夜半亭(YAHANTEI)のブログ

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耕衣礼賛(四)「脱糞放尿」

 一代の傑物俳人、永田耕衣が主宰する「琴(リラ)座」は、昭和五十年十一月・十二月号をもって、三百号に達するという節目の時を迎えた。その節目の時に、耕衣は主宰者としての俳句信条を「陸沈の掟」の「さしあたりの事」として掲げた。

 
○定型楽守の事・・・定型の自由を満喫する、これ楽守なり・・・。
○季語霊性的受用の事・・・万象は人間自己の宇宙的象徴なり。季語に自己霊あるべし・・・。
○存在の根源を追尋すべき事・・・存在の根源はエロチシズムの根源なり。精気あるべき故に・・・。
○野の精神に徹すべき事・・・これ量よりも質に遊ぶと同義なり。質に遊ぶは自由の本質ならんか・・・。
○人間出会いの一大事なる事・・・出会いの絶景というは第一義上の事なり・・・。
○俳句は人間なる事・・・俳句を作す者は俳人に非ず、マルマル人間なり・・・。
○一人二人の事・・・「句は天下の人にかなふることはやすし。一人二人にかなふることかたし」とは蕉翁の蔵言なり。この一人二人の内に作者の自己一人厳存せざるべからず・・・。
○卑俗性を尊重すべき事・・・喫茶喫飯、脱糞放尿、睡眠男女の類は人間生活必定の最低辺なり。絶対遁れ得ず。故に可笑し・・・。
○諧謔精神は俳句精神の柱なる事・・・然あれども諧謔は目的に非ず。俳句の自然なるのみ・・・。
○超時代性を持続すべき事・・・俳句は不断に新を現成し、不断の新は超時代性を持続し得るなり・・・。
○自他救済に出づべき事・・・先ず俳句は面白かるべし。奇想戦慄また命を延ぶに価す。即ち生存の歓喜を溶解するの力価を湛うべし。

 何とも、痛快極まりない、永田耕衣の、そして、その「琴座」グループの俳句信条であることか。しかし、その「琴座」も、平成九年(一九九七)二月末日をもって、その終わりの時を迎えたのである。その解散の宣言(告)は、次のとおりである。

        告

一 平成九年一・二月号を以て「琴座」を終刊とする。
二 平成九年二月末日を以て琴座俳句会を解散する。

 野老いまだ肉体は健康なるも頭脳の老化は如何とも為しがたく、主宰の任を全うし得ざるを以て、

 右に決す。

 平成八年十二月二十日   九十六余歳 永田耕衣


 この解散宣言の、「野老」のとおり、耕衣の一生というのは、見事に、「野(や)の精神に徹した」、その極みであったことか。「野老・耕衣」には、これまた、「脱糞放尿」を、その創作信条の一つにしたことが、何とも、似合うのである。


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