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「ど、どういう意味だ、春ちゃん……」
星丸、大きく息を吐いた。「まさか、僕と宙美が血がつながっていないと……そういいたいのか?」
「ええ、そうよ」
春之介、真顔で頷いた。
「そ、そんな! ひどいぜ、春ちゃん!」
「いいから、聞いて。これはね、星子ちゃんや宙太さんから、固く口止めされてたことなんだけど、あなたと宙美ちゃんの幸せのためには、やっぱり、話しておかないと……」
「春ちゃん……」
「じつはね、もうかなり前のことだけど、星子ちゃんと宙太さんが結婚して、一年後に赤ちゃんが生まれて、それも、双子だったの、男の子と女の子のね……」
「じゃ、同じじゃないか。僕と宙美だろ」
「ええ、男の子はあなたよ。でも、女の子のほうは……生まれつき心臓が……緊急手術をしたけど、駄目だったの……」
「つまり、死んだってこと?」
「ええ……ほんとに、可愛い子だった……名前もつけたのに、宙実って……たった、一週間しか生きられなかったの……たった、一週間……」
春之介の目から、涙があふれた。
「そのことで、星子ちゃん、ひどく落ち込んでね、おかしくなってしまって……宙太さんだって、男泣きしてたけど、星子ちゃんをほっておけないって、養子を貰うことにしたの。亡くなった赤ちゃんとそっくりの女の子を……その子が、宙美ちゃんよ。読み方は同じで、字が一つ違うだけ」
「!……」
「お陰で、星子ちゃんもすっかり元気になって、宙美ちゃんを自分が生んだ子のように、あなたと分け隔てなく育てたのよ。そのあとのことは、あなたもよく覚えているでしょ」
「……」
なんだか、頭の中がぐるぐる回る感じで、朦朧としてくる。
「話すことは、これだけ。さ、早く宙美ちゃんのところへいって。あなたを待っているから。早くったら!」
「……うん、わかった!……」
星丸、我に返ったように急いで服を着ると、古賀の部屋を飛び出した。
――双子の妹だとばかり思っていたのに、じつは、血のつながらない女の子だったなんて……。
でも、そうなると、宙美を好きになっても構わない。恋しても構わない。そして、躊躇うことなく、宙美にキスしたり、そう、思いっきり、抱くこともできる。一つになれるんだ。一つに。
「宙美! 宙美―っ!」
星丸、光と闇が交差する夜道を走った。
宙美の名前を何度も呼びながら、走った。走り続けた。
急に視界が明るくなったと思うと、その光の中に純白のウエディングドレス姿の宙美が立っている。笑みを浮かべた顔には、嬉し涙がいく筋も描かれていた。
「宙美!」
「お兄ちゃん!」
星丸と宙美、どちらからともなく抱き合い、そのまま、崩れた。
「愛してるよ、宙美」
「あたしも。大好きよ、お兄ちゃん」
「お前と一つになりたい。いいかい?」
「ええ、きて。早く」
「宙美」
「お兄ちゃん」
星丸、ウエディングドレスを開いた。そして、愛を一心にこめて、宙美の中へ……。
「い、痛いっ」
宙美が、のけぞる。
「ごめん、もう少しだから」
せめる。
「痛い! 痛いったら!」
「がまんして。いいかい、宙美!」
弾けようとした、その瞬間だった。
強い力で、ドンと肩を突かれて、転がった。
とたんに、パッと視界が開けて、緑の木立と芝とチューリップの花畑が一面に広がった。
「んもぅ、お兄ちゃんたら! なに寝ぼけてるの!」
宙美が、こわい顔で睨みながら、体を起こしたところだ。
「寝ぼける?」
「そうよ、昼寝してると思ったら、妙なこといいながら、あたしに抱きついてきて!」
「あ?」
宙美、ウエデイングドレス姿ではない。原宿や渋谷あたりでよく見かける、カラフルなヤングカジュアルだ。
「おまえ、ウエディングドレス、どうした?」
「ウ、ウエディング?」
「なんだよ、そんな女子高生みたいな恰好してさ」
「なにがいけないのっ。あたし、女子高生よっ」
「ウソつけ……ん?」
宙美の顔、たしかに女子高生の時と同じだった。
「お兄ちゃんだって、高校生の恰好じゃん。いい加減にしてよッ」
「は?」
たしかに、星丸も高校の時のカジュアル・ファッションだ。
「ど、どなってるんだ……」
「どうもこうも、本物の高校生じゃないか。お前も宙美も」
「え?」
