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諷詠十二月 (『三好達治全集六』)
十二月
『雲母』といふ俳諧雑誌には「現代秀作評釈」と題するそこばくの文章が月々掲げられてゐる。筆者の飯田蛇笏さんは『雲母』を主宰される斯道の練達で、その家風の卓然として一世に重きをなしてゐるのは私がここに説くまでもないが、この作者はまた比類なき眼光と周密細緻な用意とを備へた、殆ど完全無欠と称しても差しつかへのない鑑賞家批評家で、その月々の「秀作評釈」は、今日現在の俳諧を顧る者にとつて後世最も珍重さるべき古典的文字たるを私は信じて疑はない。その遍く行き渡つて手落ちのない理解と同情、その俊敏無比な感受性、その旺盛なる好奇心と想像力、その古典的教養、その進歩的熱意、とりわけその驚くべき広汎な範囲に及ぶ語感の感光度・・・まづこれらの点で、不敏不才の自分などを標準としていふのは烏滸がましいが、月々のその長からぬ文章から、私などはどれほど新鮮な豊富な教示と啓蒙との恩恵に接してゐるか解らない位である。(後略)
靄だちて炉の索莫と小鳥焼く 三宅一鳴
朝焼けの障子に映り鶫鳴く 田中春穂
鵯の言葉わかりて椿落つ 阿波野青畝
薫衣香秋さだめなくにほひけり 上木静々
大木の秋の落葉のしげからず 高浜虚子
たわたわとうすら氷にのる鴨の脚 松村蒼石
風花のかかりてあおき目刺買ふ 石原舟月
屋並冷えひとすぢの煙三日月に 湯之前礁風
妻に似て墓石深雪をかつぎたる 比良暮雪
流人墓地寒潮の日のたかかりき 石原八束
たらちねの生れぬ前きの月明り 中川宗淵
咲く梅の遠からねども畦絶えぬ 水原秋桜子
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