|
五一 満月や故郷の川へ鮭帰る
「満月・故郷・鮭帰る」の句として、取り立てて取り上げることもない、いわゆる、月並みな平凡且つ平明な一句ということになろう。しかし、清水昶のキィワードの一つの、「故郷・望郷・郷愁」という関連では、清水昶の原点を想起させるような一句でもある。
先に、寺山修司の俳句なども、「故郷・望郷・郷愁」が、そのキィワードになるということを記した(五〇)。もう一人、詩人三好達治もまた、この「故郷・望郷・郷愁」と深い関係にある詩人であった。
清水昶には、詩人三好達治に関しての優れた評論があるが、その三好達司の処女詩集『測量船』所収の、「郷愁」と題する傑作散文詩は次のものである。
郷愁 (三好達治)
蝶のような私の郷愁!…….。蝶はいくつか籬(まがき)を越え、午後の街角に海を見る…….。私は壁に海を聴く…….。私は本を閉じる。私は壁に凭れる。隣の部屋で二時が打つ。
「海、遠い海よ! と私は紙にしたためる。――海よ、僕らの使ふ文字では、お前の中に母がゐる。 そして母よ、仏蘭西人(フランス)の言葉では、あなたの中に海がある。」
清水昶の三好達治評は一言ですると、「三好達治には思想なんてものはなかった。あったのは庶民的な気分であり、その気分を本語の中に閉じるとであった」(『現代詩読本三好達治』所収「三好達治について…日本的な気分の問題」)というようなとであろうか。
この清水昶の三好達治評の「日本的な気分」という「日本的情緒」を基本に据えている詩人(俳人)として、三好達治、寺山修司、そして、清水昶が上げられるのではなかろうか。
そして、その「日本的情緒」の典型的なものとして、次の文部省唱歌で謡われている「故郷(ふるさと)」というものが上げられるであろう。掲出の清水昶の句の「故郷」も、そして、三好達治の「蝶のような私の郷愁」というのも、この文部省唱歌の「忘れがたき故郷・思い出ずる故郷・山は青き故郷・水は清き故郷」に他ならない。
故郷(ふるさと)
兎(うさぎ)追いし かの山
小鮒(こぶな)釣りし かの川
夢は今も めぐりて
忘れがたき 故郷(ふるさと)
如何(いか)に在(い)ます 父母(ちちはは)
恙(つつが)なしや 友がき
雨に風に つけても
思い出(い)ずる 故郷
志(こころざし)を はたして
いつの日にか 帰らん
山は青き 故郷
水は清き 故郷
|
全体表示
[ リスト ]