振り向くと、宙太パパがバーベキューコンロで焼き肉やトウモロコシなんかを焼きながら、にこにこと星丸をみている。
脇には車が何台も停められ、テーブル、椅子等が置かれて、星子ママが皿に盛り付け中だ。近くでは、右京や左京、マサル、タケル、小次郎、ゲンジロウ、それに、春之介もドリンクを飲んだり、食べたりしていた。
どうやら、みんな揃ってオートキャンプの真っ最中らしい。
「やぁね、星丸ったら」
星子ママが、笑いながらいった。
「いい加減に、目を覚ましたら。お料理、なくなっちゃうわよ」
「そういうこと」
マサルやゲンジロウたちも、どっと笑った。
「ここんとこ、受験勉強で徹夜が続いたから、アタマがおかしくなったんじゃないのか」
「天下の秀才なんだし、そんなに入れ込むことないのにな」
「小次郎、星丸くんの爪の垢でも飲め。ちっとは、りこうになるぜ」
「タケル、てめぇ!」
小次郎とタケルがじゃれあい、星子ママや宙太パパ達もどっと笑った。
「……」
茫然としている星丸に、宙美が、
「ね、お兄ちゃん、ほんとに大丈夫?」と、心配そうにいった。「一体、どんな夢を見てたの?」
「夢?」
「夢、だったんでしょ?」
「あ、うん……」
――そうか、あれはみんな、夢だったのか……。
それにしては、あまりにもショッキングでエロティックな、しかも、背徳的な夢の連続だった。あの痛み、快楽、屈辱、おぞましさ、それらは皆、夢だったというのか。
古賀レジデントという先輩。河合好恵という看護師。殺された山田看護師。夢の中の登場人物なのか。
そして、春之介のいったこと、星丸と宙美が実の兄妹じゃないってこと。それも、夢の話なのか。
あの夢の世界は、すべて、今から数年先、星丸が医大の修習生になったという設定だ。
夢に、未来形はあるのか。現在か、過去だけじゃないのか。
ああ、もう、わからないことだらけだ。
――でも、夢でいい。夢にしておこう。それでいいんだ……。
僕は、ママやパパ、宙美、そして、みんなとオートキャンプにきて、昼寝して変な夢を見た、それだけのことだ。
忘れろ、忘れよう。
さぁ、喰うぞ、飲むぞ!
サッパリした気分で立ちあがった時だった。
「やぁ、宙太君、星子さん! 君達もきていたのか!」
よく通る声が聞こえて、ダンディな中年の紳士が近づいてきた。
「あ、佐々木先生!」
「どうも!」
星子ママと宙太パパ、にこにこしながら出迎えた。
「誰だっけ、あの人」
宙美、首をかしげたが、じきに、
「そうか、ママとパパの知り合いのお医者様よね」
「うん、来年、僕が受験する医大の教授さ」
そういえば、夢の中にも佐々木教授のことが出てきたっけ。
その佐々木教授に、宙太パパがいった。
「先生も、オートキャンプですか」
「うん、僕のゼミの教え子たちとね。おい、みんな、こっちへ来て挨拶しろ。こちら、警視庁幹部の美空さんと奥さんだ」
佐々木教授が手招きすると、数人の学生たちが近づいて会釈した。
「そして、お子さんの星丸君と宙美さん」
佐々木教授、星丸と宙美を紹介した。「星丸君は、来年、ウチの大学を受験するんだ。合格すれば、君らの後輩になるわけだ」
「そうですか! ウチの大学を……」
そういいながら、男子学生の一人が星丸のそばへやってきた。
「がんばれよ! 待ってるからね!」
その学生、星丸の手をしっかりと握りしめた。
「……」
――待てよ。ねっとりとして吸いつくような柔らかいこの感触、夢の中でオレの体をなぶった古賀レジデントの手にそっくりだ……。
星丸、顔を上げながら相手を見た。
色白のハーフっぽい美形顔が、爽やかに微笑んでいる。
「!……」
間違いない、古賀だ。
切れ長の双眸は、獲物を狙う野獣のように鋭く光っている。
――あれは、夢じゃない。僕の未来だ。将来、僕が体験することになる恐ろしい出来事を、先に見てしまったんだ。きっと、そうだ……。
星丸、地の底へ引き込まれるような思いで立ち尽くしていた。
(おわり)
追記 ちょっと怖いエンディングになったと思うけど、いかがでした。どこまでが現実で、どこまでが悪夢なのか。ま、おまかせします。
今回で一応、終わりです。ちょっと休んで、又、再会しますね。
今夜は久しぶりの満天の星空です。いいことがあるといいけどね。オヤスミナサイ。
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