風のようなストーリー
いちご色の彼女「はあ〜ぁ」 今、ぼくの視界の半分は勉強机だ。左側半分に机の表面がへばりついている。そして右側半分には机のとなりにある本棚の参考書やテキスト、そして辞書などがぼんやりと見える。目の前には消しゴムがぼくの目の焦点距離より手前にあるせいなのか、これまたぼやけて見える。 学校から帰ってきてからずっと、ぼくの左の頬はべったりと机にくっつき、そして全身の力は思いっきり抜けている状態だ。投げ出したランドセルのふたが開き、中から教科書やノートがなだれのように飛び出している。でも今は放っておいている。冷蔵庫の中のアイスにも今は興味がない。 だらんと垂れ下がった両腕の重さをずっしりと感じると、もうひとつ大きなため息をついた。 悲劇は帰りの掃除の時間に始まった。今週はピロティの掃除当番だったから、大きな竹ぼうきを用具入れから引っ張り出してくると、班の男子2人とふざけながら掃除を始めていた。男子が竹ぼうきで砂や大きいごみをはいてゆき、女子は小さいほうきとちりとりを使って仕上げをしてゆくのが暗黙の了解となっていた。ぼくらがカーリングの真似事をして盛り上がっている時に事は起こった。 こそこそと話をしていたと思った女子が急に大きな声をあげた。 何事かと見てみると、そのうちの一人が真っ赤な顔で「しぃーっ!」とあわてているところだった。 真っ赤な顔をしていたのは、幼稚園から一緒で、3年と4年をのぞいては同じクラスであるS子だ。クラスで「子」がつく女子は、2人しかいないけれど、その1人がS子で、そして、なにを隠そうぼくの初恋の人でもあった。幼稚園の時に初めてバレンタインのチョコをもらって以来、ぼくはへんにS子のことを意識してしまっていた。何でか分からないけれど、S子の前にでるとちょっとドキドキした感じになってまともに目をみて話せなくなる。他の女子にはそんな事ないのにS子だけどうしてもそうなってしまうのだ。きっとこれは初恋なんだと自覚したのは実は5年生の時だ。それ以来、誰にも言わないけれどもぼくは密かに彼女のことを気にし続けている。 なんだろう・・・・。S子のしぐさが妙に気になったぼくは、カーリングの気分でもなくなり、ジャンケンで竹ぼうきを返す役を逃れると、なぜか全力疾走でクラスに戻った。帰りの会の先生の話もうわのそらで、窓際の席のS子をぼんやり見ていた。 タバコ屋の丁字路が通学路の最初の分岐点だ。タバコ屋といっても、店はいつも閉まっていてタバコとジュースの自動販売機が5台ほど店の前と横に並んでいるだけだ。男子はそうでもないけれど、女子なんていつもこのタバコ屋のあたりでぺちゃくちゃと話し込んでいる。よく話すことがあるなと関心するけれど、母さんたちの井戸端会議を思い浮かべ納得していた。 今日も相変わらず数人の女子が横のジュースの販売機の前にいるのが遠くから見えた。赤いランドセルがこっちを向いているのですぐ分かった。この時間に帰るのは5年か6年だなぁと思っていると案の定クラスの女子のようだ。そして、たばこ屋が近づくにつれて、その中に男子が1人いるのがわかった。そして、さらに近づくと女子の中の1人がS子なのに気が付いた。S子の親友2人とS子、そして1人向かい合って立っているのが、隣のクラスの男子だ。一度も同じクラスになったことがない奴だが、評判だけは知っている。運動会ではリレーの選手のアンカーで、同じくアンカーだった白組のぼくに勝った奴だし、読書感想文が東京都で入選して全校集会で表彰された奴だ。そして、悔しいけれどぼくより背が高いし、男のぼくからみてもちょっとばかりカッコいい奴なのだ。そいつの正面にS子が立って何か話している。そして彼女の後ろには2人の女子が加勢するような雰囲気で立っていた。 喧嘩や悶着じゃないことはスグに分かった。ちらっと見えたS子の横顔は、掃除の時間の時みたいにいちご色に染まっていたし、いつも人の目をみてはっきりとしゃべるタイプなのに、その場にいたS子は、明らかに恥ずかしそうに下を向いて話していた。そしてとなりのクラスのあいつもまた、すこし照れくさそうな顔をしていたのだ。 その場を通りすぎる瞬間、加勢していた女子のうち1人がぼくのほうをチラッとみたけれど、ぼくはさっと目線をそらし、まったく気付かぬそぶりでやりすごした。そして、振り返ることのできないその事件現場から一歩一歩離れてゆくごとに、ランドセルやポケットにでかい石ころがどんどん入ってくるように足取りが重くなり、そしてなぜか、ほんのちょっとだけ涙がにじんできた。やっとの思いで家にたどり着くと、でかい石ころの入ったランドセルをどかっと床に投げ捨て、倒れこむように机に座った。 そして今、ぼくの目の前にはぼやけた消しゴムが転がっている。もしできるのなら、この消しゴムでさっきぼくが見てしまった記憶をすべて消してしまいたい。そうすれば、受験のあとにやってくる小学校最後のバレンタインデーを密かに期待する事ができるかもしれないのだから。 |


