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3年前になぜそうするの?という独り言を書きました。 私は理屈っぽい人なのかもしれません。 いつからこんな風になったのか覚えていませんが、納得しないとスッキリしないのはみんな共通に持っている感覚だと思います。それが人一倍強いのか、そうでない人が多いのか、定かではありません。 授業中に時々時事問題などを話題に挙げます。 その時に子供たちの考えを聞いたりしますが、賛成・反対の意見に対して必ず理由を言ってもらいます。 高校2年のライティングの課題でも子供たちの意見や理由を目にします。 納得しきれない理由の時にはコメント欄にその旨を書き込んで、反応を待ちます。 生徒によっては説得不足に気づいて休み時間に説明に来てくれる生徒もいますし、次の提出課題で同じテーマで、より説得力のある英作文を書いてくる生徒もいます。 バスケの指導をしている時にも、何が合理的なのか、どうしたら最小の努力で最大の結果を出せるのかを突き詰めます。その時に根性論だけでは乗り越えられない壁を理屈で越えられることが出てきます。理由を説明することで納得してもらい、チーム全体で納得が共有できればチームワークにつながるようです。個人技で勝てないチームにもチームワークで頑張るということが成功する場合もあるのです。イチイチ説明しなくてもそれに気づいて実行する生徒もいますし、その子の提案が理にかなっていると判断されれば新たなプレーが成功することにつながります。 日々子供たちと接していると、説得の毎日になります。 単なる命令ばかりでは子供たちは動かないように感じます。 正論を並べたところで、理想どおりには行動しないのが人間です。 明確な理由とセットにして伝えることで、納得してもらい、話がスムーズに伝わるように思います。 と同時にこちらの勝手な思い込みを伝えることもあります。 当然理由も伝えますが、当たっているときもあれば、私の勘違いのときもあります。 やってはいけないことや危険なことをしたときには当然注意します。 しかし、状況の説明をよく聞くと、その生徒なりの理由がある場合があります。 一般的には誰が見ても間違い、悪、反則、違反、非論理的な言動にも理由がある場合があります。 頭ごなしに叱るのではなく、話を聞いてやることが必要な場合がありそうだと思っています。 嘘をついている場合もありますし、騙そうとしている場合もあります。 理屈をこねて煙に巻こうとしている場合もあるかもしれません。 非常に難しい場面です。 ただ、騙されないようにするあまりに相手の非を決め付けて話を聞かなければ、お互いが不信の関係になってしまい、その後の活動にも大きな影響が出ます。岩田は自分だけが正義ぶって、勘違いしているヤツだと思われたら、もう二度と話を聞いてくれないでしょう。一旦不信を買ってしまったら取り返すのは骨が折れますし、多くの場合は不可能になります。 繰り返しになりますが、私はいかなる場合も理由を聞くということに拘っています。
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