれて、思うように走れない。じきに、右腕を掴まれた。
 駄目か、と思った直後、悠木は激しく咳込み、体を折り曲げた。
 すかさず、星子、悠木の手を払いのけて、必死に走りだした。
 途中で振り向くと、悠木はその場にかがみこんでいる。
 どうやら、また、発作が起きたらしい。これなら、逃げられるかもしれない。あとは、交番を見つけて事情を話し、宙太に連絡して貰うだけだ。
星子、ホッと息をつくと、リュックを背中に背負った。すると、その拍子にリュックの中から何かが転げ落ちた。拾うと、男物の黒革の財布だ。
どこかで見たような……そうそう、悠木さんの財布だよ。でも、どうしてわたしのリュックに……。
 首を傾げた時、ゴン太がフニャーゴと鳴きながら、星子を見上げた。
「まさか、ゴン太、お前が?」
 ゴン太、自慢そうに鼻毛をヒクヒクさせている。
 役立たず、と思っていたら、案外やるじゃないの。どうやって手に入れたのかわからないけど、これなら、立派な証拠になるよね。
 星子、ゴン太にウインクすると、財布をリュックに戻そうとした。その時、はさんである薬のカプセルが見えた。
「あ……」
 この薬、悠木さんが発作を起こした時に飲む薬だった。
 星子が振り向くと、悠木はかがみ込んだまま、苦しそうにあえいでいる。早くこの薬を飲まないと、大変なことになりそうだ。
 戻って薬を手渡そうか。でも、容体が回復すれば、悠木はまた星子を人質に取るかも知れない。
 どうするの、星子。どうしよう。
 星子、カプセルを手に立ちすくんだ。


                           (つづく)



追記  夏も終わりに近づきましたね。夏バテせずに、元気にお過ごしのことと思います。かなり間が空いてしまったけど、第六話なんとかお届け出来ました。次回で、前編が完成すると思います。よろしくです。
 それにしても、現実の出来事をお話の背景に置くとなると、どうしても、重い気持ちになってしまいます。でも、ラブロマンスの一つの形として描いてみたかったわけです。ご容赦ください。
      

