|
2
――僕が結婚しないと、杏奈さんは自殺する……。
星丸、困った時の癖で、指先を綾取りのようにちょこちょことからませた。
「結婚」という言葉と「自殺」という言葉が、結びつかない。
「君には理解できるわけないよな、リアリティのない話だし」
古賀、すまなさそうにいった。「つまり、こういうことなんだ。じつは、杏奈にはフィアンセがいてね……」
「えっ」
その話も、聞いていない。
「親同士がいいかわした、ま、いってみれば政略結婚のようなものかな。相手は大手銀行の頭取の息子で、名前は西園寺和也。歳は29歳。大学時代はアメフトで鍛えたナイスガイで、頭取の秘書を務めるやり手なんだ。僕の父は病院の事業をもっと大きくしたいし、それには、どうしても金がいる。銀行のほうでも、融資すれば儲かるしね。で、今年の春、杏奈が卒業するのと同時に二人を結婚させて、提携を強めようってわけさ」
よくある話だろう。地位や財産のある階層には。
「でも、杏奈は絶対に承知しないんだ。ま、当然だよな、GLの恋人までいるわけだし」
そのGLの相手がどういう女か、そこまでは教えてくれない。
「父も母もうすうすそのことには気がついていたんだが、結婚すれば何とかなるだろうと思っていたんだ。ところが、思いつめた杏奈が自殺まではかってね……」
「……」
「それで、仕方なく婚約を解消しようって話になったんだが、西園寺さんのほうが承知しないんだ。理由をはっきりいえって。うちとしては、杏奈がBLだなんていえないしね」
「構わないでしょう。近頃はマスコミなんかでかなり認知されているし」
「いや、芸能界とかじゃないから。世間一般はまだまださ。あることないこと吹聴されたら、父の立場がね……議員という肩書きもあるし……」
そう、古賀の父親は医療法人理事長の傍ら国会議員も務めていた。
「ま、そんなわけで、考えたのが、君の助けを借りるってことさ。つまり、杏奈と君を結婚させれば、西園寺さんも諦めざるを得ないだろう」
「理由になりませんよ。相手にも、面子ってもんが……」
「いや、既成事実があれば、話は別さ」
「はぁ?」
「ほら、いうだろ、出来ちゃった婚って」
「えっ」
出来ちゃった婚、ですか。星丸、唖然となった。
「君と杏奈は以前からいい関係だった。そして、杏奈は君の子を……」
「古賀さんっ」
星丸、ムッとなった。「ふざけるにも、程が……いい加減にして下さい! 帰らせて貰いますから!」
「あ、君!」
古賀、立ち上がりかけた星丸の腕を掴んだ。「すまん! 謝る! 勝手なことをいって、ほんとに申し訳ないと思ってるんだ。でも、杏奈を救うには、他に方法が……君に助けて貰うしかないんだよ! この通りだ!」
古賀、テーブルに手をついた。ふだんはプライドの高い男が、後輩の星丸に手を突き、頭を下げている。古賀にとっては、杏奈は大事な妹だし、自殺させるわけにはいかない。
その気持ちは、星丸にもよくわかる。自分にも宙美という妹がいるし、立場が逆なら、多分、同じように手を突き、頭を下げたはずだ。
「……」
星丸、座りなおすと、冷めたコーヒーをすすった。
「でも、杏奈さんは……肝心の杏奈さんが、承知しないんじゃないんですか」
「僕もはじめはそう思っていたんだが、意外とすんなり……」
「え? すんなりと?」
「うん、星丸さんならいいってね。やさしいし、わたしのこともわかってくれる、きっと……」
「そういったんですか、杏奈さんが。ほんとに?」
「ああ」と、古賀は頷いた。「あいつは、もともと、君のことを好きだしね。GLなんかじゃなかったら、きっと、君と恋仲になっていたと思うよ。あ、君のほうで相手にしないかも知れないが……」
「あ、いや、そんな……」
星丸、顔を赤らめた。「僕だって、杏奈さんのことは、その……つまり……」
「好きだ、ってことかな」
「あ、はい、ま……そういうことです……」
星丸の声が、上ずった。
「そうか、それなら、この話、なんとか、受けて貰えないかな。頼む! 美空君!」
古賀、あらためて頭を下げた。
「でも、僕の父や母が、それに、妹の宙美がなんていうか……」
そう、そこが一番の問題だ。
「そりゃ、もちろん、絶対に駄目だっていうだろうな」と、古賀は吐息をついた。「君のご両親も宙美さんも、君のことを愛してるし、とっても大事にしているしね……こんな偽装結婚みたいな、いや、そのものだけど、片棒を担がされるなんて、とても耐えられないと思うよ……」
「……」
その通りだろう。星子ママや宙太パパ、宙美をどんなに傷つけるか、考えただけでつらくなる。
やっぱり、断ろう。そのほうがいい。そうしよう。
でも、断ったら、杏奈はどうなる。もし自殺でもしたら……。
「……あのぅ……」
星丸、古賀にいった。「その前に、杏奈さんに会わせてくれませんか。二人でよく話し合ってからでないと……」
一呼吸、置いたほうがいい。事態が、変わるかも知れない。
「もちろん、それが当然だよ。そう思って、ここに呼んであるから」
「えっ」
時間を取りたかったのに、ここにきているとは。
古賀、「杏奈」と呼びながら、奥へ手招きした。
すると、奥の席から立ち上がった人影が、静かな、というよりも、おずおずとした足取りで近づいた・
杏奈、だった。
目立たない服装だが、清楚で気品ある美しさがあふれている。でも、顔色は蒼ざめ、憔悴しきっている感じだった。
「……杏奈さん……」
星丸が腰を浮かせると、
「……星丸さん……」と、杏奈、小声を震わせた。でも、それ以上はいえずに、古賀の隣りに座ると、うなだれた。
「……ごめんなさい……」
「あ、いや……」
どう話していいのか、言葉がつながらない。指先をちょこちょこ動かしていると、杏奈が、
「ほんとに、ごめんなさい……ほんとに……」
そうつぶやきながら、星丸を見つめた。瞳から涙があふれている。透明な宝石のような涙だった。
瞬間、星丸の胸に熱いものが走った。
<……弱いんだよね、こういうのに……>
女の子の涙に弱いのは、宙太パパゆずりかな。でも、宙太パパはそれで幸せになったらしい。以前、そんな話を聞いたことがある。たぶん、ママの涙と思うけど。
ま、しょうがないか。
「いいんだ、いいんだよ、杏奈さん」
杏奈を見つめながら、星丸はやさしく微笑んだ。
「え? ほんとに?」
「うん、ほんと」
もう一度、微笑んで見せた。
でも、心の中で、星丸、そっと呟いていた。
<――ごめん、ママ。とんだ誕生日プレゼントになったみたいだね……>
ということで、星丸くん、杏奈さんと、仮想の出来ちゃった婚をするはめになったわけで。星子ママや宙太パパ、それに宙美、さらに、春之介をはじめとするファミリー達の反応やいかに。
はじめはエッチぽいスタートでしたが、だんだんと雰囲気が変わってまいります。この先、どういう展開になることやら。あらためて、また、お目にかかりましょう。
追記 今日は、星子さんの誕生日。ファミリー達もイチゴケーキでさぞかし盛り上がっていることと思います。よろしければ、御参加下さい。
|