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五三 花粉症の女バス停で空仰ぎ
「花粉症」は、春の季語として認知されているらしい。『増殖する俳句歳時記』でも、「花粉症」の句を幾つか見ることができる。清水昶が、それを知ってこの句を作っているのかどうかは知らない。
この句の面白さは、「花粉症で鼻水が垂れる」女のひとがバス停で、「空を仰いで」、「鼻水が垂れる」を敬遠しているというようなことなのであろうか。しかし、それは、一寸読み過ぎで、「鼻水が垂れる」とか「垂れない」とかは、関係なく、作者の知っている「花粉症」の方が、バス停で、単に、「空を仰ぎ見ている」と、その程度のスナップ的な一描写というようなことなのかも知れない。
しかし、『増殖する俳句歳時記』で、次のように、、[……『花粉に病む』などとどこかの美女麗人を想像させてくれる」とあり、掲句の作者と同様に、病名(症名)そのものへ美意識が動く人もいるのだと、妙に感じ入った次第だ。ちなみに、兜太自身も六十代には花粉症に悩まされたと書いてあった]と、この掲出句の「花粉症の女」の方が、「美女麗人」の風情の方と、そのような鑑賞もあるのかも知れない。
個人的には、清水昶の「俳句航海日誌」というタイトルが、寺山修司の「花粉航海」などにヒントを得ているのではないかというようなことから、この「花粉症」の句は、清水昶の一面を語っているものとして、注目したい句ではある。
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井上禄子
美しき名を病みてをり花粉症
季語は「花粉症」で春。といっても、ようやく最近の歳時記に登録されはじめたところで、分類も「杉の花」の一項目としてである。幸いにも、私は花粉症を知らないが、多くの友人知己がとりつかれており、見ているだけで息苦しくも気の毒になる。なかにはアナウンサーもいて、職業柄、これはまさに死活問題。ついこの間も、彼が必死の放送を終えると、気の毒に思ったリスナーからよい医者を紹介したいと善意のファクシミリが届き、診療時間を調べてみたら、どの曜日も彼の仕事時間と重なっていた。「ああ」と、彼は泣きそうな顔で苦笑いを浮かべていた。だから、花粉症の人々にとっては、掲句を観賞するどころか、むしろ腹立たしいと思う人が多いかもしれない。作者が自分のことを詠んだのだとしたら軽度なのだろうが、しかし、他人のことにせよ、「美しき名を病みてをり」には一目置いておきたい気がする。たまたま読んでいた金子兜太の『兜太のつれづれ歳時記』に、関由紀子の「水軽くのんで笑って花粉病」に触れた文章があった。花粉症ではなく「花粉病」だ。「『病』が効いていて、『花粉に病む』などとどこかの美女麗人を想像させてくれる」とあり、掲句の作者と同様に、病名(症名)そのものへ美意識が動く人もいるのだと、妙に感じ入った次第だ。ちなみに、兜太自身も六十代には花粉症に悩まされたと書いてあった。『新日本大歳時記・春』(2000・講談社)所載。(清水哲男)
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