  みちのく・春の恋夏の別れ5

「返して! 返して下さい!」
 星子、携帯電話を取り返そうと飛びついた。でも、悠木に軽く払いのけられ、つんのめった。
「あっ」
 どうにか踏み止まって振り向いた星子に、悠木、携帯電話からバッテリーをはずして差し出した。
「ひどい! なによ、もう!」
 携帯電話をひったくりながら、星子、悠木を睨みつけた。
「バッテリーも返して下さい! 早く!」
 でも、悠木は黙ったままバッテリーをコートのポケットに入れた。
「ちょっと!」
 もう一度、飛びかかったけど、腕を掴まれて動けやしない。
どうして、こんなひどいことをするんだろう。宙太さんに悠木さんのことを話そうとしただけなのに。
そうか、それがいけなかったのかもね。
星子、痛みに顔をしかめながらいった。
「宙太さんに、知られたくなかったんですね、あなたと一緒だってこと。そうでしょ!」
「……」
「でも、どうして? 同じ刑事さんなのに……なんでっ?」
「……」
 悠木、黙ったままだ。
 星子、いらつきながら睨んだ。
「いって下さい、ハッキリと!」
「……違う……」
 悠木、ぼそっとつぶやいた。
「え?」
「二年前にやめたんだ、警視庁を……」
「やめた?」
 悠木、小さくうなづいた。
じゃ、もう、刑事とか警官じゃないってわけだ。でも、悠木は警視庁でアメフトをやっていた頃の写真を持っている。今でも、宙太には強い友情を抱いているはずだ。
だったら、なぜ、星子が悠木のことを話そうとした時、携帯電話をひったくり、バッテリーまで抜き取ったんだろう。
もしかして、宙太に居所を知られたくなかったのかも……なにか、よほどの理由でもあるに違いない。
そんなことを考えていると、木立の向こうからバイクの音が聞こえてきた。星子が目をやると、近くの道をバイクが二台、ゆっくりと走ってくる。乗っているのは、二人の警官だった。
そのとたん、星子、悠木に肩を掴まれて木立の陰に引っ張り込まれた。
「いたっ……」
 顔をしかめながら睨むと、悠木、サングラス越しに鋭く警官達を見つめている。まるで、警官に見つからないように隠れているみたいだ。
 どういうこと、一体。
すると、ゴン太がリュックから顔を出して、フギャーァ、フギャーッと親ゆずりのだみ声で鳴き出した。どうやら、ご主人様がピンチと思いこみ、警官達に知らせようってことらしい。その鳴き声に気づいたのか、二人の警官、一旦バイクを停めてこっちへ視線を向けたあと、こちらへ向かってバイクをスタートさせた。
 瞬間、悠木の太い腕が星子を抱き寄せ、抱え上げるようにして顔をくっつけてきた。
「!……」
星子、懸命にもがいたけど、強い力で抱きしめられて身動きが出来ない。
悠木の髭が星子の頬に当たって、痛いくらいだ。
やめて! はなして!
そう叫ぼうとした。でも、顎が悠木の肩に食い込み、声にならない。
助けて、おまわりさん!
でも、近くまできた二人の警官達、ラブシーンと思いこんだのか、ニヤリと顔を見合わせてバイクを引き返した。
あっ、待って!
星子、必死にもがいて体を離し、大声で叫ぼうとした。
その瞬間、左の脇腹に強い衝撃が叩きこまれて、息が出来なくなり体が地面に吸い込まれていった。
どれくらいたったのか、
「ハニィ! 星子さーん!」
 宙太の呼ぶ声が遠くから聞こえてくる。
 わたしを助けに来てくれたのね、やっぱり、宙太さん、頼りになるじゃん。
「宙太さんっ、ここよ! 宙太さーん!」
 叫んだ瞬間、ハッと目が覚めた。
 窓越しに、冬枯れの山里の風景が後方へ流れていく。どうやら、車の助手席に乗せられているようだ。星子の足元にはリュックが置かれ、ゴン太がしょぼくれた顔をのぞかせていた。
そうか、宙太さんが助けに来てくれたのね。ありがと! やっぱり、頼りなるわ!
星子、ホッとしながら運転席へ目をやった。でも、ハンドルを握っているのは、宙太じゃない、悠木だった。
 どうやら、悠木が遠野の街で借りたレンタカーに乗せられているらしい。
「気がついたかい」
 悠木、ぼそっといった。
「手荒な真似はしたくなかったんだが……すまない」
 ふん、なにがすまないよっ。
星子、怒りで顔が真っ赤になった。
「あなたって、もしかして、警察に……」
 一瞬、つまったけど、思い切って聞いた。
「そうでしょ、警察に追われてるのね! だから、わたしをこんな目に……そういうことなのね!」
「……」
 悠木、口を閉じたままだ。でも、それが、何よりの答えだった。
 星子をチンピラ達から助けてくれたカッコいい人が、じつは警察に追われている犯罪者だったなんて。
それにしても、どんな罪を犯したんだろう。悠木の全身から漂う暗くて冷たい雰囲気から、ただ事ではない感じがする。たとえば、強盗とか殺人とか……。
一瞬、星子、ハッとなった。
――殺人っていえば、今、宙太さんやマサルさんが追っている容疑者も、奥さんを殺したとか……。
「!……」
そうか、宙太さんに連絡させないようにしたのも、この人がその容疑者だからなんだ。
 星子の背中を、氷のように冷たい汗が一筋、つつーっと流れた。
 すると、悠木、星子にチラッと鋭い視線を投げた。
「僕のこと、察しがついたようだな」
「!……」
 この人、わたしの心が読めるらしい。
「たしかに、美空君が追ってるホシは、この僕だ」
「!……」
 星子の全身から、冷たい汗が一気に噴き出した。
「お、降ろして下さい!」
 星子、シートベルトをはずしながら声を震わせた。恐怖が突き上げてきて、吐き気がする。
「わ、わたし、レンタルした自転車を返さないと……」
 とっさに、理由をさがす。
「それなら、僕が戻しておいたから」
 そんなぁ。恐怖が、ますます、強くなってくる。
「と、停めて! 早く、降ろして!……」
星子、哀願するようにいった。でも、悠木の顔はまったく無表情だった。
「そうはいかないな。君には、しばらく付き合って貰おう」
「そんな!」
 体ががくがくと震える。
「つ、つきあえって、どういうこと……ですか……」
「いいから、黙って乗ってるんだ。美空君を泣かせたくなかったらな」
 悠木の低い声には、殺意のこもったような響きがあった。
 ――宙太さんを泣かせたくない……ということは、わたし、いうとおりにしないと殺されるかも……。
 星子、心臓をギュッと押しつぶされるような怖さを感じながら、車窓へ目をやった。
 いつの間にか道の両側には山が迫り、雪がちらつき始めている。今、一体どのあたりを走っているのだろう。国道を避けているのか、すれ違う車もほとんどなくて、心細さがいっそうつのってくる。
 宙太さんのいう通りにしていれば、こんな目に遭わずにすんだのに。今さら反省しても、遅いけど、ごめんなさい、宙太さん。
 涙がこぼれそうになってぬぐった時、前方に道路標識が近づいてきた。その標識には、「釜石」という文字が見える。
 釜石といえば、星子が遠野のつぎに訪ねる街だった。三陸地方を代表する大きな港町を見物したあと、釜石駅から三陸鉄道の南リアス線に乗り換えて「恋し浜駅」へ。カップル達に大人気の縁結びの駅で、恋の願掛けをする。これが、今回の旅のプランだった。それが、こんなことになってしまうなんて。もう、泣くに泣けない。
 すっかり落ち込んでいると、ホルダーに入ったペットボトルが差し出された。
「コーヒーだ。あったまるぞ」
「いりませんっ」
 ほんとは、飲みたい。クルマの暖房は入ってるけど、身体の芯は冷えっぱなしだしね。だけど、こんな奴のコーヒーなんか、飲んでたまるもんか。
 顔をそむけようとした星子、ふと、ホルダーの花模様の刺繍に目が吸い寄せられた。
 金色の小さな可愛い花がまるで花畑のように織り込まれている。
 ――なんて、きれいなんだろう……。
 星子が思わず見惚れていると、
「フユシラズだ」
 悠木が、つぶやくようにいった。
 ――フユシラズ……聞いたことのない花の名前だ。
「小さなキンセンカとでもいうのかな、この時期、三陸海岸あたりで咲いているんだ」
 早春の三陸海岸なんて、まだ寒いと思うけど。そんな時期に咲くから、フユシラズっていうのかもね。
 でも、奥さんを殺すような凶暴な男が、こんなきれいなペットボトルホルダーを持っているなんて、ミスマッチもいいとこ。
「丁度、去年の今頃だ……」
 悠木、静かな口調でいった。
「朝日を浴びて金色に輝くフユシラズを見つけて写真に撮ってね、それを彼女が刺繍にしてくれたのさ。このホルダーもその一つだ……」
 ――カノジョって、いったい……。
「本当は、一緒に連れてくるつもりだった。どうしても、自分の目で見てみたいっていうからね……でも……」
 悠木、言葉を呑み込んだ。その横顔には、深い翳のようなものが浮かんでいる。
 なんだか、わけがありそうだ。
 星子、躊躇いながらも、聞いてみた。
「どういう人なんですか、この刺繍をしてくれたのは……」
「……」
 悠木、喉にからんだような声でいった。
「……家内だ……」
「!……」


                         (つづく)




追記 ほんとに暑かった今年の夏、どうやら今日が峠のようですね。お変わりありませんか。へばりながらも、なんとか、第五話をお目にかけることが出来ました。よろしくです。

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